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騒動

 ルトリアとアリシアの国境は,その大部分を峻険な山脈が占めている。その山々から流れ出た川の中州に,その砦はあった。砦と言うよりはちょっとした地方領主の城とでもいうべき規模である。

 架けられた橋だけが両岸との行き来を可能にしており,橋を落として籠城することもじゅうぶんに可能だ。半日ほどかけてやってきた一行は,手続きを済ませて砦に入った。

「私たちは,傭兵軍として編成されるようね」

 宿舎に落ち着いた一行は,晩飯を兼ねてブリーフィングに集まっていた。代表して説明を受けてきたエリィがその内容を伝達する。

「アリシア国軍の再編は予定よりかなり遅れているようね。今ここには第三軍の半分しか配備されていない」

「第三軍?確か…魔法兵団だよな?」

「えぇ」

 驚きの混じった声を上げるノエルに,短くエリィは答える。

「ってことは,前線を支えるのは俺らってことか」

「そうなるわね」

「それはまずいのぅ…ただでさえ連帯感の無い傭兵では守勢に回るのは分が悪い」

「こいつはやっぱり,俺らが敵の指揮系統を分断するしかないんじゃないか?」

 ノエルが言う。ごく普通に聞けば不遜な発言であり,周囲のいくつかの場所からさりげない関心が向けられるのをシャルルは見るともなしに見て取る。

「いちおう,上も考えているみたいよ。指揮を執るのはエリティア軍の士官みたい」

「お,そいつは助かるな。他国の連中に比べりゃやりやすい」

 視界の端で,今度は周囲の関心のひとつが険悪に変わっていくのが見えた。あきらかにこちらを不快な対象として見ている。しかしそれはどうしようもないし,気にする必要もない。シャルルはそう判断して それを意識の外へ追い払うと,疑問をぶつける。

「何か理由があるのか?」

「エリティアは他国には無い独特の軍編成をしているのよ。簡単に言うと…身分や出自に関わらない募兵をしているわ。指揮系統は,階級…といったかしら?そういうもので区別していて,能力があれば誰でもある程度までは昇進するらしいわよ」

「まぁ小さい国で人も少ないから,そうでもしないと軍を維持できない,ってところもあるんだろうな。だが俺らにとっちゃやりやすいんだよ。家柄を鼻にかけて無茶な命令ばっかしやがる奴らに比べりゃ,飾らない性格と実力に裏打ちされた冷静な指揮ってのはありがたいからな」

「ちょっ…ノエル,声が大き…」

 ガタン,と椅子の倒れる音。そちらを見ると,青年が険しい表情でこちらをにらんでいる。おいやめろ,と同じ卓を囲んでいた仲間が制止するが,その手を振り払って近づいてくる。

「どなたか知りませんが,聞き捨てなりませんね。」

「…怒ってるところをみると,アリシアの関係者か?」

ぼりぼりと頭をかきながら,ノエルは面倒くさそうに訊ねる。

「アリシア第三軍,ギルバート=フォン=リーデマン」

「そうかい…誤解のないように言っておくが,あんた自身にはあまり関係ない話だぜ?」

「今更言い逃れですか?」

「違うな。事実だ。それに全く関係ないとは言ってない」

 いい加減にしなさいよ,と仲裁に入ろうとするエリィを制し,全く動ずる気配もなく怒りの視線を受け止めるノエル。

「詳しくお聞かせ願っても?」

「構わんぜ?」

 ギルバートと名乗った青年の仲間も近くまでやってきた。いずれもアリシア国軍だろう。場を騒がす事をこそ避けようとすれ,ノエルの態度はやはり不遜と感じているらしく,明確な敵意というほどでもないがいくらかの不快感は感じている表情だ。

「まず,『あまり』のほうから行こうか。ひとくちに四王家といっても,その性格はいろいろだ。あんたは…エリティア以外の国軍とつるんだことはあるのか?」

「…いえ」

「そうか。エリティアは知っての通り,家柄には拘らない軍を編成してるので除外する。おおむね貴族階級だけが指揮権を持っている三国は,上に立ってる奴…まぁ王家の伝統といったほうがいいかな。それによって,随分と軍の性格が違うんだ」

「…」

「で,あんたの所属するアリシアは,三国のなかじゃ最もマトモと言ってもいい。もともとの国の性格が穏健だし,上に立ってるあの女王様が結構できる人,ってのも大きいんだろうな」

 そこで,座るか?と勧めるノエル。このままで結構,とギルバートが答えたので話を続ける。

「そのアリシアの中でも,第三軍は比較的まともなほうだ。魔法のできる奴は理屈の通じる奴が多いからな。もしエリティアの連中が来てなけりゃ,最善の上役はあんたらだろうな。これが『あまり関係ない』と言った理由だ」

「…」

 ギルバートは黙って話を聞いている。ただの褒め殺しならば容赦しない,という警戒。そんなことにはお構いなしでノエルは本題へ切り込む。

「だが…逆を言えば,あんたはどこをどうやっても後方の人だ。俺らは前線。安全地帯からお前らだけ命を張れって命令を出された日にゃ,何様だって話になるだろう?」

「それは!…しかし…」

 反論しかけたギルバートだが,そうだそうだ,とぼそぼそつぶやく声があちこちから聞こえて押し黙る。わかってるさ,と苦笑しながらノエルは続ける。

「あんたは前線に出るのが仕事じゃないからな。慣れないところに出てこられても,正直こっちも困る。だからもし,あんたらが指揮を執らなきゃいかん状況だったら,それは人手不足を恨むしかねぇさ。…だが腹が立つのは,前線に出るはずの貴族様の中にもそんなことを言ってのける奴が結構いるってことなんだよ」

「!バカな…」

 思わずつぶやくギルバート。それを見てまたノエルは苦笑する。

「まぁ,それもアリシアらしい反応だな。他所に比べりゃ,自分らも身体を張るのが当たり前…まぁどっちかってぇと,他人にばかり命を張らせるのは申し訳ない,かな…とにかくそんな考えが浸透してる。だが他所なら『当たり前だ,高貴な私とお前たちとでは違うのだ』になるんだな。少なくとも…サナリアはそうだったさ」

「…」

「功名心や虚栄心にとらわれて無茶な命令をかまし,やばくなれば『私を逃がす盾になれ』と平然と言ってのける。勝てばすべて自分の手柄,負けりゃ全部俺らのせいさ。そんな連中はたくさんだ。その意味じゃ,身分の差もない,指揮権のある奴は権力に見合った実績を積んでるってことになってるエリティアが,一番ハズレにあたりにくいって事なんだよ」

「…」

 しばしの沈黙。やがてギルバートは口を開いた。

「分かりました。ここであなたに異を唱えられるほど私は戦場を知っているわけではありません。少なくとも私がハズレと言われぬよう,肝に銘じておきましょう」

「…あんた,いいヤツだな。覚えておくぜ。俺はノエルだ」

 ノエルはそう言って握手を求める。ギルバートは握手を交わすと,一礼して仲間とともにその場を後にした。

「…もうノエルったら,いい加減どうにかならないの?貴族とみるとケンカの大安売りするし大人買いするし…」

 呆れたようにエリィが言う。

「やなこった。貴族様なんて大抵変な奴だからな。中にはあいつみたいな奴もいるだろうが,変えるつもりはねぇよ」

「依頼主でも?」

「う…いや…それはそれこれはこれで…」

「悪評が立つかもよ?」

「…」

 拗ねたような態度のノエルと苦笑しながらちくちくとつつくエリィ。外見だけ見ればノエルの方が結構な年上のようだが,これもこの集団の気安さのゆえなのかも知れない。

(…ん?)

 シャルルはそこで,男女二人連れが近づいてくるのに気づいた。ちょっと失礼,と女の方が話しかけてくる。

「なかなかの口上でした。ノエル…さん?もしや”風”の方ですか?」

 ”悠久の風”が正式な名称であるが,一般には”風”で通っている。ほかに”火””地””水”の名を持つパーティが存在し,これらを一緒くたにして”四部衆”と言うのだ,とエリィから聞いてはいた。だから彼女の物言いには何ら不自然なところはない。しかしなぜかチクリ,とすっかりおなじみのうずき。これが出てロクなことになったためしはない。不吉な予感に襲われる。

「…あぁ,そうだが。あんたたちは?」

「これは,申し遅れました。私はエリティア軍のクリミア少佐。こっちはラルス大尉」

 男は一礼し,また直立の姿勢に戻る。

「…あんたが噂の姫将軍か。で,何の用だい?」

 途端に警戒する様子を見せ,面倒くさそうに言うノエル。姫将軍と言ったところからみて,エリティアの貴族階級なのだろうか。

「今回,指揮は我々が執ることとなりました。しかし,今回はその性格上,長丁場になりそうだと感じています」

「それで?」

「ちょっとノエル。いい加減にしなさい。引っ込みつかないとか思ってカッコつけるの,カッコ悪いわよ?」

 気の毒に思ったエリィが制止しようとする。

「お気になさらず。私もまだ若輩,まだまだ階級に見合った実績を上げているとは思っていません。彼が警戒するのも分かりますから」

「はー…できた人じゃのぅ」

 ハーディが隣のフレイアにつぶやく。しかしその場の誰にもそれは聞こえている。

「ほんと。見た目は随分ノエルの方が上そうなのに,ねぇ」

 フレイアがつぶやきを返す。しかしそれも聞こえている。

「あーはいはい分かりました。えーえー俺が悪いんですよえーそうに違いありません」

 頭をぼりぼりとかきながら投げやりに言うノエル。申し訳ありません,とかしこまるクリミア。

(しかし…考えてみれば凄い事だな)

 苦笑交じりにシャルルは思う。いくらアリシアやエリティアとはいえ貴族階級以上を相手にこれだけ砕けた物言いができるとは。しかも,いつのまにか相手を自分たちのペースに巻き込んでいる。

 しかしそこでふと,自分もそれに巻き込まれた一人であることを自覚して今度は自嘲の笑みを浮かべる。

「あーあノエルがいーじめた」

「バ!人聞きの悪い事言うな!だいたい…」

「…そこまで」

 お決まりの展開になりそうな雰囲気であったが,終始沈黙していたアラウドが口を開く。決して大きな声ではなかったが,腹の底にずしんと響くようなその声に場が静まり,浮ついた雰囲気も急速に落ち着きを取り戻す。

「…あ,失礼しました。思わず取り乱してしまい…」

「姫さん,悪かったな。俺もちと意固地になりすぎた。謝るよ」

 気まずそうに言う二人。軽く頭を振って気持ちを切り替え,クリミアは言った。

「前回の戦いではあわや全滅というところを,しんがりを守って奮戦し救ったと聞き及んでおります。その”風”の名声を見込んで,頼みがあるのです」

(う…)

 すっかり忘れていた例のうずきが,先刻よりもはるかに大きく響く。

「アリシア国軍の主力が態勢を立て直すまでにはまだ時を要します。できるだけ被害を少なくし戦力を温存しておくのが上策。となれば,先ほどノエルさんが仰ったように,敵の指揮系統を分断して瓦解,敗走させるのが最も効率の良い方法です」

「だな」

「しかしそのためには敵中に深く入り指揮官を倒す必要があります。多くの戦力をそちらに割くわけにもいかないとなれば,信頼できる方々にその役割をお願いするしかないでしょう。そこでみなさんには,指揮系統から離れて独自に行動する遊撃部隊の中核としてその役割を担っていただきたいのです」

「こいつは驚いた」

 ノエルは口笛を鳴らす。

「姫さん,あんた若そうなのになかなかのやり手だね。やれるもんならやってみろ,って事かい?」

「いえ。むしろ,やれない事は口にしない,やれる自信があるからこそのあの発言と受け止めました。さすがに,お名前を聞くまでは根拠のない自信と思っていましたがね」

 にっこり笑って答えるクリミア。

「我々の部隊だけで当たる心づもりでしたが,思わぬところで頼れる援軍が現れた,というところです」

「はは…こりゃ参った。なかなかどうして,評判に偽りなしか」

 同じことを考えていたわけか?それとも,ノエルの言葉を聞いていてそれに乗ってきただけか?どんな小さな様子も見逃さないよう注意していたシャルルの耳に,周囲の警戒をしていたラルスのつぶやきが飛び込んでくる。それがどの程度の実績なのかは分からないが,対帝国戦で二階級上げているというなら前者か。

「皆さんには独立して動いてもらった方が良さそうですね。我々は我々で,このラルスの部隊がその任に当たりますが,行動を共にするか各個に動くかはそれぞれの判断次第ということにしましょう」

 ということはこのラルス大尉も相応の戦果を挙げているという事か。

「OK,任せろ。きっちり仕事はしてみせるぜ」

 ノエルが言う。

「また安請け合いして…少佐,確約はもちろんできませんが,ベストは尽くします。信用してくださってありがとうございます」

「よろしくお願いしますね。負けられない戦い,ともにがんばりましょう」

 がっちりと握手する2人。クリミアはメンバー全員と握手して,敬礼すると,ラルスとともに踵を返して去っていった。

(…)

 握手しといて何だが…と思いながらシャルルは無言でハーディを見る。お主の言いたいことは分かっているぞ,と無言で肩をすくめるハーディ。それは昨夜の申し合わせの難易度が飛躍的に上がったことを意味していた。

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