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状況

 一行はキャンプを引き払い,街へとやってきた。ノエルとハーディが依頼を受けにギルドへ。フレイアが宿を選びに行き,残る三人はシャルルの装備を整えるため商店へとやってきていた。

「ついでに服も買ったらいいんじゃない?その格好,目立つし」

 エリィの提案に従い,なるべく無難な服をと代わりに選んでもらう。ノーブルは,と言えば,少し離れたところで壁にもたれ,書物を読んでいる。なぜこちらへ来たのだろうと疑問に思っていたが,その理由はすぐに分かった。ふと気づくと視線を感じる。巧妙にそれを隠しているが,おそらくはこちらの様子を観察しているのだろう。少しでも情報を得て判断の助けとしたい,といったところか。

「ちょっと,まじめに考えてよ!」

 エリィが声を荒げる。

「ん?あ,あぁ…いいんじゃないか?」

「さっきからそれしか言ってないわよ」

 なんとなくノーブルの様子を伺って探り合いのようになってしまい,どんな服を奨められたのかはまったく覚えていない。

「姫がせっかく心を込めて選んでくれているのです。もう少しまじめに接して頂きたいものですね」

 無表情でノーブルが言う。おそらく意識がこちらへ向けられていたことも分かっていただろう。

「ノーブル,なんか恥ずかしいからその言い方やめて」

「失礼しました」

 と言って何事もなかったように書物に目を落とす。

 服を選び,次は武器と防具を選ぶ。役目を終えたエリィはノーブルと何事か話している。おそらくはノーブルが出会ってからの経緯を尋ねているのだろう。

(まぁ…どの道俺にも分からないんだ。説明する手間が省けたことを喜ぶか)

 そう割り切ると,あえて装備選びに没頭する。

 さっきの一戦を振り返ると,あまり重装備にはしないほうがいいようだ。身体の動きはなるべく邪魔されないほうがいい。しかし申し訳程度には固めておく必要がある。

 殴る,蹴る,体当たりなども考えて,肘下膝下を覆う鉄甲と板金の胸当てを選ぶ。武器は…無難に剣でいいか。盾は要らない。両手でも片手でも扱えるようにバスタードソードを選ぶ。

(…?)

 そこでふと思い立ち,選びだした防具一式をすべて紅く塗らせる。なぜその色なのかすら分からないが,それは強い欲求だった。それに気づいた二人が近寄ってくる。

「シャルル?なぜこの色に?」

「あー…」

 返答に困る。思いつく理由としては,目立つため。なぜ目立つ必要があるかといえば,強敵を呼び寄せてあわよくば…。しかしそれを言えるわけもない。かといって正直に言っても信じてはもらえないだろう。並べられた防具の様子を見る限り,意味もなく一色に塗りつぶすのはかなり奇妙な行動と思える。

あかき…流星…?」

 そこでノーブルがつぶやく。過去の知識を掘り起こそうとするかのような,問いかけめいた口調。

「何?それ?」

 思わず漏れてしまったつぶやきのようだ。エリィに尋ねられ,しまった,という気配が表情に現れるが,瞬時にそれを隠すと淡々と答える。

「いえ,先日読んだ古文書で印象深かった記述を思い出しただけです」

 そこでいったん言葉を切るが,先を期待するようなエリィの瞳を見てやれやれと言った様子で言葉をつなぐ。

「ひとつの時代を代表するエースで,装備を紅に染めていた方が居ました。戦場の中央を一直線に切り裂いていくその戦いぶりから,ついた称号が”宙疾る紅き流星”。本人もそれを意識したのか,後にその鎧に流星のデザインを加えたようです」

「ほう…」

「激戦地ばかりを転戦し,他の追随を許さないほどの戦果を挙げたようですが,最終決戦とも言える戦場で行方不明となっています。その後の記述は…少なくとも現存はしていません」

 言い終えてちらりと反応を確かめるかのような視線を送ってくるノーブル。敢えてそれを無視し尋ねる。

「そのエースは有名なのか?」

「今現在,ということならほぼ全く知られてはいませんね。古文書にしか記述はありませんし,古文書そのものもほぼ現存する唯一のものと言って間違いありません」

 シャルルは妙に興味を引かれていた。自分に何かかかわりがあるのだろうか。しかしそれならば何か思い出してもいいようなものだが,まったくその気配はない。

「そのデザインは分かるか?」

「分かりますが…それは?」

 誰も知らないならこれも何かの縁だ,真似させてもらおう。そう言って,探るような眼差しを見せ何か言いたげなノーブルの機先を制する。まぁいいんじゃない?とエリィ。なし崩しではあるが面倒ごとをうまくごまかせたような雰囲気だ。流星のデザインを鎧に加え,シャルルはそれなりに満足した。

 駆け出しならば個人や村などの,多少名の知れたパーティならばギルドや領主などの依頼を受けこともある,と帰り道でエリィから聞いていた。しかし,ノエルたちが受けてきたのはそれよりも上,国王からの依頼であった。宿を手配し,その一階部分の酒場で遅い夕食を取りながら,一同は説明を受ける。

「つっても直々ってわけじゃない。まぁ傭兵だな,早い話が」

 名指しならばともかく,単なる駒にそれほどの実入りがあるのかと尋ねると,今回は分の悪い,しかし負けるわけにいかない戦いで奮発しているのだと答えが返ってくる。

「ここから半日ほどの場所に砦がある。そこを防衛すればいいって話だな。王国の主力は前回のアレで大きな損害を被って,立て直しにはまだ時間を要するらしい。向こうとしてはその暇を与えず攻めたてたい。立て直しの時間を稼ぐために,敵の勢いを止めるのが俺たちの仕事ってわけだ」

「ということは,勢いに乗る敵軍をこちらは主力抜きで止めるということになるのか?」

「そういうことだな。まぁ勢いに乗るとはいっても,向こうは下級妖魔が先鋒だろう。うまく指揮系統を分断してやれば瓦解させるのは簡単だ。俺たちの名を上げるにゃもってこいの戦場さ」

 何もかもが分からないので根拠があるわけでもないが,そんなに簡単なのだろうか,と訝しむ。その様子に気づいたエリィが口をはさんだ。

「あ,そうよね…記憶がないんだもの,よく分からないわよね」

「まぁ…な」

「ひととおり説明した方がいいかしら?」

 いいのか?と見回すが,今夜はもう特に用事はない。黙ってうなずく面々。エリィは紙とペンを取り出すと,さらさらと地図を描いた。

「じゃぁまず世の中の様子からね。これがこの大陸。ちょっと前までは四つの国に分かれていたわ」

線を引き,四つに区切る。

「歴史が最も古く,悠久王国とか千代王城とかの異名を持ち,魔法大国としても知られるアリシア,尚武の気風に溢れる最も若い国のエリティア,もっとも大きな版図と最大の国力を誇ったルトリア,そして呪われた最も深き迷宮を版図に抱え,常に魔物との戦いの最前線を担ってきたサナリア。先の戦乱が終わってから数百年ほど,大した争いもなく平和な時が過ぎていた。」

「ふむふむ」

「ところが一年ほど前に,魔大帝ラズールを名乗る者が現れ,その両腕である漆黒将ヴァニティ,大魔道ルマールと,妖魔…まぁ簡単に言うと異形の者どもね。その軍団を率いて全世界に宣戦を布告したの」

「人が,妖魔を率いているのか?」

「そうみたい。詳しくは分からないけれど…」

「では私が代わりましょう」

 ノーブルが口を挟む。

「アリシア王族には,時々高い予言の力を持つ者が生まれます。その者が書き遺したとされる予言書に,そのあたりのことが記されています」

 相変わらず物知りよねノーブルって…とフレイアが隣のハーディにぼそぼそ囁く。

「それによれば,数百年を経て邪神の封印が弱まっているようなのです。邪神は取り戻したいくらかの力で邪なる心持つ者を操り,自身の完全復活を目論んで解放戦争を仕掛けるとのこと。少なくとも魔大帝ラズールは,邪神に操られていると見るのが妥当でしょう。邪神が支配した者は絶大なるカリスマを得るとあるので,本来は本能で行動するはずの妖魔たちが統率のとれた作戦行動をとっているのもうなずけますし,それらと行動を共にする人間はじめ光の眷属たちが相当数いるのもそのためでしょう」

「なるほど,対妖魔の戦力が分断された格好か…彼らの目的,邪神解放の条件は?」

「四王家の血脈に連なる者たちが,先の封印の際も中心となりました。それゆえ,その封印の鍵とも言えるものはそれぞれの王家が護り続けてきました。それをすべて打ち砕くことが,邪神復活の条件となります」

 ノーブルはそこまで語って,自分の役目はひとまず終わりとばかりにエリィに目配せする。

「ラズールの率いる帝国は,まずサナリアを滅ぼしたわ。出奔していた第一王子が居さえすれば,なんて声もあったけれど,帝国の手並みを褒めるべきでしょうね。宣戦からわずか七日,他国からの援軍が到着する前に王城は陥落した」

「いやだらしねぇって!何が四王家だっての。何が最前線を担ってきただっての。平和ボケも大概にしろってんだ」

 ノエルが肩をすくめて吐き捨て,フレイアがどうどうとなだめる。

「連合軍と帝国軍の大規模な衝突はその後,ルトリア領内での攻防からね。でも当初,連合側は帝国の勝利を奇襲によるものと認識していた。それで後手に回ってしまい,緒戦で大きな被害を被ってしまったのよ。大帝の両腕が畏怖とともに広く知られるようになったのもここね。その劣勢をはね返せないままじりじりと押し込まれて,三か月ほど前ついに王城が陥落してしまった。」

 水を飲んで喉を潤し,エリィは続ける。

「ここで彼我の勢力バランスは逆転してしまったわ。残る二王家はもともとの国力が弱いうえに損害を被ってしまった。本来ならば隙をつくらずすぐ奪還に動くべきなのでしょうけれども,その余裕がない。誰の目にも帝国の勝利は疑いの無いところだった。でも…ここで帝国の進撃が止まる」

「なぜ?」

「詳しいことは分からないわ。何か上の方ではごちゃごちゃと言っていたみたいだったけど…」

「あくまで仮説ですが…」

 と,ノーブルがまた口を挟む。なんであんなに知ってるのかしらねー,とまたフレイアが囁く。

「封印のせい,という見方が支配的でした。先ほど述べた通り,邪神は四王家の護る封印で力を削がれています。魔大帝ラズールはサナリアでの戦いには姿を見せましたが,ルトリアへは出てきていませんでした。また,巨大な魔獣もルトリアでは目撃されていないのです。ヴァニティ将軍を甘く見ていたために敗れはしたものの,連合側の楽観論は実はここも根拠でした」

「つまり…邪神から遠く離れるほど支配力は減り,より強い魔獣たちは制御が難しくなる,と?」

「その通りです」

 ほぅ,と感嘆の声が漏れる。すんなり理解されたのがよほど珍しいことなのか,例によって一瞬だけではあったがノーブルの顔にも驚きのようなものが浮かぶ。

「ルトリア領はアリシア,サナリア両国に挟まれる格好でしたが,王城は極端にサナリア側へ寄っています。サナリアの封印が解かれてさえ魔獣がルトリア領に現れなかったわけですから,仮に先日敵の手に落ちたルトリアの封印が解かれたとしても,広大な国土が距離の壁となって連合に味方するはずだ,というのが大方の見方でした」

「…でした?」

 ひっかかる。しかし今度はノーブルはそのまま説明を続けた。

「封印が解かれると一時的に世界が不安定になります。その歪みをもって封印が解かれたかどうかを判断するわけですが,帝国はどうやらルトリアの封印にかなりてこずっているようです。まだ解かれた様子はありません。態勢を立て直した連合にとっては,封印を解く時間を与える事になんのメリットもない」

 そこでまた目配せし,エリィに譲る。

「それが前回の戦い,というわけよ。せめてルトリア王城までは押し返しておきたい,という奪還作戦。ところが…」

「現れたのか,魔獣が」

「しかも,突然にね。連合軍がヴァニティ将軍率いる下級妖魔と人の混成軍と正面からぶつかり合い,やや戦局を押し気味にしたところで…左右から魔獣の急襲を受けてしまった。どうやらルマールが魔法でその姿を隠していたらしいわ。ともかく半包囲を食らって連合軍は壊滅,将兵ともに決定的な損害を受けて撤退した…」

 苦し気な表情を見せるエリィ。ふと見回すとハーディ,フレイア,ノエルいずれも表情を歪めている。

「…参加していたのか」

「そういうこと。私たち”悠久の風”にとってはじめての敗北。そしてはじめて訪れた全滅の危機。…まだ紹介していないけど,仲間のアラウドは私たちを庇って瀕死の重傷を負い…当分の間離脱。さらには…腹に据えかねたノエルがギャンブルに走って追い打ちを…」

「ちょ!そこでそれを付け足すな!」

「ここで足さずにどこで足すのよ」

 慌てて口を挟むノエルに,エリィは憮然とした表情で言い返す。なるほど今回はその雪辱か,と思うシャルルだがそれは口には出さず,代わりにノーブルへ疑問をぶつける。

「魔獣が居たことについて,大方の見方はどうなんだ?」

「難しいところです」

 と苦し気にうめくノーブル。

「封印が解けた気配はありません。となればもともとあそこまでは出てこれたということになり,ヴァニティ将軍があえて魔獣を使わずに戦っていたことを意味します」

「だろうな」

「彼らの軍略のおかげで…距離の壁の信頼性まで揺らいでしまいました。サナリアの封印が解けたからあそこまで出てこれたのか,それともはじめから出てこれたのかによって随分話が変わってきます。後者とすればどこまで出られるのか。ルトリアの封印まで解けてしまったらどうなるのか…」

「俺は前者だと思ってるがな。さすがにアリシア領までは来れないだろ。それを誤魔化すための軍略だからな」

 と,ノエル。なるほど,さっきのはノーブルを除けばことごとく楽観的なこのメンバーなればこその見通しか,と妙に納得してしまう。それとも自分が悲観的なだけなのだろうか。

(…ん?)

 ふとそこで,ノーブルが今までにない視線をこちらに向けていることに気づく。すがるような,頼るような…。チクリ,と心の奥底で小さな違和感がうずく。

「流星殿…あなたの実力を見込んで,お願いがあるのです」

 あらたまった表情で言う。急速に大きくなる違和感。

「私は所用により今回は不参加です。どうか…姫をよろしくお願いいたします」

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