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贈呈

帝国,特にヴァニティにとっては”流星”とおまけだったのかも知れないが,連合にとってはそうではない。絶対的と思われた二人の赤が悉く敗れ去ったという事実は,深刻な士気の低下を招いていた。追撃される事も無くトルサへと戻ってきた連合はしかし,すっかり疲弊しきっていたのだ。

だがさすがに,いつまでも落ち込んだままではいられない。帝国の兵力が増員されればまた激しい戦いがやってくる。一週間が過ぎ,街はまた元の活気を取り戻しつつあった。

「さすがはエリティアね~,すっごく元気だわ」

「だな」

食堂ではフレイア,ノエル,アラウドの三人が食事を摂っている。

「そういや,お嬢ちゃんはまた姫さんのところか?」

「だね。武術指導」

エリィはこのところ,練兵場に赴いて連日指導をしていた。エリティアの王都クオーカには士官学校があり,そこでは舞神流を学ぶ者も多い。兵たちはもとより,今は予備役だがかつて舞神流を学んだ住民たちの再訓練の教官として呼ばれていたのだ。

「まぁ…お嬢ちゃんは体動かしてた方が余計な事悩まなくていいからな…」

「相変わらずエリィ相手だと酷いわねノエル…まぁ現状じゃ私も同感だけど」

「となると…やっぱ問題はウチのエース様がいつ立ち直るか,だな」

皆伝として武道家として,無論指導や訓練は望むところのエリィではあったが,彼女は連日後ろ髪を引かれる思いで出かけていた。ヴァニティに完敗を喫して以降,めっきり口数が減り何かを思いつめるような様子を見せるシャルルから離れたくなかった為である。

「まぁ…ハーディも一緒だし,何かやってるみたいだからいいっちゃいいけどな」

このところの彼は,日が昇っている間はハーディと鍛冶場に籠り,夜は自室に籠って何かをやっていた。何をしているのかと尋ねても曖昧にはぐらかす。その件についてはハーディも口を閉ざしていた。

「将軍に勝つための新しい武具でも作ってるのかもね」

「あー…今思い出しても寒気がするぜ。何だあのデタラメな強さは…」

「だよね。あの時の流星君の動きだって,遠目で見てるからかろうじて追えるくらいのもの凄さだったのに。まさかそれを完封するなんて…」

「てかよぅ…アリシア城が敵に回った上にあんなのが守ってるんじゃ…女王奪還なんて…」

「ストップ!それは言いっこなしよ」

ノエルの口をフレイアが塞ぐ。しかしノエルはその手をどけて続ける。

「別に無理なんて言うつもりはねぇぜ?帝国をぶっ倒すより難しいんじゃねぇか?って言おうとしただけさ」

「…いっそ,こっちの味方になってくんないかな?」

「おぉ,それいいな…って,無理に決まってんだろ。疲れる事言うなよ」

「そうよねー…」

重苦しい雰囲気があたりを支配する。

「あ,そういえばさ…そろそろじゃない?」

「ん?」

「ほら,エリィの…」

「あー!そうだそうだ,このところの連戦ですっかり忘れてたぜ。…いつだっけ?」

「五日後だ」

アラウドがそこで口を開く。目を丸くする二人。

「アラウド…あんた,言葉忘れてなかったのね…」

「正確に覚えてることよりも,むしろそっちが驚きだぜ…」

黙って苦笑するアラウド。

「ま,まぁともかく。ちょうどいい機会よ。流星君もいい気分転換になるんじゃないかな?」

「だな。どうせならお嬢ちゃんには内緒にしといて,驚かせるか。シャルルにプレゼント気合い入れろって言わねぇとな」

「ノーブルは…」

ちょっと考えるフレイア。ノーブルはここしばらく姿を消している。だが答えは簡単に出た。

「ま,大丈夫ね。あの男がエリィのイベントを忘れるわけもないし」

「それにしても,何かしら…」

五日後。指導を終えたエリィは,首をかしげながら戻ってきた。出がけに今日だけは絶対に残業するなと厳命されていたのだ。

「お,戻ってきたの,嬢ちゃん」

「ただいま。で,どうかしたの?」

「…ま,詳しい話は後じゃ。まずはこっちへ…おっとこれもじゃ」

「え?え?何?何?」

目隠しをされてうろたえるエリィ。手を引かれて連れていかれる。

「もう取ってもいいぞい」

言われて目隠しを取ると,そこは食堂の一角。そしてそこにはメンバーと山盛りのご馳走。

「お誕生日おめでとー!」

フレイアの声を皮切りに,口々に祝いの言葉を述べる。

「すっかり忘れてた…みんな,ありがとう!」

「思い出せて良かったぜ。このところバタバタしてたからな」

「ありがとう,ノエル」

「またみんなで祝えて良かったわね。あ,でも今年は流星君が増えたか。よかったね」

意味深な笑みを浮かべるフレイア。

「ちょ,ちょっとフレイア…」

「んー?祝ってくれる人は一人でも多い方がいいんだぞ?なーに,誤解してんのかな?」

「もう!」

「しかし,いや,めでたい!嬢ちゃんがまた無事にひとつ大人になったわい!」

「全くですね。専業司祭ではありませんが,今日だけは神に感謝したいと思います。これでまた一つ,私も肩の荷が下りたと思うと…」

「…じゃのぅ。儂も嬉しいような寂しいような…」

「ふ,二人ともっ!」

「…親代わりだからな。無理もない」

「…アラウドまで…」

「さ,まずはご馳走食べましょう!後で超豪華プレゼントもあるから,楽しみにしててねー?」

エリィはシャルルの隣のお誕生席に座り.乾杯が行われて宴が始まる。

「まさか今日が君の誕生日だったとはな。聞かされた時は驚いたよ」

「まぁ…実際は,ハーディとフレイアに私が預けられた記念日なんだけどね…」

「…何とか間に合って良かった」

小さくつぶやく。

「え?何?」

「いや。何でもない」

「あ…そうか…ごめんなさい…」

「ん?何が?」

「あなたは記憶がないから…誕生日も分からないのよね」

「あぁ…いやそれは別に…」

「そうだ!」

そこで何か思いつき,顔をほころばせるエリィ。

「ね,私たちが逢ったあの日を,あなたの誕生日にするのはどうかしら?」

「…えっ?」

「で…一年たったら,お祝いしましょ?その時もこんなふうに,みんなでお祝いできるといいね」

「あ…,そ,そうだな…」

「…シャルル?」

「いや,何でも。さ,さぁ食おう。冷めてしまうよ」

「…?うん…」

しばらく,とりとめもない話をしながら和やかに宴は進んだ。

「さぁてそれじゃぁお待ちかね。本日無事に十八歳となった我らがヒロインに,超豪華プレゼントがあります!」

フレイアが言う。

「プレゼント…?」

「そう。何とこの日の為に,お父さんと良い人が愛と真心を込めて作った珠玉の逸品」

「え!?」

「お,おいフレイア…」

「照れるな照れるな。傍目に見てもそれだけの凄い奴だよ?」

「うむ。愛と真心どころか,魂も込めたからのぅ」

自信たっぷりのハーディ。

「さーてそれじゃあお披露目だよー。ほらほら除幕除幕!」

「え,えぇ…」

促されて,エリィは隅に置かれていた謎の物体に近寄ると,掛けられていた覆いを取り払った。

「!!」

それは,防具一式。白く輝く胸当てには,控えめながら大小十個ほどの宝石がはめ込まれ,その周囲には凝った装飾と幾何学的な文様。手足の甲にも同様の装飾が施され,要所にあしらわれた数個の宝石がきらきらと光を反射している。

「こ…これ…」

「何とか間に合って良かったよ。このところ,ハーディとずっとこれを作っていたんだ」

「まったく,隅におけねぇよな?妙に思いつめてると思ったら,コソコソこんなもんを作ってやがったとは」

にやにやしながらノエルが言う。

「ま,まぁ…礼装としてはちょっと控えめかもしれないけどな。そっち向きにし過ぎると,逆に日頃使えなくなるからさ…」

「あ…ありがとう…嬉しい…」

ポロポロと涙をこぼすエリィ。

「お,おい…」

「ふーん…お嬢ちゃんもやっぱり段々大人になってきてんだな…」

「そんなの当たり前でしょ!」

ぽかり,とノエルを殴るフレイア。

「姫…せっかくですので,よろしかったら着て見せて頂けませんか?私も初めて見ましたが,これは確かになかなかの出来ですよ…」

すっかり目を奪われた様子のノーブルが言う。

「あ…う,うん…」

「じゃぁちょっとお召し替え行ってくるねー」

防具を大事そうに抱えるエリィと,手伝いのフレイアが食堂を出ていく。

「しっかし…お前,あんなたくさんの宝石どうやって手に入れたんだよ?」

「あ,あぁ…まぁ結構つぎ込んだかな」

自分で作ったとも言えず,微妙に言葉を濁す。時間と労力をつぎ込んだのは間違いない。

「まさか全部突っ込んだのか?」

「ま,まぁ…」

持てる知識と技術を全て突っ込んだ,のも間違いない。

「おいおい…そりゃ相手がお嬢ちゃんとはいえ入れ込み過ぎだろ。自分の生活どうするんだよ?」

「…何とかなるさ」

苦笑する。若いねぇ,とにやにやするノエル。

「ドワーフ殿も,随分気合いを入れましたね。王宮の装飾士もかくやと言うほどの出来ばえでした」

「まぁのう。ほかならぬ嬢ちゃんの事でもあるし,ほかならぬ流星からの頼みでもある。このハーディ,古代王国時代の鍛冶師と一世一代の大勝負,というくらいの意気込みでやらせてもらったわい」

胸を張るハーディ。

「ほんとに助かったよ,ハーディ」

「なんの,むしろ儂こそ礼を言わねばならんよ,流星の。あれは間違いなく儂の最高傑作じゃ。これだけの栄誉を与えてもらえて儂は果報者じゃ」

「お,おい…」

感涙にむせぶハーディ。

「はーいみなさんお待たせー。主役の登場でーす」

とその時,入口からフレイアの声。

「ちょ,ちょっとフレイア…他の人たちに迷惑でしょ,そんな大声で言わないでよ…」

続けて困ったようなエリィの声。

「いいじゃんいいじゃん。見せつけてあげましょう」

「う…」

「ほらほら早く!」

もじもじしながら姿を現すエリィ。その瞬間,ほぅと漏れる感嘆の声。

「おー…こいつは想像以上だぜ…」

さしものノエルもぽかんと口を開けて目を丸くする。いつもは束ねられた髪は丁寧にくしけずられ,さらさらと流れてきらきらと光をはね返す。それと一緒になびく桜色のマント。

「ちょっと,お世辞はやめてよ…」

「いやいやなんのなんの,こりゃほんとにどこぞのお姫様でも通用するぜ?ほれ見てみろよ」

「!?」

促されて視線を移すと,そこにはとめどなく涙をあふれさせるハーディとノーブル。

「こ,このノーブル!姫をドワーフ殿達に預けた日より今日まで!これほど喜ばしい日はありませんでした!」

「うむ!うむ!報われたのぅ!魔法男よ!儂も感無量じゃ!」

「ふ,二人とも大げさよ…」

頬を染めながら恥ずかしそうに言うエリィ。

「ほらほら,流星君も何とか言ってあげなよ」

フレイアが促す。

「良かった,似合うかどうかちょっと心配だったんだ…とても綺麗だよ,エリィ」

「シャルル…」

「あ…と,ところで,その鎧には仕掛けがあってな…」

上気した顔で潤んだ視線を向けてくるエリィに引き込まれそうになって,慌てて話をそらす。

「…仕掛け?」

「そのマントだと,馬に乗る方が似合いそうなんだよな。でも舞神流って足技だしな,って思っていたんだが…武器もやってるんだって?」

「あ,うん…開祖が槍を使っていたみたいで,槍も習うわ」

「そこで…」

言いながら近くのテーブルをどけ,場所を広げる。

「ちょっとそこに立って,俺の真似をしてみてくれるか?」

「え?うん…」

見よう見まねで動作を真似ると,手の中に三叉槍が現れる。こちらにも宝石と凝った装飾が施されている。

「!?」

「お…おいおいおい!?何だそりゃ!」

「び,びっくりね…どんな魔法?って,あー…魔法か」

「最高傑作と言ったじゃろう?」

ちっちっと指を左右に振るハーディ。

「むぅ…鎧だけと思っていましたがまさかここまでとは…」

考え込むようなポーズでうーむ,と唸るノーブル。

「もう一度同じ動作をすると消えるよ…さすがにここで使い心地を試してくれとは言えないからな」

苦笑する。

「ありがとう…シャルル。大事にするね…」

「あー…,前にも言ったけど,中の人の方が大事なんだからな?」

「うん…嬉しい…」

「流星君」

つつつ,とフレイアが寄って来る。

「?フレイア…?」

ちょっとちょっと,と耳元に口を寄せてきて。

「それにしても随分頑張ったね…。もしかして,今夜勝負をかける気?」

「!い,いや…」

「ふふーん?」

意味深な笑い。またろくでもない誤解を…と思いかけて,いや待てよ,と思い直す。真似をしてフレイアの耳元に囁く。

「頼む。今夜はそっとしておいてくれ」

「…え?」

目を丸くするフレイア。しばしの沈黙。そのあと。微笑みながら親指を上に。まぁ明日になれば全て分かる事だ。とりあえず放っておこう,と割り切って,曖昧な笑みを返すだけにしておいた。

宴も終わり,各々部屋へと引き上げる。頃合いを見計らってエリィの部屋へと向かい,一つ深呼吸してからドアをノックする。

「エリィ…ちょっと,いいか?」

「シャルル…な,何?」

扉を開けてまず驚き,そのあと頬を染めてエリィは言う。

「どうしても今夜,君に話さなければならない事がある。時間をくれるか?」

「う,うん…」

どうぞ,と扉を開く。しかしどこかぎこちない。

(まさかフレイアの奴…)

余計な事を吹き込んだりしていないだろうな,と不安になり,迷った挙句に扉は少し開けておく。あまり見聞きされたくはない話だが,誤解をされるのはもっと心苦しい。

「…エリィ?」

部屋に入ってみると,違和感。ベッドの上に鎧が置いてある。

「あ,その…」

気まずそうに頬を染めるエリィ。

「あんまり嬉しかったんで…その…枕元に置いて…」

(う…)

ぎこちなさの原因はこれか。心が痛む。

「…鎧は居なくならないよ」

「…シャルル?」

その物言いに不安を感じたのか,エリィが控えめに名を呼んでくる。

「…」

「ど…どうしたの?」

「エリィ…すまないが…俺のわがままを聞いてくれないだろうか…」

「わがまま?」

「あぁ…本当はこんな事を言える立場じゃないんだが…だが…」

「と,とにかく…座って?落ち着いて話しましょう?」

ただならぬ気配を察して間を取るエリィ。勧められるままに椅子に座る。

「…とても大事な話?」

自らはベッドに腰を下ろし,エリィが尋ねる。

「そうだ」

「…分かったわ。ちょっと待って」

そう言うと,大きく二度三度と深呼吸し,厳しい表情になる。

「いいわ。言ってちょうだい」

頷いて,口を開く。

「俺に…時間をくれ」

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