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試験

「…は?」

 予想の斜め上を行く意外な言葉に,思わず言葉が漏れる。それは一同も同意見だったようだ。皆一様に目を丸くする。

「どの道返すまでは一緒にいてもらわなきゃならないし,ほかにあてが無いなら特に問題もないと…」

「ちょ,ちょーっと待った!」

 そこでノエルがエリィを遮る。

「いきなり何を言い出すんだエリィ!仲間だと!?言っちゃ悪いが,こんな,どこの馬の骨とも分からん奴を!?」

 賛成,と馬の骨呼ばわりされた当人は心の中で同意する。

「俺たち”悠久の風”はそんじょそこらのパーティとは違う!だいたい…」

「あらノエル?その”悠久の風”を破産寸前に追い込んだのはどなたでしたっけ?」

「うっ…」

 今度はエリィがノエルを遮って皮肉を言い,ノエルはぐっと言葉に詰まる。

「私は別に構わないわよー?」

 するとフレイアがにやにやしながら口を開く。

「実力も分からない男をいきなりパーティに入れようなんて,日頃のエリィからはとても想像できないけど。きっとそれだけの何かが…」

 喉元にフォークが突き付けられ,続きを飲み込む。

「何かって,何かしら?」

 にっこりと氷の微笑を浮かべるエリィ。

「な…何でもありません」

「しかしのぅ,嬢ちゃん…。味方はしてやりたいが,それは無理押しというものじゃぞ」

 髭に手をやり考え込む仕草を見せながらハーディが言う。さしものエリィもハーディには立場が弱いのか,途端に表情を曇らせる。

「少しでも早く返済するなら,それに見合う依頼を受ける必要があろう?それを手伝わせるというのも無理押しなら,それについてこれるのかも分からん。彼のレベルに合わせて依頼のレベルも落とすのではいよいよ本末転倒じゃ」

「それは…そうだけど…」

 エリィはすがるような目で残るノーブルを見る。ノーブルは一瞬だけちょっと困ったような表情を見せたが,すぐにまた元の無表情に戻り,しばらくエリィとシャルルを交互に見て,言った。

「ドワーフ殿に賛成ですね。姫,彼を危険にさらすような真似をするのはどうかと思いますが?」

 エリィはもはや泣きそうである。なぜそんなにムキになっているのだろう?シャルルは成り行きを見守りながら考える。たかが装備代を立て替えただけではないか。いくら考えても分からない。それとも何か取り返しのつかないミスをしてしまったのだろうか,と考えてしまうほどエリィの行動は不可解なものだった。

「じゃあ,こうしようぜ」

 ノエルがにやにやしながら口を開いた。信用はできないが提示される打開策に期待するしかない,そんな複雑な表情で次の言葉を待つエリィ。

「今から,入団テストをするのさ。入団に見合う実力があるなら,俺たちとしても助かるだろ?」

 面白そうだね,どうやるの?と興味津々のフレイア。

「なぁに簡単さ。エリィと組み手をして勝てば合格」

「なっ…」

 しばし絶句した後,エリィは猛然と抗議した。

「それこそ無理押しでしょノエル!そんな無茶な…」

「おいおい,ハーディの言葉をもう忘れたのか?依頼のレベルを落とさないために最も理想的な条件は,そいつがお前並みに強いことだろ?」

「う…」

「なぁ…ちょっと聞いていいか?」

 ぼそぼそと隣のハーディに囁く。言い合う二人を横目で見ながら,シャルルはふと感じた疑問をぶつけた。

「このパーティでは,彼女が一番強いのか?」

「物理的な戦闘力なら間違いなく嬢ちゃんじゃろうな」

「ほぅ…」

 意外と言えば意外だが,言われてみればあの獣を追ってきたのは彼女一人だった。一人で仕留める実力があればこそのあの行動だった,ということか。しかし,確かあの時は手ぶらだったような気がする。どこかに武器を隠していたようにも思えないが…。

「…武器は何を使うんだ?」

 当初の彼女の格好を思い出して妙に居心地が悪くなり,それ以上考えるのは止めて尋ねる。

「基本は…使わんよ」

「は?」

「嬢ちゃんは無手…手というよりかは足かのぅ。舞神流の皆伝じゃ。知らんと思うが,一蹴砕万象が謳い文句の,歴史と伝統ある正統派中の正統流派じゃ」

「一蹴りで全てを砕く,か…それは豪気だな。それであんなにムキになっているのか…」

「まぁのう…そんじょそこらの自称腕自慢程度では,何をされたか分からんうちにあの世行きじゃ」

 優しい娘なんだな,という好感もちらりとかすめたものの,シャルルの頭のほとんどすべては,何をされたか分からんうちにあの世行き,の部分に魅せられた。そんな大事な情報が先ほどの紹介でパスされていたことなど,すでに意識の片隅からもはじき出されている。

「とーにーかーく!譲れんぜこれは!俺たちの為にも!何よりヤツの為にもな!」

「う…」

 ヤツの為にも,と言われてしまえばそれは全くその通りで,それ以上エリィは言い返せなくなってしまった。助け舟も出される気配は無い。

「決まりだな。で…どうする?」

「…」

 ノエルの安心しきった視線とエリィの悲しげな視線が向けられる。受けるはずがないし,受けるのは自殺行為,という空気があたりを支配していた。

「…OK,やってみよう」

「な…」

 訪れる沈黙。ややあって場は騒然となる。

「無理よ!誰か説明してあげて!」

「お,お主何を聞いておったんじゃ!?死ぬぞ!?」

「生半可な実力では死にますよ?というか,貴殿は記憶もなしに何を無茶な!」

「うーん,若いって素晴らしいわね」

 当然と言えば当然の反応。しかしむしろそれこそが彼の望みであるとは誰も夢にも思わない。

「は,はは,オーケェイ!いいねその思いっきりの良さ!好きになれそうだぜ!」

 これまで敵対的に見えたノエルががらりと態度を好転させる。

「でも,シャレにならんぜ?やめとけよ」

「いや,問題は無い」

「…」

 しかしそれもつかの間,助言を聞かないシャルルに対し彼は肩をすくめて見せた。

「さぁ,やろうか」

 少し離れたところに移動して,エリィに声をかける。そうなってしまえば彼女も退くに退けないし,周囲も今更止めるわけにはいかない。場の空気が急速に緊張していく。

「お主…武器はどうする?鎧は?」

「必要ない。…言っておくが,手加減は無用だぞ。はじめから本気で頼む」

 言われてまごつくエリィ。一応構えをとってみるものの,眼前の相手はまったくの棒立ちである。

「おいエリィ,そこまで言われちゃ本気でいくしかないぜ?」

 吐き捨てるようにノエルが言う。少し後に起こるであろう,見たくもない惨劇を,防ぐ手立ての無い不機嫌さがその顔にありありと見て取れる。どうみても隙だらけなのに不自然なほど自信たっぷりの言動に,得体のしれない緊張が一同の間にも広がる。

 しかし,平静を装うシャルルも別の次元で緊張していた。いくら一蹴りで全てを砕くといっても,腕や足を砕かれた程度で死ぬわけがない。

 痛いのは御免だ,一撃で頼むぞ,とおよそ筋違いな願いを抱いて,思わず口元に自嘲の笑みが浮かぶ。

「!」

 それが合図となった。その様子を見て取ったエリィがかっとなり,反射的に蹴りを放ってしまったのである。心配する気持ちが強すぎたのが仇となった。しかしその瞬間,またシャルルの耳の奥で音が響き,世界はその速度を遅らせる。

 右脚へと向かってくる下段回し蹴りも,怒りから後悔へと徐々に変化していく表情も,シャルルは驚くほど冷静に眺めることができた。かっとなっても手加減するんだな,とまた場違いな好感を抱きつつ,こうならなければ痛い思いだけ損になるところだったとほっとしつつ。落ち着いて,まず狙われた右脚でそれをまたぐ。伝える対象を失った勢いはそのまま彼女の足を流れさせ,後悔になりきる前にその表情は驚きへと変わり始める。続けて左脚でそれをまたいで完全にかわすと,ふと思い付き,その左脚で彼女のふくらはぎを軽く払った。

 そこで世界は元の速度を取り戻す。とりあえず危険を察知してから危険を回避するまでこの状態になるのだろうか,などと冷静に分析するシャルルの前で,予想外の力を加えられたエリィはくるりと一回転。倒れそうになるが何とか体勢を立て直す。

「…!」

「おいおい,なーに空振りしてるんだよ。脅かしにしちゃあ無様すぎるぜ?」

 ノエルがあきれたように言う。どうやら何が起こったのかは観客には分かっていないようだ。しかし当のエリィには分かっているはずだ。驚愕の表情がすべてを物語っている。

「…手加減は無用だと言ったはずだがな。それともこれが本気なのか?」

 手加減したのだ,との見方で一致していたのだろう。その場が凍り付く。しかしそんなことには構っていられない。どれほど手加減されていたのか分からないが,あの程度では到底死ねそうもないのだ。あれが自分の意思と無関係に発動している現状では,あれをはるかに上回るほどの攻撃をしてもらわなければならない。

 そもそもあれに限界はあるのだろうか…と考えを巡らせるシャルルの前で,エリィは一同が思わず息を呑むほどの気迫をみなぎらせ,しかしどこか嬉しそうに言った。

「謝るわ。あなたの力を見くびっていたようね。手加減なし,本気でいくわよ」

 ん?心の片隅にひっかかる,しこりのような違和感。だがそれが何なのかを考えている余裕はおそらく無さそうだ。無さそうだが,万全を期して言葉を重ねる。

「俺に余裕を与えるなよ?反撃するぞ」

「望むところよ!」

 再び時はその歩みを遅らせる。繰り出された蹴りは,先ほどよりもだいぶ速いだろうか。じっくり見てかわせるレベルではなくなっている。しかしそれでもまだまだ,彼の生命を脅かす程ではない。先ほどよりだいぶ忙しいが,ひょいひょいと攻撃をかわしていく。

(…美しいな)

 シャルルはしかし,また場違いなことを考えてしまう。さすがは歴史と伝統ある正統流派と言うべきか,攻撃が多彩である。中段と見せて上下段に軌道が変化してみたり,かわした脚が逆方向から戻ってきたかと思えば,そのまま身体を回転させて逆脚で襲ってくる。それは真剣そのものでありながらやはりどこか嬉しそうな彼女の表情とも相まって,彼の心をしびれさせた。

 わざと当たってみたらどうなるのだろう…とふと思う。速度が遅い分破壊力も弱いのだろうか。それとも遅くなっているように感じているだけで,世の中は自分とは別に動いているのだろうか。後者を考えて身震いする。破壊力が変わらないのに遅い打撃を食らえば,ゆっくり砕けていく骨とゆっくり潰れていく肉,徐々に増していく苦痛となる可能性は高い。およそ自分の望みとは対極だ。

(!しまっ…)

 ついつい考えに夢中になりすぎたようだ。こちらの体が前へ崩れたところへ,至近距離から鳩尾へとカウンター気味に繰り出される左の膝蹴り。当たってみたら,という思いがちらりと心をかすめるが,ぶるっと身震いしてそれを振り払う。身体を右にひねって紙一重で膝をかわすと,右腕で左脚を,左腕は脇腹から腰へ回して抱え込み動きを封じた。時は元の速さを取り戻す。

「あ…」

「え…」

 結果,思いもかけず二人は密着状態となった。至近距離に,お互いの顔。一瞬何が起こったか分からず,正面からぶつかり合う視線。

「わーぉ!」

「…!」

 フレイアの驚きとも歓声ともとれる叫びで,二人は弾かれたように離れる。

「す…すまん,ちょっと受けをしくじった…」

「えーと,あの,その,気にしないで…?」

「おいおい何だよそのオチは!さんざ緊張させといてそれか!?」

「若い!若いわよ二人とも!いやーいいもん見せてもらいましたっ」

「ダメじゃ!それは許さんぞい!」

 急速に緩んでいく場の空気。しかし早鐘のように打つ心臓を落ち着かせるのに,2人はそれなりの時間を費やさねばならなかった。

「さて…」

 頃合いを見計らって,ハーディが口を開く。

「あの結末はともかく。テストは合格,と見て間違いないかのぅ?」

「そうだな。俺も文句はねぇよ。あのオチはともかく」

「実際あれだけやるとは思わなかったわ。私も異議なしね。あの最後はともかく」

「なんでみんなそこにひっかけるのよ…」

 今にも泣きそうなエリィ。これはしばらくからかわれるだろうな,と自分が原因であることを棚上げしてシャルルは苦笑する。

「…」

「む?魔法男?お主は不満か?さっきから一言もしゃべっておらんが」

 一同の視線がノーブルに集まる。彼は考えをまとめるかのように,エリィとシャルルを交互に見る。

 無理もないな,とシャルルは思う。記憶が無いというのもあくまで自称,素性も得体もしれない男がある意味デタラメともいえる強さを見せたのだ。ごく普通に考えて,仲間に加えることのリスクはかなり大きい。

 ふとそこで目を向けると,ノーブルと視線がぶつかる。心の奥底まで見透かそうとするかのような瞳に引き込まれ,一瞬時間の感覚が失われる。

 長い間だったのか,それとも瞬きほどの間だったのか。ノーブルは視線を場に戻すと,静かに言った。

「リスクが大きすぎます」

 びくり,とエリィが身を震わす。その様子に気づいたのかどうか。ノーブルは肩をすくめてひとつ溜息をつき,言葉をつないだ。

「が…姫の悲しむ顔は見たくありませんね。了承するしかなさそうです。」

「みんな,ありがとう」

 エリィが言う。チクリ,とすっかり忘れていた先ほどの違和感が心の片隅でうずく。

「ですが…あの展開はもうちょっと人目をはばかって欲しいですね」

「!ノーブルまで…」

「いやそこ大事だろ」

「でしょ」

「じゃのぅ」

 和やかな雰囲気。エリィはコホン,と一つ咳ばらいをしてから,手を差し出して言った。

「シャルル。ようこそ”悠久の風”へ。これからよろしくね」

(あ…)

 唐突に,先ほどからの違和感の正体に気づく。

(これじゃしがらみを増やしただけじゃないか…)

 しかしどうやらもう引っ込みはつかないようだ。迂闊さに辟易しながら,しかし表に出さないように苦心しつつ,シャルルはその手を握った。

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