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敗北

結局立ち上がることができず,木の根元に腰を下ろして休む。

「もう…アイツ,何なのよ」

エリィがむくれる。

「帝国の凄腕っていうからどんなに凄いのかと思ったら…お,思い人とか何とか,人を慌てさせて喜ぶなんて趣味悪いわね…」

「はは…エリィにかかっちゃヴァニティも形無しだな」

「でも…何であんなこと言ったのかな?同志になれとか何とか…」

「…言葉通りじゃないかな」

「えっ?」

目を丸くする。

「逢ってみて分かった。奴は…俺と同じ龍戦士だ」

「!」

「おそらく奴も俺の事を感じ取ったんだろう。で…逢いに来た」

「な,なんで…」

「龍戦士が敵味方に分かれて戦う事の恐ろしさは,おそらく奴にも分かっているはずだ」

だが逢ってみて分かった。現状で絶望的なのは明らかに自分の方だ。また嫌な汗が流れる。

「…シャルルは,仲間になるつもりだったの?」

エリィが控えめに聞いてくる。

「奴にも言ったが,それは君次第だ」

「え…」

「奴も言っただろう?君を置いてそんな決断をするわけがない。俺は…この命を君の為に使うと決めた」

「シャルル…」

「君が帝国の敵に回ると言うなら君は奴の敵,だろうな…。そして,奴が君に危害を加えるというなら奴は俺の敵。それだけだ」

「ね…さっきのあの言葉…いったい何だったのかな…」

「邪神の復活を目論まなければ…ってあれか?」

「うん…」

「分からんな…こちらを揺さぶって引き込もうとしたのか,何か裏があったのか…だがそれを確かめる機会は失われてしまった」

「そうよね…もう!ランツの奴余計な事を…」

またむくれるエリィ。

「しかし…困ったことになった。こんなことを言ったら失礼だろうが,ランツが勝てるとは到底思えない」

「経験も実績もある龍戦士,だもんね…」

「証拠を見せられた時点で撤退すれば無用な争いは避けられると思うが…あの会議の様子を聞く限り,ランツが一騎討ちをやめるとも到底思えない」

「そうね…」

「このままでは…見殺しになってしまう。だが…」

「今から呼び出して,やっちゃう?」

「…は?」

サラッと不穏な事を言い出すエリィ。

「要はアイツの鼻っ柱をへし折って,調子に乗らない様にしちゃえばいいのよね?」

「お,おいおい…」

「でも,そうでもしなきゃ引っ込まないわよ?アイツ。シャルルがなんでそんなにアイツの事を心配するのか分からないけど,四部衆わたしたちの間ではお互いに強制しないってルールもあるの」

「そ,そうなのか…」

「でもアイツ,真の赤がどうとか言ってたでしょ?あなたとの一騎討ちなら喜んで応じると思う」

「…やらなきゃ,いかんかな…」

元はと言えば初対面の時にまともに相手をしなかった事も影響している。あの時はあれがベストと思ったが,なかなかに世の中は難しい,と溜息をつく。

「まぁでも…見せられた証拠次第では”火”の仲間が止めに入るかも知れないわね」

「俺には”火”のことはよく分からんが…ランツがそれをどれだけ聞き入れると思う?」

「…無理かしら」

「…そうか。仕方がない」

どうにか落ち着いたようだ。言いながら立ち上がる。

「ランツを呼び出そう。気は進まないが,真の赤決定戦をするしかないな…」

「おー,見事に黒一色の部隊じゃのぅ」

ハーディが言う。翌朝,ヴァニティは部隊を率いてその姿を見せた。砦と連合軍,そして黒の部隊が三角形をつくる形で対峙する。

結局,昨夜はランツと戦う事はできなかった。完全にヴァニティに腹を立てていたランツは是が非でも先にヴァニティを倒すと主張し,向こうがそうである以上は強制することはできなかったのである。

「中佐…やはりここは撤退すべきです…」

”風”と”火”は本陣に控えていた。エリィが控えめながら進言する。

「待てよエリィ。俺は奴に挑まれてるんだ。やらずに逃げるなんて真似はできねぇ」

(挑んだのはお前の方だと思うが…)

思いはするが口には出せない。この場で仲間割れなど起こせるわけも無い。

「おや?一騎,駆けてきますね。使者でしょうか…」

白旗を上げている。ラルスの合図で通り道を開けると,馬を降りて歩いて来る。

「こちらは帝国軍黒騎団である。ヴァニティ将軍からの言葉を伝えに来た!」

「エリティア軍,クリミア中佐だ。承ろう」

コホン,と咳ばらいをして使者は声を張る。

「先に約した証拠はお見せした。無駄な損害を出したくなければ速やかに兵を退かれたし」

「なにぃ…?」

途端に怒気をはらむランツ。

「ゆうべのあの流れで,これなんだ…」

「まぁ…責任ある立場としてはそうなるのかもな」

ぼそぼそとエリィと囁き合う。

「おいてめぇ…ヴァニティの野郎は怖気づいたのか?一騎討ちの話はどうなった?」

「ちょっとランツ…これは軍同士の話なんだから…」

「うるせぇ!こいつはヴァニティが口だけかどうかって話なんだよ!」

「…」

ちらり,とクリミアを見る使者。この発言に答えていいのかどうかの確認。困った表情ながらクリミアが頷くのを見て,口を開く。

「なお…物わかりの悪い輩が居る場合には出してよこせ。末路を見せれば判断の助けとなろう,とのことです」

「!!」

ぴくり,と震えるランツ。みるみるうちに顔が血の気を帯びて来る。

「この野郎…」

「よせ!使者に危害を加えるな!」

ラルスが止めに入る。クリミアが了承の頷きを見せると使者は一礼し,馬にまたがって戻っていく。

「役者が違い過ぎる…これはもう,止められねぇわ…」

聞こえないようにノエルがつぶやいて肩をすくめる。

「おい離せ。これ以上止める奴は誰だろうと頭を叩き割る」

ランツはラルスを振りほどくと,帝国軍へ向けて歩いて行く。それを見て,先頭にいたヴァニティが馬を降りると前へ進み出る。二人は中間地点で対峙した。

「…やはり,やるのか」

相手にだけ聞こえるようにヴァニティが言う。

「…当たり前だ。アリシアをよこすって話,忘れんなよ?」

「…一つ,聞こう」

「何だ」

「…お前には,お前の死を悲しむ者が居るのか?」

「なにぃ…?」

「…居るならば,命までは取らん」

「ほざけっ!」

鋭く叫ぶと,間合いを取って二丁の斧を構える。

「…答えないのならば仕方がないな。来い…」

「…そのでかい口,すぐに叩けなくしてやる!」

ランツは一気に間合いを詰め,右手の斧でヴァニティの頭を叩き割りにいった。しかし次の瞬間,その肘から上が宙を舞う。

「な…!?」

驚愕の表情を浮かべて飛びすさり,次に茫然と,本来は自らの右手があるべき空間を眺めるランツ。

「ちょ…何が起こったってんだ?」

「な…何も見えなかったよ…?」

呆気にとられるノエルとフレイア。しかし周囲の兵たちも何が起こったかは理解できていない。

「…今一度聞こう。居るのか?居ないのか?」

「うるせぇっ!」

ランツは怒りの目を向けると,突進しようとする。ところが今度は左足の膝から下を失ってその場に転がる。

「ぐ…!」

「…ここまで,だな。すぐに手当てをすれば死にはせん」

おい,すぐにこいつを連れていけ,と連合軍に向かって言い,ヴァニティは踵を返す。

「ふざけるなぁっ!」

しかし何とか立ち上がったランツは,残った右脚で跳躍。背後からヴァニティに一撃を加えようとした。

「うっ!」

思わず目を背けるエリィ。振り向きざまヴァニティはランツの四肢を悉く切断。胴も袈裟斬りに切り離した。

(あ…圧倒的じゃないか…!)

技量もそうなら得物も恐るべき強さだ。抜いているのは間違いないはずなのに全くそれが見えず,しかもランツの着ていた鎧ごと綺麗に切断している。

「…不本意だが,ご覧の通りだ!どうする,まだやるか!?」

「く…っ!」

「ちょ,ちょっとシャルル!?」

「奴が君の敵に回る以上…逃げるわけには行かない…っ」

ランツを止められなかった事,このままいけばエリィが遠くない未来にああなってしまうかも知れない事,いろいろな思いが渦巻いていた。気圧された兵たちが左右に引いて開いた道を,ヴァニティへ向かって歩いていく。そして,対峙。

「…退け,流星。お前には守るべき者が居るだろう」

「お前がエリィの敵に回るなら,お前は俺の敵だ…」

視線を正面から受け止める。

「…世界を敵に回す覚悟を決める,という事か?」

「そうだ…」

「…よかろう。ならばその覚悟,どの程度の物か見せてみろ」

「…行くぞ」

そう言って一度後ろへ跳び,間合いを取る。決して無策ではない。万一に備え準備した奥の手がある。

(〈紅の章第三〇頁展開…【紅龍】〉)

翼の開閉が生む三段階の速度変化が起こす,急激で予測不能な機動。それによって敵を翻弄し絶大な戦果を上げたカスタム機,紅龍。”紅き流星”が最後に駆ったその機体にヒントを得たこの魔法は,標準状態で最大三倍までの速度変化を瞬時に起こして機動のバリエーションを増やす。ぶっつけではあるがアレがあれば使いこなせるはずだ。

(間合いのギリギリから裏へ回る…!)

ランツと同じ突進と見せて,間合いの外から二倍に上げて曲刀と逆側の側面へ飛び込むと,最も迎撃しづらい背後側から胴を薙ぎに行く。しかし,確かな感触を残して何かに弾かれる剣。

(く!)

すかさず飛びすさる。原因は分からないがそれを考えている暇は無い。攻撃が失敗した時点ですぐに離れなければやられる危険は高いのだ。

(ならばっ!)

ゆっくりとこちらへ向き直るヴァニティに再び突進。逆方向へのフェイントを一つ入れてから二倍に上げてまた同じ方向へ飛び込み,今度はそこから三倍に上げて完全に背後へ回り込む。帯剣している側から逆袈裟に切り上げる。だがまたしても弾かれる剣。

(な…っ!)

またすかさず飛びすさって間合いを取る。

(さ…三倍だぞ!?いくら素人の攻撃だからって…っ!)

またゆっくりとこちらを向き直るヴァニティ。

「…退け」

「…なに…」

「…お前は,既に二度斬られている」

「!?」

ヴァニティの指し示す先を見て驚愕。すでに胸当てには十字傷が付いている。

「これ以上は無意味だ。退け…」

「…まだだ,まだ終わらん…」

自分でもよく分からない意地。まだ奥の奥の手が残っている。念のために付けておいた,紅龍の倍掛け。

「いく…」

ぞ,と言いかけたところでしかし先にヴァニティの姿が消える。

「う…」

次の瞬間,首筋に冷たい感触。抜き放たれた黒い刀身が頸動脈へ押し当てられている。

「これで三度だ。退け…次は無いぞ」

「…く」

「…今のままのお前ではユーリエを渡す事はできん」

突然の一言。

「なに…?」

「世界を敵に回す事もできん」

「く…」

「何より…あの女を守る事もできんぞ」

「!」

ちらり,と目だけで促すヴァニティ。同じく目だけでそちらを見れば,制止を振り切ってこちらへ駆けてくるエリィ。

「く…やらせん…」

全てを捨ててでも…と言いかけた瞬間に,機先を制してヴァニティの言葉。

「…また異世界へ飛ばされたくないのなら,力の無駄遣いはするな」

「!?」

「さもなくば,力に取り込まれる」

「な…なぜそれを俺に…」

「…退け」

刃を引き,鞘に収めるヴァニティ。その瞬間に四肢から力が抜けてへたり込む。

「シャルル!」

そこへエリィがたどり着き,間に割り込んでヴァニティと対峙する。

「だめだ…エリィ,下がれ…」

「…いいか,流星。これが今のお前だ。守りたいと思った女を危険に晒し,それをどうすることもできない」

「く…」

「悔しければ,次に逢う時までに強くなっておくのだな…」

そして連合軍へ向かって声を張り上げる。

「連合の誇るエースは仕留めた!これでもまだ刃向かうというなら容赦はせんぞ!」

そう言って,自軍へと戻っていくヴァニティ。

「だ,大丈夫?シャルル…」

「…完敗だ」

それだけを絞り出すのがやっとだった。

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