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禁忌

シャルルが寝ていた間にも,世界は忙しく動いていた。

”火”の加入によって帝国の大部隊を退けた連合は,反転攻勢に移るべく準備を整えていた。手に入れた情報によれば帝国は着陣したほぼすべての新規兵力をトルサに振り向けたため,相変わらずアリシア王城には小規模の守備兵しか置いていないらしい。そこで手薄になっているはずのマイシャ砦を攻撃して最低でも敵の足を止め,同時攻撃で王城の奪還を達成しようという作戦が立案されていたのだ。

アリシア軍の判断次第でその作戦は実行に移される事となり,シャルルが倒れたその日の夜のうちにトルサを伝令が出発していた。より激戦となるのはトルサ側であるため,そちらの援護の為に第三軍のいくらかを回し,足並みをそろえて出撃する作戦であったが,早速に訪れた好機にアリシア軍は即座に実行を決断。ちょうどシャルルとランツが出会っていた頃,トルサの援護に回るべく第三軍の一部がマヒロを出撃していたのだ。

二日後の夜に第三軍は到着,翌日連合軍はマイシャへ向けて出撃した。

「流星君,いくらなんでも従軍はまだ無理じゃないの?」

心配そうにフレイアが尋ねる。”風”も攻撃部隊として同行していた。

「でかいのとか強いのを相手にしなければ何とかなるさ」

良心の呵責に耐えながら答える。あの後だいたいの経緯を説明したエリィは,隣で複雑な表情を浮かべている。

「まぁ今回は私と姫で流星殿のサポートに回りますので…」

とノーブル。こういうとき仮面を付けているのは何かと便利だな,と思う。

「そういえば魔法男。お主こそここにおって良いのか?今回はアリシアの第三軍も一緒じゃぞ?」

「…まぁ大丈夫ではないでしょうか。数そのものは少ないですし。向こうからわざわざこちらに会いに来るような事がなければ…」

とその時一頭の馬が近づいてくる。厄介な,とノーブルは小さく呟き,ごく自然な動きで陰になる位置へと移動する。

「”風”の皆さん,ご無沙汰しております」

「お主は…確かギ…」

「ギルバートです。先日のお礼をどうしてもと思いまして。皆さんの的確な判断と迅速な行動で早期に決着したと聞き及んでおります」

「あー…というかむしろ,済まんなあんなこと言っちまって…怪我はもういいのか?」

ぼりぼりと頭をかきながらノエルが言う。

「怪我自体はもうすっかり全快です。落ちてしまった体力がまだなので,馬上から失礼させて頂きますが…」

「え?でも結構な瀕死だったんでしょ?」

「…そうですね。学院が制圧されてしまった現状では,正直絶望というのが妥当な見立てでした」

苦笑するギルバート。

「ただ…幸運にもクマルー卿が現れて的確な処置を施して下さったのです。そのおかげでごらんの通りです」

「ほぅ。そのクマルー卿とやらは,よほど腕の立つ魔法使いなんじゃのぅ」

「それはもう!」

と誇らしげに言うギルバート。

「世界中から英才の集まる学院に歴代最年少の六才で入学を認められ,しかもたったの数ヶ月,歴代最短で全課程を修了。超一流の魔道士の指標とされる辞典百頁以上,いわゆる百式操者ハンドレットマスターの一人にしてその頁数も歴代最多と噂される,学院始まって以来の英才です!」

「はー…凄い奴じゃのぅ…」

「…曲がりなりにも女王陛下の弟をその程度で持ち上げるのはいかがなものかと…」

ぶつぶつと聞こえないように呟くノーブルに,エリィと二人で苦笑する。

「しかも,限られた者しか入ることを許されない学院図書館の最深部へ立ち入ることを許され,古今のあらゆる魔術の秘奥に通じたとされる当代随一の賢者!」

「…世の中には知らない方が良いことだって多いと思うんですがね…」

(…だんだん声が大きくなってきたな…)

「先王フローネ様の弟にしてユーリエ様の後見もなさっている素晴らしいお方です。私の目指すべき目標です!」

子どものように顔を紅潮させて語るギルバート。

「ユーリエ様が奪われたのに後見もへったくれも…。そもそも目指すというなら前線に踏みとどまって戦うなど…」

「ちょ,ノーブル,聞こえるわよ」

いよいよ呟きが大きくなったノーブルをエリィが慌てて制する。

「…おや,もしかして」

そこでギルバートが,陰の方に隠れるようにしていたノーブルに気づく。

「そちらの方がかの有名な”仮面の賢者”ノーブル殿ですか?」

「…有名かどうかは知りませんがね」

素っ気なく返すノーブル。

「いや,あなたのおかげで私も無事に撤退することができました。それがなければクマルー卿の奇跡もありませんでした。あなたは卿と並ぶ命の恩人です。ありがとうございます!」

「…それは光栄ですね。クマルー卿と同列に扱って頂けるとは…」

「…おや?」

そこでギルバートが首をかしげる。

「ノーブル殿…以前どこかでお会いしませんでしたか?どうも初めて会った気がしないのですが…」

「…まぁ…以前に学院でお会いしたことがありますよ。一度だけでしたが…」

「そ,それは失礼を!えぇと…どこで…」

「いえいえお気になさらず。通路ですれ違った程度でしたから」

「そ…そうですか。すみません…」

申し訳なさそうなギルバート。そこで自分を呼ぶ声に気づく。

「しかしまた皆さんとともに戦えるのは光栄です。よろしくお願いします」

一礼して去って行く。ある程度離れたのを確かめて,大きく深く溜息をつくノーブル。

「…お疲れ様」

エリィがねぎらいの言葉をかける。

「戦いの前から無駄な精神力を使ってしまいましたよ…」

「じゃが…あやつの言葉を聞く限り,クマルー卿というのはなかなかの人物ではないのかのぅ?」

「彼の言葉には身びいきが入っているかも知れないので,気をつけた方が良いですよ」

「身びいき?」

「ええ。アリシアでこそだから何だの部類ですが,他所の国の基準で行けば彼も王族…少なくとも上級貴族の範疇には入りますからね」

「そうなの?」

「…先々代の女王陛下には三人の子が居ました。フローネ様とクマルー卿,そして二人の兄にあたるお方ですね。もうすでに世を去っていますが,そのお方の息子が彼なのですよ。まぁ簡単に言うと,ユーリエ様の従兄弟ですね」

「え…それめちゃくちゃ身分高いじゃない。それがなんで…」

「まぁ…他所の基準で考えればアリシア軍の中で最も身分が高いので,彼が総司令官をやってもおかしくはないのですがね。どうもクマルー卿に影響されすぎて,実績も無しにいきなり責任ある立場になどなれるかと大見栄切って前線へ出てきたようなのですよ」

「…ちっ,結局姫さんと同じ純粋まっすぐ君ってことか…」

ぼりぼりと頭をかくノエル。

「クマルー卿も罪な人ですよ…彼みたいな人に理想論ばかりを吹き込むだけ吹き込んで,自分はふらふらと…」

「でも,結局ピンチには現れて助けてくれたんでしょ?良い人じゃない」

「…好意的に解釈しても,罪滅ぼしだと思いますがね。それで彼が死んでしまったら,いよいよ立場も面子もあったもんじゃないでしょう?順番が逆なんですから…」

「…違ぇねぇ」

溜息をつくノーブルに,肩をすくめて同調するノエル。

「二人とも…」

「っと,済まねぇな。どうも年を取ると愚痴っぽくなっていけねぇ」

「ほ?盗賊の?それは儂らがロートルだと言いたいのかのぅ?」

「三十年も生きていないヒヨッコが黄色いくちばしでピーピー語るのもどうかと思うけどー?」

「こいつぁうっかりだ。すみませんね長老がた」

ペシン,と額を叩いておどける。

(そうか,エルフやドワーフは人間よりはるかに長命なんだったな…)

苦笑して,ふとこのやりとりはいつまで続くのだろうと思う。いつかはかならず終わりが来る。それがいつ,どんな形で来るのか。

(…いかんいかん)

そんなことを考え始めればまた何もかもどうでも良くなる。とにかく今は今できることをやるだけだ,と頭を切り替えて尋ねる。

「そういえばノーブル。さっき,知らないほうが良いこととか何とか言っていたが。魔法にも知らないほうが良いことがあるのか?」

「…そうですね。いい機会ですからお話ししましょう。実はアリシアの魔法学院では,禁忌とされて教えられていないジャンルの魔法があるのですよ。先ほどの『魔術の秘奥』なんてのにもそこが含まれているので,限られた者しか立ち入ることを許されないわけです」

「相変わらず,よく知ってるな…」

「理由を知りたいですか?」

「…責任を取らなくて良い範囲なら」

「む…なかなか巧く切り返してきますね」

「…責任事はもうなるべく増やしたくないからな」

苦笑する。

「まぁ…私がうっかりばらすまでは秘密にして,深く詮索しないでおいてさえ頂けるなら,ちょっとだけは言えますが」

「じゃぁちょっとだけ」

「あなたも好きですねぇ,エルフ殿…」

間髪入れずに答えるフレイアに苦笑するノーブル。他の皆さんはどうします?と尋ねて,誰も拒否しないことを確認して口を開く。

「実はですね…。私はちょっとだけ,学院で教官をやっていたことがあるのですよ」

「ちょ…」

「えええええ!?」

「マジかよ!?」

「何と…」

「ど…道理でアリシアの内情に詳しいわけだ…」

教官をやっていたのなら,女王ともごく自然に謁見できるだけの面識があっても不思議はない。逆にそこまでの人物が居るとなれば周りが放って置かないだろう。正体を隠したがる理由もよく分かる。

(…ん?)

そこで妙に,自分と共通点が多い事に気づく。得体のしれない共感めいたものは,これが原因だったのか。

(…まさか…全てを知られたうえで自由意思に任されている…?)

それこそまさかだ,とその意識を頭から追い払って,話を本題に戻す。

「…まさか,禁忌も知ったら責任を取れ,なんてことはないよな?」

「…責任は取って頂きますよ?」

「ちょ…」

「といっても,具体的なところまでお教えする訳には行きませんがね。教えてしまうと,先に私が責任を取らねばならなくなります」

「…驚かすなよ」

ふぅ,と一つ息を吐く。ノーブルはふふ,と軽く笑って口を開く。

「学院で禁忌とされているのは主に二つの種類の魔法です。一つは…例の魔操兵の業ですね」

「あぁ…なるほど」

「ちなみに,禁忌の業に手を染めたり,門外へその業を流出させた場合…学院からは永久に破門となります。のみならず,学院の教官たちにはその者を処分する責務がありますので,時たま休講になると大抵はその手の何かがあった,と生徒たちは察するわけです」

「大変だな…」

「しょうがありませんね。その業を見ることを認めてしまった責任がありますから。ただしその資格を認められる者もかなりの使い手なので…激しい魔法戦闘が繰り広げられる事になります」

「…」

先日見たアレなどは序の口ということか。ぶるっと身震いする。

「まぁ…破門になった者が返り討ちにしてしまうケースもないわけではないので…完全に門外不出かというとそうでもないところが割り切れないところですね。それに,漏れてしまった業が極めて建設的な使われ方をしている場合もごくまれにあります」

「どんな?…ってのは聞かないほうがいいのかしら?」

「そうですね。やめておいたほうが良いでしょう。あくまでごくまれな場合です。それを以て処分が不当だとなるのも困りものですからね」

「もう一つは?」

「…死霊魔術ネクロマンシー,と呼ばれる業です。魔操兵の業とともに,大きな分類では古代語魔法に入っています」

ノーブルは周囲を気にするように,ちょっと様子を伺う。

「ご存知の通り,古代語魔法は真名を使ってさまざまな現象を起こします。逆に言えば真名を知られることは生死すら握られてしまうことにつながりますので,何があっても守らねばならないということにもなります」

「ふむ」

「真名を知るための業の初歩は学院でも教えています。これは無生物などの真名を知って古代語魔法を使うための条件ですね。ところが,例えば姫なら姫の真名を知ろうとすると,話は複雑になります」

「どうして?」

「相手の精神力が強ければ強いほど,より多くの労力を必要とするのですよ。まぁ眠りや混乱の魔法に抵抗するようなものですね。あとは,例えばユーリエ様のような方の場合には,容易に知られないよう,防御魔法がかけられていたりすることもあります。神々や古龍のレベルに至っては,精神力の強さも防御の堅牢さも計り知れないでしょうね」

「なるほど…」

「古代語魔法の戦闘は実は二種類ありまして。おおざっぱに言うと,相手の防御魔法を上回る大破壊力でねじ伏せるか,真名の防衛網をかいくぐったり解除したりでそれを知り,支配してしまうかに分かれるわけです」

「大変そうだな…」

「大事なのはそこです」

「…というと?」

「生きていればこそ,本人が抵抗も防御もできるわけで結構な労力が要りますが…死者となるとそうはいきません」

「もしかして…操られ放題ってこと?」

「そうです…。安らかな死後の眠りを乱し,ほとんどが術者の勝手に操るわけですから…冒涜もいいところというわけです。それゆえ,死者の真名を知る手法はもっとも大きな禁忌とされているのですよ」

「確かに…死んだ後に他人の好き放題にされるのは辛いのぅ…」

「その性格上,死霊魔術はそのものがかなり忌避されていますね。初歩としては例えば,骸骨兵など死体を動かす業があります。高等なところでは説明してきた通り魂を縛って支配するとか,あるいは自分を不死にしてしまうなどという業があります」

そこで,ふと沸き起こる疑問。

「なぁノーブル…あまり考えたくない仮定なんだが」

「何でしょう?」

「女王を殺して予言の成就を妨げ,そのあと死霊魔法で操って封印のありかを聞き出す,という方法はどうなんだ?」

「…流星殿…本当に,戦士にしておくには惜しい素養ですね…なぜ七頁なのでしょう…」

そう言って,ふぅ,と一つ息を吐く。

「…はは」

「その件については,詳細はもちろんお話できませんが手はいくつか打ってありますよ。先ほども申し上げた通り,ユーリエ様には学院の教官たち…おそらくは当代トップレベルの魔術師たちがありとあらゆる可能性を考慮して防御魔法を重ね掛けしているのです」

「そうか…」

(となると,問題は帝国側に龍戦士がいて,それが死霊魔術に通じている場合か…)

古代語魔法である以上,おそらく防御魔法はユーリエの精神力を糧として発動するはずだ。魔法王国の女王で龍戦士の血も入っている者の精神力と当代トップレベルの魔術師たちがかけた魔法を打ち破るのは,常人にはかなり難しい事だろう。しかし古代語そのものの魔力を使える龍戦士ならば話は別だ。それはたとえば常人が神々や古龍と対決するに等しい。

(常識的に考えて,居たら終わりだろうな…)

可能性があるとすれば,龍戦士が作った魔法の物品。この日を予見して,たとえば封印の護り手が代々伝承する装備品なりを作っていれば,たとえ龍戦士が相手でも有効な対応策となるかも知れない。

(だが…)

結局は時間の問題のような気もする。能動的な防御も攻撃もできないとすれば,時間をかけて対抗策を練られればいつかは突破されることになるだろう。

(まぁ…それは俺の考える事じゃない,な…)

自分が考えるべきことは世界ではなく,エリィの防具をどうするか,である。エリィさえ護れれば極論世界などはどうでもいい。しかしそこで不穏な考えが沸き上がる。

(まさかとは思うが,エリィが世界を相手に立ち回るなんてことは…)

ノーブルの言ったアレは荒唐無稽な冗談としても。例えばユーリエへの同情やお節介が高じて世界の面倒を引き受けるなどと言い出すことは決してないとは言い切れない。しかしそこまで計算に入れるとすれば,極端な話ユーリエ並みかそれ以上のものを作る必要がある。

(…ふ,それこそ荒唐無稽か…)

「おい」

そこで後頭部にいつもの衝撃。

「!?」

「到着だよ到着。いつまで歩く気だ。単独で突撃かますつもりか?」

「す,すまん…」

「お前な…病み上がりとしてももうちっとシャキッとしろよ。そんな頼りないこっちゃお嬢ちゃんに嫌われちまうぜ?」

「ちょ…!ノエル!?」

「はは…気を付けるよ」

曖昧な笑みを浮かべつつ言葉を返す。しかし決して笑い事ではない。

(これも早いうちに何とかしないとな…)

何となく,近いうちに決定的な何かが起こりそうな気がしていた。

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