正体
誰かが自分を呼んでいる。
「…,おい…!」
誰だ?猛烈に眠い。頼むから放っておいてくれ…。
「おい!」
今度は耳元で大きな声。目が開く。
「…?」
ゆっくりと頭を起こす。目の前に,神経質そうな男の顔。
「…堂々と寝るとは,いい度胸じゃないか。えぇ?」
ぼんやりとする頭で考える。そうだ…こいつは確か…グレイマン。今や不惑に届こうかという先輩方が名付けた伝統あるあだ名だ。この学校にかれこれ二十年以上居る,半ば名物と化した…英語の教師。
急速に視界が開ける。教室。周囲からの同情とも憐みともつかない視線が集まっている。授業中か?自分は,寝てしまっていたのか?
「あ,グ…先生,お早う…」
危うくあだ名を言いそうになって何とかこらえる。言ったが最後,集中攻撃で血祭りにあげられる。
「おぉ,清々しい挨拶だな。では朝駆けだ。七二頁四行目を和訳せよ」
「あ,えー…」
慌てて教科書を掴む。さっぱり理解できない,どころか読めない。
「おまけになかなかの才能だな。逆さまにしたアルファベットが読めるとは」
「あ…」
「ハイ死んだ♪」
軽いノリでポンッと机を叩くグレイマン。昔流行ったクイズ番組の司会のゼスチャー。しかしこれが出るたびに平常点が減っていくことから,絞首台への十三階段,と生徒の間では恐れられている。
(…死んだ?)
そこでチクリ,と腹が痛む。
「Beowulf was bitten at by a lizard.ベィオウルフはぁ,トカゲにぃ,噛ぁまぁれぇたぁ,だな。あっちじゃ竜の事もトカゲって言っちまうんだな」
(…トカゲ?)
痛みが大きくなる。
「う…」
顔をしかめ,腹を押さえる。
「何だ?寝すぎて腹でも壊したのか?」
呆れ顔のグレイマン。と,そこで終業のチャイム。
「しっかり治しておけよ?では今日はここまでー」
挨拶をして教室を出ていくグレイマン。休み時間となり,生徒たちは思い思いに過ごしている。
「大丈夫か?」
声をかけられて振り向くと,そこには見知った顔。絞首台仲間の…。名を呼ぼうとしたが出てこない。相変わらず頭のどこかに霞がかかったような感覚。
「保健室行っといたらいいんじゃないか?ま,その前にコイツ返しておくよ」
「あ,ああ…」
差し出されたCDジャケットを受け取る。
「やっぱ良いよな,”紅き流星”のテーマ!若かりし日を思い出すぜ,燃えるぜ!」
(紅き…流星…?)
「面白くも無い現実なんかサラっとリセットして,死と隣り合わせでも自由な世界で生きてみたいもんだ。宙は自由だぜ…」
いよいよ大きくなる痛み。椅子から崩れ落ちる。
「お,おい!しっかり…」
再び世界が闇に覆われていく。
◇
「…!…かり…いで…!」
誰かが叫んでいる。女の声だ。腹が灼けるように痛い。保健室にでも運ばれたのだろうか。盲腸…は,この辺だったか?
「…なないで!…」
死ぬ?俺は,死ぬのか?それならそれで構わない。どのみちどこで終わってもいい旅だった。この痛みから解放されるなら…。
「シャルル!」
「うぐ…!」
体を揺さぶられて,いっそうの痛み。そこで意識が覚醒する。
「…?」
目の前に,娘。目を丸くして,そしてクシャクシャになる顔。以前にもどこかでこんなことがあったような…。
「シャルル!」
まさか,と危惧した通りに抱きついてくる娘。そして激痛。
「うぐ!…つ,つつぅ…!」
ハッとして離れる娘。謝りながら,おそるおそる様子をうかがってくる。だが待て,俺は確かグレイマンに殺されて,いや休み時間に倒れて…。
「…君…は…?」
記憶が混乱している。びっくりしたような顔をして,その後泣きそうになりながら娘が言う。
「シャルル…もしかして,記憶が…?」
シャルル?それは物語の英雄の名だ。俺の名は…。
「あ…」
そこで急速に意識がハッキリしてくる。そうだ,俺は…。
「…すまん,エリィ。どうやら夢を見ていたらしい…」
「…シャルル…」
ホッと安堵の表情を浮かべ,ポロポロと涙をこぼすエリィ。果たしてどちらが夢なのだろうか,という思いを心の奥底に沈める。
「…ここは?」
「…あなたの部屋…」
無事にここに居るということは,戦闘には勝利したらしい。目の前にエリィが居るという事実だけで他はどうでもいい。
「…俺は,どのくらい寝ていた?」
「…丸二日…」
「そうか…」
まさか飲まず食わずで…と考えてすぐ自嘲する。そんなことになっているはずがないだろう。
「…傷は,どんなだ?」
びくり,と身を震わせるエリィ。
「また…たいしたことはないのか?」
「…そんなわけないよ」
また涙をこぼす。
「…ひどいのか?」
「内臓が複数やられてるって…生きているだけでも奇跡だって…」
「それは…すごいな」
結局,また痛み損の苦しみ損ということか。しかも完全な自業自得。自分の迂闊さに呆れる。
「ちょっと…どうしてそんな冷静なの!?死にかけたのよ!?」
「あー…まぁ…」
言えるわけがない。
「私…心配で…心配で…」
「…まさか…飲まず食わずだったんじゃないだろうな…」
不安になる。
「それどころじゃないでしょう!?あなたの命が…」
「…俺は君の健康の方が大事だ」
「!?」
絶句するエリィ。
「…特に今回は,完全に自業自得だからな…。それで君に心配してもらうのは申し訳ない…」
「おかしい!それいろいろおかしいよっ!?なんでそんなふうに考えられるの!?」
「あー…」
言葉に詰まる。
「そんなの…自分の事どうでもいいって思わなきゃ考えないでしょ!?何で…何で自分の事大事にしないの!?」
「…理由は分からんよ…俺には記憶が無いからな…」
思わず言ってしまって,しまった,と後悔するがもう遅い。エリィは目を丸くして絶句するが,すぐに気まずい表情になる。
「ご…ごめんなさい…」
「いや…謝るのはこっちのほうだ。結局,君に迷惑ばかりかけているんだから…。記憶も無い,自分もあまり大事じゃ無い,いつ居なくなるかも分からない…」
「そ,そんなこと無い,そんなこと無いよ!全然迷惑なんかじゃ…」
「ほら…そうやって,気を遣わせてるだろう?迷惑じゃないか」
苦笑する。やはりこうなる前に適当なところで退いておくべきだったのではないか。
「違うってば!私は私の自由で,あなたの心配をしているだけだもの!心配したいんだもの!迷惑じゃないよ!」
「いやそれ…いろいろおかしいだろ」
ぐっと言葉に詰まるエリィ。何を好き好んで他人の心配をしたいと言うのか。お節介焼きがここまで高じたというなら見上げたものだが,理屈で考えたら全く筋が通らない。
「先日の君じゃ無いが…それは意味が分からない。あり得ないよ」
「だ…だって…っ」
絶望感に支配された自分ならば分かる。自分を大事にしていないから,気まぐれや酔狂で他人の為に自分を投げ出せる。だがそれを非難するエリィがそうであるわけが無い。
「まぁいろいろと考えることもあって…内緒にしていたのは,悪いと思っている。だが…それが先日の君のなぜ?に対する答えなんだ。そもそもの発端はそこなんだよ…今はまぁアレだが…」
最後はゴニョゴニョと言葉を濁す。
「だが…そうではない君は,君はなぜ…」
言いながら,傍から見たらそんなものは…と考えて,ハーディの言葉を思い出す。
(…いかん)
猛烈な不安。間違ってもそれを言わせてはいけない気が,取り返しのつかないことになるという気がする。思い違いならばそれでいいが,言わせてしまってそうじゃありませんでしたでは遅い。
「だ…だって,だって私はあなたの…」
「待った」
「…え…」
危ういところで制する。
「エリィ。俺はとりあえず生き残った。とりあえずは生きてる。…それで間違いないな?」
「う,うん…」
「君は俺を心配して,寝食もほったらかしだった。…それも間違いないな?」
「う,うん…」
「で,勝手な言い分だが…君の健康を心配することが今一番の俺の負担だ…分かるな?」
「そ…それは…でも…」
「約束する。戻ってくるまで生きてるから…居なくなったりしないから…頼むからしっかり食事してきてくれ」
「…」
「な?こんな軽口が叩けるくらいなんだから,大丈夫だよ。寝てればいいだけの俺とずっとそんなな君とじゃ負担が違うんだ」
我ながら何と間抜けた言い分だ,と呆れつつ,なりふり構わぬ必死の説得を試みる。
「ほんと…?」
上目遣いで控えめに聞いてくる。ところどころドキッとするほど大人なのに,ところどころドキッとするほど子供で,毎度の事ながらそのギャップに心を乱される。
「あぁ…約束するよ」
「…指切り」
そういって小指を立てる。こっちにもそういう風習があるのかと考えて,あらためて記憶が大部分戻ってきていることを自覚する。応じると,小指をからませたその手をもう片方の手でそっと包み,小さく一言。
「指切りげんまん,嘘ついたら千裂蹴で蹴り飛ばす」
「!?」
今何かサラッと凄いこと言ったような気がする。舞神流の決闘方法か何かだろうか。だがまぁとりあえずこの場をしのげれば良しとしよう。敢えてそれ以上考えるのを止める。
「…ほんとだよ?約束したからね?」
扉の方に向かいかけ,後ろを振り返って確認。
「…ああ。しっかり食べて来いよ?」
部屋の外に出たが,顔を半分だけのぞかせてしばらく様子をうかがう。
「…大丈夫だって」
意を決して,バタバタと走っていく。余程不安なのか,音を遮らないように扉を少し開けたままだ。
「…っ!」
転ぶなよ,と叫びかけて痛みに顔をしかめる。ついつい怪我の事を忘れているとは。苦笑する。
(さて…)
とりあえずエリィの健康と時間の確保には成功した。これからの事について決断しなければならない。しかしうすうすではあるが,道はもはや一つしか残されていないように思える。
(…潮時…だよな…)
ひとつ溜息をついて目を閉じると,もっとも優先順位の高いところから考える。
(やはり…この傷は邪魔だな…)
この状態では長期の離脱は避けられない。ということはほぼ間違いなく,エリィに迷惑をかけ続けるということだ。安全が確保されていればともかく,足手まといを抱えて共倒れ,など話にもならない。
生きているのが奇跡と言っていたが,記憶の大部分を取り戻した自分にとってはとてもそうは思えない。おそらくこの世界は,文明レベルで言えば中世なのだろう。医術のレベルも相応しかないはずだ。代わりに魔法があるが,さまざまな状況的制約を抜きにしてもそれでもどうしようも無い傷だということを今の自分の状況が裏付けている。
(しかし…)
たとえ素人とはいえ現代の科学を知っている自分が,おそろしく自由度の高い魔法を駆使して素人であることを補えば…大抵の奇跡は当然となるはずだ。
(その後のことはその後のことで,まずそちらを何とかするか…)
そう決めて,修復に取りかかる。紅の章を開くと,まず一つ書き込んで実行。
(〈紅の章第二二頁展開…【体内浄化】〉)
おそらくは体内に撃ち込まれたであろう雑菌その他の異物を小さく分解,周囲を囲って無害化し,自然に排泄させる。続いてもう一つ書き込んで実行。
(〈紅の章第二三頁展開…【異常検知】〉)
体内の異常を検知しその状況を知る。
(やってくれたな,あのトカゲ…というか…よく生きてたな…)
腎臓,胃,横隔膜と肺に損傷。槍が刺さったことから普通に考えれば死んでいてもおかしくないところだが,エリィが治癒術師を困らせて無理やり奇跡を起こしたのかもしれない。状況を正確に把握したところで,さらに一つ書き込んで実行。
(〈紅の章第二四頁展開…【治癒力促進】〉)
「…ふひひょわぁおっ!?」
思わず妙な声が漏れる。壊れてしまった細胞をはがし,周囲のまともな細胞の分裂の速度を上げて増やしてくっつける。何の身構えもなしに一気に実行してしまったために,身体の中の各部を羽毛でくすぐられているような妙な感覚が思わず声を出させてしまったのだ。
(…次からは感覚を遮断しておくか,でなければ麻酔でもかけるか…)
と考えて,そもそもそんな状況になるのは嫌だ,と思い直す。前回といい今回といい,どうも気を失うと記憶の扉が開かれるような雰囲気でもあるが,別に思い出したいと思っているわけでもないもののためにそんな酷い状態になるのも御免だ。
(…それにしても…)
この世の中で考えれば,明らかに自分は異質で,並外れた存在だ。今まで思うさま使っておいて言うのも何だが,この力に言いようのない不安を感じている自分が居る。他の龍戦士が敵に回った時の事を考えればやむを得ないのかもしれないが,あれだけの攻撃力と,これだけの回復力を持った者同士の戦いはかなり熾烈なものになるだろう。神々や古龍の戦いとして想像するようなレベルのものが,外見上ただの人と変わらない者によって起こされたとしたら恐ろしい事になる。
(敬遠されて迫害されるのも無理はない…よな…)
となれば,だ。龍戦士であることを今まで隠してきた自分に対して,エリィは一体どう思うだろう。”風”の流儀は流儀としても,自分が本性を隠したまま過ごしてきた事実は変わらない。今までさせてしまった心配も,先ほどのありえない感情も,極端に言えばそこが発端だ。エリィの無事にしたところで,自分が敵の龍戦士を引き寄せてしまったらむしろ逆の影響を与える…。
(もう後戻りはできないな…)
全てを明かし,去る。やはりそれしかない。全てを正直に話して,全てを分かってもらえば,きっと納得するはず…。
(…悟りを開いた坊主か俺は)
諦めがついたのか納得がいったのか,妙にスッキリしてしまった自分に苦笑する。
(…ん?)
そのときバタバタと近づいてくる足音。思いつく理由は一つしかない。
(いくら何でも早すぎだろう…)
ろくに食べもせずに戻ってきたというなら,もう一度行かせなければ。まぁ隠す必要もなくなったのだから,一緒に行くか,などと考えているところへ,扉を猛烈に開いてエリィが戻ってきた。
「…ぷっ」
思わず吹き出す。真剣なまなざしでこちらを見る彼女はしかし,ヒマワリの種を丸ごと口に入れたハムスターよろしく両頬を膨らませている。おそらく大急ぎで詰め込んできたのだろう。飯粒も付いている。
「…慌てなくても,生きてるよ」
苦笑する。エリィはほっと胸をなで下ろすと,入ってきて椅子に座る。手で押さえながらまず口を動かし,ごくり,と飲み込んでふぅと一息。
「…だ,だって…」
赤面しつつも自分にできるベストを尽くした,と言わんばかりの言葉。
「心配してくれているのは嬉しいんだけどな…もう少しゆっくり食べないと,かえって体に悪いぞ」
素直に言葉が出る。
「ほら…ついてるよ?」
ごく自然に手を伸ばして飯粒をひょいとつまみ,ごく自然にそれを口に入れる。
「!?」
日頃ならば絶対にあり得ない行動にうろたえるエリィ。その様子を見ているうちに,また自然に言葉が出る。
「エリィ…ありがとう」
「えっ?」
「君には感謝している。君のおかげで,とても…そうだな,とても楽しい日々を過ごす事ができた」
「えっ?ええっ?…どうしたの?おかしいよ?」
あたふたするエリィ。
「それと…すまない。結局毎回毎回,心配させたり迷惑かけたり…悪かった」
「…シャルル…」
しかし今度は何かを思い詰めたような表情に変わるエリィ。
「…落ち着いて,聞いて欲しい」
そんな彼女をじっと見つめて,全てを語ろうとする。
「…やだ」
しかしエリィは,静かに,しかし確かにそう答えた。
◇
「…は?」
予想外の言葉に,思わず間抜けた声を上げる。
「…やだ,って言ったの」
「えーと…それは…?」
「聞きたくない,そんな遺言みたいなの…。聞いたら,どっかにいなくなっちゃいそうだもの…」
(うぐ…)
はじめから予防線を張られたような格好になる。
「…遺言じゃないよ。まだ死ぬつもりはない」
「ほんと?…どこにもいかない?」
「…生きてるから。安心してくれ」
言葉を濁す。何となく気勢を削がれた格好になる。
「シャルル…」
エリィはしばらく考え込んだ後,何かを決意したような真剣な表情になると,あのね,と言いながら顔を寄せて来る。
「…待ってくれ」
先に口を開かせてはいけない,という危機感。二の句を継ごうとしたエリィを制する。
「言いたい事があるのは俺が先だ…。俺は…どうしても君に,先に話さなければならないことがある」
「…聞きたくない」
「…無理強いはできない。だが,少なくとも俺は,それを話さなければ先へ進めなくなってしまった」
「えっ…?」
ふぅ,と息を吐き,努めて明るい表情で言葉をつづける。
「この前の君じゃないが,俺も,騙し討ちみたいなことは性に合わないんだよ」
「…騙し討ち?」
「そうだ…まぁ考えてみれば無理強いはできないから。当たり障りないところだけ先に言うよ。それなら,聞いてもいいだろう?」
なんかノーブルみたいな事言ってるな,と思う。
「…うん」
「ありがとう。…俺は,今までずっと隠していた事がある。明かすのが怖かったんだ。だが…隠しているのが辛くなってきたんだ。一番辛いのは…君に心配されることだ」
「ど,どうして…?私があなたを心配するのは,迷惑なの?」
「そうじゃない…とても嬉しかった。それは間違いないんだ。だが…俺が隠さずに明かしていれば,君が心配する必要はなかった,君の心を苦しめる事もなかったんじゃないかと思ったんだ」
「え…そんな事って…」
「そうやって苦しんで,それでも寄せてくれた君の気持ちを,俺は,裏切り続けていると思ったんだ…」
「…そんなはず…」
「何も隠していなければそう言えただろう。だが俺は肝心な事を隠している。そしてそれで君に迷惑をかけ続けている。俺はそれが…たまらなく辛い。君の気持ちを受け取る資格もないんだ」
「…」
「だから…。君がそれを聞きたくないなら,それは無理強いしない。しないが…それを言わない限り,俺は…」
「…ずるい」
「えっ?」
「それ,ずるいよ…聞いたらいなくなっちゃいそうなのに,聞かなきゃどうしようもないじゃない!」
「いや…」
「さっき,どこにもいかない?って聞いたのに,いかないって言わなかった!」
「うっ…」
「そっちのほうが騙し討ちだよ,そんなの,ずるいよ…」
「…すまん…」
心が苦しい。明らかにここまで成り行き任せにして先送りしてきたツケだ。さっき開いたはずの悟りは妄想だったということか。自分の未熟を痛感する。
「だが…もしかしたら楽になるかもしれない。今君を悲しませているものも,すべては俺の裏切りの招いた…」
「…無駄で余計なもの,ってこと?」
ぴくっ,と小さく反応したかと思うと,キッと顔を上げて鋭く言い放つエリィ。そのあまりの怒気に気圧される。
「う…っ」
「…分かった,聞く」
「え…?」
「そこまで言うのなら,よほどの理由があるのよね?…たいした理由じゃなかったら,許さない…」
「…えーと…?」
何やら妙な方向に話が向いてきたような感じ。
「さっさと言いなさい!さぁ,早く!」
「いや…別に決闘したいわけじゃないんだが…」
それには答えず,無言でまっすぐ見据えてくるエリィ。まぁいいか…と溜息をついて,口を開く。
「俺は…俺はな?この世界の人間じゃないんだ。他の世界からやってきた,龍戦士なんだよ…」
「…え?」
さすがに予想外の答えだったらしい。エリィは目を丸くする。しかし,みるみるうちに不機嫌な顔になる。
「そう…あなたって人がよく分かったわ…」
「…黙っていて悪かった…」
しかし,発せられたのは予想もしない言葉。
「そんな嘘つきだったなんて,正直幻滅よ」
「…は?」
「私の事が迷惑ならハッキリそう言ってって,言ったじゃない!それなのに,そんな取って付けたような嘘でごまかそうなんて…」
「ちょ,ちょっと…」
「もうちょっとマシな嘘つきなさいよ。信じられるわけ無いでしょ?龍戦士ってのはもっとこう…バァーって感じで,めちゃくちゃ強い筈よ?私が心配する必要なんて全く無いわよ!」
「う…っ」
痛いところを突かれる。
「大怪我なんかしないはずだし,こんなところで二日も寝てるわけもないじゃない!ほんとガッカリね。こんな嘘つきをす…心配してたなんて…」
心底情けない,と言った様子で,泣きそうな怒ったような顔で溜息をつくエリィ。久々にチクリ,と心が痛む。
「…嘘じゃない。証拠を見せるよ」
「そんなの,見せられるわけないじゃないのよ…またいい加減な…」
そこでひょいと上体を起こす。
「…えっ?」
信じられないものを見て,エリィの感情が真っ白にリセットされる。掛布をはねのけ,ポンッとベッドから飛び降りて目の前に立って見せる。
「えっ?えっ?」
「…な?」
「う…嘘よ…だって,内臓が…」
「…見せるよ。中は無理だけどな」
直に確認したわけではないが傷は消えている筈だ。上を脱ぎ,包帯を取って後ろを向く。
「どうだ?」
「傷が…消えてる…」
「君が食事に行ってる間に治した。これで信じてく…」
言いながら振り返ると,エリィの目からは大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちている。
「れ…ちょ…!?」
至近距離から不意に抱きついてきたエリィを受け止めきれず,そのままベッドに押し倒される。
「お,おい…」
「良かった…良かったよぉ…ふえぇぇぇ…」
胸に顔を埋めたまま泣きじゃくるエリィ。
「…エリィ…」
それがただとにかく嬉しくて,そっとエリィを抱きしめた。




