表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/31

弱点

それからさらに二週間ほどが過ぎたある日。ついに帝国軍発見の報がもたらされた。

巨人を含む妖魔の兵団。規模は前回の三倍を上回るというその報に,トルサはかつてない緊張に包まれる。とはいえそこは国民皆兵の国,街全体がまるで一つの生き物のように防衛体制へと動いていく。

「よくよく考えると,エリティアってすごい国だよね」

フレイアが言う。今回の作戦は籠城。しかし,現在トルサに立てこもって防備を固めているのはそのほとんどが予備役兵,つまりは街の住民である。帝国が攻城戦に移ったところで森に潜むエリティア正規軍が敵本陣の背後に突撃を掛け,混乱したところで城内からも傭兵軍が出撃して殲滅する。こんな大胆な作戦が取れるのもエリティアならではの事と言えた。

「じゃのぅ。一線を張る正規兵ほどではないにせよ,街の人口がまるっと兵士に化けるのは大きい」

髭を撫でながらハーディ。クリミア達エリティア正規軍は既にトルサから出撃し,やや離れた森に潜んでいる。一方の”風”は傭兵軍とともにトルサにいた。といっても,ノーブルは数日前に出かけたきり戻ってきていない。

「さて,俺たちの仕事を確認しておくぜ」

ノエルが言う。

「奴らは少なくとも軍を二手に分ける筈だ。こっちの入り口と,おそらくは港側だな。王城側へ回り込むにはさすがに距離があるし,連携も取りにくい」

鞘を使ってがりがりと地面に図を描きながら説明する。

「あっちは門を閉じているから,当分は持ちこたえられるな。で,頃合いを見計らって狼煙が上がり,後ろから追ってきていた姫さんたちが本陣へ突撃をかける。よほどのヴァカが指揮を執っているのでもなければ,逃げ道の無い港側に本陣を動かすわけもないからな」

「じゃのぅ」

「で,それに呼応して傭兵軍が押し返すわけだが…俺たちは必ずしも一緒である必要はない。敵の主力…おそらくはこの間のオーガーとかだな,こいつらを優先的に倒すことが求められる。もし連中が港側に回るようなら,本隊攻撃そのものは周りに任せて,大慌てで戻ってくる奴らを止めるほうに注力する」

「なぁ…ノエル」

「なんだ?」

「先日みたいに,港側に別動隊が出て来る可能性はないのか?」

「出てきたら,終わりだ」

ノエルは肩をすくめて見せる。

「…ちょっとノエル…」

「俺も末端だからその辺はわからねぇ。だが現実的には無いと信じたいな。いくら組織だった抵抗がエリティアだけになっちまったとはいえ,地下に潜った奴らも結構いる。それこそ,島々に隠れている海軍崩れだって結構いるはずなんだ。ここへ大兵力を回せるって事は,普通に考えればそいつらがすでに鎮圧されちまってるってことだろ?」

「確かにのぅ」

「単独でここの守りを突破できるような大兵力は動かせねぇ。だから軍を分ける事にはなるはずだ,と俺は見てる。姫さんたちも同じ考えだろうから今回の作戦になったわけだし,出てきているようなら…」

「ようなら?」

「勝てば反転攻勢のきっかけになるってこった」

ぺろりと舌を出すノエル。

「勝てば,ね…」

「まぁもしそうなったら…腹括るしかねぇな。ハーディの作ったコイツと,あとはエースに任すしかねぇさ」

ポンポンと鞘を叩きながら言う。

結局,エリティア軍には二十本ほどの剣を卸したが,”風”のメンバー用にも武器を作っていた。効果としてはエリティア軍のものと変わらないが,こちらはメンバーにも内緒で,精神力に負担をかけない仕様になっている。

「そうなって欲しくはないけどね…」

エリィの足甲に関してはさらに,攻撃だけを反射する改良が加えてある。ノーブルが出払ったまま戻ってきていないのも,それなりに信用できる効果が得られているのが大きいと言えた。

「来たぞぃ!」

城壁の上と敵軍との間で矢の応酬が始まり,開け放たれた城門へ向けて妖魔が殺到してくる。しかしすぐに,状況が悪い方へ動いていることを知る。

「まずいぞ…」

「敵が軍を分けてないわ…」

その時,伝令と思しき兵士が走ってきて,指揮官の中尉に状況を報告する。

「おい!向こうはどうなっている!?」

「リザードマンが続々と集結している!それと…蟹が三!」

「…何じゃと…」

「く…おい!すぐ狼煙上げろ!」

ノエルが叫ぶ。

「何?しかし…」

「キツいがやるしかねぇ!数が増えてるんだ,敵が軍を分けることもねぇ!ぐずぐずしてるとここが壊滅しちまうぞ!遊ばせとく兵力はこっちにゃねぇんだ!」

「…わ,分かった!」

指示を出す。

「二十人ほどついてこい!こっちの兵力を減らすわけにもいかん。向こうは…俺たちで止める!」

走り出す。ノエルは走りながら兵たちに指示を出す。

「いいか…城門を破られてからが勝負だ。どれだけいても一度に来れる数は限られてる。俺たちが先頭に立つから,お前たちは待ち構えて確実に止めを刺せ。よく分からなくても今はそれでいい。やって見せる」

「前回流星君がやったことを,私らがやるってことね?」

「そうだ…リザードマンは俺たちで止める。流星,お嬢ちゃん…いっきに三倍でキツいと思うが,蟹は頼んだぞ」

「…分かったわ」

「了解だ」

城門へたどりつくと,既にそれは半壊していた。破られるのもそう先の事ではない。ノエルが城壁の上へ向かって叫ぶ。

「おい!お前たちはリザードマンをけん制して一度に押し寄せない様にしてくれ!それだけでいい。後はこっちがやる!」

中央にシャルルとエリィ,右翼にアラウドとノエル,左翼にハーディとフレイア,いつもの配置につく。

「可能ならば蟹で侵入口を制限する。先に鋏を何とかすれば,それほど苦労はしなくて済むはずだ。まず俺が関節を痛めつける」

「分かったわ」

長剣を握りなおす。その柄の中央には,例の宝石。文字を刻んだのも自分だ。しかしそれ以外はごく普通の作り。試しの相手としてはもう少し楽な方が良かったが,贅沢を言っている場合ではない。

(うまく持ちこたえてくれよ…)

鈍い音とともに扉が壊れる。できた隙間を鋏で押し広げ,さらにはその身体を押し込んで蟹が侵入を試みる。

「悪いが,仕掛けさせてもらう!」

半分ほど身体を押し込み,隙間を広げようと鋏で扉を押しのけようとする蟹に向かって走り,その関節部分に長剣を叩き込む。払いのけようとする鋏の一撃を身を沈めてかわし,晒された反対側の関節部分にも長剣を叩き込む。

「今だ!」

「はいっ!」

すかさずそこへエリィが走り込み,接合の甘くなった鋏を蹴り飛ばす。重い響きとともにそれは地面に落ちて転がり,控えている兵士たちからおお,と驚嘆の声が上がる。

蟹は城内がわの突起を,後方へ跳んで距離をとった二人をじろりとにらむかのように動かしてから,一度身体を引く。するとその隙間から入れ替わりにリザードマンが入ってきた。

「蟹はまだ沈黙していない,こいつらは任せろ!」

リザードマンの流入が一定で止まると,おそらくは体制を入れ替えたらしい蟹が鋏でばりばりと扉を壊しにかかる。

(随分頭のいい蟹だ…)

場違いな事を考えながらリザードマンの槍をかわし,次々掴んで引き寄せると横へ蹴り飛ばす。隣のエリィも次々と逆方向へと蹴る。

「止めは頼む!」

そう叫んで,ついに扉を完全に破壊して侵入してくる蟹に意識を向ける。片方しか残っていない鋏を振り上げて攻撃してくる蟹。今度はわざと,完全に受け止めてから関節へ叩きつける。それを二度三度と繰り返し,エリィに始末を頼むと,隙間から反対側へ出てきた次の蟹へ走る。

いや,受け止めると言うよりは,衝撃を吸収していると言った方が適当だった。前回ノーブルが見せた魔法にヒントを得た,それが今回の実験。蟹の攻撃のエネルギーを宝石に蓄積し,使い手の任意でそれを解放して武器により一層の硬度と破壊力を与える。基本的な硬化も施してあるため関節部に叩きつけても刃こぼれは無い。だがやはりそれだけで蟹の装甲を正面から砕くのはかなり厳しいだろう。これならばはじめに攻撃を受けなければならないという制約はあるが,武器が魔力に耐えられずに壊れるということも避けられるはずだ。

「!」

バキッ,という音とともに風切り音。すぐ横を鋏がくるくる回りながら猛烈な速度で飛んで行って目指す蟹に当たる。

(…んっ?)

小さな違和感。だが一瞬のけぞった蟹が攻撃態勢を整えたのを見てそれを頭から追い払う。次々繰り出される鋏を長剣で受け,隙をついて関節部にもダメージを与える。

「砕心蹴っ!」

今度はズドンッ,と撃ち抜く音。攻撃力が上乗せされた蹴りだ,心臓は動きが止まるどころか破裂しているかもしれない,などとあまり気持ちの良くない想像をする。

「シャルル!」

「頼む!」

また風切り音。今度はすぐ横をエリィが飛んで行って片方の鋏を蹴り飛ばす。

(…なんだ?)

また小さな違和感。しかし逆の鋏の攻撃を見てまたそれを追い払う。

「そのままいけ!」

鋏とエリィの間に走り込み,その鋏を受ける。エリィは着地するや蟹の懐に潜り込み,またズドンッと心臓に悪い音。揃って後ろへ跳ぶ。蟹はその場に崩れ落ち,一匹目ともども進入路を狭める。隙間から出てきたリザードマンたちは連携によって順次仕留められていく。

「来たわ!」

最後の蟹が,骸を乗り越えて侵入を試みようとしている。あれさえ沈黙させれば,こちらの攻撃は止むかもしれない。

「よし…ここだ!」

骸を駆け上がる。宝石に蓄積された力をすべて乗せ,乗り上げることによって晒された三匹目の腹,エリィの蹴りが撃ち込まれているあたりを目がけて突き出す。

「!」

手ごたえらしい手ごたえも無く,まるで目の細かい泥の中にでも突き込むような感覚。長剣は根元まで突き込まれ,切っ先は背中側に突き抜けて先端をほんの僅かにのぞかせる。びくり,と身を震わせる蟹。

「おお!」

ハーディの声。その視線を追った周囲の兵たちからも同様の驚嘆。剣を抜いて後ろへ跳び,着地。最後の蟹は折り重なるように崩れ落ちる。それを見たリザードマンたちは城内への侵入を止めると,後退をはじめた。

「退いていくぞ!」

「警戒は怠るな!何か異変があったらすぐに報せるんだ!」

城壁の上から,歓声。ノエルがそれに向かって指示を出す。

「お前たちは向こうへ回ってくれ。こっちはもう大丈夫だ。状況を知らせれば向こうの士気も上がるだろう。俺たちも様子をみたらすぐ行く」

後ろを振り返って控える兵士たちにも指示を出す。兵士たちは頷き,走っていく。

(ふぅ…今回もなんとかしのいだか…)

大きく息を吐いて緊張を解き,ノエルたちのほうへ行こうと蟹に背を向けて二,三歩踏み出す。そこに,油断。

ズブリ,という音とも感覚ともつかない嫌な感触が,背中から体の中心へと進む。体の中に言いようのない違和感,やや遅れてそこから灼けつくような痛み。

驚いて振り返ると,瀕死のリザードマンがおそらくは最後の力で突いたのだろう槍が,背中に深々と突き刺さっている。視線がぶつかる。力尽きる寸前,そのリザードマンはかすかに笑ったように見えた。正面を向く。そこには一同の驚愕の表情。

「エ…」

声に出そうとして,大量の何かがこみ上げる。声の代わりに口から噴き出したそれは,鮮やかな紅色の液体。四肢から力が抜け,一歩踏み出そうとしてがっくりと膝をつく。名を呼ぼうとした相手が,何事かを叫びながら走り寄ってくる。しかし急速に五感が失われ,それを聞き取ることはできない。視界も暗くなり,世の中の全てが急速に遠くなっていく。

(トカゲ…苦手だったのか…?)

この期に及んで場違いな事を考える自分に呆れ,それきり意識は闇に飲まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ