配備
数日後,シャルルは先日の防具の件で”風”のメンバーに集まってもらった。隠しておくのも悪いが場合によってはかなり危険を招くことでもある。聞く聞かないは自由だが,聞いたからには責任を持って秘密にして欲しい,と伝え,全員の了解を取ったうえでそれを打ち明ける。
「…と,言うわけで。この方法を使えば,古代語の持っていた力を自動的に引き出せることができると分かったんだ」
言いながら,持ってきていた手甲の文字を見せる。
「…そいつはすげぇな…程度の差はともかくとして,業物と同じ半永久的な力を引き出せるってことか…」
「よくそんなことに気づいたわね…」
感心するノエル,フレイア。
「もちろん,先日見せた通り物理的な限界はあるみたいだ。だが,少なくともこれが普及すれば現在の不利はかなり軽減される」
先日引き払ったマイシャ砦はルトリア,アリシア,エリティアの流通の要である。そこを帝国におさえられているかぎりは,ルトリア側からの人の流入はかなり制限され,同盟側の人員増が制限されていることを意味しているのだ。
「確かにのぅ…これが量産の暁には,帝国なぞ…」
「だが…正直に言うと怖くもあるんだ。帝国を倒すまではいい。だが,その後はどうなる?中佐には悪いが,エリティアが第二の帝国の道を歩むかも知れないし。他所がそれを真似たりすれば,戦いはより激化するのではないだろうか…」
「…ありえない話じゃねぇな。大きすぎる力はバランスを崩す」
「そこで,みんなにも意見を聞きたいんだ。この技術を,広めるべきなのかどうか…」
沈黙があたりに流れる。と,そこでノーブルが口を開いた。
「無制限に広めるには危険すぎる力,というのは同感ですね。ただ…この方法には弱点もあります」
「弱点じゃと?」
「えぇ。確かに恐るべき着眼点ですが,いきなり相手の攻撃を力に変換するのには無理があります」
例えば…と言いながらノーブルは机の脚に手甲をゆるく巻き付ける。
「もし無制限に使えるのならば,極論,この状態でも攻撃を受け止められるはずですよね?」
「そうだな」
「ところが…」
ノーブルは杖で手甲を叩く。すると手甲は衝撃を受けて左右に揺れた。
「衝撃を受け止めていないのが分かるでしょうか?」
「え?で,でも,どうして…?」
「つまりですね…力に変換する文字に,作動するきっかけを与える必要があるということです。そこには装備している者,先日で言うなら流星殿の精神力が多少なりとも使われていると考えるのが妥当でしょう」
「なるほど…全くのノーコストというわけでもなく,口火を切るための精神力消費は要るという事なのか…」
そこで,際限なしの能力ではないと指摘されてどこかホッとしている自分に気づく。
「おそらく,普通の防具使用に比べて疲労が早くなるでしょうね。精神力の強い者ほど長く使えるという意味で,使い手を選ぶ武具になると思います。ただ…得られる効果で考えれば,同程度の魔法を使うよりは楽になるのではないかという気もします」
「もしかして…ノーブルの魔法なしでアレが使えるようになるってこと?」
「端的に言うとそうですね。いよいよ姫は私のもとから巣立っていくということに…」
言いながら仮面を外して目頭を押さえるノーブル。
「ちょ!ちょっとノーブル今はそういう話じゃなくて…!」
「大人の階段じゃのぅ…」
つられて目頭を押さえるハーディ。
「ハ,ハーディまで!」
(…ある意味…この軽さに助けられている部分は大きいな…)
「ま,まぁ話を戻すと。先ほどの流星殿の言葉にもある通り,これが公開されることでこの先を考えてしまう者が出るかもしれないのはかなり危険でしょうね…この力の行きつく先は,龍戦士,さらには古龍や神々です…」
「!」
ハッとする。自分が考えつくくらいだ。少なくとも他の龍戦士たちが考えつかないと考えるほうがよほど安易である。特に,自分には残っていない龍戦士としての知識や記憶が残っている者なら…。もしその龍戦士が敵に回ったら…。嫌な汗が背中を濡らす。
「龍戦士たぁ大きく出たな。だが確かに,誰彼構わず真似されちゃ困るシロモノだ」
「で,でも…今のままじゃ,かなり不利よ?」
「そうねー,ちょっと帝国を押し返すイメージがわかないなぁ」
「そこで…ちょっと確認したいことがあるんだ。ハーディ,例えば刻んだ文字を,それと分からないように隠すことはできるか?」
ずっと考えていた案を出す。
「む?…まぁ物にもよるが,できなくはないのぅ…」
「なら…どうだろう。これを,ハーディの秘伝の技ということにして扱うのは?」
「…つまり,理屈は未公開のままドワーフ殿が打った武具を同盟へ提供していく,と?」
「そうだ。そうすれば必然的に数も調整できる。行き過ぎそうなら止めればいい」
「むむむ…流星の。お主はほんとに嬉しい事言ってくれるのぅ…ある意味,それは神々の技術を儂にくれると言っておるようなものじゃぞ?鍛冶屋としては最高の誉れじゃ」
「…だがそれは言いっこなしだハーディ,そんなことを言い出したら,既に”風”は神々の業を握っているということになってしまう」
膨らむ不安。
「…そうね。もし秘密が漏れたら,何が起こるか分からないわ」
「おー怖い怖い。おいしい手品と思ってうっかり聞いちまったが,ここまででかい話とはなぁ」
エリィは深刻な表情を浮かべ,ノエルは肩をすくめる。
「なんの,本望じゃ!儂が責任持って引き受けるっ!任せておけぃ!」
しかしハーディはお構いなしにドン,と胸を叩く。
「あらら…すっかりはまっちゃったわね…」
フレイアが溜息をつく。
「流星君?ちゃんと責任持ってよ?こうなると止まらないからねこのドワーフ」
「あ,あぁ…」
◇
それからさらに数日。ハーディとシャルルは連日街の鍛冶屋を訪ね,その仕事場を借りていた。試しに打った剣をラルスに提示してみたところ,評判は上々だった。シャルルほどの超反応でもなければ狙い通りに敵や武器を弾き飛ばすことはできないが,大抵の攻撃を刃こぼれもなしに受け止め,攻撃力が増加し,しかも通常の武器では傷つかない相手にも対応できるというだけでもかなりの利点である。さしあたってクリミアと,護衛に突撃にと幅広く活躍する部隊の主だった者たちの分を,とその場ですぐ依頼してきたのだ。
「…思った以上の反応だったな,ハーディ」
「当然じゃろう。これは,間違いなくエリティア向きの武具じゃよ」
疲れなどどこ吹く風,生き生きと鎚をふるうハーディ。
「向き?」
「そうじゃ。エリティアは尚武の気風に溢れる国。当然,兵士たちもそれに誇りを持っておる。そこへきてこの,相手を選ぶ武具じゃ。選ばれた者の証となれば,使いたくなるじゃろうよ。まぁ現状はアレじゃ,エース向け少数配備の先行量産型,ってところじゃからの」
「そんなものなのか…」
「お主とて戦士じゃろう?お主の為にあつらえられたとか,あるいはお主が使う宿命じゃったとかいう武具ならば,悪い気はせんじゃろ?」
「どうだろうな…。世界を救う宿命を背負わされるなんて言われたら全力で拒否すると思うが」
騎士の剣などに選ばれた日には地獄の日々が訪れそうだ,と身震いする。
「ふむ…人ひとりで手一杯,かの?」
「あぁ。何せ自分の事にすら責任取れていないからな。選ばれただの何だのはちと荷が重い」
「…まぁええわい」
ハーディはふー,と一つ鼻で溜息をついてまた黙々と打つ。
「…なぁ,ハーディ。実は少しばかり相談があるんだが…」
フレイアの言葉がひっかかってここ数日なかなか言い出せなかった事を口にする。
「なんじゃ,あらたまりおって」
「…ハーディを見込んで,内密の話がある。誰にも言わないでくれるか?」
「…よかろう。他ならぬお主の頼みじゃ」
「…これを見てくれ」
忍ばせていた青の宝石を取り出し,見せる。小さめの卵ほどの直径を持つそれに,ハーディは目を丸くする。
「な…何と!?お主…こんなものをどこで…」
「それはわけあって明かせないが…どうだ?これは,より強力な武具を作るのに使えそうか?」
「むむ…ちと,よく見せてくれい」
ハーディはそれを受け取ると,じっくりと眺める。
「うーむ…おかしいのぅ…」
「おかしい?」
首をかしげるハーディにどきりとする。
「うむ。一般に,青の宝石には水の精霊力が宿ると言われておるのじゃ。儂が過去に見た宝石にも,程度の差こそあれそれは感じられた。ところがじゃ。これには精霊力が感じられんのじゃよ」
「…それは,役に立たないと?」
あの時特に何も感じなかったのは装飾品用の小さなものだったからだろうか,などと考えながら尋ねる。
「いや,そうとは限らん…。こんなものを見たことがないのでハッキリしたことは言えんのじゃが,ふつう,精霊力を宿す宝石は良くも悪くもそれに影響されるのじゃ」
「…というと?」
「つまりじゃな,水の精霊力を宿す宝石を使えば,その属性の魔法は何らかの恩恵を受ける。ところが例えば火の属性の魔法は阻害されてしまうのじゃ。したがって,例えば業物などは,たいてい宝石と魔力の相性を考えて作られておる」
ハーディは宝石に目をくぎ付けされたまま続ける。
「ところがこれには,それが全くない…。しかも見た限り,おそろしく純度が高いようじゃ。輝きが違う…」
「つまり,属性的な得手不得手がなく高い効果が見込める,と?」
「うむ…やってみなければ分からんが,その可能性は高い,やも知れぬ…」
ほぅ,と嘆息してハーディはやっと目を離す。
「これは…恐ろしいものじゃぞ?流星の。この質でこのサイズじゃ。これだけ見れば,神々や古龍の業に匹敵する可能性をじゅうぶんに秘めておる…」
「そ,そうか…」
「じゃが,幸か不幸か,その可能性をじゅうぶん引き出すだけの強さがおそらく素材の方には無いじゃろう…」
「…業物には,今と違う素材が使われていたのか?」
疑問を口にする。
「ものによりけりじゃな。詳しい事は分からぬが,素材や製法が違うものもあれば,魔力そのものでカバーしておったものもある。それでもこれに耐えられるかはわからんがのぅ」
「なるほどな…」
極論,龍戦士が敵味方に分かれるような事態になれば,これを使いこなすほどのレベルでの戦闘が行われるかも知れないということか。こちらが力を使うのを躊躇っているからといって,向こうもそうとは限らない。
(認めたくないものだが…)
もしもの時に備えて,守りだけは固めておく必要がある。そしてそのためには,これがどれほどの力を持つのかも確かめておかなければならない。
「やはり…自分で使ってみるしかないか…」
どんなデメリットがあるか知れたものではない。そんなものをいきなりエリィの防具に使うわけにはいかない。
「お主…前々から聞こうと思っておったが,何故そこまで嬢ちゃんに良くしてくれるのじゃ?」
「!?ハーディ?なぜそれを!?」
「なぜも何も,お主がたった今自分でそう言ったじゃろうが」
「な…」
どうやら声になってしまっていたようだ。
「正直なところ,お主にはそこまでする何もないじゃろう?じゃからこそ嬢ちゃんも…まぁ少々世間知らずということはさておいても…なんの警戒もなしにお主に惹かれていっておるのじゃろうが。傍から見たらかなり不自然じゃ」
「ぐ…そ,それは…すまない…」
どんどん深みにはまっていっているのは,自分のせいだと言われているに等しい。
「何を謝るのじゃ?お主,なにかやましい事でもあるのか?」
「う…いや…そういうわけでは…」
自分のせいであればやましいと言えなくもないが,しかしそれはあくまで成り行き…のはずだ。
「じゃろうな。もしあれば,まず儂らが放っておかん。ところがお主には,まったくと言っていいほどそんなものが無い。嬢ちゃんの気持ちを押しとどめてまで止める理由も見つからんのじゃよ」
「…不自然なのは,止める理由にならないのか…?」
「さぁてそこでじゃ…その不自然は,愛!なのか?」
「!?」
「愛!などというものは不自然,理不尽のカタマリじゃからのぅ。別の意味で神々の業じゃ。多少の事はそれで片付いてしまう上に,大抵は良い影響があるから止める意味もない。それどころか,止めようとするとペガサスとユニコーンの連続蹴りを食らって死ぬという言い伝えまである厄介なものじゃ。こちらも命がけじゃよ」
「…」
「実際のところ,どうなんじゃ?愛!なのか?違うのか?あるいはお主は…止められたいのか?止めて欲しいのか?」
「分からん…分からんが…止めてもらっておいたほうが良いのではないか,という気はする…」
「ほぅ?何故?」
「過去の記憶も無い,この後何が起こるか分からない俺が彼女に関わるのは危険だ。俺に関わるとロクなことにならない気がする」
「ふぅむ…お主がそんなじゃから,儂らも止められんのじゃよ?自分の事は二の次で,嬢ちゃんの事しか考えておらんじゃろ?傍から見たら,それは愛!にしか見えん」
「ぐ…」
言っていることは分かる。だがそれを否定するためには自分の内心を暴露しなければならない。それをするわけにいかないのだから否定できない。だが暴露したところで否定できるのか?とすら最近は思い始めている。
「お主…自分から身を引く事は考えたのか?」
「あ,ああ…それはよく考えている」
「それで…そうした時に嬢ちゃんがどう考えてどう動くかは考えてみたのか?」
「…おそらく…地の果てまで追っかけてくる…な」
おそらくと濁してはみたものの,それはすでに事実と言って差し支えない。
「ならば,今の状況はもはやそれでは動かせんということじゃよ。…手遅れじゃ,現状のお主に引くという選択肢は残っておらん」
ハーディはまたふー,と鼻で溜息をつく。
「お主の心次第じゃが…成り行きに任せて状況が変わるのを待つか,覚悟を決めて進み状況を変えていくかのどちらかしかないのぅ。…で,話は振り出しに戻るが,そこへきてコレじゃ」
手の上でポンポンと宝石をはねさせるハーディ。
「傍から見て,こんなシロモノが出てくるという事は覚悟を決めたとしか思えんのじゃが…当の本人がいまいち煮え切らん。じゃがそこに何があるのかは分からんし,無理に聞くのも流儀に反する。じゃから儂らも,少なくとも嬢ちゃんの意思が変わらん限りは,成り行きに任せて状況を見定めるか,覚悟を決めてお主と運命を共にするかのどちらかしか選択肢はないということじゃ」
「…すまん」
「まぁ…ここで謝るようなお主じゃ。嬢ちゃんに害を為す存在ではないと,信じてみるだけの価値はあるがの」
からからとハーディは笑う。しかしそこで,真剣な表情になる。
「で?コレをどう使うつもりじゃ?嬢ちゃんの装備に使うのが最終目標と言うからには,儂も本気の本気でかからねばなるまい」
これなら大丈夫か,とフレイアの言葉への反証を見つけてホッとする。そもそもなぜフレイアがああ言ったのかは分からない。それ以上に強いエリィへの思いにも何か理由があるのかも知れない。だがそれは聞かないのが流儀だ。結局は,覚悟を決めて信じるしかない。
「あぁ…こいつを…」
信じる価値があると言ってくれたハーディには,信じる価値がある。そう思った。




