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散策

早朝。シャルルは予定外の早起きをしてしまい,たまにはいいかと部屋を出た。

「あ,ノーブル…お早う。随分早いんだな」

廊下でばったりノーブルに出会う。

「おや流星殿こそ。どうなさったのです?」

「あー…特にどうというわけでもないんだが,何となくぶらぶらしたくなってな。…ノーブルは?」

「…ちょうど良かったかもしれませんね。流星殿,今日は例の…龍戦士捜しに行ってきます。姫の事,よろしくお願いしますね」

ノーブルはぺこり,と頭を下げる。

「大変だな…と俺が言える筋合いでもないが…少しでも早く見つかるといいよな」

俺のためにも,と心の中で付け加える。そこで気になっていたことを思い出す。

「あ,そうだノーブル。先日借りた辞書のことなんだが…あれは初歩的な辞書なのか?」

「…なぜそう思うのです?」

案の定のノーブルの反応に,用意していた答えを返す。

「基本的に,古代語が変化していったのがネペイジ語なんだろう?それにしては…あの辞書だけでは不自由じゃないか?試しに作ってみたネペイジ語の文を古代語に直そうとすると,結構な虫食いができるんだが?」

「流星殿…あなたは本当に不思議な方ですね。仰る通りあの辞書はもっとも初歩的なものですが,レベルとしては先にお話しした三〇の修得にはなんら不都合のないものです」

「ということは,ごく普通の魔法使い程度ならあれ一冊でもやっていけるのか」

「そうです。しかし貴殿が仰っていることはその上のレベル…少なくともアリシア第三軍や,各国の宮廷魔術師レベルです。ごく普通に考えて,とても最大頁が七の方が…」

「…つまり,分不相応だと?」

内心どきりとしながら遮る。

「…いえ,逆です。それほどの理解力が,素養として最大頁に反映されないのが不自然だということです」

「…つまり,俺が異常だと?」

「…まぁ,この魔法も長い時間で洗練されてきたとはいえ完璧ではありませんし。流星殿のようなケースが全くなかったわけでもないので,異常とまでは…」

ノーブルは少し考え込むような様子を見せる。内心ではヒヤヒヤしながら,平静を装って言う。

「七頁しかないから,吟味して決めたいと思っていたんだが…あれより高度なレベルの辞書に書いてあることは,使いこなせないから見るだけ無駄,って理解でいいのか?」

「…いえ,そんなことはありません。学院のテキストや辞書は,あくまで学院での教授に適した形で作られているだけのこと。魔法は本来もっとのびのびした自由なものですから」

「…そうか,それなら…」

「分かりました。ちょっと面倒にはなりますが,より高度なものをいくつか準備いたします」

「…すまんな,たった七頁のために…」

「いえいえ。…では,これにて」

ノーブルは一礼すると,すたすたと歩き去る。その姿が見えなくなるのを待ってふぅっ,と大きく息を吐く。

(…起きて早々,随分頭と心を酷使したもんだ…)

朝飯前と言うには実に重労働だ。二度三度軽く頭を振って,シャルルは中庭に出た。そこに練習着姿のエリィを見つける。

「お早う,エリィ。…練習か?」

「うん。…シャルルも一緒にどう?」

「あー…実は今頭の使い過ぎで疲れてて…休憩を兼ねて見学させてもらっていいかな?」

「え…う,うん,いいけど…」

木の根元に腰を下ろして幹に上体を預ける。エリィはちょっと頬を染めたが,気を取り直して練習を再開する。

(優雅だな…)

ぼんやりと眺めながら思う。先日の特訓のおかげで基礎らしきものは一応覚えたが,結局自分のは頭で効果を考え,アレに頼って選択して使っているだけだ。身体が勝手に動いたり勘が働いたりするようになるには,こういった長期にわたる地道な反復練習がものを言うのだろう。俗な言い方だが,積み重ねてきた努力がこの美しさを際立たせているのかも知れない。アレがある限り自分がこの域に達することはないだろうな,と根拠のない確信を得る。

「ふぅー…」

大きく息を吐いて練習を終了するエリィ。ぼんやりとしたまままったく動かないシャルルに気づき,心配そうに近寄る。

「シャルル…?」

「ん…あ,あぁ…」

「大丈夫?随分頭を使い過ぎたみたいね」

「いや…あまりに美しくて,見とれてしまった…」

半分夢見心地で不用意に発言してしまう。

「え!?」

「あ!?す,すまんつい本音が…あ,いやその…」

気まずい沈黙。

「おーおー,朝っぱらから若いねぇ二人とも」

そこで上から声。見上げると,枝の上にあぐらをかいてにやにやしているハイエルフ。

「フ,フレイア…いつからそこに?そこで何を?」

「んー?初めからだよ?精霊たちとリラックスー,って思っていたらエリィが来たのさ」

「それなら一声かけてくれたって…」

「気にしなーい。エリィの練習は内緒で見てるのが一番面白いからね。邪魔しないのが一番」

そこでぺろりと舌を出し,でも二人の邪魔にはなっちゃったねゴメン,とにやにやしながら謝る。

「…さて,それじゃ俺は朝飯を食って出かけるとするか」

いつものパターンに巻き込まれるわけにはいかない。努めて平静を装い,立ち上がる。

「あれ?どっか行くの?」

「…あぁ。せっかくだからこの街の様子を見ておこうと思ってな。ちょっと確認したいこともある」

「ふーん…エリィ,ついていってみたら?」

「ちょ!何言い出すのよ…そんなの邪魔でしょ?」

「…あー…いや…それもいいかも知れないな」

「えっ?」

「実は…簡単に言うと,魔法の武具の事で宝石を調べに行こうと思っているんだ。だがよく考えてみたら,俺は宝石の事も良く知らない。誰か説明してくれる人が居ると有り難い…」

「そりゃダメだわ…。うちのお嬢さん,そんなの全く関係ねぇって生活送ってきたから…」

あからさまに残念そうな表情をするフレイア。

「ご,ごめんなさい…美しいとかそういうのは,ハーディのほうが…」

悲しそうな申し訳なさそうな表情のエリィに心が痛み,また不用意な言葉が口をつく。

「まぁ…エリィは宝石に頼る必要はないだろうし…」

「!?」

目を丸くして,次の瞬間耳まで赤くなるエリィ。

「あ,いや…。…なんかいろいろとすまん…」

いろいろと調子が狂う。何かがおかしいが具体的にどうおかしいかと言われると分からない。とにかく謝っておく。

「朝っぱらから全開だな流星君。熱でもあるんじゃないか?」

「あー…かもしれん。実はここへ来る前にノーブルとちょっと…」

「それでか…知恵熱か…それは…しょうがない…」

妙に納得して難しい顔で頷くフレイア。とりあえず矛先はかわせたようだ。そもそもの発端ではないかという可能性は棚上げして心の中でノーブルに感謝する。

「まぁ,でもさ。もし良かったら連れて行ってやっておくれよ。エリィもいい機会だし知っといて損は無いし。お母さんからのお願いさ」

「分かった」

言われて気づいた。最終的な目標としてはエリィの防具だ。うっかり失念していたが,考えてみれば確かに中の人の好みは無視できない。

「え…でも…」

「…来てもらった方が俺も助かる。もし空いていればの話だが」

「う,うん…」

「いい機会だからしっかり勉強しておいで,二人とも」

「あ,でも勉強するならフレイアとかハーディとか…」

「あ,ごめんねー。今日はハーディと行くところがあるんだよ」

ぺろりと舌を出すフレイア。

「そ,そう…」

(保護者同伴で装飾品見に行くって変でしょうが…それに…)

陰からこっそり見ていた方が面白いに決まっている。今日は面白くなりそうだ,とフレイアはうきうきした。

朝食の後,二人で街へ出る。トルサはさすがに小国とはいえエリティア有数の都市だ。活気もある。道中気になったあれこれをエリィに尋ねながら歩き回り,それなりに大きな構えの装飾品店を見つけてそこへ入る。

「すまない,はじめてこういうところへ来たのだが,適当なものをいろいろ見せてほしい」

店員にそう告げる。店員は場違いなところへ来たとかしこまっているエリィをちらりと見て,言った。

「彼女への贈り物ですか?」

「!?」

どきり,と身を震わせて目を丸くするエリィ。

「…まぁそんなところだ。よろしく頼む」

「!?」

シャルルの答えにまた身を震わせる。店員はしばらくお待ちください,と離れていく。

「ちょ…シャルル…」

「…あぁ,すまん。余計な説明をするのが面倒だったんでああ言ったが,専門家から見て君に似合うものを選んでもらうのが一番早いと思ったんだ。似合わないものを贈るなんてことはありえないし,ましてそんなものを勧める専門家はいないだろう?」

「な,なんだ,そういうこと…」

「それに現実問題…宝石はともかく他の装飾部分に関しては,君の事をよく知っているハーディが一番似合うものを作れるような気もするしな。どんなのがいいかのイメージさえ固めてしまえば,あとは好きな時に作ればいいんじゃないか?」

それに極論,今日の目的が達成されれば店売りの物を買う必要は全く失われる。好きな時に好きな物を作る,そのための下調べだ。

「うん…そうだね」

そこへ店員が,大小様々の装飾品を揃えて戻ってくる。

(そういえば,前にもこんなことがあったな…)

ふと懐かしく思い出す。確かあの時は,ノーブルと腹の探り合いのような格好になってエリィに怒られたんだったな。あの時は正直自分の服などもどうでも良かったのだが,まさかこうして,自分以外の誰かのための何かを選びに来る日がくるとは。記憶を無くした自分の,新しい記憶。僅かではあるが確かに,思い出すことが怖くない記憶。

(このまま…)

「ねぇシャルル,これどうかな?」

意見を求められて意識を現実に戻す。

「ん?あ,あぁ…いいんじゃないか?」

「ちょっと…それこの前と同じセリフよ?」

「!」

覚えていてくれたのか。当たり前と言えば当たり前なのかも知れないが,何だかとても嬉しい。素直に言葉が出る。

「…覚えていてくれたのか。ちょうどあの時の事を思い出していたんだ。ありがとう,嬉しいよ…」

「えっ…」

沈黙。しかし店員のさりげない咳払いでハッと我に返る。

(いかんいかん…目的だけは果たさないと…)

「これは,何という宝石なんだ?」

店員に聞きながら指で触れ,心の中でつぶやく。

(〈紅の章,第八,九頁展開…【組成探知】【生成過程探知】〉)

見立ててもらった装飾品をとっかえひっかえ。生き生きと変わるエリィの表情に心を乱されながらも,シャルルはあらかたの宝石の名前と組成,生成過程を知識として蓄えると,結局何も買わず,店員の冷たい視線など微塵も気づかないまま店を出た。

「宝石っていっぱいあるんだね…」

「そうだな。かなり勉強になったよ」

「でも…」

「ん?」

「あれが似合うのは,やっぱりドレスだよね。宮廷とか…私とは世界が違うかな」

「そうかな…?宮廷は分からないが,ドレスは似合うんじゃないか?…時間もあるし,そっちも行ってみるか?」

「え,ちょ,何言ってるのよ!そ,そんなわけ…あれっ?」

気まずくなって視線を逸らしたエリィが,その先に見知った後ろ姿を発見する。

「あれ…ノエルじゃない?」

「ん?…確かにノエルに似ているが…別人じゃないか?」

その後ろ姿は,四歳くらいの女の子を背負いそれより少し上くらいの男の子の手を引いている。

「あまり疑いたくはないけど…営利誘拐じゃないかしら…」

「…まさか。いくら何でも…」

「ね…つけてみましょう。もしそうだったら止めないと!」

「あー…まぁ…それはそうだが…」

後ろ姿は人ごみの中を歩いていく。二人は適当な距離を置いて様子を伺いながら後を追う。

「よく聞き取れないが…何か叫んでいるようだな」

「そうね…なんか,楽しくなってきたかな…」

「おいおい,それじゃフレイアに何も言えないぞ…」

そこでふっと違和感。だがそれが具体的な形になる前にエリィの短い叫び。

「あ!あれ…!」

見ると,女性が一人駆け寄ってくる。それに向かって男の子が抱きつくと,泣き出し始める。背負っていた女の子を女性に渡し,男の子に何事か話しかける横顔は間違いなくノエルだ。

「なるほど…迷子の子供たちと母親捜ししてたのか…」

「なぁんだ…心配しちゃったわよ…」

「本人が聞いたら怒るだろうな…」

「あ…シャルル,それ内緒,内緒だからね?」

「あ…」

その時。何度も頭を下げる母親と無邪気に手を振る兄妹にひらひらと手を振りながら,こちらへ振り返ったノエルと視線がぶつかる。

「…見つかった」

びっくりした顔を見せるがそれもつかの間,ノエルは大股にこちらへ近寄ってきた。

「お前ら…」

「あらノエル。こんなところで奇遇ね…」

「…あー…ちょっと顔貸せ」

肩を落として溜息をひとつ。ぼりぼりと頭をかきながらノエルはすぐそこの食堂を指さす。

「それにしても迂闊だった…このノエル様が尾行を許すとは…」

食堂に入り,席につくと,ノエルは俺のおごりだ,さっき見た事は忘れろと言い出す。

「どうしてよ?別に悪いことしてないじゃない。それどころか,すっごく感動したわよ?」

(営利誘拐とか言ってたけどな…)

「感動されるような事はしてねぇ。ノエル様がガキの面倒を見てたなんて末代までの恥だぜ」

「えー?子供好きなのっていいことだと思うけど…」

「ガキは嫌いなんだ。にしてもお前…だんだんとフレイアに似てきやがったな…今からアレをお手本にしてるとロクなことにならんぞ」

(…)

「嫌いなんて言っても説得力ないわよ?それに,フレイアを悪く言うもんじゃないわ」

「…」

ぼりぼりと頭をかき沈黙するノエル。しかしややあって,覚悟を決めたような顔になる。

「しょうがねぇ…いろいろ妙な噂を立てられても困るから,本当の事を言ってやる。お前らが悪いんだぞ?」

(…まさか)

よぎる不安,しかしノエルが先に口を開く。

「…あれは罪滅ぼしさ」

「えっ?」

「俺には弟と妹がいたんだ。だが…ちょうどさっきの奴らくらいの時に,俺は家を捨てて出てきた」

顔の上半分を手で覆い,天を仰いでノエルは続ける。

「俺がやらなきゃならんことから,俺は逃げて来ちまった。それであいつらがどんなに苦しい思いをするか分かってるのに,それでも耐えられなかったんだ。ほんとなら,あいつらのほうが今の俺みたいに,それなりの自由を手に入れていても良かったんだ」

「ノエル…」

「結局…あいつらは逃げることも許されないまま死んじまった。順番が逆だってんだよ…だからな,あいつらにしてやれなかった分を,代わりにしてるってだけの話で。ただの自己満足なのさ。嫌な過去思い出させるガキどもも見たくもねぇんだ,ほんとは…」

「ご…ごめんなさい…」

しょげかえるエリィ。しばしの沈黙。だがノエルは手をはなしフレイアよろしくぺろりと舌を出すと,がらりと声の調子を変えて言った。

「ほーらな?責任とれねぇだろ?…今作ったウソですらそうなんだから,ホントの事なんか言ったら泣いちまうぜ?お前」

「え…」

「それこそ,フレイアくらい長く生きて図太くなってるくらいじゃなきゃ耐えられねぇ話なんだからよ。ガキがカッコだけ真似てもダメなの。分かった?”風”の流儀ってなそのためにあるんだぜ,お嬢ちゃん?こないだの姫さんじゃねぇが,責任とれって言われたらお持ち帰りコース待ったなしだぞ?」

ちょいちょいとエリィの額をつつき,にやにやと笑いながら言う。

「ちょ,ちょっとノエル!?」

「ほれ,ここの払いは俺が持ってやるから。口止め料だと思ってとっとけ。んで食ったらきれいさっぱり忘れろ。いいな?」

卓の上にコインを載せて席を立ち,くるりと後ろを向いて立ち去ろうとするノエル。

「ま,待ちなさい!そんなウソで…!」

「分かった,忘れるよ」

立ち上がりかけたエリィを制し,ノエルの背中に向かって言う。

「…シャルル?」

「だが忘れる前のウソついでに…その弟妹,生きていたら今どのくらいになるんだ?」

後ろを向いたまま,ぼりぼりと頭をかくノエル。

「…作り話だってのに,物好きな奴だな…。まぁウソついでだ…お嬢ちゃんとかあの姫さんくらいさ。生きていたら,いい友達になれたかもな」

「えっ…」

「…デートの邪魔して悪かったな,お二人さん?まっお互い,生きてるうちに目いっぱい楽しんどこうぜ?」

そう言って,ひらひらと手を振りながら去っていくノエル。

「シャルル…あれって…」

「…ウソだよ。ウソならいくらでも面白おかしくできるからな。まぁきっと空腹で見た幻覚だよ。腹が膨れればきれいさっぱり忘れるさ」

「…そうだね」

昼食を摂った後,二人は城塞の外へ出た。シャルルは当初の予定通りであったが,エリィがそれについていくと言い出したのだ。

「ごめんね…邪魔しちゃって…」

アレはウソだ,きれいさっぱり忘れろと言われたところで,そうそう簡単に切り替えられるものでもない。何となく落ち込んでしまったエリィを一人にするのも何となくはばかられて,シャルルは彼女の意に添うことにした。

「さて…ちょっとだけ離れていてくれ」

川にそって森へ分け入ったところで,シャルルは言う。息を整えて目を閉じる。

(〈紅の章第一〇頁展開…【構成元素探知】〉)

先ほどの宝石たちを構成する元素が,一定範囲内の空気中,土中,水中にどれほど含まれているかを調べる。

(なるほど…これなら…)

いくつかは完全に再現できそうだ。しかしこれはエリィには言わないほうがいいだろう。あれだけ生き生きした表情になれる宝石が,そんじょそこらの土塊から作れるとあっては夢も希望も無い。しかしそこで苦笑する。自分はそうやって作った宝石を贈ろうとしているのだ。それこそ夢も希望も無い。

(だが…)

こんなことを思いつくのは,やはり異邦人の素養が絡んでいるのではないだろうか。頭痛に襲われるので深く考えるつもりはないが,宝石が作れるという観念そのものが現実離れしている気がする。世に異邦人がどれほど居るのかは分からないが,それなりの数が実行に移しただけで容易に世界のバランスを崩してしまうのではないだろうか。ノーブルが言っていたように,平時では疎まれ迫害されてもおかしくない能力かもしれない。

「…ふう」

調査を終了し,待たせたな,とエリィの方を向く。しかしエリィは森の奥を凝視している。

「…エリィ?」

「ねぇ…あれ,アラウドじゃない?」

「何?」

見れば奥のやや開けたところに大きな人影が立っている。

「あんなところで…どうしたのかしら…」

「確かに…」

全く動かない。

「もう少しだけ,近くに寄ってみましょう?まだ病み上がりだし,ちょっと心配だわ…」

「そうだな…」

慎重に近寄り,様子を伺う。アラウドは直立不動で,どうやら目を閉じているようだ。

「え,ちょ…ちょっと…」

目を丸くするエリィ。アラウドの広い肩には,リスのような小動物が複数動き回っている。

「…木か何かだと…思っているのか?」

そこでふと,エリィが泣いているのを見る。

「ど…どうしたんだ?」

「あ…ごめんなさい。ちょっと悲しいお話を思い出して…」

涙を拭う。

「…どんな?」

「小さいころに読んでもらったお話なんだけど…。昔ね,この世界には魔操兵戦争ゴーレムウォーという戦乱があったの。戦うために生まれた魔操兵が,最後はうち棄てられて…ちょうどあんな感じで…とっても悲しかったの…」

「…そうか」

心があるのかは分からないが,うち棄てられ忘れ去られて朽ちてゆく魔操兵か…。どことなく共感を覚える自分に気づく。

「お,おかしいよねそんなの思い出すなんて。アラウドにも怒られちゃうかもね。勝手に殺すなって言われそう…」

「…そうだな」

苦笑する。きっと喧騒を離れてリラックスしているだけなのだろう。動物たちが全く警戒しなくなるほどの自然体というのもかなり凄い事だ。それを過去の遺物扱いでは気を悪くするだろう。

「さて,そろそろ戻ろうか。邪魔するのも悪いしな」

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