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 持っていた銀はかなり純度の高い,しかも希少なもののようだった。全員分の装備一式を買い戻し,食料を買い,運搬用の荷馬車まで借りて,それでもずっしりと重い金貨の袋が残る。

「ねぇ,あれ…大切なものだったんじゃないの?」

 申し訳なさそうにエリィが言う。交渉にあたった彼女とて専門家ではない。予想よりはるかに高額であったがゆえに買いたたかれた可能性も否定できず,それが彼女の表情に暗い影を落としていた。

「気にしなくていいさ。どうせ何も分からんし,どの道背に腹は代えられないんだ」

 シャルルはシャルルで,内心では苦り切っていた。あの様子では仮に金策が成功しても,あるいは装備を取り戻して稼いでも,あれを取り戻さない限りエリィは等価と納得しないのではないか。

 断ち切るつもりがまた余計なしがらみを抱えてしまったのではないか,と。しかしそれをちらとでも表に出せばいよいよしがらみが強固になってしまうので,努めて平静を装う。

 そうこうしているうちにキャンプ地へとたどり着いた。二人は荷台から装備を降ろす。教えられたとおりに馬の首を三回軽くたたくと,馬は空になった荷車を引いて元来た道を引き返していった。

「時間的にはそろそろ戻ってきてもいいんだけど…まぁいいわ,仕込みの続きをしながら待ちましょうか」

 火をおこし,鍋をかける。あたりに濃厚な香りが漂う頃,仲間と思しき三人が現れた。

「お?エリィ,お前なんで服着てるんだ?」

 しなやかそうなすらりとした体躯を持つ男が真っ先に口を開く。

「あ,お帰り」

「む?そちらの御仁は?」

 背の低い,がっしりとした体躯をもつ男がシャルルを見て言う。

「話すと長くなるんだけど…」

「ははぁ…」

 こちらも背の低い,しかしほっそりした体躯を持つ女が悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「あなた,売っちゃったのね?」

「なっ!」

「何よさんざん私にダメ出ししておいてぇ…きゃっ!」

 女が首をすくめると,その位置をスープの飛沫を飛び散らせながらお玉が通り過ぎた。怒りの表情でそちらへ詰め寄る。

「ぼ,暴力反対!」

「いい加減そっちに話を持っていくのやめなさい!だいたいあなたはいつもいつも…」

 いつものやりとりらしいな,と成り行きをぼんやり見守りながらシャルルは思う。冒険者と言っていたか。死線を潜り抜けた連帯感と気安さがあるのだろうか,雰囲気も年齢もばらばらそうに見える割に妙に仲の良い印象を受ける。そのうち一段落ついたとみえて,三人は各々の服を着るために引っ込み,お玉を回収したエリィはまた鍋の番に戻る。

「ごめんね?びっくりした?」

「ん?あぁ…いや…まぁ…」

「うちのパーティ,ちょっとお気楽な人が多くて…」

 なるほど,常識担当をしているからああなのか,と妙に納得する。もっとも本当に常識担当として機能しているのかどうかは疑問だが。

「さーてメシメシっ!ここまでのいきさつは食いながらでいいよなっ?」

 一同は鍋を囲む。

「…これで全員なのか?」

 買い戻した装備は四人分だったが,ふと気になって尋ねる。

「あと二人いるわ。一人は…もうすぐ来ると思うけど」

「?…!?」

 その瞬間,やや離れた空間に歪みのような違和感を感じて振り返る。バシュッ,と何かが弾けるような音とともに,そこにローブ姿の男が現れた。

「おー来た来た。相変わらず,メシは外さないな」

「…おや?みなさんどうして服を着ているのです?」

「あーそれはエリィがねぇ…いたたっ」

「説明は後」

 女の長い耳をつまみ上げながらエリィが言う。男はシャルルの方を値踏みするようにちらりと視線を向けたが,何も言わずに座に加わった。

 遅い昼食,というのが適当だろう。日は随分と傾いてきている。パンとスープの簡単な食事。特に空腹感は感じていなかったが,それでも食物を胃に流し込むと身体は喜んだ。

 絶望していても身体は生きているな,と半ば自嘲気味に思う。

「さて,状況を説明してもらおうか」

「まず自己紹介からはじめたほうがいいんじゃない?」

「それもそうか。じゃぁまず俺だが。ノエルだ。ノエル=ド=フレール。職業はまぁ盗賊だがな。ここだけの話,実はさる王家の血筋に連なる高貴なお方なのだよ。さぁ敬え」

「うさんくさー」

「自称じゃろ,自称」

 途端に他二人から揶揄される。どうやらお決まりの掛け合いのようだ。

「ハッ!お前らにはこの俺からあふれ出る気品が分からないだけなのさ」

「どうかしらねー。ノエルが高貴なお方なんだったら,私もお姫様でやっていけそうだけど…」

 エリィもうろんげな眼差しを向ける。仰る通りです,と先ほど現れた男も控えめに同意する。

「次は私だね。私はフレイア。ハイエルフのシャーマンよ」

「ハイエルフ?」

 聞きなれない言葉に思わず口に出してしまう。

「あー,失礼ね。れっきとしたハイエルフよ」

「あ,すまない。気を悪くしたら謝るが,ハイエルフが何か分からないんだ」

「!?」

 フレイアは目を丸くする。

「あー,順番が逆になっちゃうけど,彼は記憶を失っているのよ」

 エリィが助け舟を出す。ふぅん,とフレイアはつぶやいて,それっきりもう全く気にしていない様子で言葉をつなぐ。

「ハイエルフってのはね,人間とは違うエルフって種族の中でも,上位にあたる種族のことだよ。人間に比べて長寿で,私の故郷の長老どもは自称三千年以上生きてるんだ」

「三千年…」

 気が遠くなりそうになるのをなんとか踏みとどまる。

「私もまぁ二百二十年くらいは生きてるかしら。退屈になって飛び出してきちゃったんだけどね。本来なら滅多にお目にかかれない高貴な種族よ。ほら,気品に溢れてるでしょ?」

うさんくせー,と今度はノエルがやり返し,フレイアはノエルにべーっと舌を出す。

「シャーマンというのは?」

「精霊を呼び出して行使することのできる人をそう呼ぶね。たとえばこんな感じで」

 フレイアが何事かつぶやくと,周囲に突然ふわりと風の流れが起こった。自分を囲むような不自然な流れの中にうっすらと,羽の生えた少女らしき姿が見える。

「この小さいのが精霊なのか?」

「え?見えるの?あなたそっち系?」

「普通は見えないのか?俺にはそのへんもよく分からないが…」

 それもそうね,とフレイアはそこで切り上げる。

「次はわしの番じゃの。わしはハーディ。ドワーフ族じゃ。嬢ちゃんの育ての親を自負しとる」

「育ての親?」

「うむ。嬢ちゃんはみなしごでの。小さい時からわしとフレイアで面倒見てきたのじゃ」

 なるほど,と妙に納得する。記憶のない自分が言うのもなんだが,エリィはどこか現実離れしているような印象だ。異種族というものがどの程度異なる価値観を持っているのかは分からないが,ドワーフとエルフに育てられた人間というだけでかなり異質な存在と言えるのではないか。

「あ,き,気にしないで」

 同情されたと勘違いしたのだろうか。気まずそうにエリィが言う。

「ん?あぁ…」

 返事しながら視線をエリィに向けたとき,視界の端で,まだ自己紹介していないあの男がさりげなく自分から視線をそらすのが見えた。

(…こちらの様子を伺っていた…?)

 他のメンバーは良く言えばあけっぴろげであからさまな態度である。その中にあって男の見せたしぐさは異質であった。

(まぁ…それが普通か…)

 そう思い直して苦笑する。普通に考えて,得体の知れない相手を見て警戒しないほうがおかしいのだ。むしろこの男こそが常識担当なのかも知れない。

「さて…次は私ですか」

 男が口を開く。

「私はノーブル=ルマーク。先ほどご覧になった通り,魔法を使います」

「魔法,か。さっきの精霊みたいなものか?」

「原理は違いますがだいたいそんなところですね」

「嬢ちゃんを儂らに預けたのはこのノーブルなんじゃ」

 横からハーディが口を挟む。一瞬,余計なことを,とでも言わんばかりの雰囲気が表情の端に現れたのをシャルルは見逃さなかった。

「預けた?」

「ええ…身寄りのない姫をドワーフ殿とエルフ殿にお任せしたのは私です。私では親代わりは務まりそうもなかったものですから…」

 渋々,と見えたのはそのせいだっただけなのかも知れないが,ノーブルは淡々とそれだけを言って口を閉ざす。

「あともう一人,アラウドって男の戦士がいるわ。今は別行動中…というか離脱中ね。これで全員よ。私は…もうさっきのでほとんど紹介おしまいだから,パスでいいわよね」

 エリィが締めくくる。

「さてっと,いよいよあんたの番だぜ」

 と,ノエル。一同の視線が集まる。

「俺は…シャルル=ナズルだ」

「シャルル=ナズル?」

 突然反応を示すノーブル。

「ん?」

「あぁ,いえ…知り合いの名前に似ていたものですから…」

「ノーブルお前,いい加減何にでも意味深な反応するのやめろよ。これだから頭でっかちの魔法使いは…」

 ぶつぶつとノエルが文句を言う。しかし特にそれ以上の発言もないので,続ける。

「なぜそうなったのかは分からないが,記憶が無い。気づいたら,森の中に寝ていたんだ」

 もしかしたら,正直に言う事で特にノーブルあたりから何か新しい情報が分かるかもしれない,という気持ちも芽生えたが,今はそれよりも面倒ごとを回避したいという気持ちが勝り,結局エリィに語った以上の情報は伏せる。

「ともかく状況を確認しようと思っていたら,コイツと,コイツを追ってきたエリィに遭った」

 スープの中身を指さす。

「メシをふるまってくれるという話だったので,お礼に装備を取り戻してきたというわけだ」

「いやそれおかしいだろ」

 ノエルが真っ先に口を開く。やっぱり言えない何かがあったのね…と言いかけ,フレイアはエリィ,ノーブルの殺気を感じて口をつぐむ。

「どう考えても不自然じゃのう。つり合いがとれなすぎるし,お主にそれをするメリットがなさすぎる」

「まぁ…酔狂といえば酔狂かもしれんが…」

「そういえばノーブル,金策の方は?」

「え?いえ,残念ながら…」

 唐突に別方向のエリィの問いに,幾分意表を突かれながら,申し訳なさそうにノーブルが答える。

「じゃぁしょうがないんじゃない?どのみち私たちは彼にお金を返せない。返す分を稼ぐまでは,そこはそれほど重要ではないと思うけど?」

 一同は沈黙する。ややあってノーブルが口を開く。

「…確かに,あれこれと詮索してもはじまりませんね。我々にできることは一刻も早く受けた恩を返すことでしょう」

 なんとなく面倒な話になりそうな雰囲気だ。何とか止めたい,と思いつつ口を挟む。

「あー…別にそれはどうでもいいんだが…」

「いやそれいよいよおかしいだろ。頭がイカれてるか,自棄でもなきゃそんなことはありえない」

 自分でもおかしいということは分かっている。イカれているかどうかはともかく,自棄なんだが…と心境を吐露するわけにもいかずうんざりする。

「ね,シャルル。あなたこれからどうするつもりだったの?」

 また唐突に,エリィが話を振った。

「いや…特に何をするというあてがあるわけでもないが…」

「それならさ,いっそ,私たちの仲間にならない?」

 実に面倒な一言が,エリィの口から発せられた。


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