表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/31

試行

帝国はアリシアを落ち着かせてから侵攻してくる,とみていたエリティア首脳部の予想は外れた。

それから二日後に,国境近辺の見張りから帝国軍発見の報がもたらされ,トルサは緊張に包まれる。アリシア軍は昨日マヒロへ発ち,それと入れ替わりになるはずのマヒロ駐在エリティア軍は当然のごとく到着していない。

「帝国もゴタゴタしてんのかな?ほんとだったら,この前やっつけた奴らと合流してからでも良かったような感じだが」

ノエルが言う。情報によれば軍そのものの規模は大きくないとのことだ。巨人のような大きな姿が確認されているため決して楽観はできないものの,決して絶望的な規模でもない。

「あるいはもう少し…後続の着陣を待ってからでも遅くないような気がするな。こちらの兵員増加はたかが知れている」

「まっ,多少抜けててくれた方がこっちとしては助かるんだがね。できる奴に大軍勢を率いられちゃお手上げだ」

今回の作戦は,横手に森を控えた平原での迎撃となった。傭兵軍がまず当たり,形勢不利を装って帝国軍を引き込んだところで森に隠れていたエリティア軍が側面を叩く,という手はずだ。

(さて…それほど厳しくない戦場ならばいいが…)

シャルルは例の甲をつけていた。効果を試すには実戦で使ってみるのがもっとも確実である。今回の目的は,相手の力の利用と反射だ。

古代語魔法の効果は,つまるところ文字に力を流し込めるかどうかにかかっている。魔法は使用者の精神力をつぎ込んで発動させるが,相手からの攻撃そのものを力に変換してしまえば,と考えたのだ。

受けたダメージを力に変換して利用する言葉と,それを反射する言葉。その二つが連動して動けば受けに必要なこちらの労力は大幅に軽減されるはずだ。たとえば精霊魔法のような攻撃ならば,威力はそれなりに落ちるとしても術者自身へはね返すこともできるかも知れない。

自分が書けば問題なく動くのだろうが,それがバレると後々厄介だ。文字だけの力で何とかできるならそれに越したことはない,と考えてのことだった。左の手甲と右の足甲には店の鍛冶師が刻んだ,おそらくは器だけの言葉。一方右の手甲と左の足甲には同じ言葉を自分で刻んである。

(何だか楽しみだな…俺は…こういうのを考えるのが性に合ってるのか…?)

自嘲めいた笑みを漏らす。何をやる気になっているのか。どこで終わってもいい旅だというのに…。

(だが…)

なぜ自分が絶望感を持っているのか,その記憶は失われてしまっている。どこで終わってもいい旅ならば,別に無理してすぐ終わらせる必要も無いのではないか。最近はそう思う事も増えてきた。終わらせられなくなるようなしがらみは作らないに越したことはないだろうが,無理せず続けられるならとりあえず続けてみてもいいかも知れない。

(…これがうまく行ったら,鍛冶屋をやってみるのもいいかも知れないな…)

どこか静かなところへ行って,誰にも迷惑をかけず誰からも干渉されずに日々を過ごす。続けられなくなったらやめればいいし,続けたくなくなってもやめればいい。それなりに魅力的だ。

「おい」

そこで後頭部に衝撃。

「!?」

「お前どこまで歩くつもりだ。到着だよ到着」

意識を現実に戻す。どうやらノエルに殴られたらしい。

「あ…あぁすまん,考え事をしていた」

「まぁ経緯は聞いてるけどよ…」

ノエルはにやりと笑って,小声でつぶやく。

「そういうのは本人の見てないところでこっそり悩めよ…?」

「?…なんのこと…」

ノエルはシャルルの首に腕を回して引き寄せると,耳元で囁く。

「お嬢ちゃんへのプレゼントを考えてるんだってな?知らんぷりしていて驚かせるのがセオリーなんだからよ。しっかりやれ」

「!?…いや,それは…」

「照れるな照れるな。応援してるぜ?」

「見えた!」

エリィの短い叫び。ハッとして意識をそちらに向ける。

「あれが巨人か…?」

「そうね。サイズから考えて,オーガーってところかしら」

「さーて,今回は味方との連携がキモだ。はじめは我慢だぜ?」

小剣を抜きはらうノエル。

(そうだな…まずは受けない事には話にならん)

左手の手甲には鍛冶屋に入れてもらった器の古代語。それが敵の攻撃を自動で力に変換しはね返せるかの実験。加えてその確認用に,手甲が一瞬光るように文字を書き込んでみた。こちらも試しであるが,うまくいくようならいろいろと書き込んで試せるようになる。

弓矢の応酬が終わり敵軍が突っ込んで来る。こちらは意図的に突撃を鈍くして受けの態勢を取る。

(よし…まずはこいつで…)

目の前へやってきたオークの,錆びた小剣の一撃。理屈が間違っていなければ,ほとんどこちらの力を必要とせず相手の攻撃だけが相殺されて止まり,一瞬だけ手甲が光るはず。しっかり攻撃を見据えてその軌道上に左手の甲を置き,固定することに意識を向けてそれを待つ。

「!」

しかし,そこで大きな誤算。手甲と小剣が接触したその瞬間,目もくらむばかりの閃光があたりに迸った。

「うぉっ!何じゃ!?」

敵味方問わず予想外の出来事に硬直する。攻撃を繰り出してきたオークは腰を抜かしたのか,その場にぺたりと座り込んで目を丸くしている。

「…あー…ちょっとした過ち…?」

(光量も指定しておくべきだったのか…)

「流星殿…」

ノーブルの悲しそうな呆れたような口調。

「…すまん,決して助言を無視したわけじゃ無いんだ…巻物の実験だったんだ。気にしないでくれ」

「…しかし…敵が寄ってきてしまいましたよ?」

「それは…責任もって何とかするよ…」

妖魔が我先にと集まってくる。光に集まる習性でもあるのか。まぁこれはこれでちょうどいい実験にはなる,と思いながら次々とただひたすら両の手甲で攻撃を受ける。

(この程度の攻撃なら単なる器でも大差はないな…)

反射しているせいか,ポンッと叩かれる程度の手ごたえしか感じない。相手がそれなりに力を込めて攻撃していることを考えれば不思議な感触だ。相殺が上手く行っているならば,武器は手甲に接触した状態で全ての勢いを殺されてしまう。相手からしても,そこで動きが完全に止まってしまうのは不思議な感覚だろう。

(待てよ…こちらが殴ったらどうなるんだ…?)

ふと思い立つ。今度はわざと,敵の攻撃に手甲の打撃を軽く当てて接触させる。

(おっ…)

ゴブリンの小剣がはじけ飛ぶ。

(ダメージが上乗せされるのか。これは…)

自分の方が相殺されるのかとも思ったがそうではないらしい。反射されたダメージはすべて相手に行くようだ。となれば威力ある攻撃であればあるほどその勢いはより大きく強化され,絶大な破壊力を生むということか。

(なかなか面白いぞ…)

それは周囲から見れば実に奇妙な光景だった。紅の鎧をまとった男が剣を鞘に入れたまま,群がってくる妖魔の攻撃をすべて両腕で受け止め,さほど力を込めているとも見えない掌打や裏拳で次々と,殺すでもなく弾き飛ばす。ちょうど敵軍の鋒矢陣形をその頂点で,ただ止めているだけのような格好なのだ。

「ちょ,ちょっとシャルル…!」

呆気にとられるエリィ。

「ん?…あ…すまん退く作戦だったな」

受け続けながら,弾き飛ばし続けながら,後ずさる。

「おーいシャルル,どうせなら横に飛ばしちまえ。止めを周りの連中に任せれば分担できて被害も減るぞ」

「分かった」

意識して横へ飛ばす。ノエルの指示で周りにいた傭兵たちは少し下がり気味に待機し,飛ばされてきて態勢の崩れた妖魔に次々と止めを刺していく。

「おーおー…雑魚相手とはいえまさかホントにやれちまうとはなぁ…まぁ楽でいいけどよ」

「いくら何でも凄すぎだよねー?実験って…ノーブルが何か教えたの?」

「私は魔法の手ほどきをしただけですよ?見る限りあの手甲に秘密があるようですが…ドワーフ殿が何か?」

「鍛錬法のことは教えたが…嬢ちゃんと特訓でもしたのかの?」

「ううん,特に何も…。それに,もともと舞神流は腕を使う事はほとんどないし…」

後ろでくつろぐ一同。

(…む,来たか)

地面から手が生えてくる。仮説に間違いが無ければ,接触した瞬間に勝手に反射してくれるはずだ。上手くいかなくても振りほどくのはさほど面倒でもないだろうと判断して敢えて放置する。

(おっ…)

接触したわずかな感触を残し,四散する。打撃の例から考えれば反射ではなく単純に相殺されただけなのかも知れないが,こちらが被害を受ける事は無くなりそうだ。

(もしそうなら…)

接触できるということは殴れるという事で,こちらから殴れば術者にダメージを与えられるかも知れない。至近距離に出現した火トカゲに,後ろからは見えない様に裏拳を叩き込む。それは先ほどと同様に四散する。

(…これだけでは分からんが…まぁ少なくとも殴って消せることが分かっただけでもいいか…)

為すすべもなくやられっぱなしとならないだけでも良しとしよう。そう思いながら,次々現れる火トカゲを片端から殴って四散させてゆく。

「お…本隊が突っ込んで来たようだぜ?」

ノエルが言う。確かにその方角が騒がしい。

「じゃぁこちらも行きましょう!フレイア!」

「はいはーい」

フレイアがいつもの精霊を呼び出す。ところが。

(あ…)

腕と足にそれぞれ取りつこうとした戦乙女と風の乙女が,かすかな感触を残して四散してしまったのだ。

「ちょっと!?あなたまたワケわかんない事して!」

フレイアの怒声。

「す…すまん…今回はもういいよ」

意識があるのかどうかは分からないが,何となくうしろめたさを感じ,消してしまった乙女たちにも心の中で謝る。

(改良が必要か…)

アレを殴ってしまっていたらどうなっていたのだろう,と考えてぶるっと身震いする。

「全体としては押してるようだが…オーガーにかなりてこずってるようだな…」

ノエルの言葉で意識を現実へ戻す。見ると,遠くからでもそれと分かる大きな敵の周囲に,弾き飛ばされた味方兵が飛んでいる。

「行きましょう!私たちでアレを止める!」

エリィは立ちふさがる敵を薙ぎ払いながら走り出す。後を追う一同。

「いつにも増して張り切ってるなーお嬢ちゃん」

「まぁ今回は誰かさんの活躍で体力が有り余っておるからのぅ」

「勢い余って自爆しなきゃいいけどね」

「責任もって頂けるのでしょうから心配はしておりませんが…」

ちくちくと周囲から言葉が刺さる。

「はいはい…」

いたたまれなくなり,地面を蹴ってエリィとの距離を詰める。どうやら跳躍力も向上するようだ。風の乙女は不幸な事故で消えてしまったが,その分はカバーできている。

そのままエリィの背後に付き従うようにして,邪魔にならないがそれなりに仕事もしているような程度で援護する。この程度の相手にエリィが後れを取るとは思わないが,アレはできれば最後までとっておきたい。

(…待てよ…)

アレは間違いなく古代語魔法だという事が分かった。しかも,間違いなく言葉の力そのものを使っている。先日の蟹の時は何となくうやむやにできた格好だが,ノーブルがアレを直接見れば不審に思うのは間違いないのではないか。

(まぁ…何とかなるか…)

紅の章も作ったことだし,中身についてはとやかく言われまい。と気楽に考え直し,あまりの気楽さに我ながら苦笑すると,近くなってきたオーガーに意識を向ける。

オーガーはおよそ三倍ほどの背丈で,隆々とした体躯。大きなこぶに刃がついた斧を振り回しているが,こん棒としても十分使えるような重量感だ。

「止めるとは言うものの,どうするんだ?エリィ?」

「膝を砕いて動きを止めるか,肘か肩を砕いて攻撃を封じてしまえば!」

「なるほど…」

とは言うものの大丈夫だろうか。蟹ほどの装甲はなく鎧も着ていないとはいえ,少なくともワーウルフの関節を砕くのとはわけが違うような気がする。

「く…っ!」

思ったそばからオーガーの膝に蹴りを入れ,その硬さに顔をしかめる。とはいえダメージも与えてはいるようだ。オーガーの方も苦痛の叫びらしきものを上げ,怒りの形相を浮かべながら斧で胴を薙ぎにくる。

「…あ」

エリィは逆脚でそれを受け流そうとしたが,軸足にしようとした蹴り足に痺れが残っていたようでバランスを崩す。

(まずいっ!)

シャルルは割って入り,右腕でエリィを抱えながら左腕で斧を受け止める。ピキッ,と何かがひび割れるような音と感触。

(く…!限界か!?)

しかしここで受け損なうわけにはいかない。とっさに左脚の甲を添えて衝撃を分散させる。巨人の攻撃を止めた紅の鎧の男に対して,おお,と周囲の兵たちから驚嘆の声が上がる。

「エリィ,大丈夫か?」

「あ…うん。ありがとう」

抱えたまま後方へ跳躍して距離をとる。

「しかし…エリィの蹴りでもいけないとなると苦労しそうだな…」

「大丈夫…ノーブル!あれをお願い!」

ようやく追いついてきたノーブルに向かって叫ぶ。了解しました,と返事をするやノーブルは詠唱を始める。

〈超絶魔導書第二七,二八,二九頁展開…【衝撃吸収倍化】,【装甲硬化】,【破壊力倍化】全三倍〉

「お…」

エリィの両足甲が僅かな輝きを放つ。

「カッコ悪いとこ見せちゃったから…きっちり挽回しないとね」

にっこり笑って,エリィはオーガーへ走る。再び胴を薙ぎに来た斧をひょいと跳んでかわすと,前方に跳躍して右膝を左足で踏み抜き,それを支点に逆脚で右肘を蹴り上げる。鋭い音を残して腕はあらぬ方向へ折れ曲がり,膝を砕かれて崩れ落ちるオーガー。

「次っ!」

そのまま次のオーガーへ駆け寄る。振り下ろされた斧を身体をひねってかわし,勢いを殺さずに下段後ろ回しで膝を踏み砕くとそのまま蹴り上げに変化して踵で肘も砕く。

「ラスト!」

最後のオーガーに駆け寄る。一瞬ひるんだところを見逃さず,左の膝を踏み台にして砕きながら跳躍。右の肩も踏み砕いて後方へ跳躍し,宙返りして着地する。

「ふぅー…」

呼吸を整える。おおおお,と周囲の兵から大きな歓声。

「よし,敵の主力は崩れたぞ!いっきに押し込め!」

クリミアの号令。勢いを得た連合軍は突撃をかけ,じりじりと押していく。

「いよっ,お疲れさん」

集まってくる一同。ノエルがポンッとエリィの肩を叩く。えへへ,と笑うエリィ。

「あらあら,スッキリしたって顔ねぇ」

「まぁアレを使うのも久しぶりじゃからのぅ」

「しかし…破壊力もだが凄い早業だったな」

「三分しかもたないからね。スピードが勝負なのよ。だからこそ,頑張ったー!って感じになるんだけどね」

「なるほど」

こぼれるような笑顔。ついつい引き込まれて口元がほころぶ。

「しかし…オーガーの攻撃を真っ向から受け止めたお主もなかなかのものじゃったぞい?」

「そうそう,結局エリィを抱えながら片足立ちで止めてたしね」

「あ,あぁ…まぁちょっとした手品を使ったんだ」

「私の魔法を打ち消しちゃったアレ?」

「そんなところだ…アレはさすがに受けきれなくなりそうで内心ヒヤヒヤしたがな」

ふと気づいて左手甲を見ると,横に一本,亀裂が入っている。斧を受けた場所とずれていることからみて,おそらくは弱いところが魔力の流れに耐えられなくなったのだろう。

「アレを受けてそれで済むってだけでも不思議な事だぜ?簡単なら教えろよ,そんなおいしい手品の独り占めは許せねぇからな」

「…もうちょっと改良が必要そうだが,上手くいきそうなら教えるよ」

(…?)

そこで得体の知れない不安感に襲われる。だがそれが何かを考える前に,前方で大きな歓声が上がる。

「…敵さん,撤退したみてぇだな」

「まぁ大勝利の部類じゃのぅ。被害もそれほどではなかったようじゃ」

「まっ,うちには頼れるエースがいるもんね」

「えっ?」

ハッとする。

「何を驚いておるんじゃ?お主らに決まっておろうが?」

(しまった…)

兵士たちが集まってきて歓声を上げる。ついつい調子に乗ってまたやってしまったようだ。

「もうすっかり有名になったんじゃない?”紅き流星”も」

隣で無邪気にエリィが笑う。また引き込まれそうになり,つられて笑顔を返してしまいそうになるが,そこでハッと我に返る。

(…どんどん深みにはまっていってるような気がするな…)

シャルルは溜息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ