撤退
夕方。砦の兵士は,確実に減っていた。
「無理もないのぅ…依頼主もいない,援軍ももうない,敵の攻勢はいよいよ増してくる,ではまったくの無駄骨じゃ」
そう言って,ハーディが骨付き肉にかぶりつく。”風”は,幾分早めの夕食の為に食堂に集まっていた。これから夜にかけて戦闘が行われるかも知れない,と踏んでの行動で,弁当の準備も行っている。
第三軍がここへ合流してくるまでは攻撃は無い,というのがノーブルの見立てであった。聞けば漆黒将ヴァニティは帝国内ではひとかどの人物で人望も厚いという。ひとかどの人物が人質などとるものか,とノエルは鼻で笑ったが,結局それによって無血開城が実現した,というところには反論のしようがなかった。
「これから…どうなるのかしらね」
スープを胃に流し込んでエリィが尋ねる。
「何も動きがないところを見ると,上はまだ対応を決めかねているようですね。無理もありませんが…」
サンドイッチをほおばりながらノーブルが答える。
「ここに残るか,ってこと?」
「そうです。今ここには第三軍が居ますが,指揮権はエリティアのクリミア少佐にあります。ということはつまり,ここの第三軍は権限が弱いという事」
「騎士団のお偉方を無視して勝手に決めるわけにゃぁいかんだろうからな」
フライをくわえながらノエル。
「でも…もうアリシア王城は陥落してしまったし,ここに立てこもるのも現実的じゃないと思うけど…」
「だからこそですよ,姫。陥落してしまったからこそ,アリシア騎士たちはここに残りたいと考えてしまうのです。」
「えっ…?でも,それじゃぁ…」
「ここが文字通り最後の砦になっちまったからな。ここが陥落しちまったら,いよいよアリシアって国がなくなっちまう,と思っちまうんだよ。アリシアの奴らは」
「…」
「それが愛国心というものですよ,姫。特に彼らは国を守るのが務めで,それに誇りを持ってきました。もっとも長い伝統を誇る国ということも含めて,それが自分たちのところで失われることへの思いは…察して余りあるものです」
「ノーブル…」
「今すぐにでも王城へ引き返してユーリエ様を取り戻したい。今ここで退いてしまったらもう二度とその機会がなくなるのではないだろうか,と考えれば無理もない事です。私も…アリシアに育てられた身として無念な思いはありますよ」
仮面をずらして涙を拭うノーブル。
「しかし…現実問題で考えりゃ,この砦を枕に討ち死にってのはあまりいい最期じゃねぇ」
「ノエル?」
「女王さまだってまだ生きてるってのに,中心になって奪還しなきゃならん騎士どもが先に全滅したらしまらねぇだろ?ただでさえ訓練を受けた兵士ってのは貴重なんだ。ほんとに国を立て直そうと思うのなら,恥を忍んででも,地下に潜るなりエリティアに頼るなりして再起のチャンスを待つべきさ。死ぬのはいつでもできる」
そう言って口の中へミートボールをひょいひょいと放り込む。そこで,砦の中に騒がしさが戻ってくる。
「お…どうやら騎士団が到着したようだな」
「これからすぐ協議でしょうね。制限時間は…第三軍が到着するまでと見ておいた方がよさそうです」
ノーブルはトレイに食物を乗せながらそう言うと,では私はひとまず…と言い残してそれを押して出ていく。
「さーて姫さん,情に流されなきゃいいけどな…」
「クリミア少佐が?」
「あぁ。見た感じ,弱そうだろ?そういうお涙頂戴みたいなの,さ…」
肩をすくめるノエル。
エリティアとしちゃぁもうじゅうぶん義理は果たしたんだ。しかも王城の陥落で,ここの地の利は失われてる。ひとまず自国領まで退いて守りを固め,こっから先の戦いに備えるのが定石だ」
ごくごくと水を飲んで食物を胃に流し込み,ふぅと一息ついてノエルは続ける。
「アリシア軍も一緒に退いてくれるのが理想。妥当な線としてはここでお別れ,だな。一緒にここに残るのは,正直愚策もいいところだ」
「会議に参加して支えてあげなくていいの?ノエルどの?」
「きっと心細く思っとるぞ?ノエルどの?」
「だー!いい加減それヤメロっての!」
「で…俺たちはどうするんだ?」
口を拭きながら尋ねる。
「まぁ…現実問題としては他の傭兵たちと同様,俺らも報酬はもらえなくなっちまった」
そういえばノーブルは女王からいくら受け取っていたのだろう,と全く関係ない事を考える。
「このままここに居てもただ働きになりそうだ,ってのは間違いないからな。適当なところでお別れしておくのが妥当だとは思うぜ?」
「そうね…正直なところ,そこまでアリシアに義理立てする理由もないわ」
「まぁ大事なのはその後どうすっか,って事だが…」
「…ならば,エリティアへ来ないか?」
とそこへ,一人の男が入ってくる。
「ラルス大尉…?」
「…あんた,姫さんと一緒に居なくていいのかよ?」
「…残念だが,尉官では他国の将との会議には入れんのだ」
「なに?それじゃ姫さん一人でアリシアの連中と?」
「そういうことになるな…」
「…大丈夫なのか?」
「…気遣い痛み入る,ノエル殿。…少佐もきっとお喜びになろう」
ラルスは一礼すると,にやりと笑ってそう付け加える。
「バ!…あんたまで何言ってんだ!」
「あらあら,公認?されちゃったわねノエルどの?」
「こりゃもう…一緒に来て状態かのぅノエルどの?」
「だからヤメロっての!あんたも一体何しに来たんだ!…って…」
「…エリティアへ来ないか?と誘いに来たのだが…」
「ちょ…」
「それは…ノエルをエリティア軍へ,ということですか?大尉?」
エリィが割って入る。
「…ノエル殿も,と言った方がいいだろうな,とりあえず。我がエリティアも決して戦力に余裕があるとは言えない。実力のある優秀な兵は確保しておきたい」
「”風”と契約を?」
「そういう事だ。さしあたっては…我々はおそらく自国の砦まで退くことになる。その殿を,我らとともに担って欲しいという依頼だ」
「そんならそうと最初から言えってんだ…」
ぼりぼりと頭をかきながら不機嫌そうに言うノエル。
「…少佐のたっての願い,というのも間違いないが?」
「…」
「具体的には?どのように?」
「おそらく第三軍の到着が猶予のリミットとなるだろう。アリシアがともに退いてくれるならば可能な限りの物資も運搬したい。となれば明け方までの長丁場,夜戦の撤退戦となる」
「分かりました。では細かいところを詰めましょう…」
(長い夜に,なるかもしれないな…)
シャルルはぼんやりとそう思った。
◇
しかし協議は,驚くほど早く決着した。予想通りアリシア騎士達は砦に留まる事を強硬に主張,クリミアはその境遇への同情も相まって何も言えなくなってしまった。ところがそこに突然予想もしない人物が現れて,彼らを黙らせてしまったというのだ。
「なんでも,クマルー卿ってのが現れて騎士達を説得したんだってよ?」
とフレイア。殿を務める予定の”風”とエリティア軍はアリシア側の橋近辺に配置して撤退開始を見守っている。
「誰?それ?」
聞き返すエリィ。
「クマルー卿は,先王フローネ様の弟君ですよ,姫。申し上げた通りアリシア王家の男には王位継承権がありませんので,だから何だと言えばそれまでなのですがね」
「…だから何だって…それ胡散臭いよりひどくない?」
「おっと…まずいですね。聞かれてしまったら首が飛ぶやも…」
仮面のままのノーブルはフードを目深にかぶって周囲を気にする。
「ま,まぁともかく。アリシア王家の男たちは,継承権のある女王候補を成人まで後見し導くという役割を持っています。クマルー卿は姪御であるユーリエ様も後見しておりましたので,アリシア騎士たちから見れば女王に次ぐ影響力のある人物ですね」
「何よ,すごい人じゃない」
「ただ…何と言うかその…どうもかなり変わった人物だとか…」
「…え?」
「ふらっと居なくなったかと思うとそのまましばらく城を空けたり…かと思うと突然現れたりと…周囲を結構振り回しているようなのです。事実,今回も説得するだけしてまたどこかへ姿をくらましたとか…。」
「…」
「私には,アリシアの騎士たちがそんな変じ…っと,そんな御方の世迷い…っと,お言葉になぜ従うのか不思議でしょうがないのですが…」
「…私はあなたの情報力のほうがよっぽど不思議でしょうがないけど…」
あとその毛嫌いもね,と付け加える。
(…同族嫌悪?)
結構似ているような気がする。初対面の時の登場といいノエルを驚かせたあれといい,行動パターンが似ているからこその嫌悪ではないだろうか。
「…聞きたいですか?私がなぜ情報通なのか…まぁ嫌っている理由の方でもいいですが…」
ノーブルはコホン,と咳払いして言葉を返す。
「…やめとく。責任取れそうもないし…」
「正解です。聞いてしまったらきっと…責任の大きさに押しつぶされそうになって泣いてしまうと思いますよ?」
「…」
そうこうしているうちに先頭,アリシア第一軍が進発する。夜戦のしかも撤退戦では騎兵にはほとんど見せ場は無い。少しでも兵力を温存するための先発。金属鎧が音を立てない様に布を噛ませ,静かに砦を後にする。冴え冴えとした月の光が夜道を照らしている。
「そういやノーブル。少し確認しておきたいことがあるんだが…」
シャルルは近よってぼそぼそと囁く。
「帝国対連合の戦いで,名を上げてる者ってのはどれくらいいるんだ?」
「と,言いますと?」
「…例の龍戦士が戦場に身を投じているというなら,そういう者たちを当たっていった方が早いんじゃないか?」
「それがですね…時期が合わないのですよ」
ちょっと困ったようにノーブルは言う。
「合わない?」
「ええ…私もその可能性を疑ったのですが…龍戦士が落ちてきたルトリア王城陥落直前あたりから今まで,それらしき人物の台頭がないのです」
(…なに?)
「…ずいぶん時間が経っているんだな。戦場に出てきていないとすれば,考えられる可能性は何だ?」
それとなく確認を取る。自分がここへ来たのはルトリア陥落後どころか奪還戦の後だ。明らかに時間的なずれがある。
「そうですね…自分の能力に気づかないまま平和に暮らしているのが最も無難なケースでしょうか。逆に最もあって欲しくないのは…能力に気づかないまますでに死んでしまっているケース。元の世界へ戻されたというケースもかなり厳しいものがありますね…」
「死ぬのはともかくとして,元の世界に戻されることもあるのか?」
「ええ…あくまで推測ですが,アリシアに現れた龍戦士たちの何人かも事が終わった後に消息不明となっているのですよ。特に今回は不測の事態が起こっています。別の世界へ飛ばされた可能性も否定できません」
「…そうか…それがまた戻ってくる,と考えるのはさらに無理押しか…」
もしそうだとすれば,自分が身代わりにされる可能性も否定できない。しかしそれ以前に,自分がまたどこかへ飛ばされる可能性もあるという事か。
輜重隊に続いて護衛を兼ねたアリシア第二軍が進発する。王城から来る第三軍はここへは回らず,途中で合流する手はずになっていた。残るははじめから居た第三軍と殿を守るエリティア軍だけである。
「静かね…これなら,なんとか無事に撤退できるかしら…」
エリィが橋の上から何気なく水面を眺めて,そして,硬直。
「あ…」
偶然,川から顔を出していたリザードマンと見つめ合う格好になったのだ。爬虫類特有の眼ににらまれて冷汗が噴き出す。
「リ…リザードマンよ!敵が来ている!」
エリィの叫びと,リザードマンの,おそらくはこちらも仲間に合図を送るために発した甲高い叫び声が交錯する。
「!?」
それが戦闘開始の合図となった。
◇
第三軍はまだ橋の上に居た。たちまち川の中から槍が飛んでくる。
「アリシア軍は安全圏まで急ぎ後退を!手筈通り我らが殿を務める!」
クリミアの声が響く。リザードマンは部隊を分けたようだ。橋の両側,やや離れたところへ続々と上陸してきて挟撃をかける構えだ。
「上陸したリザードマンを叩くぞ!数は多くない!」
先頭に立って馬を駆けさせるクリミア。
「我らはこっちだ,いくぞ!」
ラルスが部隊を率いてクリミアとは逆方向のリザードマンに突っ込む。
「第三軍!お前らも早く退け!援護は距離を取ってからでいい!自分の安全を最優先しろ,こんなところで無駄に死ぬな!」
ノエルが槍を弾きながら声を張り上げる。
「く…水の中では手出しができん」
「…そちらは私が何とかしましょう」
「ノーブル?」
ノーブルは転がっていた槍を拾い上げると,刃先にを指でつつき,つぶやく。
〈超絶魔導書第五頁展開…【びっくり音響弾】最大音量〉
(上位古代語…?しかし…?)
そしてその槍を川へ向けて投げ込む。
「!?」
刃先が水面に触れた瞬間,戦闘中にも関わらず周囲の者がびくりと身をすくめるほどの爆発音。
「な…なんだ今のは…」
「ただの音ですよ,流星殿」
「…音?あ…」
見ると,川面に次々と魚やリザードマンが浮いて来て,そのまま流されていく。
「上手くいきましたね。さて皆さん,今のうちに橋を渡り切ってしまいましょう」
「魔法…なのか?」
「ええまぁ…ただ音を出して驚かせるだけですがね。魚を取る時には重宝していますよ」
ノーブルは苦笑する。上陸組は援護がなくなったと知って次々と川へ飛び込み始めた。
「よし!こちらも今のうちに退くぞ!」
クリミアの指示。エリティア軍は集合し,橋を渡り終えた第三軍の後に続く。
「それじゃ,もう一つ仕掛けをしておきましょうか」
ノーブルはまた槍を拾って,刃先を門とは逆の方向に向けて地面に突き刺すと,また指でつつく。
〈超絶魔導書第三頁展開…【いなせな信号弾】〉
(…?)
「さて,いきましょう」
そう言ってすたすたと歩き出す。特に変化があるようには見えない。
「…何を?」
「簡単に言うと目印ですね。敵が追撃して来れば,それに反応して我々に報せてくれます」
「魔法というのは自由度が高いのだな…」
「古代語魔法は,理論上は何でもできますからね」
他のメンバーと合流し,最後尾を歩く。そのまましばらくの行軍。
「…追ってくるかしら?」
「布陣をみる限りは,夜襲をかけようとしてたんじゃねぇかな」
「そうですね。おそらく第三軍が砦に入るのを見てから,包囲殲滅する予定だったのでしょう。それが,来てみたらすでに撤退の途中だったと」
「そうすると,さっさと協議を片付けちゃったなんたら卿のお手柄って事かな?」
フレイアが言う。名前はもう忘れてしまったらしい。
「…まぁ確かに…感情的になっていたアリシア騎士を,それ以上の情で黙らせるには適任でしたしょうね」
ノーブルは肩をすくめる。
「ともかく帝国側としては…別動隊が予想外の被害を受けて崩壊し,我々に逃げ道も確保されてしまっています。門を破るのにどれだけ時間を食うかにもよりますが,追撃は効果が薄いと判断してもよいところです」
「そうだな。よっぽど功を焦る奴でもなきゃ,まず足場を固めるほうが先だ。」
「そうしてくれることを祈りますよ。無駄な被害は出したくありません…。失意のアリシア騎士たちにも,それを守って頂いているエリティアの方たちにも,一人でも多くたどりついてもらいたいところです」
「ノーブル…」
「…今日の私は壊れていますからね。多分に感傷的で,多分に感情的です…」
魔法に携わる者としてはあまり好ましくないのですがね…とノーブルは付け加える。
「あ…」
その時,ヒュルヒュルという音。振り返ったエリィは,色鮮やかな大輪の花が夜空に弾けるのを見た。遅れて炸裂音。
「あれが…さっきの?」
信号弾,と危うく言いかけてシャルルは口をつぐむ。古代語が聞き取れていることを明かしてしまうのは得策ではない。
「どうやら…すんなり行かせてはくれないようですね…エルフ殿,例のアレをやりましょう」
「オッケー。んで,どのくらい?」
「おそらく足重視の編成でしょうから,三百で行きます」
「おぉ,やる気だね。りょーかい」
〈超絶魔導書第四五頁展開…【属性連結】〉
ノーブルは杖をかざして言葉を発する。
〔雷の精霊,来たりて我が朋輩に力を貸し仇なす者どもを焦がし尽くせ…〕
フレイアが杖の先に触れてつぶやく。すると,周囲に小さな稲妻が走り,次々と杖に吸い込まれていく。
「さっきのあの光と音は一体?」
そこへラルスが走り寄ってくる。
「敵の追手が出たようです。こちらで足を止めますので,本体はそのまま撤退を続けるよう伝えてください」
「…分かった」
どうやって止めるのかは分からないが,ラルスはともかくそう伝令を出す。
(随分信用されたものだな…)
できないことは言わない,先日のクリミアの言葉が蘇ってくる。まぁそれを言うなら自分もかなり貢献してしまった気がするが,とシャルルは苦笑する。
「これから敵の追撃の足を止めます。動きの激しい者から優先的に狙うマジックミサイルですので,効果が切れるまでは激しく動かない様にしてください。残敵が出たとしても少数でしょうから,そちらの掃討はお任せします」
なにせ敵味方の識別がつかないもので…とノーブルは苦笑する。
「…見えた!」
エリィが短く叫ぶ。見ると,月明かりの下黒い影が徐々に大きくなってくる。
「…終わったよー」
フレイアがそう言って,ふぅっと息を吐いて脱力するとハーディの腕の中に倒れこんだ。限界近くまで精神力をつぎ込んだのか,とシャルルは理解する。
「では行きます」
そういってノーブルは杖を高々と差し上げた。
〈超絶魔導書第六四頁展開…【動体迎撃誘導弾】〉
すると杖の先から稲妻を迸らせた黒い球体が沸き上がり,徐々に大きくなりながら前方の上空へと舞い上がっていく。ある程度の距離をとったところで静止したそれから,次の瞬間,次々と雷の槍とも呼ぶべきものが放たれる。
「おお!」
ラルスが思わず叫ぶ。放たれたそれは追っ手の足を正確に撃ち抜き,その瞬間雷に撃たれてその場へ倒れる。次々と,次々と倒れる妖魔の群れ。
「…エルフ殿随分頑張っていただきましたね…足の神経を焼き切って破壊する程度のつもりが,黒焦げになってます…」
「へへ…ノーブルがやる気だったし頑張らないと,と思ってね」
「そうでしたか…お気遣い痛み入ります。私は良い仲間を持って幸せです」
涙を拭うノーブル。その間にも上空の球は次々と槍を放ち徐々に小さくなっていく。
(しかし…さっきの三,五との落差は何なのだろう…)
「あ…終わったみたい…」
上空の球体が無くなった時,地上の帝国軍はそのほとんどが物言わぬ骸となっていた。動いているのは十数程度。算を乱して逃走していく。
「先遣隊と言ったところでしょうね,おそらく。一方的に殲滅されたという報告を受けて,これ以上の追撃を諦めてくれるといいのですが…」
「また来るかも知れない,ってこと?」
「功を焦って兵を割いて,一方的にやられましたじゃぁ格好つかねぇしな。トサカに来て取り返しに来る可能性もあるさ」
「まぁ足は速くないでしょうから,向こうはかなりの強行軍をしてくることにはなりますね。こちらにもかなりの時間の余裕ができます。迎撃に適した地形まで退ければ何とかなるでしょう」
その後帝国は再び追手を繰り出してきたが,ノーブルの人を食った魔法の数々に翻弄され,浮足立ったところで散々に撃退されてしまった。連合はほとんど損害を出すこともなく,夜明けとともにエリティア領へとたどり着いた。