予言
「な…っ」
その言葉は,聞いていた二人に少なからぬ衝撃を与えた。
「なんというか…」
「途端に…胡散臭くなったわね…」
思わず言葉が漏れる。
「な…何を言われますか!特に姫っ!胡散臭いなどと…っ!とても姫のお言葉とは思えませぬっ!」
「なぁ…ノーブル,やっぱり今日のお前は変だぞ?どうしたっていうんだ…」
と,言えるほどいつものお前を知っているわけでもないが…と心の中で付け加える。
「む…いえ…いや,確かにいろいろと振り切れているのは認めますが…」
ハッと我に返り,仮面のズレを直しながらノーブルは憮然とした様子で言う。
「私とて,何処のものとも知れぬ流言の類を信じるほど愚かではありません。しかし,私が申し上げている事はアリシア王家の予言」
「魔法王国の,魔力の強い王族が書き残したというアレね?」
「そうです。その予言は,これまで全て的中してきました」
「!?」
「それがアリシアの,アリシアたるゆえん,という事ですよ。流星殿」
「…分かった。そこをそれ以上どうこう言ってもどうにもなるまい。先を聞こう」
ひっかかる言い方ですが…と不本意そうに言うノーブルだが,ため息をついて言葉を継ぐ。
「無論,すべてを書き残す事に費やす労力は計り知れません。従って,筆者が必要と思った主だった事象についてのみの記載となっていることは予めご了承いただきたい」
黙ってうなずく。
「それによると…簡単に言えば勇者が現れて邪神を封印しなおし,アリシアの姫と結ばれるとのこと」
「…これはまた,いきなり随分と大雑把な…」
「…まぁいきなり細かい話をしても本筋が見えなくなりますので。ともかくここから,少なくとも姫が存命であることが必須であることはお分かりいただけると思います」
「まぁな…。つまりは予言を成就させることが帝国の野望を挫くことにつながる。で,そのためには女王の身に何かあっては困るわけだ」
「その通りです。このくらいまでは王族貴族をはじめアリシアの騎士団ならば広く知らされている事実です」
だからこそ姫がまたとない人質になるのか,と思いつつシャルルは疑問を口にする。
「で?その勇者と言うのはどうやって現れるのだ?」
「それが…もう現れているのですよ。予言上は…」
「…ちょっとノーブル,それおかしいでしょ。それって,予言が外れたってことでしょ?」
エリィがもっともな疑問を口にする。
「いえ…そこで予想もしないことが起こったのです。予言には,その勇者…まぁ龍戦士,と呼ぶのが普通なのですが…それがある特定の日時に,アリシア領内のとある場所へ落ちてくると記されてありましたが…」
(…なに?)
ひっかかる。
「何者かが,それを妨害してきたのですよ,姫…」
「…妨害?どうしてそんなことが分かるの?」
「そうですね,それを説明するためにはこの世界のこと,アリシアのことも少し話しておく必要がありますか…。簡単に言うと,この世界は不安定なのです。この世界を作った神々の力の不足とも,この世界と裏表の関係にある別の世界の影響とも言われておりますが…」
「神々はともかく…別の世界?どうしてそう言えるの?」
「その不安定さのゆえに,この世界には時々,所々で穴が開くのですよ。穴の広さは様々なのですが,たまたま大きな穴が開き,そしてその穴をたまたまの偶然で,通り抜けてくる異邦人が居るのです」
(なん…だと…)
膨らむ違和感。いや,不安と言ったほうがいいか。
「これは世の中には余り知られていないことなのです。いや,むしろ知らせてはいけないものの部類ですかね。なぜならその龍戦士は,簡単に言うとドラゴン並みの力を持つ者だからです」
(…)
「今のような世界滅亡の危機ならばともかく。平時にそんな力は必要ありません。むしろ迫害の対象となるでしょうね。それで歪んで,破滅を願う…やもしれません」
「…そう…。かわいそうね,そんなのって…」
「そして,これはさらに知られていないことなのですが…アリシア王家には,その力が受け継がれている…と信じられています」
「え?どういうこと?」
「つまりですね。たまたま有事の際に現れた男の龍戦士が,たまたまなりゆきで世界を救って,その時々の姫と結ばれて…ということです。まぁ,龍の力は魔法だけという事ではないのですが。王家の力にも何らかの影響を与えているのではないかと考えられているのです」
(…)
「別の世界があるらしいという事も,龍戦士がおそるべき力を持って現れるという事も。アリシアは身をもって知っているというわけですよ,姫。…まぁ毎度の事というと途端に胡散臭くなりますが。少なくともそれをあり得ないと一笑に付す者はアリシア王家にはいないわけです」
「そうなんだ…」
「余談ですが。この予言をした方も,龍戦士の娘だったそうです」
「…なんかまたそれで俗っぽい話になった気がする…」
「というわけで姫!胡散臭いなどと言うのは先人たちにも大変失礼なのですよ!?そのへんを弁えていただかねば示しがつきません!」
「って,あなたもサラッと言ったじゃない…。そもそも誰に何を示すのよ…?やっぱりあなた今日は変よ?」
「…ま,まぁ本題に戻しますと,来る時間と場所が分かっていた…おや?」
そこでノーブルが異変に気付く。
「どうしたのです流星殿?顔色がすぐれないようですが…」
「いや…」
声を出すが,それは自分でも分かるほど枯れている。生唾を飲み込んで多少なりとも喉を潤し,やっとの思いで言葉を継ぐ。
「…あまりに突拍子もない話過ぎてついていけん…少し頭の整理がしたい,休憩させてくれ…」
◇
「…」
逃げ出すように部屋から出て,食堂へ。ごくごくと水を飲む。二杯,三杯。手が震えている。さっきの今で他に誰も居ないのが救いだった。
(俺は…龍戦士…なの…か…?)
混乱する頭で必死に情報を整理しようとする。
(世界の穴を通り抜けて…落ちてきた…ドラゴン並みの力を持つ…異邦人…)
少なくとも二つは,当てはまる。初めに自分が来ていた服を,エリィは見慣れない格好と言った。自分の書いた文字を,読めないとも言った。少なくとも自分は,長くここに居た者ではない。加えてあの力だ。ドラゴンなど見たことも無いわけだから強さなど分かるはずもないが,普通に考えて,武術の皆伝であるエリィの足をほいほいと避け,受けられるはずがない。
確証のないところまで含めれば,落ちてきたというのも怪しい。あのすり鉢の状況は,まさにそれではないか。しかもあれだけのすり鉢を作っておいて,無傷だったというのもいかにもな感じである。
(もし…そうだとすれば…)
自分は世界を救わねばならぬのか?だがどうやって?敵は邪神…つまりは神だ。正直なところ,今の自分が持っている力でどうにかなるレベルとは思えない。神どころか蟹にすら苦戦しているのだ。
(…ん?待てよ…)
ドラゴン並みは嘘だ。多少高めに見積もっても蟹レベル。となれば,仮に自分が異邦人であっても,予言の書にある龍戦士の可能性は極めて低い。どのくらい穴が開いて,どのくらいやってきて,どのくらい落ちてくるのかは分からないが,少なくとも世界を救うのは無理だ。そう考えていくらか落ち着きを取り戻す。
(だとすれば…)
下手にここで騒いだり,自分の素性をこれ以上明かすのは愚策。本物の龍戦士と間違われてしまえばろくでもないことになるのは見えている。
(そうとも…そんなことがあるわけはない。だいたい,自分の事すら手が回っていないような奴が世界の命運など…)
冗談ではない。荷が勝ちすぎる。他人の命運どころの話ではないのだ。自分に背負える他人の運命など,せいぜい…。
(…なに?)
待て,今自分は何を考えた?背負える,だと?背負うつもりなのか?まさか…背負いたいなどと…。
(…ふ,悪い冗談だ…)
そこで肩をすくめて自嘲の笑みを漏らす。もともとどこで終わっても良い旅だった。どうでもいい人生の筈だったではないか。今のこれも,結局は他に何もすることがないからやっているだけの…。
(う…)
不意にエリィの悲しそうな顔が現れ,そして心が痛む。大丈夫?と心配そうにそのエリィが囁く。
「エリィ…?俺は…君が…?」
半分夢見心地で,そのエリィの顔にゆっくりと手を伸ばす。その指が,その頬に触れる。確かな感触。
「私が,どうしたの?」
「!?エ,エリィ!?」
途端に意識が現実に戻ってくる。慌てて手を離す。
「す…すまん…目を開いたまま夢を見ていたようだ…」
「熱でもあるの?顔が赤いわ?」
額に手を当てて来るエリィ。ひんやりとしたその感覚が心地いい。
「うーん…少しあるのかな…ちょっと熱いような…」
「…そうかもな…」
「この連戦で疲れたんじゃない?あまり無理しないでね?」
「分かった。心配してくれてありがとう…嬉しいよ」
「え?う,うん…」
それでもいいのかも知れない。そう思い始めている自分に気づいた。
◇
「大丈夫ですか,流星殿?」
「あぁ,すまない。もう大丈夫だ」
言いながらベッドに腰を下ろす。
「では…先ほどの続きからですね。龍戦士が落ちて来る日時と場所は分かっていました。ところが,その途中で,その道を…道と言ってもいいものかどうか分かりませんが,とにかくそれを歪められてしまったのです」
「そんなことが可能なのか?その…世界そのものの不安定さによるものを?」
「そこがまた恐ろしいのですよ。今にして思えば,ルトリアの攻略に手こずっていたのではなく,それを後回しにしてそのための準備をしていたのではないかと…。あるいは邪神の力を借りたのかも知れません」
「そんなことができるのは…魔大帝の片腕」
「でしょうね。どこからそんな情報が漏れたのか,あるいは突き止めたのかという事も含めて,それ以外には考えられません」
「しかし…」
疑問を口にする。
「漏れていたとすれば,女王の命を真っ先に奪おうとするのではないか?そうしてしまえば予言は成就しない」
「予言だけを考えればそうでしょうね。…しかし,これも一般には知らされていませんが,ユーリエ様を殺せば,封印のことは永遠に分からなくなる」
「…予言の成就を阻止しさえすればいいというものでもない,か…。さすがに邪神の復活と引き換えにはできんな」
となれば,女王を殺す前に封印のことを吐かせなければならない帝国と,吐くわけにはいかないが死ぬわけにもいかない女王の戦いになるということか。
「…難儀なものだな」
「それが,選ばれてしまった者の務めですよ…まだ二十にも満たないお若い身空で…」
「かわいそうね…ユーリエ様…って,ノーブル!」
「あ,す,すみません…」
号泣の気配を感じてエリィがすかさず止める。
(慣れてきたか…)
「…さて。そこでアリシア側としては…」
コホン,と咳ばらいをしてノーブルは続ける。
「妨害されてしまったことで行方が分からなくなった龍戦士をなるべく早く見つけ出し,これと合流して女王を救出するのが至上命題となります」
(む…)
落ち着いたとはいえまだ不安は残る。まずは情報を集め,自分ではないと確認していくのが良さそうだ。
「現時点で,その龍戦士に関することはどれだけ分かっているんだ?」
「落ちてきている,ということだけですね」
「それでは,探しようがないな…」
「いえ。龍戦士は多かれ少なかれ人間離れした能力を有します。平時ならば疎まれ恐れられて身を隠すやも知れませんが,このご時世です。遅かれ早かれ名は広まると考えられます」
「…なるほど」
ひやり,とする。蟹程度ではあるがあれも戦果には違いない。その意味ではエリィの助けを借りたのは正解だったということか。
「他に見分ける方法はないの?」
「比較的簡単なものとしては,不確実な方法が一つ,確実な方法が一つあります」
「どんな方法?」
「不確実な方法としては…これは原因が良く分かっていないのですが,龍戦士どうしは惹かれ合うらしいのですよ」
「惹かれ合う?」
「過去の龍戦士から伝え聞いた話なので何とも言いようがないのですが,どうも,不思議と龍戦士は他の龍戦士と出会いやすい,ということらしいのです。加えて,会った瞬間に龍戦士と分かり,一度それと認識した龍戦士ならば近くに来ただけでそれと感じられるという…」
「なんか…またいっきに胡散臭い話になっ…いえ何でもありません」
ノーブルの圧力を感じエリィは途中で言葉を切る。
「まぁ…とはいえこればかりは確認のしようがありませんから何とも言えないのですがね。ただ,アリシア王家の人間,特に現役の,しかも未婚の女性…まぁ巫女の資格を有すると言った方が早いですかね…に関してはいくらかその力も発現しているらしいのですよ」
「そうなの?」
「どうもユーリエ様は,龍戦士の存在をそれなりに感じていたようなのです。そこから,龍戦士を龍戦士たらしめるものは何らかの遺伝的要因ではないか,とも考えられています。…龍の子孫かもしれない,という説もありますね」
「龍の世界からやってきた,と?」
「おや?流星殿,なぜそれを?」
「…フレイアから聞いた。はるか昔に,神々に次いで龍が袂を分かったと…」
「そうでしたか…正確には,上位古代種ですね。古龍と呼ばれています。こちらの世界に残った龍たちは,人間と同じく…というといろいろ問題が出ますが,多かれ少なかれ退化して,言葉の力も知性も失っていきました。リザードマンたちもその末裔にあたります」
「なるほど…」
そもそもそんなことが起こり得るのかどうかは疑問だが,仮に古龍の子孫だとすれば龍語を操っても不思議はないわけか。そのうち時間があったら魔法の事も教えてくれ,とシャルルは加える。
「でもそれじゃぁ,龍戦士かアリシア王家の姫君を連れていないと分からないわけでしょ?探せないじゃない」
「そこでもう一つの方法です。実はこの世界には,伝説の武具がいくつか存在しています」
「伝説の…武具?」
「はい。といっても伝説でも何でもなく,明らかに特別な属性を持つと確認されている武具なのですが…」
「その…属性とは?」
「龍戦士にしか扱えぬのですよ。原理は不明ですが,おそらくは少なくとも古代王国時代に鍛えられた…あるいは古龍,もしくは神々の業が用いられているのでしょう。龍戦士以外の者がそれを扱おうとすると…呪われてしまうものさえあると伝えられています」
「…」
「逆に…龍戦士が使えば現存する他のどんな武具も遠く及ばぬ程の力を発揮します。過去幾度か現れた龍戦士たちはそれらを手にし,さまざまな伝説を作ってきました。例の邪神を封印した時もそうですね」
「ねぇ…でも,ちょっと待って?伝説の武具って,普通の人は呪われるんでしょう?そんなもので確認しようとしたら…」
「良い指摘です,姫。そのために…これもあまり知られていない事ですが,伝説の武具にはそれぞれその分身が存在します」
「分身?」
「おそらくは同じ製法で作られたか,あるいはもともと同じものだったものを分けたのでしょう。それに触れてみる事で,どれだけその力を引き出せるのか,どれだけ持ち主として相応しいかが分かる,という便利なものがあるのです」
「…その分身に触れて確認をするということか…しかし,どれに当たるかは運しだい,ということか?」
「そこはそれ,アリシアの予言ですから。今回現れる龍戦士は,アリシア王家に伝わる武具,騎士の剣に認められる者,ということになります」
ノーブルはそこまで言って,ふぅ,と息をついた。
「さて…だいたいお分かりいただけたでしょうか?流星殿?これで貴殿の疑問にはだいたいお答えしたかと思いますが…」
「そうだな。だいたいは納得した。だが,新たな疑問が二つ生まれた」
「…と,言いますと?」
「一つはノーブル。なぜお前が,これほどアリシアの機密とも呼べる情報に通じているかだ」
「そ,そういえば…」
エリィがハッとする。
「そして二つ目は…問いただした俺はともかくとして,なぜエリィを,わざわざ呼び出してまで巻き込んだかだ。”風”に関わると言っていたが,明らかにこの情報は世界の命運を左右する危険なものだ。事と次第によっては許さんぞ,ノーブル」
「…流星殿。そこまで姫の身を案じて頂き,ありがとうございます」
「え,ちょ…ノ…」
うろたえるエリィはしかし,対峙するノーブルとシャルルに気圧される。
「しかし…これまでの部分には肝心なところはほとんど省いてありました」
「なに…?」
「仰る通り,この情報はおそろしく危険なものです。加えて,”風”には,聞いてしまったからには全てを賭けて責任を取らねばならないという縛りもあります。ですから私は,ここまではあくまで引き返せる範囲として語ってきました」
「…ここからは,引き返せなくなると?」
「その可能性は高くなるでしょう…。そこで…これからお話しするある段階で,決断して頂きます。つまりは,そこで引き返すか,覚悟を決めて踏み込むかということですが…よろしいですね?」
「…俺は構わない」
「…私もそれでいいわ」
室内の空気が重苦しくなる。
「分かりました…。それではまず一つ目の疑問。なぜ私がそれほどアリシアの機密に通じているかというと…ユーリエ様から直接教えて頂いたのですよ」
「!?」
しれっと途方もない事を言い出すノーブルに,目が点になる。
「え?ちょ…ちょっと待ってよノーブル。どうしてあなたが,ユーリエ様と直接?」
「そこで二つ目の疑問。なぜ姫に聞いていただく必要があったのか。なぜユーリエ様に謁見してこのような情報を教えていただいたか…」
「…なるほど,つまりは女王直々に,”風”に依頼を持ち込んできたという事か…」
「あ…」
「正解です。いわゆる,勅命というやつですね。まぁ命令ではなくあくまで依頼ですが…」
ノーブルはそこで仮面を直し,咳ばらいをして間を取った。
「詳細はこうです。ここまでの情報は,”風”の責任の範囲内で処理して構わないという承諾を得た上でお聞きし,お話ししました。依頼の内容は可及的速やかに龍戦士を発見しこれを連れてくること。そして…」
「…返事は後日,断っても構わない,という条件付き」
「そういうことになります。さて…いかがいたしますか?姫」
「ちょ,ちょっと待ってよ。そんな大事な依頼,みんなと相談してみないと…」
「それは無理だな」
「え?シャルル?それってどういう…」
「ノーブルがその辺のことを抜かるはずがない。大方ここまでの機密も,メンバー全員ではなく限られた者にしか聞かせてはならない取り決めがあるはずだ。聞かせてしまえば危険に晒す事にもつながる」
「ご名答」
「もう一つ。この依頼には,まだ隠されている部分がある。だがおそらく敢えて伏せているのだろう。この先を知れば知るほど,断りづらくなるのが見えている…つまり決断を左右してしまう危険があるからそうしていると考えるのが妥当だ」
「…ご名答」
「さらに言うなら…メンバー全員の運命を秤にかけることで…できれば断らせたい,と考えている…」
「…流星殿,やはり貴殿は侮れない人ですね。その並外れた洞察力…およそこの世の者とも思えぬ…」
(う…!?)
まずい。冷たい汗が背筋を流れる。そういえば,龍戦士の力は特に何とは限らないという話だった。疑われているのかも知れない。
「それとも…姫に対する愛の為せる業なのでしょうか?それでこそ,お聞かせするメンバーの中に選んだ甲斐があるというもの…」
(!?わざわざ俺を選んだというのか…?この男…どこまで…)
「…」
「ちょ!?ちょっとノーブル何言ってるのよ!?…シャルルも何とか言ってよ!」
赤面するエリィ。
「すみません,姫。あまりにも言い当てられてしまいまして,ちょっと腹いせしてみたくなっただけです」
仮面を直しながらそっけなく言い放つノーブル。
「や,やめてよノーブル,そういう冗談…」
「流星殿は,まんざらでもないようですが?」
「え…」
目を丸くしてエリィはシャルルを見る。
「…そういう事にしておかんと,俺を選んだノーブルの立場がないだろ?たまたま手間を省いたなんてとても言えまい」
エリィに肩をすくめて見せ,ノーブルににやりと笑って見せる。内心の焦りを悟らせないための虚勢。
「む…」
「…さて,どうする?決断するのは君だぞ,エリィ?」
「えっ?ど,どうして…?」
「言ったろう?ノーブルはできれば断らせたいと考えている。つまりかなりの危険がつきまとうということだ。となれば俺も…君を危険に晒すような真似はしたくない」
うーん,としばらく考えた末にエリィは尋ねる。
「…ノーブル…その,決断をする前に,隠されている部分を教えてもらう事はできるかしら?」
「…できればお教えしたくないのですが…」
予想通りの反応です,余計なことをしてくれましたね…というノーブルの仮面越しの視線と,その分は反対の意思表示で返したぞ,というシャルルの視線がぶつかる。
「いたし方ありません…」
教えてほしい,とやはり予想通りの反応を繰り返すエリィ。ノーブルは溜息をついて重い口を開く。
「実は…もう報酬を頂いてしまっているのですよ」
「!?」
「まぁ…正確に言うとですね,断る時は返すという約束になっていたものが,返せなくなってしまったのです。…これでなんとなく,私が振り切れてしまっている理由がお分かりいただけたかと思いますが…」
「ど…どうするのよ」
「こんなこともあろうかと,二段構えにはしておいたのです。まず私が”風”に話を通す窓口役,ということで報酬を預かりました。受けないという事になれば私がそれを返却する,というだけの話で,”風”には何ら影響はありません」
「ちょっと待ってよノーブル,あなただって”風”のメンバーでしょう。あなたのミスは”風”の…」
そこで苦笑しながらノーブルは遮る。
「姫ならきっとそう仰るだろうと思って,ユーリエ様にも承諾をいただいてわざとそういう形にしたのですよ…これでなんとなく,私が話したくなかった理由もお分かりいただけたかと思いますが…」
「…実によく分かるな。まるで他人事と思えない…」
「ちょ,ちょっとシャルル…!」
「アリシアが元の状態に戻るまで預かっておいて,その後返す,ということも考えました。しかし,依頼の報酬を持ちっぱなすということで余計にアリシアが元に戻りにくくなる可能性も否定できません。」
「…」
「かといって返す当てもないとなれば…。というわけで。もし”風”として断るということであれば,私は独自にこの依頼の達成を目指そうと思っておりました。まぁつまり…”風”を,少なくとも一時的に抜けるということになるわけですが…」
「え!?」
「さすがにこのままでは寝覚めが悪く…せめてなんらかの努力の痕跡でも残さない事にはと思った次第です。姫のもとを離れるのは忍びないところもありますが,かといって姫を危険に晒しては本末転倒。流星殿のお力添えもありますれば,ここは…」
(あー…そこでそうくるか…どこまでも食えん奴…)
「…と,言うわけです姫。さて,ご決断を…」
「…うーん…」
しばらく考えた末,エリィは口を開く。
「じゃぁ…”風”としては断っておきましょう。確かに,みんなの命を預かる覚悟はないわ…」
「…おお,姫。ご英断,感謝いたします」
嬉しい誤算で,とりあえずホッとするノーブル。しかし次の瞬間,彼女は斜め上なことを言い出した。
「ただし,ノーブルが”風”を抜けるのはダメ」
「…は?いえ,しかしそれでは…」
「ノーブルが個人的に龍戦士捜しをするのはノーブルの自由だけど,”風”を抜ける必要はないもの。それで足りない分は…私がこっそりと勝手に手伝うわ。あ,でも報酬はいらないわよ?ノーブルの好きにして」
「な…」
口をあんぐりと開けるノーブル。
「それが,私の自由」
「これは…育てたハーディ達と,そこへ預けた者の責任…だな?ノーブル。…腹括るしかなさそうだぞ…」
「…いたし方ありません…」
溜息をつくノーブル。まぁこの調子ならばそれほど危険な役目は振ってこないだろう。勝手に手伝っているだけなら放棄しても実害はない。そのあたりで手を打っておくのが一番無難な手,シャルルはそう思う事にした。