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初歩

「はーい,それじゃあ魔法の講義をはっじめっるよー…まじめにやったほうがいい?」

食事の後,シャルルはフレイアを自室に招いていた。気になっていた魔法について説明を受けるためである。もっとも,先ほどノエルに言われたエリィの件もかなり心に引っかかってはいた。

しかしそれを解決する前にいくつか確認しておきたかった事もあったので,魔法にかこつけてさりげなくフレイアに尋ねようと思っていたのである。

黙ってうなずくシャルル。フレイアはちょっと残念そうな表情を見せ,途中で禁断症状が出ても気にしないでね,と断りを入れる。

「ほんとはノーブルが居たほうがいいんだけど…ま,今回は当たり障りないところだけにとどめておくわね」

「当たり障り?そんなものがあるのか?」

「えーとね。魔法にはいくつかの体系があるんだけど,その個人の素質によって得意不得意と,許容量…まぁどのくらいのレベルにまで上達するか,ってのが決まってるのよ」

「…先日第三軍が精霊魔法も使えてどうこうと言っていたのはそのあたりのことか?」

「そうそう。よく聞いていたわね」

へぇ,と感心したようにフレイアは言う。

「アリシアは魔法王国。専門の学院もあって全世界から留学生を受け入れていたわ。ノウハウがしっかりしているから,ロスを省いてたくさんの魔法を修得できる。あそこのメインは主に暗黒魔法と上位古代語魔法なんだけれど,第三軍はそれを必須レベルまで修得して,さらに精霊魔法まで手を出しているのよ」

「なるほど」

「じゃぁ次は魔法の体系と,言語の話をするわ。ちょっとこの世界の歴史にも触れるわね」

フレイアは用意された紙にさらさらとペンを走らせる。

「まず言語の話からいきましょう。魔法の体系はいくつかあるんだけれど,使われている言語はざっくり分けると二種類よ」

「ほぅ…」

「ただ…便宜上,上位古代語ハイエンシェント下位古代語ローエンシェントに区別してはいるけれども,時代とともに移り変わってきた言葉なので全く別物と言うわけではないわ。今使われているネペイジ語にもその面影は残っているし,閉鎖的な地方の方言なんかには古代語の言い回しが生き残っていたりもする」

「よく知っているんだな」

「まぁね…故郷を飛び出してからしばらくは,好奇心の赴くままにいろいろなところを放浪してたから」

照れ笑いを浮かべるフレイア。

「で,この古代語には,言葉そのものに霊的な力が宿っていたの。気が遠くなるような昔の人たちは,その言葉で様々な現象を起こしていたみたい」

(フレイアの言う「気が遠くなるような昔の人たち」って,どのくらい昔なんだろう…)

ふとシャルルは気の遠くなる想像をする。確か故郷の長老たちは三千年以上生きている,とか言っていたな。

「あー,みたいは余計かもね。うちの長老どもも似たようなものだし…」

「そうなのか…」

「うん。まぁおいおい説明するわね。ともかくこの古代語は,歴史とともに少しずつ形が変わって,それにともなって少しずつ力を失っていくことになった。もったいないわよね,凄い力を持っているのに」

「そうだな…」

「今の人間たちはもう,普通は魔法が使えない。それはそうよね,ネペイジ語はすっかり力を失ってしまっているから。だけど,古文書を通じて上位下位の古代語を学び,操る事ができるようになれば…」

「なるほど…つまり魔法を操るためには古代語を操る必要があるのか…」

「そういうこと。…さて,ここまでで第一講はおしまい。続けて第二講に行く?」

「頼む」

「じゃぁいくわね。さっき,方言には古代語の言い回しが生き残っているって言ったけれども。実は,魔法の世界もだいたいそんなイメージで考えてもらえばいいの」

「と言うと?」

「昔,上位古代語が当たり前に使われていた頃は,実は神々が身近な時代でもあった。ううん,神々だけじゃないわ。精霊や妖精,ドラゴンたちとも意思の疎通を図れていた」

「…」

「ところが…時代が下がって言葉が変わっていくにつれて,彼らとの距離が疎遠になっていった。まず神々が,次にドラゴンと妖精の一部が袂を分かつ」

さらさらと書き加えるフレイア。

「この時期が上位古代語と下位古代語の境目,ってことになるわね。必要に応じて細かく,例えば龍語ドラゴンロアーなんてのを区別したりすることもあるけどね」

「あぁ…そういうことか。なんとなく分かった」

「…すごい理解力ね。もうはしょっていい?」

「いやあくまでなんとなくだ。確信はないんで,もう少し頼む」

「はーい。なおも言葉は変わっていくわ。少しずつ少しずつ袂を分かち,あるいは距離が広がっていく。そのうちついに,精霊たちと言葉を交わせる者が居なくなり,いつしかその姿も見ることができなくなってしまった。それが下位古代語とそれ以降との境目ね」

「つまり,使う言語の段階によって相手が変わる,あるいは言葉そのものの力の大小によって,魔法の系統がだいたい分類される,ということでいいんだな?」

「そういうこと」

「いくつか質問してもいいか?」

「どうぞ」

「まず…妖精と言うのはエルフやドワーフなども含まれるのだろう?人が今の言葉を使うようになって精霊が見えなくなったというのなら,なぜ彼らはそうならないんだ?」

「まず種族的に近縁,っていうのが大きいわね。人と精霊の距離がこんな感じだとすると…エルフやドワーフは,種族ごとの差はあってもだいたいはその中間地点にいると考えてもらって間違いないわ。それに,これも程度と段階の差はあるけれど,交流の手段として古代語も伝承している。人と話すときはネペイジ語を使ってるけど,それだけしか知らない,って事はまずないわね」

「ふむ。次に…上位古代語は言葉そのものに力があるということだったが,どうイメージすればいいんだ?」

「そうね…じゃぁちょっとそのあたりも説明しましょうか」

フレイアは机の上に置かれた水差しを指さす。

「ここに入っているのは「水」よね?」

「ああ」

「ところが,これはあくまでネペイジ語での呼び名。古代語にもそれぞれ呼び名があるのよ。例えば下位古代語なら〔水〕,上位古代語なら〈水〉と言うわ」

「ほう…」

「で,上位古代語でのものの名前を,特に真名マナと言うの。この真名は,そのものの本質,というか核心を現わしているので,真名を言う事でそれを操ることができるようになるわけ。ちょっとやってみようか?」

「いいのか?頼む」

「じゃぁこの水を,ぐるぐる回すわね」

フレイアは精神を集中し,つぶやく。

〈水よ,渦を巻いて回れ〉

すると,水差しの中の水はぐるぐると回りだす。また何事かつぶやくと,それは勢いを失っていき,また元の状態に戻った。

「まぁこんな感じかしらね」

「すごいな…ということは,上位古代語を完璧に操りさえすれば,誰でも魔法が自由自在に使えるということか?」

「自由自在,というわけにはいかないわね。いくつか制約があるの」

フレイアは,今度はさらさらとエリィの似顔絵を描いた。シャルルは内心を見透かされたようでドキリとする。

「例えばこれは「エリィ」だけど。彼女を現わす名前は他にもいろいろあるわ。「人」「女」「娘」…という具合にね。ところが,「人」とか「女」とかだと,かなり広い範囲を現わしているわよね?」

「うむ」

「この場合は,実はあまり込み入ったことは命令できないのよ。一般的な名で言うと,支配のレベルが低いといったところね。抵抗もしやすい。まぁ逆に,「エリィ」以外も対象になって,多数を同時に支配下に置けるようにもなるけれど」

「あぁ…なるほどな。つまり対象を完全に支配しようと思ったら,その対象そのものの真名を知る必要があるのか」

「ご名答。ほんと凄いわね。素養だけじゃなく,理解力もかなりのものよ。一体何者で,どんな経歴をもっているのかしら…」

「それは…」

「分かってる。記憶が無いんだものね。それに,仮に記憶があったとしても”風”では過去の詮索は無し」

「…そうだ,本題からは逸れるが,その件も気になっていたんだ…その,過去を知ってしまったらどうなるんだ?」

「…どういうこと?」

「先日,ノーブルとノエルの間で過去がどうこうという話があったが。ノエルは断片的にとはいえノーブルの過去を聞いてかなり落ち着きを失っていたように見えた」

「あー,あれね。あれは…」

口に手をやり,ブツブツと何かをつぶやいて考えをまとめているかのようなフレイア。やがて口を開く。

「”風”のもう一つのルールが影響してるわ」

「それは?」

「聞いた過去には,全てを賭けてでも責任を取れ」

「…これまた,素敵なルールだな…」

「まぁでも,しょうがないと思うけどね。例えば…例えばの話よ?あなたが,エリィと恋仲になったとする」

「!?ちょ…」

「例えばよ。ところが,あなたは実は,過去に妻子を殺されていて,その復讐をするまでは自分は幸せになれないと思っていたとする」

「…なんとなく,その先は聞きたくないな…」

「ほんと察しが良いわね。まぁでも続けるわ。エリィのほうは逆に,誤って殺してしまった親子の遺族が復讐を誓っていることまでは知っているとする。それが解決するまでは自分は幸せになる資格がないと思っている。ところが,そんな二人がお互いに,この人となら幸せになれる,と思ってしまったとして…」

「お互いの伏せた過去を知ってしまって,そこで責任を取れるかという話か…」

「まぁ極端に言うとそうよ。先日の一件で言うなら,少なくともノエルは,もうこれからはアリシアの依頼を受けないか,あるいはノーブル抜きを前提でやるか…そのくらいの制約は覚悟しないといけないわね。ギリギリノエルを説得できる範囲で,制約も最小限…ってところを見極めてああ言ったんだと思う」

「…ふむ」

「で,今の話…あなたなら,どうする?」

悪戯っぽく尋ねる。

「仮定の話には意味が無いな…だが,それに近いことはもう考えているよ」

「えっ?」

フレイアはその答えに目を丸くして,途端にそわそわと落ち着きを無くす。その様子を見てシャルルは苦笑する。

「警戒しなくてもいい。どうせ俺には大した過去などないし,以前紹介した以上の何も持ち合わせていないんだ」

「…じゃぁどうして?」

「持ち合わせていないことそのものが問題なんだ…俺はこのまま”風”に居ていいのかどうかを悩んでいるのさ。例えば…まぁまだ例えばだが…この”風”が気に入ったとして…ずっとここに居たいと思うようになったとして…何かの拍子に戻ってきた記憶が足かせになるんじゃないか,と心配している。他人の過去以前に,俺は自分の過去にも責任を取れないかも知れんのだ」

「確かに…失われているのがどんな記憶かわからない以上,ないとは言い切れないわね」

「で…一番気になっているのはエリィの事だ」

自分でも驚くほど,素直に言葉が出た。

「ここのメンバーは皆,エリィのことを本当に大事に思っているな。まだ日は浅いが,それだけはよく分かる。俺も…できればその想いは無駄にしたくないし,これまでの行動はある意味それだけが目的だったと言っていい。」

だが…と言葉を継ぐ。

「ノエルのあの言葉は,正直言って辛い…。エリィの人生に不用意に踏み込んでしまったこともそうなら,何とかしようとすることも結局はより深く踏み込む結果になるような気がする。いっそしがらみがこれ以上深くなる前に,姿を消すのがいいのではないか…とも思っている」

「あー…それはダメね」

「…何故?」

「”風”にはもうひとつルールがあってね?一度入ったら死ぬまで抜けられないのよ?」

「!?ちょ,ちょっと待った!何だそれは!少なくともそれは,入る前に説明されないといかんだろう!?」

「聞かないあなたが悪いのよぅ」

そこでフレイアはぺろりと舌を出す。

「…なーんてね。実は私が今考えた出まかせだけどねー。驚いた?」

「ちょ…」

脱力し,座っていた椅子からずるずると崩れ落ちる。

「…そういう冗談は,やめにしてくれないか?」

「でもあながち冗談とも言えないかも…少なくとも,それに近いことは起こるんじゃないかな?多分こっそりいなくなったら,あの子に地の果てまで追っかけられる」

「…あー」

確かにそれは冗談とは思えない。

「理由を説明しても,あの子が納得しなければ同じでしょうね。『絶対許さない!認めない!ありえない!』とか言い始めて…」

「…」

泣き出しそうな怒り顔を想像し,チクリと心が痛む。

「まぁ…もし理由を説明するなら,正直に話すことをお勧めするわ。あの子が納得する可能性が一番高いのもそれだと思うし。逆に嘘なんかついてそれがバレたら修羅場ね」

「そうなる…かな,やはり…」

「現状,あの子が何に怒っているのかも分からないんなら,それが早道じゃない?」

「!…気づいていたのか」

「丸わかりでしょ。さっきのノエルじゃないけど,顔に書いてあるわよ?『ワケわからん誰か教えてくれ』ってね」

フレイアはくすくすと笑う。

「あくまで私の勘だけど,あの子が怒ってるのは,あなたの振る舞いが不自然…というか,よく分からないところも原因じゃないかな。まずそこからだと思うよ?」

その先はいよいよ引き返せない道に踏み込むことになるかも知れないけどねー,と今度は心の中で舌を出す。

「…忠告,感謝する」

「…うまく解決すると良いわね。…応援するわ」

と言って意味深な笑みを浮かべるフレイア。そう願いたい,と言いながら身体を起こして椅子に座り直そうとしたシャルルは,しかしふらついて床に膝をつく。

(な,ん,だ…?)

頭の中がぐるぐると回転しているような感覚。いや,世界全体がぐるぐると回っているような感覚。

「う…これは…」

見ると,フレイアが頭を押さえて何かに耐えるようなしぐさを見せている。

「どうした,フレイア?」

「この感覚…あの時と同じだわ…サナリアの封印が解かれてしまった時と…」

「何…それでは…」

「おそらく間違いないわ…ルトリアの封印が,解かれた…」

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