八話
隊長の言葉でカノの表情がみるみる曇ってしまう。
再び潤んでいく瞳に、冬子は慌てて隊長を問い詰めた。
「魔獣をどうにかするって言ったけど、実際どうしたらいいのよ。そこのとこを詳しく話して! 」
隊長は面倒臭そうに顔をしかめて、手近な本の山に手を伸ばす。積まれた本の上にあったコップを手に取ったものの、覗いた中身は空だったようで、空いている手でやかんの茶を注いだ。
「そうじゃなあ。お前さんらが帰るためには、この国の現状を知って、それからどうすべきか考えるのがいいんじゃが、さて。どこから話すか」
ぬるい茶で口を湿らせてから、隊長は話しはじめる。
「さて、この国と言うとるが、ここナバギの国は、正確にはまだ国じゃない」
隊長の言葉に冬子とカノは思わず顔を見合わせる。
二人して疑問符を浮かべる様子に、うむうむと満足げにうなずいて隊長は続ける。
「ナバギは元々、山間部に散らばり住む部族の名前なんじゃ。ここより北の山の中で獣を狩り、木で細工物を作ったりしての。山で捕らえた獣や木工品なんかをときどきふもとの町に売りに行って、細々と暮らしとった」
手の中のコップをいじりながら話す姿に、あのコップも部族の細工物だろうかと冬子は思う。丸みを帯びたコップは、木のぬくもりを感じさせた。
「ところがあるとき、部族の中のとある男が山の茸を大量に育てる術を見つけた。それを干し茸にして町で売ると、これが喜ばれてな。これまで無かった確実な収入を得た男の家は、部族の中で一番裕福な家庭になったんじゃ」
山の中での暮らしを冬子は知らないが、想像する以上に困難が多いだろう。その中で定期収入を得られたのは、とても嬉しいことなのだろう思った。
「そうすると、他の家でも茸を育てたいと思う者が出てくるのは当然じゃ。男は茸の生える丸太の作り方は秘匿したが、欲しがる者には丸太を売り、育て方を広めたんじゃ」
男が社長で他の村人が従業員のような関係になったのだろうか。茸の販売利益を独占しなかったことで皆が豊かになるなら、良いことだと冬子は思う。
「そうして男の家を中心にして、部族全体の生活が豊かになっていった。そこまでは良かった」
冬子が思ったとおりだったのに、話はそこで終わらないらしい。いちど言葉を切った隊長は、ひとつ息をつき茶をすする。
「二十年ほど前に、部族に穀物の種が持ち込まれた。水を与えておけばよく育ち、たくさんの実をつける異国の穀物じゃ。これで飢えることもなくなると、みな喜んでな。山にあるわずかな平らな土地は全て、茸と穀物の場所になってしもうた」
冬子はそれでハッピーエンド、めでたしめでたしとなりそうだと思ったが、話はそこで終わらないらしい。
「暮らしが豊かになったことで少数だった部族の数が増えはじめた。だと言うのに茸やらに場所が取られて住む場所は足りん。そこで、水で育つ穀物があれば飢える心配も無いことだし、ナバギの者たちは山を下りて平地に住もうと考えた」
そして、ようやく現在に話が繋がる。
「それで、茸の栽培を始めた男の孫であるマイスを王子に担ぎ上げて、国を興そうとしとるんじゃ」
現状まで語り終えたルゴール隊長は茶を飲もうとして、コップが空であることに気づきやかんを手にする。しかし、やかんも空だったようで、面倒臭そうな顔をしつつも水を汲むため立ち上がった。
そう広くはないテントの中、並んで座る冬子とカノの横を通って隅の水がめから水を汲む。
「人が暮らす場所というのは、限られとる。土地神のおる場所でないと魔獣がうろついとって、人は住めん。けども、山の近くにある土地神の守る土地はすでに人が住んどるところばかりでな。ならば魔獣を討伐して、自分たちで土地を拓き国を興そうとしとるわけじゃ」
「カノがその魔獣討伐のために呼ばれたなら、この間の魔獣をたおせば終わりじゃないの? 」
以前の召喚時に戦った魔獣ガイを思い出して言うと、やかんをストーブにかけながら隊長が首をふる。
「ガイの群れはあれで全部じゃなかろうし、魔獣はガイだけじゃない」
「あの、じゃあ魔王みたいなのがいて、それを倒したらおしまい、とかは……? 」
右手を挙げて発言したカノの声は、隊長の顔が怪訝そうにしかめられていくにつれて尻すぼみになっていった。
「魔王というのは知らんが、魔獣の群れは頭の魔獣を倒したところで討伐完了とはならん。別の個体が頭になるだけじゃ」
隊長の説明に、ゲームの世界のようなものだろうと考えていた冬子とカノは顔を見合わせる。
「魔王もボスもいないなら、魔獣を一匹一匹ぜーんぶ倒さなきゃ帰れないってこと⁈ 」
思わず素っ頓狂な声をあげた冬子に、隊長は呆れた顔をする。
「じゃから、魔獣の完全排除は不可能に近いと言うたろ。人の話を聞かんかい」
やれやれと首を振りながら、隊長は湯気をあげ始めたやかんを手にとった。
「契約が曖昧っちゅうことは、完遂が難しいと同時に抜け穴もあるはずじゃ。完遂の可能性も無いわけじゃないから、魔獣を討伐しながらその抜け穴を探っていくしかあるまい」
面倒じゃがのう、と言いながら、隊長はコップに熱い茶を注いで雑多な物の山を避けながら、元の空間に戻った。冬子たちに背を向けて座ると、茶を一口すする。
「わしも、責任が皆無っちゅうわけじゃないからな。お前さんが帰るための手助けは惜しまんから、わしを利用すりゃいい」
そう言った隊長の表情は、冬子からはうかがえなかった。




