五話
「自己紹介は済んだな。あとは任せたぞ」
そう言って隊長がカノを連れて行こうとする。背を押されたカノは慌てて声をあげ、たたらを踏んで立ち止まる。
「あの、ぼく、ふゆちゃんと一緒にいるようにって言われてるんです」
カノは冬子のマントを握ってその陰に隠れると、すがるようにイーラを見上げた。
隊長からも視線を向けられたイーラは、頷いて答える。
「マイス王子より、勇者は召喚獣から目を離すなと言われていました」
「ふむ。なら、王子にはわしから話しておく。気にせず行くぞ」
お前らもさぼるなよ、と言うと、隊長はカノを連れて行ってしまった。
ちらちらと振り返りつつ歩くカノに手を振って見送り、冬子は二人の先輩隊士に指示を仰ぐ。
「それで、訓練ってなにするんですか」
冬子の言葉に顔を見合わせた二人は、そろって首をかしげる。
「なにしようか」
「フユコは、なにができる」
イーラに聞かれて、フユコは空を見上げる。
前回の夢でできたことといえば、空高く跳んだこと。イノシシを殴ったこと。
「跳んだりだり殴ったりなら、少し」
答えながら、夢の中での普通がわからない冬子の声はだんだん小さくなる。
ここでは誰でも空を跳べるかもしれないし、魔獣を素手で倒せるかもしれない、と思うと、自分は少しも強くないのでは、と不安になった。現実と同じで、弱く役立たずなのでは、と。
そんな冬子の様子に、ネスクが楽しそうに笑う。
「ガイを殴り倒しといて、少しって。謙遜してるのか? 」
「あの牙のある獣、ガイっていうの? ガイは普通、どうやって倒してるんですか」
冬子の問いに、腕を組んだイーラが答える。
「通常は何人かで小隊を作り、攻撃する者とガイを引き付ける者とに分かれる。ガイの突進力と牙は驚異だから、注意を引きつつ隙を見て攻撃をするんだ」
「正面からやりあったらどうなるかは、まあわかっただろ」
笑いながら付け足したネスクの言葉に、冬子は苦笑いしつつうなずいた。
「戦い方はまずかったが、フユコの攻撃力はそれだけで武器になる。お前に合った武器を探しつつ、回避を習得するとしよう」
ルゴール隊長とカノは、町の中を歩いていた。
来たときと同じように草原を歩き、ひょこりと現れる分かれ道を迷いなく進む隊長について歩くうち、訓練場と同じようにくぼんだ土地に着いた。
ぱらぱらと建っているのは、テントのような建物だ。カノの知っているものに例えるならば、テレビのモンゴル特集で見た家が一番近い。
テント自体はどれも乳白色をしており、入り口と思われる部分にかけられた色鮮やかな布でそれぞれの家に個性が生まれていた。
カノがきょろきょろと周囲に目を奪われ歩いているうちに、目的の家に着いたらしい。さっさと布をまくって家に入ってしまう隊長に気づき、カノは慌てて追いかける。
重みのある布をくぐって入ったテントの中は、意外に明るかった。中央の天井付近には明かりとりのためだろう穴が開いていて、青く晴れた空が見える。昨夜、カノが泊まったテントよりも狭い室内は、色々な物がごちゃごちゃと置かれているせいで、さらに狭く感じられた。
「てきとうに座れ。物は動かしてかまわん」
人ひとり分の空間に腰をおろした隊長に言われ、カノは足元の細々した物をそうっとどけてなんとか正座する。
何も言わない隊長をちらりと見てみたら、ちょっと苦手な怖い先生を相手にしたときのように緊張してきて、カノは口を閉じてじっと待つ。
しばらく黙って空を見ていた隊長は息を吐き、手近な本の山にもたれた。
「さて。お前さんが何を知っているのか。何を知らないのか、確認せねばな」
隊長はテントの真ん中あたりにある小さなストーブに火をいれ、やかんを乗せながらカノに聞く。
「何のために喚んだと言っていた? 」
「ぼくは勇者だって。この国は魔獣に襲われているから、助けてほしいって言われました」
「誰が喚んだか、わかるか」
カノは首を横にふるふると振った。
「なら、はじめてこの地に降りたときにいた者は? 」
隊長に聞かれて、カノは記憶を辿りながらつっかえつっかえ答える。
「ええと、王子さまでしょ。それから、サンボウって呼ばれてた人。あと、いつも王子さまと一緒にいるお兄さんがいて、それからすぐにたくさん人が来たからわかりません」
「王子、参謀と王子の護衛か。召喚器を持っているとしたら、王子か参謀じゃな」
隊長はうなりながら、あごをざらりとなでる。
「何か見とらんか。喚びだされたときに妙な道具や、それを持っている者を」
言われて、カノは思い出そうとするが記憶がはっきりしない。喚びだされたときは驚きでいっぱいで、あまり周囲に意識を向けられなかった覚えがある。
あのとき、召喚されたときは家で一人だった。買い物に出かけた母を待って留守番をしていた。それが突然、見知らぬ男の人たちに囲まれていて、とても驚いたのだ。
思い出したとたん、カノは母親に会いたくなった。
見知らぬ場所にいて、自分が勇者だなんて言われて、ゲームみたいな展開だと興奮していた。仲良しの友達、冬子が来てくれたことで忘れていられた不安が一気にカノを襲う。
「あの、ぼくそろそろ帰らなきゃ。お母さんが心配しちゃうから……」
おずおずと言うと、隊長は眉間にしわを寄せてうなずいた。
「ああ、そうだな。帰らなきゃならんよな」
隊長はそう言いつつ、湯気の上がるやかんに手を伸ばし、木のコップに中身を注ぐ。ひとつをカノに渡し、自分の分をコップに注ぎながら空を見上げる。
「帰さなきゃ、ならんな……」




