四話
冬子とカノは喧騒のただ中にいた。そこらじゅうにあふれる音を構成するのは、剣戟と怒号だ。
王子と別れてしばらく歩くと、どこまでも続くと思われた草原にぽかりと開けた場所があった。クレーターのような平たいくぼ地になっているその場所は、隊士たちの演習場になっているようだ。
隊士の武器に決まりはないらしく、それぞれが構える武器は多種多様である。
両刃の剣を振るう男と向かい合うのは、棍棒を振り回す男だ。他にも両手に剣を持つ者、槍を構える者、鉄球のついた鎖を振り回す者など、見える範囲だけでもさまざまな武器が確認できた。
冬子とカノを連れたイーラは、演習場のふちに立って周囲をぐるりと見回した。目当ての人物を見つけて手を上げながら、喧騒に負けぬよう声をあげる。
「隊長! 連れてきました! 」
冬子がそちらを見ると、ずんぐりとした中年男性が歩いてくるところだった。
「イーラ、何だ? 大きい声で話さんかい」
地声が大きいのか、声を張り上げている風でもないのに隊長の声はよく聞こえた。彼は、イーラの目の前まで来ると冬子とカノを半目で見ながら言う。
「なんじゃ、こいつら。お前の嫁と子どもか? 」
その言葉にイーラが返すよりも早く、隊長の後ろに付いてきていた青年が声をあげた。
「いやいやいや、隊長! イーラに仕事を言い付けたのは隊長でしょう」
青年はイーラの横に並び、さらに言う。
「そもそも、そこの召喚獣を呼び出したのも隊長じゃないですか」
青年から指さされ、冬子は首をかしげる。
今日の夢の始まりから王子さまがいたものだから、てっきり王子さまの命令で戦闘訓練に参加するのだと思っていたが、違ったらしい。
冬子は隊長の顔をしげしげと見てみたが、記憶にない。分類するならばドワーフの仲間に近い顔は、前回の夢でも見た覚えがない。
「呼び出されたわけがわからん、って顔をしとるな」
腕を組んで立つ隊長にそう言われて、冬子は素直にうなずいた。
すると、隊長は呆れたようにため息をつく。
「お前が弱いから呼び出したんじゃ」
ため息と一緒に吐き出すように言われ、冬子は反応できずに固まる。
「お前があんまりにも弱いから、しかたなく呼び出したんじゃ」
隊長がそう繰り返すが、冬子は言われた言葉を理解できなかった。ぽかんとしている冬子の陰からカノが出てきて、声を張る。
「ふ、ふゆちゃんは最強なんだよ!弱いはずない! 」
冬子の体に半分隠れて、震えながらもカノは隊長をにらむ。
だが、魔獣と戦う男たちをまとめ上げる隊長に子どものにらみなど効くはずもない。興味なさげにちらりと視線を向けるだけだ。
「昨日の魔獣討伐は酷かった。攻撃に関しちゃ強いのかも知らんが、防御が皆無じゃ意味がない」
隊長の言葉に、冬子は前回の自分の間抜けさを思い出して赤面する。
「どういうこと? 」
疑問符を浮かべて見てくるカノの純粋な目に、冬子の恥ずかしさは増してゆく。
言葉に困って黙り込む冬子に代わり、イーラの隣に立つ青年隊士が話し始めた。
「昨日、俺たちは隊長に連れられて魔獣討伐に行ってたんだ。魔獣を見つけて戦おうとしたら、突然おまえが降ってきて魔獣に殴りかかっていって」
なあ、と同意を求めた青年のあとを引き継いでイーラが話しだす。
「敵か味方かわからないうえに、人の形をしていながら動きが人ではありえない。魔獣の一種が乱入してきたのか、と思って緊張していたのに」
イーラは呆れたようにため息をつくのに頷きながら、青年が言う。
「魔獣をあっという間に倒したと思ったら、簡単にはね飛ばされてそのまま消えるから、俺たち混乱したんだぜ」
その後、残りの魔獣を討伐して帰り、闖入者が勇者の召喚獣であったと知らされたらしい。
「勇者なんて眉唾ものと思って期待しとらんかったが、お前さんは最強の召喚獣というには、ちと弱すぎじゃ」
隊長が言うと、カノが怒って冬子の陰から顔を出した。
「ふゆちゃんは最強だよ! どんな敵でもやっつけちゃうんだよ」
それを聞いた隊長は、ふむとあごをひとなでする。
「お前さんがこいつを召喚した勇者か。お前さんの言う最強は、攻撃に関してだけとみえる」
隊長の言葉に、赤面していた冬子も腹を立てていたカノも、そろって首をかしげる。
それを見た隊長が面倒くさそうに手を振り、イーラに話しを引き継がせた。
渋い顔をしたイーラは、俺も詳しくはないのですが、と前置きして話しはじめる。
「召喚の際には、条件をつけるものだそうです。例えば、勇者さまを喚んだときには、魔獣を倒す力を持つ者を条件にしたと聞きました。そして、召喚された勇者さまは召喚獣を喚ぶ力を持っていた。勇者さまに喚ばれた召喚獣は、勇者さまのつけた条件のとおり、最強になるはずが……」
言葉を濁したイーラの後を青年隊士が続ける。
「敵を倒す力はあるけど、すんごい打たれ弱いやつが来ちゃった、ってわけだ」
呆れたように冬子を見る青年隊士に、カノは戸惑うように言う。
「だって、ふゆちゃんは最強でどんな敵でもやっつけちゃうけど、女の子だから叩かれたら負けちゃうこともあるよ……」
おろおろと周囲を見回すカノに、冬子は自分の最強がとんでもなくもろかったと知るのだった。
「これで、召喚獣の防御力がわしら以下とわかったからな。予定どおり訓練に参加してもらう」
退屈そうによそ見をしていた隊長が、そう言った。
「勇者が他のものを喚べるなら、こんなことせんでいいんじゃ。でもお前さん、喚べたのはこいつだけらしいな」
どういうことかと聞けば、冬子がやられて消えた後もカノは召喚に挑戦していたらしい。カノが思いつく限りの強いものを思い浮かべてみたが、喚べたのは冬子だけだったという。
「ごめんね、ぼくがちゃんと強い勇者なら、ふゆちゃんに戦ってもらわなくてもよかったのに」
「いいよ、わたしがカノちゃんを守るって約束したんだもん」
落ち込むカノを冬子が励ましていると、隊長が背負っている戦斧を地面に置かれた金属塊に振り下ろした。
があァんと腹にも頭にも響く音に、冬子とカノは飛び上がる。
「お前ら、今日の訓練は終わりじゃ! はよ散れ散れ! 」
続いて上がった隊長のどら声に、広場に散らばっていた隊士たちが武器を下ろし三々五々去っていく。
「さて」
ちらちらと視線をよこしてくる隊士たちを睨んで追い払うと、隊長は改めて冬子に向き直った。
「わしはルゴール。隊長をしとる。お前さんは、今からわしの部下じゃ。こいつらが先輩隊士になるから、せいぜい利用して強くなれ」
そう言って、ルゴールは横にいた青年隊士の背を叩いた。叩かれた青年隊士が口をとがらせ話し出す。
「隊長、痛いですよ。俺はネスク。武器は圏。先輩隊士として、色々教えてやるよ」
ネスクは言って、シャドウボクシングのように武器を振り動かす。その両手に握っている金属性の輪が、圏という武器なのだろう。輪の持ち手部分には布が巻かれており、輪の外側が刃になっているようだ。
冬子は初めて見る武器だったが、殴られたらかなり深く切れるだろう、と思うと知らぬ間に一歩引いていた。
調子に乗って武器を振り回すネスクの頭をはたいて、イーラはため息をつく。
「ネスク、危ないからやめろ。俺の名前は知っているな。イーラだ。格闘技に関してはネスクに敵わないが、剣の扱いは教えてやれる」
そう言った彼の背には、長剣が差してある。重たそうだなあ、と眺めながら冬子も自己紹介をした。
「椎竹しいたけ 冬子ふゆこ。よろしく、先輩たち」
言うが早いか、隊長が冬子の頭をはたく。
「先輩に対する口の聞き方ってもんを知らんのか」
冬子は頭をさすり、融通の利かない夢だな、と口をとがらせた。しかし、隊長にじろりと見られて、慌てて態度を改める。
「よろしくお願いしまっす!」
元気良く挨拶した冬子に目配せされて、その背に隠れていたカノがおずおずと姿を見せる。
「ぼくは豊後 香信です。あの、勇者だって言われて、この国を助けてほしいって言われたので、がんばります」