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四十六話

 突然の空中散歩に固まるマイス王子のために、茶が淹れなおされた。

 温かい飲み物で気持ちを落ち着けた王子のほほに血の気が戻る。そうして、ようやく落ち着いて周囲の光景に目をやった彼は、改めて青ざめた。

 何があってこうなったのか、王子に説明する。しかし、冬子たちにわかることは少なく、たいした情報は伝えられない。

 結果、途方にくれる者が一人増えただけであった。

 しかし、全員で頭を抱えていてもどうしようもないと、王子が立ち上がる。とにかくあたりを自分の目で確認したい、考えるのはそれからだと歩き出す。

 お供をかって出た隊長とネスクに続いて、冬子も立ち上がる。待っていても退屈だから、と冬子はカノの手を引いて彼らの後ろについて行く。結局、全員でぞろぞろとテントを後にした。

 

 見て回ると言っても、どこもかしこも地がめくれ土がむき出しになっているばかりである。

 野営地のある広場をぐるりと歩き、進むごとに一行の歩みは遅くなる。重たい空気をどうにかしようとネスクが口を開いた。

「そういや、よく王子だけを連れて来られたな。あのカタブツの護衛が許すとは思わなかったよ」

 非常時にはさすがに対応を変えるんだな、と感心したように言うネスクに、冬子は笑う。

「そんなの、止められる前に跳んだに決まってるでしょう。何だか叫んでましたけど、行き先はちゃんと言ってきたから大丈夫でしょ」

 軽い調子で答える冬子に、ネスクが固まる。今ごろ、必死に魔獣を飛ばしているであろう護衛隊士を思って、隊長はそっと空を見上げた。

 重たい空気から一応は解放された一行は、他の広場も見てみようと移動する。どこを見ても草木のあった場所はすべてえぐれた大地が広がるばかりだとわかってはいたが、誰もそれを指摘しない。

 再び黙々と歩き、広場同士をつなぐ道に立つ石が見えた。なにもない荒野にいつもと変わらず立つそれは、通り過ぎる一行にほんの少しの安堵を与える。

 ネスク、王子と隊長が通り過ぎ、冬子が石の前に差し掛かったとき、不意に視界のすみで乳白色の髪が揺れる。冬子が目を向けると、そこにはドウソ神の姿があった。

「ドウソさん、無事だったんですね。良かった……」

 いつもと変わらぬその姿に、冬子はほっとして声をかける。カノも知った顔を見て安心したのか、うっすらと微笑んでそちらに目を向けた。

 二人の反応とは違い、冬子の言葉に先頭を歩くネスクはぽかんとした顔で振り向き、その後を行く王子と隊長はぎょっとした顔を向けた。

 五人から注目されたドウソはいつものように袖に手を入れていたが、その顔にはいつもの笑顔は浮かんでいない。微笑んではいるのだが、どこか悲しげな微笑みを浮かべている。

「あれは何もしなかったけれど、きみたちは何もせずにはいられなかったのだね」

 つぶやくように言ったドウソは、あたりに広がる荒れ果てた大地に目をやり悲しげに目を伏せた。

 それきり黙ってしまった神さまに、どうにも気まずい空気が流れる。誰か何とかしてくれないか、と冬子がそっとあたりを伺ったころ、マイス王子がドウソ神に向き直って口を開いた。

「ドウソ神、あなたは道の神だ。我らナバギの民がとるべき道を示してはいただけないだろうか」

 請われた神さまは、しばし目をつむる。そうして、袖から出した手で冬子の方を指さした。

「きみは種を持っているだろう」

 言われて、冬子は首をひねる。そして思い当たってズボンのポケットから魔獣のかけらを取り出した。一枚だけ残った、シンのうろこ。

 冬子の手におさまる小さなうろこを見て、ドウソは頷く。

「それを育てなさい。もう一度、やり直せる。以前のように豊かな大地を取り戻すには時間がかかるだろうね。だけど、まだきみたちにはやり直すことができるよ」

 そう言って神さまは次にカノを指差した。戸惑う少年の胸元を示して、そっと微笑む。

「ここにある火が、きみたちの希望の灯し火になるだろうね。和を尊ぶその火を絶やさぬように、次は間違わないように、頑張りなさい」

 ここで行く末を見守っているから、迷ったときにはまたおいで。そんな声が聞こえたと思ったら、もうそこにドウソの姿は無い。

 そして、ドウソ神の発言を受けて一同の視線がカノに集まる。しかし、さきほどの一番戸惑っていたのはカノだった。

 心あたりのある冬子は、慌ててカノの服の下から火の玉の首飾りを取り出した。それを隊長に渡しながら、説明する。

「これ、わたしがあの、ちょっとよその国に行ったときにそこで会った人……花守りさんにもらったんです。トーカの灯し火の小さいやつだって」

 手渡された首飾りを眺めていた隊長は、冬子の言葉にぎょっとする。つまんで持っていた火の玉を、慌てて両手ですくい持つ。

「灯し火じゃと。お前さん、そういうことは早く言わんか!」

 焦った様子の隊長に大声で言われて、冬子は首をかしげる。

「え、ただの光るお守りじゃないんですか」

 冬子だけでなく、ネスクも不思議そうな顔で首飾りを見ている。それを見て、隊長は疲れたように息をはいた。

「灯し火は、周囲を照らすだけじゃなく守りもする。その効果は、ドウソ神の守る道と同じ。魔獣をも退けるという話じゃ。この火はまだ小さいから人一人の身を守る程度じゃろうが、大きくなった灯し火は一つの国ほどの範囲を守ることができると言われとる」

 隊長の説明に、冬子はなるほどと頷いた。

「そういえば、これは新しく灯った火だから小さいとか言ってたような気がします」

 頑張れば花の神さまのところみたいに大きくなるのか、と納得して、冬子ははっと気がついた。

「もしかして、シンの種を育てながらこの火を大きくしたら、ここにナバギの国が作れるんじゃないですか?」

 冬子の問いに、隊長はうむと頷く。

「時間はかかるじゃろうが、できるじゃろう。ドウソ神が手がかりもくれた。和を尊ぶ火というならば、争うことなく人の輪を築いてゆけば、やがては国を守れるほどに育つじゃろう」

 隊長の言葉に冬子は目を輝かせ、王子を見つめた。つのる期待に体温が上がり、握った手の中に汗をかく。

 冬子が見つめる中、王子はそっと息を吐き、マントの下から小さな箱を取り出した。

「灯し火と共にナバギの国が育っていけば、魔獣の脅威にさらされることもない。この国を魔獣から守るという勇者との契約は果たされた」

 王子が言い終えると同時に、その箱を飾る宝石のようなきらめく石がぱきりと音を立てる。

 冬子とカノは顔を見合わせて目を輝かせると、そろって隊長に視線を向けた。二組のきらきらとした目に見つめられ、隊長は深く頷いた。

「お前さんたちを縛る契約はもう無い。これで帰れるぞ」

 隊長が言う間にも石のひび割れは広がり、すでにその箱本体が細かい亀裂に覆われている。

 良かったな、ようやく帰れるな、とネスクが我がことのように喜んでカノの頭をなで、冬子の背中をばしばし叩く。粗暴な仕草から逃れようとわあわあしている横で、隊長が冬子とカノに向かって頭をさげる。

「わしらの事情に勝手に巻き込んで、すまんかった。お前さんらには本当に申し訳ないことをした」

 真剣な様子で頭を下げる隊長を慌てて止めようとした冬子の前で、王子までもが頭をさげる。

「お前たちには迷惑をかけた。それと、本当に助かった。感謝している」

 王子が頭を上げてそう言ったとき、その手にある箱がぴしりと音を立ててくだけ散る。その瞬間、冬子の意識は暗転した。

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