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四十五話

 あっと言う間に空に放り出された冬子は、体を襲う浮遊感にぞっとした。一瞬だけぞっとして、すぐにこの世界でならば自分が跳べることを思い出す。

 ほろほろとはがれて消えていく土色のうろこと宙を舞う緑のたてがみに混じって、白いマントをはためかせた冬子が落ちていく。

 風を切り、地表に近づく間にもシンは空へと散り続ける。

 冬子が地上に足をつけ、見上げた先にはもうほんのかけらほどのうろこと数本のたてがみが舞うばかり。それさえも見つけたそばから散り散りになって消えてしまった。

 後に残ったのは、シンが去ってむき出しになった寒々しい大地。それから、冬子の手の中におさまる小さなうろこ。

「なんじゃ、なんにも無くなってしまったのう……」

 いつの間にか近くにいた隊長が小さくつぶやく。その声をさらう風さえ、無くなってしまっていた。


 カノを乗せたまま右往左往していたユウを回収し、野営地を目指す。魔獣の背には少年。魔獣の手綱を冬子が引いて歩き、隊長とネスクはその後ろをどこかぼんやりした様子で進んでいく。

 歩けども歩けども、視界に映るのは土色ばかり。一面にさざめいていた草木はあとかたもない。草原をゆらし耳元で渦巻いていた風も、もう吹かない。

 つい先ほど、戦いに向かう高揚感に包まれて通った道を戻ってゆく。やる気に満ちあふれて踏みしめた大地は失われてしまった。むき出しになった土と石に足を取られないように気を配りながら歩く一行の足取りは、もたもたと遅い。

 往路では巨大な敵に立ち向かう心地よい緊張感に包まれ、先を見据えて瞳を輝かせていた。今やその瞳はがらんどうになった大地を力なく見つめ、途方に暮れている。

 そこに、巨大な魔獣を倒した達成感などは見えなかった。

 誰ひとり口を開かず、歩いていく。いつもはやかましいネスクでさえ、今は静かに先頭に立っていた。空気を読まずに飛び出してくる笑いも引っ込んで、困惑したような表情を浮かべている。

 魔獣の背に揺られているカノは、居心地が悪そうにきょろきょろと目線だけで周囲を見回している。シンが消えてから合流したとき、彼は嬉しげな顔をしていた。魔獣の背から落ちないことに必死で、周囲の様子があまり目に入っていなかったのだろう。しかし、集まった面子の力のない表情に、勝ったんだよ、ね? と戸惑い、黙々と来た道を戻る中であたりの異様な光景に気がつき、不安げに視線をさまよわせている。

 冬子はユウの手綱を引きながら、ちらちらとあたりに目を配る。むき出しの大地を恐々歩く魔獣が足を止めそうになるたび、手綱を引っ張って進ませる。後ろを歩く隊長がのろのろとした歩みをふと止めるたび、小さく声をかけて呼び戻す。あたりの荒れ様が目に入るたび、冬子はいたたまれない気持ちになり。気を紛らわせたくて、左手に握ったシンのうろこを手の中で転がしながら歩いていた。

 最後尾を歩く隊長は、ぼうっとしてすぐに足を止めてしまう。冬子に促されてようやく歩き出すが、その歩みは遅い。

 一行はのろのろと、元来た道であるだろう場所を歩いて行った。


 野営地が見えた。まだ遠く距離はあるが、視界をさえぎるものの無い今、白いテントはよく目立つ。

 そこかしこがめくれあがった大地の中、草木の生えない広場だった箇所と、それらをつなぐように伸びる道だけが変わらずにあった。

 遠くに見えていた野営地が間近になり、道の上にドウソの石が立っているのが視界に入る。彼の姿は見えないが、その石が倒れることもなく立っていることに冬子はほっとした。

 そうして戻ったテントで、四人は途方にくれた。

 今日は、シンの対処法を探るための偵察ぐらいの気持ちであったのだ。みんながいないうちに突いてみてその反応を伺って戻り、対策を考える。そして隊士たちが帰ってきてから討伐に向かう予定であった。

 それが、すべて終わってしまった。

 討伐対象は消え去り、さらにはあたり一帯の緑も消えてしまった。

 国を築くための邪魔ものはいなくなったが、人が暮らすための土地も失われた。

 どうしていいかわからなくなって途方にくれた冬子はふと思いつき、立ち上がった。

「そうだ、王子に聞こう!」

 現場で困ったことが起きたなら、責任者を呼べばいい。そう考えたのだ。

「いやいや、王子はもうこの近くにはいないから。今から追いかけても、今日中には会えないぞ」

 ネスク首を横に振って、無理無理と言う。ぼんやりしていた隊長も、いつもの呆れ顔を浮かべている。

「最寄りの国に行ったとはいえ、ユウに乗って丸一日はかかる場所じゃ。気軽に聞きに行ける距離じゃない。まずは荷造りをして、ユウを最低でももう一羽用意してからじゃな……」

 隊士として取るべき行動をつらつらと述べる隊長に、冬子は笑って答える。

「私が跳べばすぐですよ。じゃあ、ちょっと行ってきます」

 そうして冬子はマントを翻し、高く跳んだ。その姿は見る間に遠ざかり、見えなくなる。

 後に残された面々はしばらくぼうっと冬子の消えた空を見上げていたが、することがないので茶でも飲んで待つことにした。

 幸いにして食料や燃料といった物資は、数日分が備蓄されている。予定していた数日の滞在は無くなったため、遠慮なく湯を沸かす。

 温かい茶でひとごこちついたネスクが、お茶うけになるものはないかと物資を漁る。諫めるかと思われた隊長はどうせ余ることが確定している物だからと止めない。どころか、あれはないのかこれも開けるかと荷解きに加わる。

 お前さんも好きなものを出して食べろ、と言われてカノが戸惑う。なんなら全部並べるかと言いだした二人を慌てて止めているとき。

 ずだんっ。重たい着地音とともに白いマントがひらりと降ってきた。

 三人が手を止め顔を上げると、ただいまと言いながら冬子がにっと笑う。その腕の中で、横抱きにされたマイス王子が固まっていた。

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