四十二話
「……へ?」
冬子は思わず変な声をもらした。言われたことと見えているものが結びつかなくて、隊長の顔と目の前にある丘を見比べる。
以前、隊長に見せてもらった魔獣の姿絵。あの背中のたてがみに当たるのが、この丘にそよぐ草だと言う。
肩車されたカノも、ぽかんと口を開けていた。
二人の反応を見て、なぜかネスクは楽しげに笑う。
「すげーよな。でかいよな。想像以上だろ? 俺らがいた草っ原に吹いてた風って、こいつの寝息らしいぞ」
ネスクに言われて、なるほどだからいつも同じ方向から止むことなく風が吹いていたのか、と冬子は納得する。納得してから、はたと気づいて首を振った。
「いやいやいやいや。すごいっていうか、もうこれはどうしたらいいんですか。ちょっとあまりに想像以上すぎる!」
予想をはるかに上回る魔獣の大きさに、冬子は戸惑い混乱する。
手当たり次第に読んだ本に出てきた龍は、大きいと言ってもせいぜい家屋ほど。それですら戦い方を見つけられなかったというのに、丘を倒す方法など想像もつかない。
言葉を失う冬子に、隊長が追い打ちをかける。
「ちなみに、ここまで通ってきた草原は、こいつの背中に生えとるたてがみと同じ植物じゃ。つまりそこに丘のように見えとるのははあいつの一部で、草原まで体の可能性もある」
隊長の言葉に、冬子の内にみなぎっていたやる気はしおしおと小さくなっていった。
「……あのう、倒し方についてなにか良い案などあったりは……」
恐る恐る聞いた冬子に、隊長はすっぱり答える。
「ない。そもそも戦い方がわからんから、今まで手を出さんかったんじゃ。この魔獣についての資料は、前見せた姿絵と、近隣の国の古い文献にシンと言う名で記述があるから、まあ結構な時間ここにおるようじゃ。あとは、やたらでかくて大地に紛れておることがわかっとる」
つまりは見てわかる情報と名前しかわかっとらん、と言われて、冬子はがっくりと頷いた。
その横で、なぜか楽しげなネスクが口を開く。
「このシンってやつが怖いから、この辺りには人が集まらないんだってよ。わざわざこれにちょっかいかける頭のおかしいやつは、いなかったんだな。それで誰も手を出さなくて余ってるから、俺らが住み着こうとしてたんだ。こんなでかいのに戦いを挑もうなんて馬鹿、いなかったんだなあ」
けらけら笑いながら言うネスクに、冬子はますますうなだれる。まったく手の出しようがないから、王子もあっさりと冬子の攻撃を許可したのだろう。倒せたらめっけもの、くらいの気持ちで。
しかし、肩に乗るカノの重みを感じて気持ちを奮い立たせた。やると決めたのは自分だ。うつむいている場合ではない。
「できる限りのことをやるしかないってことだ。だったら、とにかくやってみよう!」
まったく役に立たない威勢ばかりの冬子の発言にネスクが爆笑し、隊長にやかましいと小突かれる。
おろおろと不安げな顔をするカノをネスクに抱えさせ、冬子の肩からユウの背に移させると、隊長は戦斧を手にして巨大な魔獣、シンに向き直った。
「やるしかないのは事実じゃ。武器を持て。戦うぞ」
隊長の言葉に、ネスクはにんまり笑って武器を構える。両手の圏を勢いよく回し、ひゅひゅんと風切り音を鳴らした。
「わかりやすくっていいですね。よっしゃ、おもいっきりやっちゃおー!」
冬子は自分を奮い立たせた。隊長たちもそれに乗ってくれた。あと必要なのは、カノを守ると誓うことだけだ。
魔獣の背で不安そうな表情をしているカノの胸元に、冬子の拳がこつりとあたる。カノの服の下に揺れるお守りを確かめて、その手で冬子はカノの頭を撫でた。
「わたしはカノちゃんを必ず守る。約束するよ。だって、わたしはカノちゃんのヒーローだからね」
そう言った冬子は、にぃっと笑って手にした槌で小山のような魔獣を指した。
「と言うわけで。ぜったいやっつけるから、覚悟しといてよ!」
冬子が啖呵を切ると、ネスクはまた楽しげに笑う。盛り上がっている二人を見て隊長は呆れたような顔をしているが、その口元には薄笑いが浮かんでいる。
「さて、シンについては情報がほぼない。じゃから、とにかく何でもやってみてあいつの反応を確認するのが主目的じゃ。多少の怪我なら構わんから、死なない程度に暴れてこい」
隊長が言うが早いか、ネスクが魔獣に向かって駆け出していく。
出遅れた冬子はカノに行ってくるよ、とひと声かけて、慌てて地面をひと蹴り。軽々ネスクを追い越した。
一人残った隊長は、終始不安げな表情で二人を見送ったカノの隣りに立って、小さな少年の髪を乱暴になでて乱す。戸惑うカノのぐしゃぐしゃになった頭をぽんとたたいて、隊長は言った。
「必ず、無事に帰すからな。ナバギの国がどうなってもいいとは言えんが、わしはお前さんたちを元のところに帰すことを優先する。じゃから、お前さんは無事でおることだけ考えろ」
いつになく真剣な声の隊長に、カノは戸惑い声をかけようとする。しかし、それより早く隊長の手がカノの乗る魔獣の尻を叩いた。驚いた魔獣がトサカを揺らして走り出し、カノは慌ててその首にすがりつく。
走る魔獣にしがみついたまま、カノは頑張って振り向いた。みるみる小さくなる隊長が小高い丘のような魔獣を背に大声を出す。
「もしもわしら三人とも動けんくなったら、とにかくテントに戻れ! 日暮れにはイーラが来るからのう」
そう言うと、隊長も巨大な魔獣めがけて走っていった。




