四十一話
自室に戻って一人になると、冬子は考えた。
カノたちの時間で数日というと、冬子のほうではひと月以上が経過する。
その間、冬子にできることは無いに等しい。せいぜいが竜退治の物語りを探して読んで、討伐の手がかりを探るくらいである。
しかし、すべては誰かの作り話であり、実際に役に立つ可能性はとても低い。また、敵の生態がまったく不明であるためにどのような話が手がかりになり得るのか、推測することさえ難しい。
だから、冬子は何もしないことにした。
あちらの世界でのやり方は、隊長たちが調べてくれるはずだ。彼らを信じて託すことにした。
そして、そのぶん空いた時間で何かを成したいと思った。
彼らが頑張っているぶん、自分も頑張りたい。
こちらの世界でなにを成したところで関係はないのだが、それでも何か行動を起こしたかった。
まず冬子が思いついたのは、資格試験への挑戦だった。しかし、勉強時間一ヶ月で合格できるような資格はそうそうなく、また申し込み期間や試験日を調べてもちょうど良いものが見つからない。
それならば、ほかに確実に努力の結果が残るものが無いかと考えた冬子は、食費の節約に行きついた。
これならば数多の先達がその術を詳細に記したブログなどが無数に存在する。初心者でも手を出しやすく、また結果がお金という形ではっきり見える。
ならばまずは三食自炊だ、と決めると冬子は夕暮れの中、さっそく買い物に出かけたのだった。
弁当を持参するようになった冬子に、周囲の反応はまちまちだった。
偉いね、と称賛してくれる者。私もそうしようかな、とこれを機会に弁当仲間になる者。俺のぶんも作ってよ、と相伴にあずかろうとする者。
中でも意外だったのが、アルバイト先のパートのおばちゃんである。
休憩室に一つきりの机で冬子が自作の弁当を広げたとき、おばちゃんが入室してきた。いつもは菓子パンか弁当を店内で買って食べるため、さっさと食べて部屋を出ていくおばちゃんと鉢合わせることはあまり無かった。
おばちゃんと相席して小言を聞きながら休憩しなければならないなら、てきとうに店内をぶらついてからごはんにすれば良かったか、と冬子が後悔した。しかし、おばちゃんは冬子の弁当箱を見てあら、と常よりもいくらか声の調子を明るくした。
そして、自炊の大切さを語り、節約について持論を展開し、節約レシピを伝授してくれた。しまいには頑張りなさいよ、と激励までしていつの間にやら手製の弁当を食べ終えたおばちゃんは、休憩室から去って行った。
ひとり残された冬子は、自炊による思わぬ効果にぽかんとする。
そうこうしているうちに、カノに会わない日曜日が三回過ぎていった。
カノと別れて四度目の土曜日の夜。
アルバイトを終えて部屋に戻った冬子は、冷蔵庫の食材を確認する。明日の食事は何にしようか、パートおばちゃんに教えてもらったレシピ試してみようか、と冷蔵庫の扉を閉める。
狭いワンルームに置かれた小さな座卓につくと、冬子はひと月ほど前からつけ始めた家計簿を取り出した。
財布から取り出したレシートを並べ、記入していく。
携帯電話の電卓機能を使って食費の合計値を出し、ノートに書き込んだ冬子は満足げに数字を眺めた。
大学の友人ら誘われて何度か外食もしたが、それを加えても目標金額を達成していた。
目標金額を少し高めに設定したとはいえ、はじめての自炊でなかなか良い結果だと冬子はにんまり笑って頷いた。次回は、もう少し条件を厳しくしてもいいかもしれないな、とノートを閉じながら考える。
そして、気分良く眠った冬子は、名前を呼ばれてぱちりと目を開けた。
「ふゆちゃん、おはよう」
白いマントを羽織ったカノと、その後ろには同じくマント姿のルゴール隊長。
テントの出入り口からひょい、と顔をのぞかせたのはネスクだ。
「隊長、こっちの準備はできてますよー」
彼の呼びかけに頷いた隊長は、冬子にマントを放りながら言った。
「行くぞ、魔獣のとこへ」
テントの表に用意されていたユウにネスクと隊長がまたがり、その横を冬子が並走する。カノは目的地まで、冬子の肩車で移動することになった。
隊長のテントだけを残して何もない広場になった野営地を出発して、草原の中を進んでいく。
「ところで、今日の戦法とかないんですか?」
作戦会議があるなら、移動中に済ませてしまおうと冬子は口を開く。それに対して隊長はそっけない返答をする。
「そんなもん、立てられるならとっくに立てて討伐に行っとるわい」
そう言われてしまうと、会話の続けようがない。そのあとは大したことも話さないまま進むばかり。
いくらも行かないうちに、平らだった草原に小高い丘が見えてきた。ところどころに生えた潅木に果物でもなってないか、と冬子は目を凝らす。その顔にごう、と吹き付けた風は断続的な向かい風で、丘に近づくほどに強さを増すようだった。
丘に生き物の姿は見えない。ならば魔獣はまだこの先く、と丘の向こうに視線をやると、遠くに山が霞んで見えた。その他には一面の草原が広がるばかり。
丘の向こうに隠れているのだろうか。それとも、もっと遠くまで行くのだろうか。とてつもなく大きな魔獣ならば、その末端くらい見えないものか。
冬子が魔獣を探して視線をさまよわせていると、横を走っていたユウが丘の手前で立ち止まった。
気づいた冬子も足を止め、ニワトリ魔獣の背から降りる二人の元へ行く。
「どうしたんですか。魔獣、見つからないんですか?」
冬子が問うと、隊長は首を振って否定し前方を指さした。
「もう目の前におる」
その指が示しているのは、間近にせまった小高い丘だった。




