四十話
隊長たちを丸め込んで一刻も早く戦おうと目論んだ冬子だったが、なぜかネスクに丸め込まれてしまった
。それでも、当初の予定通りに魔獣と戦う許可を取り付けたので、まあいいかと思う。
許可を出したあと、マイス王子は冬子たちの行動に関するすべてを隊長に任せる、と言うと護衛隊士を除く全員をテントから追い出した。
ようやく出てきた冬子たちをほっとした顔で見送る門番らに見送られ、誰からともなく隊長のテントを目指して歩きだす。
その道中、草原の中にある道を歩いていると、隊長が深くため息をついた。
「……フユが思い通りに動かんのはわかっとった。カノのために魔獣の討伐を急ぐのもわかる。じゃがな」
そこで言葉を切った隊長は、一度大きく呼吸を吸って、吐き出す勢いのままネスクの背中をたたいた。
「なんでお前さんが付いてきて、むしろ率先して戦おうとしとるんじゃ!」
そのまま隊長はばしばしとネスクの背中をたたく。おそらく、頭をはたきたいところだが身長が足りないために仕方なく背中をたたいているのだろう。
「いてっ、ちょっと、やめてくださいよ、隊長!」
慌てて逃げ出したネスクは、冬子とカノを盾にするように二人の後ろに回り込んだ。
腹立たしげに見送った隊長は、ふん、と鼻を鳴らす。
「他にもまだ発見できとらん魔獣もおるから、追い追い戦う計画を立てとったのに先走るやつはおるし。戦うなら戦うで隊長としてわしが先頭に立つつもりでおったのに、阿呆のくせに横からかっさらっていく阿呆はおるし……」
歩きながらぶつぶつと言う隊長に、冬子は相談もなく突撃をかけたことを申し訳なく思う。冬子にとって隊長は、週に一回会う知人のおじさんくらいの感覚だ。信用するとか信頼するとか以前に、気を許すところまで行っていない。
しかし、隊長のほうでは自分たちの事情にカノを巻き込んだことを申し訳なく思うだけではなかったらしい。伝わりづらいが、冬子のことも考えてくれていたらしい。
感謝をつたえるべきか、それより先に謝罪をすべきか冬子は悩む。悩んでいるうちに、カノに隠れるようにして歩いていたネスクが先に口を開いた。
「それなら俺だってこいつらの先輩なんだから、ちょっとくらい格好つけたいじゃないですか。後輩が危ないとこに行くっていうんだから、黙って見送るなんてできませんよ」
イーラだってきっと同じようなことを言うはずだ、とネスクは口にする。
それを聞いた隊長が足を止めて見直したように見つめ、感動した冬子が目を見開き、嬉しくなったカノが頬を緩めたとき、ネスクはにかっと笑って言った。
「まあ、俺が強い奴と戦いたいっていうのが主な理由ですけど!」
心温まるいい雰囲気は、ネスクの言葉で台無しになった。
ひとり浮かれた足取りのネスクの横を三人は落ち着いた気持ちでさくさくと進む。足早に歩いていると、隊長のテントそばで立っているイーラに出会う。その手には、かさ張る紙が数枚あった。
魔獣との戦いにうきうきしているネスクは、巨大な魔獣に近々攻撃を加えるその一員になったことを伝える。そして、聞かれるがままに事の次第を楽しげに話して、またお前は勝手なことをして、とイーラに頭をはたかれた。
それから、イーラも頼られれば手を貸す心積もりであったことを冬子に告げる。
大学でみんなが心配してくれていたときと同じだ、と冬子は思う。自分が気がついていなかっただけで、たくさんの人が冬子の思う以上に気にかけてくれていた。
それに気がつくと、カノを助けるためだけでなく気にかけてくれている人すべてに報いるために頑張りたくなる。
やる気に燃える冬子のそばで、隊長がイーラから紙束を受け取っている。がさがさと開いて中の文字に目を落とした隊長は、嬉しげに口の端を持ち上げた。
「怪我人を受け入れてもらえると返事がきたわい。フユ、魔獣討伐は数日後に行けそうじゃ」
さっそく王子に伝えて今日にも出発を開始しよう、と隊長がいそいそ来た道を戻っていく。
その途中で立ち止まり、そうじゃそうじゃ、と振り向いた。
「カノの体力を温存するため、討伐に向かう日までフユの召喚はなしじゃ。ネスクも、ふらふら遊ばずにしっかり働いてちゃっちゃと休むように。イーラ、ちゃんと監視しとくんじゃぞ」
言うだけ言って、隊長は去っていく。
ネスクが不満げに、仕事しなきゃだめなのかよー、と口を尖らせイーラに怒られていた。
それには構わず、冬子はカノの前にひざをついて座る。しっかりと目を合わせて、カノの手を握った。
「カノちゃん。何日か会えないけど、きっとまたわたしを呼んでね。カノちゃんを助けるために、ぜったい来るから」
不安げな顔ながらも、カノは頷いた。ぎゅうっと冬子の手を握りしめ、ぐっと口を横一文字に引き結んでいる。
「次にわたしが来るまでの間は、イーラとネスクにお願いしとくから。安心……は、まあできないかもしれないけど」
苦笑を浮かべた冬子の視線の先では、二人の青年が漫才のようなかけ合いをしていた。頼りがいがあるかと聞かれると不安が残る。しかし、彼らを見たカノの顔に少しだけ笑みが浮かんだのに気がつき、冬子はほっとしていっしょに笑うのだった。