三十九話
中に入ると、わかっていたことではあるが、広かった。物に占拠された隊長のテントと比べるのもどうかと思うが、すっきり品よく椅子や机などが配置されといる室内は、さすがは王子さまのテントと言ったところか。
室内には隊長と王子とその護衛がおり、隊長と向かいあって座る王子の後ろに護衛の男が立っている。
突然に入ってきた冬子とカノを警戒して、王子の護衛が腰の武器に手をかけるが、二人の後ろに続いて入ってきたネスクを見て、怪訝な顔になる。
「どうも、お久しぶりです。王子さま」
横槍が入らないうちに、とカノを肩から下ろした冬子はさっそくあいさつをして話し始める。
「今日はちょっと、お話があってきたんです。やたら大きくて手を出しあぐねてる魔獣、知ってます?」
冬子が問うと、王子は怪訝そうな顔をしながらも頷いた。それは幸い、話が早いと冬子は笑う。
「あれ、わたしにやらせてみてください。許可だけもらえれば、一人で行ってくるんで」
それを聞いて、慌てたのは隊長だ。向き合う王子と冬子の間に割り込んで口を開く。
「お前さん、あの魔獣はまだだめじゃと話したろう。昨日言うたばかりなのに、もう忘れたんか」
隊長の言葉に、冬子は不満げに口をとがらせる。
「いやだなあ、さすがにそんな忘れっぽくないですよ。ただね、考えてみてくださいよ。今のうちに攻撃する利点」
表向きは不満げな顔のまま、みんなが話を聞く気になっているいい流れだ、と内心ではにんまり笑っている冬子である。
「大きすぎて、戦い方もわからないからその魔獣を後回しにしているわけでしょう。だったら、今やっちゃうほうがいいですよ」
冬子の言葉に、隊長と王子さまが怪訝そうな顔をする。話に興味を持ってくれたなら、あと少しだ。
「どうせ、他の魔獣を全部やっつけたら、そのばかでかい魔獣とも戦わなきゃならないんでしょう」
そう言うと、隊長は苦い顔でしぶしぶ頷く。問題の先送りをしている自覚はあるらしい。
「だったら、今やっちゃいましょう。この機会に一度テントをたたんで、近くの国で体を休めるのはどうですか。負傷した隊士たちだけじゃなくて、みんなね」
常に気を張っていなければならないテント暮らしに、体だけでなく心も疲れがたまっているはずだ。
「その間に、わたしが攻撃を仕掛けてみるんです。勝ち負けはどうなるかわからないけど、殴って負傷させられるのか、有効な武器はあるのかを調べられる。戦い方を考える手がかりくらいにはなるでしょう」
この言葉で、隊長の心も揺れるはずだ。 敵に関する情報の少なさに歯噛みし、手を出しあぐねているはずだから。
「それに、今は戦いを仕掛けるのに一番いい時期だと思うんです。土地はまだ開拓しはじめたばかりだから、戦闘でめちゃめちゃになっちゃってもあまり痛手にはならないし。わたしなら、負けたところで翌日にはもとどおりになって戻ってくるんですから。試しに戦うには最適でしょう」
そう言って、せいぜい余裕があるように見せるため、冬子は胸を張った。
少しの沈黙を挟んで、口を開いたのはマイス王子だった。
「おまえひとりで挑むのなら、いいだろう。今すぐは無理だが、近いうちに怪我人の逗留先が決まる。そのときに一度、全ての隊員を引き上げさせる。隊員を援護には出さないが、ここら一帯が無人になったときならば好きなようにしろ」
王子が淡々と言い、冬子が真面目な顔で頷く。すると、その場の雰囲気を壊す明るい声を出してネスクが主張してきた。
「あ、俺も残っていっしょに戦いたいです。なんかおもしろそうだから、参加希望しまっす!」
入り口近くでおとなしくしていたかと思ったら、とつぜん手をあげて楽しげに言うネスクに、全員の視線が集まる。
隊長は連続して起こる予想外の事態に頭を抱え、王子は場の空気を乱すネスクに眉を寄せ、冬子はこの人はなにを言いだしたのかと呆れてしまう。ただでさえ眉間にしわを寄せていた王子の護衛はさらに表情を険しくし、おろおろしながら王子と冬子を交互に見ていたカノはそこにネスクまで加わって泣きそうな顔になっていた。
各々の反応など気にも留めない風で、ネスクがあっけらかんと笑う。
「召喚獣が戦うなら、勇者が近くにいたほうがいいでしょ。だったらカノのお守りもかねて俺も戦うほうに参加します」
そう言ったネスクに、隊長が頭を抱えていた手をおろして首を振る。
「それなら、わしが残る。わしのテントを残しておけばいいから、手間もかからん。今もカノが寝起きしとる場所じゃからな」
隊長の言葉に、ネスクはうーんとうなって考える。ほんの瞬きする間だけ考えて、にかっと笑った。
「だったら、フユとカノと俺と隊長の四人で残りましょ。よく考えたら、戦わずにカノといっしょに居る人が必要だ。どうせ俺ひとりくらい抜けても、とくに問題ないでしょ」
それで決まり、とひとり上機嫌である。どうやらネスクの中では、自分が戦闘に参加することは決定しているらしい。
それに対して王子は好きにしろと言い、隊長は諦めのため息をついた。
焦ったのは冬子だ。このままでは自分ひとりで暴れ回る計画が潰れてしまう、と慌てて口を挟む。
「いやいや、わたしが全力で戦うのに、巻き込まれちゃうかもしれませんよ。危ないから、隊長もネスクもカノといっしょに見ててください」
すると、ネスクは冬子の頭を軽く叩きながら笑って言った。
「フユが全力でやれるように、おまえの攻撃に巻き込まれないよう気をつけながら魔獣の注意を引きつけといてやるからさ。ついでに隙をみてちょっと攻撃してみたり、するだけだから」
任せとけ! とネスクは胸を張るのだった。