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三話

 ぱちりと目を開け、冬子は感心した。

(望み通り、この間の夢が見られてるわけだ)

 目の前でにこにこ笑うカノの姿は、一週間ぶりである。

 その場で体を起こすと、冬子は行儀悪くあぐらをかいて周囲に目をやった。

 今回はカノの他に三人の男しか見当たらない。その中に前回、冬子に冷たい目を向けた男も、カノに話しかけた男もいないことに安心する。

 あの男たちは苦手に思っていたし、大勢に見られるのは嬉しくないと冬子が思ったから、改善されたのだろうか。

(ついでに、わたしの服もパジャマからグレードアップしてくれたら良かったんだけど)

 冬子は相変わらず白シャツ短パン姿の自分に、少しがっかりする。

 ドレスが着たいわけではないが、男達が民族衣装のようなマントで着飾り、なぜか今回はカノまでマントを羽織っているのだ。

 その中で自分だけがパジャマである。冬子とて女の端くれとして、おしゃれをしたい気持ちは持っていた。

「カノちゃん、そのマント可愛いね」

 男たちとは異なる、真っ白い生地に薄青い糸で刺繍された腰までのマントは、カノによく似合っていた。

 冬子に褒められたカノは、ほんのりとほほを染めて笑う。

「ありがと、ふゆちゃん。あのね、ふゆちゃんにもあるんだよ」

 カノがそう言って、畳んだ布を差し出した。

 冬子は礼を言って受け取り、立ち上がってひろげてみる。

 カノと同じ、真っ白な生地に薄青の糸で刺繍されたマント。冬子が手にしているものは、カノの着ているマントより丈が長いようである。

(夢は深層心理を表すってどこかで聞いたけど、こんな服を着てみたいと思ってたってことかなあ)

 首を回して自分の姿を見下ろせば、動きに合わせてマントの裾が膝をなでる。一緒に渡された編み上げサンダルも履けば、どこかの民族衣装のようであった。慣れない衣装を羽織り、冬子はなんとなく気恥ずかしい気持ちになる。

「ふゆちゃんも似合ってるよ。ヒーローのマントみたい! 」

 手を叩いて喜ぶカノの言葉に、なるほどと納得した。

(ヒーローみたいに強くなりたい、と思ってた願望がこのマントなのかな)

 服装に関して男たちの仲間入りをした冬子は、カノと並んで彼らの後ろを歩いていた。

 見渡す限り平坦な地形に、背の低い草木がざわざわと揺れている。どの植物も、女性として小柄な部類に入る冬子の腰の高さまでしかない。それでも、小学生の中でも小柄なカノは、肩ぐらいまで草で隠れてしまっていた。

 風のやまない土地なのだろうか。草が風でざわめく音が、寄せては返す波のように絶え間なく聞こえている。

 彼らがどこを目指しているのか、行き先は知らない。男のうちの一人、冬子と同じくらいの年齢に見える青年が「ついて来い」と言い、全員が異もなく歩き出したので冬子も黙ってついて行っているところである。

 見知らぬ場所で見知らぬ男たちについて行くなど、いつもの冬子ならば絶対にしない。しかし、夢の中では警戒する気にもならないため、大人しく歩く。

 草木のざわめき以外聞こえないせいか、何となく無駄口を叩きづらい空気であるが、アルバイト中ではないし夢の中なのだから誰にはばかることもない、と冬子はいつもより強気になる。

 黙って歩くのもつまらないので、あえて空気を読まず隣を歩くカノに話しかけることにした。

「そういえば、そこの兄ちゃんたちの名前を聞いてないわ。カノちゃんはもう自己紹介した? 」

 風の音に負けぬよう、やや声を張る。

 前を行く男たちにも聞こえたようで、冬子たちのすぐ前を歩いていた青年の肩がぴくりと揺れた。

「うん…したんだけど、たくさんいて覚えられなかったの」

 前を行く者の反応には気がつかなかったのだろう。カノは歯切れ悪くぼそぼそと言う。

「あのね、ぼく豊後ぶんご 香信かのですって、名前も書いたんだよ」

 カノはそう言うと、ポケットから紙片を取り出した。

 受け取った冬子が見ると、上手とは言い難いが丁寧に書いたことが伺える文字が並んでいた。

「カノちゃんて、こんな漢字だったんだね。てか、もう漢字が書けるんだ。すごいね」

 小学生を相手にしているつもりで冬子が褒めると、カノは嬉しそうに笑う。

「そうなの。自分の名前だけね、お母さんに教えてもらったの。けど、ここの人たちは漢字知らないみたい」

 誰もすごいって言ってくれなかったんだ、とカノはすねたような顔をする。

 と思うとすぐに表情を変えて目を輝かせた。

「あのね、ふゆちゃん。一番前を歩いてるお兄さん、名前は忘れちゃったけど、王子さまなんだって! ぼく、王子さまってはじめて見た」

 嬉しそうに言うカノの横であいまいに返事をした冬子は、内心で恥ずかしさに悶えていた。

(わたしに王子さま願望があったとは……)

無言のままひとしきり恥じた冬子は、気を取り直して会話に戻る。

「あの一番前を歩いてる、偉そうな兄ちゃんが王子さまね」

 そう言った瞬間、前を歩いていた背中が止まった。見れば、先頭を歩いていた王子さまとやらが立ち止まってこちらを向いている。他二人の男たちは、王子の視線を遮らないよう、道の脇に半歩下がって控えていた。

 偉そうな兄ちゃん呼ばわりはさすがにまずかったか、と思う冬子だったが、王子の口から怒りの言葉は出なかった。

「召喚獣はこの先の広場で、戦闘訓練に参加しろ。勇者は見える範囲で待機。獣から目を離すな」

 詳しい説明はこの隊士に聞くように、と冬子たちのすぐ前にいた青年を残して去っていった。もう一人の男は王子と共に去って行ったところを見るに、護衛というやつなのだろう。

 結局、彼らの名前はわからないままだが、夢の中の人であるから、特に不都合もないだろう。

 そんなことを考えながら王子たちの後ろ姿を何となく眺めていた冬子は、隊士と呼ばれていた男に声をかける。

「もう王子さまこっち見てないよ、隊士の兄ちゃん。それより、私たちはどこまで歩かなきゃいけないの? 」

 直立不動で王子を見送っていた青年に冬子が話しかけると、青年の顔が引きつった。

 その顔のまま、彼は冬子たちに向き直る。青年の顔をようやく正面からまじまじと見た冬子は、美男子の部類に入るな、などと考える。

明るい茶色をした少し長めの髪がゆるく波うっており、整った顔を引き立てている。ぱっと見チャラそうで、好みではない。

「…召喚獣は、王子という言葉の意味を知らないか」

 冬子がまったく関係がない上に失礼なことを考えているとは知らず、青年は真面目な顔で言う。

「王さまの子どもでしょ。国の中で王さまの次くらいに偉い人」

 軽い調子で冬子が答えると、青年の口のはしがひくりと動いた。

「それでは、召喚獣は敬うということを知らないのか」

 続けて聞かれて、冬子はにやっと笑う。

「相手が尊敬できる人なら、わたしだってちゃんとするし。召喚獣に人の決まりごとは関係ないから、偉いかどうかは判断基準にならないけどね」

 現実では色んなことを考慮せねばならず、人付き合いなど煩わしいことばかりだ。夢の中でくらい、自由奔放にふるまわせてもらおうと、冬子は強気で言いきった。

 そんな冬子に隊士の青年は眉間にしわを寄せ、シノはおろおろと二人の顔色を伺っている。

 しばらく冬子を睨んでいた隊士の青年だったが、冬子に態度を改めるつもりがないのを見てとると、ため息をついて緊張をとく。カノは、聞えよがしなため息にびくりと震えて冬子の陰に隠れてしまった。

 そんなカノに眉尻を下げて、青年が声をかける。

「勇者さま。いらぬお世話かもしれませんが、召喚獣のしつけはしっかりしないと、あなたが痛い目を見ます」

 彼の発言を聞くに、軽そうな見た目と違い、真面目な人間のようだ。

 余計なことと知りつつも苦言を呈してくれる点に好感が持て、冬子は彼に興味がわいた。言われた本人であるカノは、冬子と青年の顔を見比べてあわあわとしているが。

「ちょっと兄ちゃんのこと気に入ったかも。わたしのことは冬子って呼んでいいからさ、兄ちゃんの名前、教えてよ」

 冬子が現実では考えられない気軽さで言うと、青年はしばらく沈黙した後に、諦めたように口を開いた。

「……イーラだ」

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