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三十七話

 テントで目を覚ました冬子は、さっそく領土を広げはじめた本の山を片付けていた。一生懸命に片付けてはいるが、そもそも物が多いため一向に片付いたようには見えないテントの中には、冬子と隊長の二人だけがいる。

 カノはマイの食事がてら散歩に行っており不在だ。お供について行ったネスクをお兄ちゃんと呼びながら懐いていたので、心配はいらないだろう。

 隊長は昨日のヘビだかモグラだかよくわからない魔獣について紙にまとめたり、本に記述がないか調べたりと忙しそうである。

 長く使用した形跡のない本や用途のわからない道具などを独断と偏見でまとめながら、冬子はぽつりとつぶやいた。

「こっちから攻撃をしかけられる魔獣って、いないのかなあ」

 せっかくやる気を出しているというのに、魔獣が姿を見せないうちは冬子にできることなどほとんどない。同じ学部の男子にまで聞いた小学生男子の喜ぶことも、まんがやゲームが欲しかった、というこちらの世界にはないものだったため、参考にもならなかった。

 自分の役立たずぶりに落ち込んだ冬子が思わずこぼしたひとり言。返事を期待していないぼやきだったが、意外なことに隊長が拾い上げて声をかける。

「いないわけじゃない。だが、あれはなあ……」

 いつになくしぶる隊長の様子に、冬子は首をかしげた。

「なんか面倒くさい魔獣なんですか? 見つけるのが大変とか」

 データ採取やら考察については真面目だが、基本的にいい加減で思いつきで行動する行き当たりばったりな人間だと思っていた隊長がためらいを見せている。ならばよっぽど面倒くさい相手なのかと思うも、隊長は首を横に振る。

「いや、面倒といえば面倒なんじゃが、見つけるのはまったく難しくない。なんなら今からでも連れていってやれる」

 その言葉に冬子は手を止め、目を輝かせて顔を上げた。

「ええ! じゃあすぐ行きましょうよ。早く倒しちゃったほうが、隊長たちも嬉しいでしょう」

 はずんだ声で言う冬子とは対照的に、ルゴールは苦い顔をして歯切れが悪い。手にした筆記具の頭で後頭部をかきかき、口を開く。

「それはな、わしらだって最終的には倒さにゃならんと思っとる。ただな、何というか、でかい。めちゃくちゃでかくて、倒せる気がせんってところじゃ。ふらっと何処かに行ってくれれば良いものを……」

 ルゴールは心底困った様子で深く息を吐く。そんな隊長を見て、冬子はこれこそ自分の出番だと、静かにやる気をみなぎらせるのであった。

 勇み立つ冬子に隊長は釘を刺す。

「その魔獣のとこまで連れて行ってやることはできるが、今すぐ戦うのは無理じゃ」

 不満げな顔をした冬子に、面倒臭そうにしながらも隊長が説明する。

「相手は馬鹿みたいにでかい上、いる場所がここから近いんじゃ。弱点もわからんしのう。攻撃をしかけるならマイス王子と話し合いをして、最低限でもここのテント群を移動させにゃならん」

 面倒じゃ、面倒じゃと隊長はぶつぶつ言う。

 冬子は久しぶりに聞いた名前に不満を引っ込め、興味をわかせた。

「そういえば王子さまって、何してるんですか。一番最初に会ったきりだけど」

 姿を見ないのは他の隊士たちも同じだ。だが、彼らを見かけないのは、得体の知れない冬子たちを警戒して向こうが避けているからだ。正体を知っている王子は、イーラやネスクほど親しくならずとも、偶然はち合わせることくらいあってもいいはずだ。

 そう思って不思議がる冬子に、隊長が首をかしげる。

「なんじゃ、知らんかったのか。マイス王子は基本的に隊士たちの指揮をしとる。魔獣が出れば先頭に立って指揮をとるし、物資運搬なんかも責任者として率先して動いとるぞ」

 その言葉を聞いて、冬子の王子さま像にひびが入る。もっと安全な場所で、優雅で穏やかな生活をしているものだと思っていたのだが、意外に活動的である。

 感心したようにへえ、と相づちを打つ冬子に、隊長は続けて説明する

「そうやって進んで動く人じゃから、少しでも隊士たちの苦労を減らそうと勇者を召喚したんじゃろうなあ。それで出てきたのがカノで、戦えない、知識も普通の子ども程度で困って王に相談した結果、お前さんがよび出されたわけじゃ」

 ほう、とうなずきかけて、冬子はふと思い至る。

「ということは、わたしがはじめてこっちに来たときにいたおっさんが王さま……?」

 恐る恐る問う冬子に、隊長はあっさり頷いて返す。

「そうじゃ。一緒に参謀もおったらしいな。勇者召喚のときにもおったらしいから、あいつが召喚時の依頼の内容に噛んどると思う。マイス王子は強引なとこもあるが、あれでけっこう隊士たちには人気があるんじゃ」

 隊長がぺらぺらと調子良く話しているが、冬子は聞いていない。王さまと会っていたという事実に衝撃を受けて、思考が停止していた。何があるわけでもないのだが、とてもえらい人に気づかぬ間に会っていたという事が衝撃的であったのだ。

 王も参謀も冬子を見てすぐ山あいのナバギの国に帰っただのと隊長が続けるが、冬子は生返事。

 上機嫌な隊長は、それにしても昨日の魔獣を生け捕りにしたのは大変素晴らしい、あれを使ってどんな実験をしようか計画せねば、だのと一人でうきうきと話す。

 実験はいいから馬鹿みたいに大きいという魔獣の元へ行ってみたいと冬子が言うと、隊長はずっしり座ったまま首を横に振った。

「お前さんは見たら後先考えずに殴りかかるかもしれん。そうなったら止めようがないから、だめじゃ」

 そんなことはしない、と口を尖らせる冬子に、隊長は重ねて言う。

「どうせいつかは討伐時に見られるんじゃから、わざわざ行く必要はなかろう。ただ見るためだけに行くなんて、面倒なことしたくないわい」

 そうして、隊長は読みかけの本に視線を戻してしまう。

 ぜったいに最後の面倒くさいが本音だと冬子が口を尖らせていると、代わりにこれでも見とけ、と紙束を渡された。

 なんの書類だろう、と冬子が首をかしげながら見てみると、なにやらずらずらと細かい文字が書かれている。読もうとする気も起こらずに紙をぺらぺらとめくっていった冬子の手が、ふと止まる。

 そこには、二本の角を生やした魔獣の姿が描かれていた。風にそよぐ雄大な草原のようなたてがみを生やした体は、細く長くうねっている。ごつごつとした地面のような皮膚に覆われた体には、その長さに不釣り合いな小さい腕と脚がそれぞれ一対ずつ。

 その絵をじっと見つめた冬子は、龍みたいだと思う。

 うろこの無い土色の体をくねらせ緑のたてがみをなびかせる様は、ドラゴンではなくて龍の姿だ。

「これ、どれくらい大きいんですか」

 たずねる冬子に、隊長はうーむとうなる。あごをなでさすり、首を傾げた。

「測りようがないから正確な大きさはわからんが、少なくともチュウが走り回れるくらいには大きいのう」

 その名前は、一軒家ほどもある巨大な魔獣を指すのではなかったか。冬子は自分が覚え間違えているのだろうと、恐る恐る隊長に確認する。

「チュウって、あの小さい魔獣を追い回してる、すごく大きくて舌で攻撃してくるやつでしたっけ……?」

 覚え違いだ、と言われるのを期待した冬子だが、隊長は首を縦にふり、頷いた。

「そうじゃ。それよりもさらに何倍も大きいからな。易々と手を出すわけにはいかんじゃろ」

 納得したか、と隊長が問うのに、冬子は答えない。返事がないことを満足したためだと受け取り、隊長は自分の用事に意識を戻した。

 黙り込んだ冬子は、穴があきそうなほどに魔獣の姿絵を見つめている。一見、静かに見入っているようだが、その内側では強い思いが生まれていた。

 敵がいくら巨大でも、カノを助けるためには戦わなければならない。魔獣を倒すことが、カノを連れて帰るためにわたしにできる一番の仕事なのだから。

 そう胸の内で思いを新たにし、冬子はぐっと力強くこぶしを握りしめるのだった。

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