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三十六話

 テントに入るなり、冬子は積んである本を抱えあげ、他の山に積み上げた。その様子を見ているカノは、マイを抱えて入り口に立ち尽くしている。

「カノちゃんの布団、どれ?」

 本の山の広がりが半分になり、残った山の高さが倍になったところで冬子は聞いた。示された布団というよりは寝袋に近い布の塊を広げ、十分な広さがあることを確認する。それから冬子はカノを手招いた。

 冬子はカノを助けると決めた。決めたけれど、そのためにできることは多くない。唯一得意と言える魔獣と戦うことでさえ、魔獣が出てこないことには手の出しようがない。今日一日で、それがよくわかった。

 だから、難しい話は隊長たちに任せて、冬子はカノのことを考えることにした。カノの生活全般について、考えることにした。

 その結果まずできることは、と思いついたのがもこもこヒツジベッドである。

 そもそも、隊長のテントは人が暮らすのに向いていない。本の隙間に身を横たえて休むのは、いくら仮住まいだとしても体が休まらない。だから、苦情は覚悟の上で本をどけ、室内に人間用スペースを確保した。

 加えて、冬子の記憶が確かならカノは可愛らしいぬいぐるみの類を好んでいた。ランドセルにも動物をデフォルメしたキャラクターの飾りをぶら下げていたはずだ。それもまた、女子のようだとからかわれる原因であったが、今はその話は置いておく。慣れない生活の中に好みの家具があれば少しでも気持ちが休まるかと、マイを一匹いただいてきた。

 共にいられる時間が限られているからこそ、その時間はできるだけカノのために使うと決めた。

「カノちゃん、隊長のテントで寝てるんでしょ。慣れない布団だと寝にくいだろうから、せめて良いクッション使いなよ」

 そう言って広げたスペースを叩いて示す冬子に、カノは嬉しそうにふんにゃり顔をゆるめて笑う。

 そうだ、わたしはこの笑顔が見たかったのだ。笑いかえしながら、冬子は思う。

 彼のこの笑顔が好きで、もっと笑っていてほしくて、幼い冬子はカノのヒーローになろうと思ったのだ。

 懐かしい笑顔に、かつて抱いた気持ちが蘇る。胸に広がるその気持ちは、単純だからこその強さを持っている。その強さに抗わず身を任せた冬子は、小難しいことを考えるのは隊長やウコットに任せて、シンプルに行こうと決める。

 かつても今も、冬子の願いは同じだから。

「カノちゃんがずっと笑っていられるよう、頑張るからね」

 みんなの笑顔を守るヒーローに憧れた幼い自分は、カノの笑顔を守るカノのヒーローになりたいと願ったのだから。

 マイにもたれて、カノと楽しく話をする。食事、生活様式、日本とは違う場所での暮らしで驚いたこと。小学生だったころのように、何でもない会話で二人してけらけら笑う。

 そうしているうちに戻ってきた隊長はテントの中を見渡して、目を丸くした。冬子は勝手に本を移動させたことを怒られた。

 けれど、やかましくわあわあと文句を言う隊長の言葉をさえぎって、冬子は負けじと声を上げる。

 寝る場所さえ満足に確保できないのは、子どもの生活環境としてどうなのか。それ以前に整理整頓をしようという気持ちすらないのは、人として如何なものか。と問い詰めたところ、室内の物を移動させたことに関しては不問にすると、しぶしぶながら隊長に言わせた。そして、カノが過ごしやすいようにできる限りテント内を散らかさないことを約束させた。

 冬子と隊長だけの口約束では反故にされてしまうかもしれないと、無理を言って連れてきたイーラに証人になってもらう。仕事の合間に連れ出されて不服そうなイーラだったが、真面目な彼はしっかりと隊長を見張っておくと約束してくれる。

 勝手に持ち込んだマイに関しては、何か異変を感じたらすぐに知らせることを条件に許可が出た。喜ぶカノに、何となくでも気づいたことがあれば伝えるようにと言い含めると、また来るよと手を振って冬子は目を閉じた。

 そして目を開けると、そこは狭いながらも風呂、トイレと調理場のついた自室である。

 自分なりに作り上げた快適な部屋を見渡した。何かカノを喜ばせるための参考になるものはないかと、考える。

 さて、小学校低学年の男子が好むものってなんだろうか。冬子は考えながら、明日の準備を進めていった。


 カノが喜びそうなものを考えた冬子だったが、なかなか思いつかない。可愛いヒツジのもこもこクッションでネタ切れしていた。

 講義の合間に兄弟のいる女の子たちにも聞いてみたが、そんな昔のことは覚えていない、兄弟の好みなんて興味ない、という具合で参考になりそうな意見はない。

 そうこうしていると、少し間に悩んでいた冬子を心配してくれた同学部の男子に声をかけられた。これ幸いと男子の意見を聞いてみる。

 そんな冬子に周囲の女子は、自分から男子に話題を振るなんて進歩したね、と言い、良いことだと笑うのだった。

 冬子にしてみれば、用事があるから話しかけただけで、変わったつもりはない。けれど、目的があるから積極的に動けているのは、そのとおりだ。そしてその

目的を与えてくれたのはカノだ。

 幼いころにはヒーローになりたいという目標を与えてくれたし、やっぱりカノは自分にとって大切な友人なのだと再認識しつつ、手際よくアルバイトをする冬子だった。

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