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三十五話

 隊長のテントへ向かう途中、一番安全な場所ということでドウソの石の前にカノをおろす。ここならば再び魔獣が出たとしても、争いにはならないだろう。

 見る限りあたりに人の姿はないが、冬子は石に向かって声をかけておく。

「ドウソさん、おじゃまします。すぐ迎えにくるので、少しのあいだカノをお願いします」

 並んで石に頭を下げたカノが顔を上げるのを待って、冬子はシャツの下にしまっていた首かざりを引っ張り出した。ほんのり光りを放つ小さな火の玉をカノの首にかけて、その小さな両肩に手を置いた。

「これはお守り。わたしがいないあいだ、カノちゃんを守ってくれるから。戻ってくるまで持ってて」

 首飾りをそっと両手で包んだカノがうなずくのを確認し、ドウソの石から離れないよう念を押してから冬子はその場を後にした。

 空高く跳躍して、着地した勢いのままテントに飛び込んだ。テントの中では、隊長が忙しげに手紙を書いている。彼は騒がしく入ってきた冬子をちらりと見て、また手元に視線を戻した。

「カノはどうした」

 書き物の続きをしながら、隊長が言う。

 息は切れていないけれど、気持ちを落ち着けるために冬子はひと呼吸おいてから口を開いた。

「畑に魔獣が出たので、カノはドウソ神のところで待ってます」

 できる限り落ちついて聞こえるように言うと、隊長は手を止め顔を上げた。冬子は問われる前に答えられることを告げていく。

「魔獣は細長くて土の色をしてました。土の下を這いまわっていたから、ウコットと二人で退治したり捕獲したりして、全部、回収したはず。隊長に確認して欲しいから、迎えに来ました」

 冬子の言葉に隊長は立ち上がり、早足でテントを出る。彼が歩き出すのを引き止め、急ぐので乗ってくださいと背負って、跳んだ。

 野太い叫び声があがる。

 難なく着地した冬子の背中からおりた隊長は、少し目がまわったのかうなりながら何度か頭を振っている。跳ぶならひと声かけろ、だの走るんじゃないんか、だのぶつぶつとつぶやきながら歩き出す。

 はじめの一、二歩はふらついていたが、数歩歩けばもう回復したのだろう。しっかりとした足取りで畑を見て回り、真剣な表情で土を確かめている。紐にくくってある魔獣を見て、ウコットの話を聞いている。

 隊長とウコットの間で交わされる会話は、二人のやりとりが早い上に主語が抜けていることもしばしば。そのうえわからない単語が多いため、冬子はすぐに聞きとるのを諦めた。

 一人きりで残してきたカノのところに戻ろうと、静かに畑を後にする。

  畑を去り際に、マイを一匹いただいてきた。

 できるだけふわふわでもこもこなものを選んだので、すぐに地に落ちることもないだろう。

 カノの元へ歩く道中、紐の先に浮いたマイは道端の草を食べながら進む。冬子はだんだんヒツジの散歩をしている気分になってくる。

 ゆったりとしたマイの雰囲気に引きずられて、ついつい遅くなりがちな足を意識して早めた。そろそろ道ばたの石が見えるかと首をのばせば、そこにはカノだけでなく乳白色の髪をした男の姿がある。

 駆け寄って覗き込めば、地面に棒で格子を書き、⚪︎と×で陣取りをして遊んでいるようだった。

「ドウソさん、こんにちは。カノちゃんと遊んでくれてたんですか」

 向かい合ってしゃがんでいる二人に冬子が声をかけると、顔を上げないままに返事がある。

「いやいや、彼に教えてもらった遊びに付き合ってもらってるんだよ。ほんの九つの升目を埋めるだけだというのに、これがまたなかなか面白くてねえ」

 ドウソはそう言いながら升目の一つに×印を書き、カノの出方を見つめている。

 小さな手がいびつな⚪︎を書くのを見て、気さくな神さまはうなり声をあげた。

「うーん、また引き分けかあ。さて、迎えも来たことだし、そろそろおしまいにしなくてはね」

 手にしていた棒を放って立ち上がったドウソが石に向かう。それを見て、帰ってしまう前にと冬子は慌てて声をかけた。

「あの、遊んでくれてありがとうございました。おかげで、カノちゃんも安全な場所で楽しく過ごせたみたいだし」

 お礼の言葉を述べると、石の横に立ったドウソはくるりと向きを変えた。顔の前でひらひらと手を振り、笑顔で口を開く。

「わたしのほうこそ、楽しませてもらったよ。道の上を平らかに保つのがわたしの数少ない特技だからね。大いに利用してくれていいよ」

 そこで言葉を切ると、カノの胸元を見て袖に手を差し入れる。

「もっとも、その灯し火があるならわたしの元に居なくとも大丈夫だけれどね」

 でも来てくれるのだったら歓迎するよ、とドウソは笑う。嬉しそうにまた来ます、と言うカノにまたね、とひらりと片手を振って今度こそ冬子たちに背を向けた。

 瞬きの間にいなくなった人影を見送り、カノの胸元で揺れる灯し火に目を向けた。けっこうちゃんとしたお守りなんだと冬子は思い、やはり一緒にいない間はカノに持たせておこう、と決める。

「そのお守り、やっぱりカノちゃんが持ってて。大事にしてね」

 傷ついたり火が消えたりしないように、カノの服の下にすとんと入れておく。それから冬子は手にしていたマイに少年を乗せて、テント目指して歩いて行った。

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