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三十話

 冬子とトーカが話しているうちに、花守りの硬直が解けたらしい。

 花守りはそっと自分の手を引き、逆に花の神の手を包みこむ。

「俺はあなたを守ると言いながら、あなたの笑顔ひとつ守れずにいる」

 真剣な声で語られる花守りの言葉に、冬子はどきりとする。守ると言いながら逃げ出そうとしている自分に気が付いてかいないふりができなくなって、苦しくなる。

 冬子がうつむいている間にも、花守りは続ける。

「あなたのために何もできないくせに、性懲りもなく側にいたいと思ってしまう。必要とされたいと思ってしまう」

 誰かに必要とされたくて、自分でも役に立てることがあると信じたくてカノの名を呼び、冬子はここに来た。最強になれるこの世界が嬉しかったのに、ここでもうまくいかないことだらけで。

「俺は、誰かの手を借りねばあなたの思いも正しく理解できぬほどの愚か者だ」

 花守りは苦しげに言う。うまくいかなくて、苦しくて、冬子は逃げだした。花守りも己を省みて、下を向いてしまうのだろうか、とそっと冬子は視線を向ける。

「それでも」

 しかし、花守りはうつむかない。

「それでもあなたが許してくれるなら、まだここに居てもいいだろうか」

 面に描かれたひとつの目で花の神をまっすぐに見る。彼はまだ自分を諦めていない。

「あなたのとなりで花守りを名乗ってもいいだろうか

 そう言うと、花守りはじっと花の神の返答を待つ。

 見守る冬子も緊張してきて、こぶしの中に汗がにじむ。きょとんとした顔の花の神は、花守りの顔を見て握られた手を見て、また花守りを見た。

 花開いた。

 彼女の顔は、まさにその表現があてはまるように表情を変えた。驚いた顔がじわじわと喜色を浮かべ、満面の笑みになる。その様は、まるで花が咲くかのようであった。

「おお、咲いたな」

 花の神に見惚れていた冬子は、トーカの声で我に帰る。となりに立つ少年が指さす方に視線をやれば、そこには花、花、花。

 花の神の木につくつぼみが花開いていた。いや、今まさに次々と花開いている。

 葉のない、寒々しい枝が見る間に美しいうす紅色の花びらに覆われていく。あっと言う間に丘の上の巨木を染めた花は、しかしそこで止まらなかった。

 うす紅が坂を下っていく。

 色味のない、淋しげな気配を漂わせていた街に一気に春がきた。

 波のように広がっていくうす紅色と共に、冬子の内でも高揚した気持ちがぐんぐん広がっていく。熱いものが胸に込み上げてくる。

 満開の花の海を楽しげに泳ぐ花の神と、それを見上げて口元をほころばせている花守りを見ていた冬子は、胸からあふれた暖かいもので全身が満たされていくのを感じた。その熱は、苦しいほどに冬子の気持ちを急き立てる。

 カノのところに行こう。

そんな思いが、さっきまでとは違う苦しさを感じる胸にすとんと落ちてきた。


 トーカと連れ立って花咲く街を練り歩き、冬子は花を楽しんだ。

 丘の上では優しく柔らかい花弁を見せていた花は、坂を下るほどに姿を変えていく。

 陽光をさえぎるほどにたくさんの木が生えた街では、薄暗い闇に淡く輝く夜桜風の景色を見ることができた。それぞれの木で揺れる火の玉が提灯の役割を果たしており、怪しくも美しい花の姿に酔いしれる。花を目当てにやってきた人びとは手に手に盃を持ち、花を肴に一杯やっていた。

「わたし、そろそろ帰るね」

 満開の花に飲み込まれた街をひとめぐりした冬子は、花守りたちに向けて言う。

 本音を言えばまだまだ花に見とれていたいが、どこかで踏ん切りをつけなければ、自分自身に言い訳をしながら逃げ続けるとわかっていた。

「そうか、少し待ってくれ」

 冬子の言葉にうなずいた花守りは、そう言って神の木を軽くこつこつと叩く。 

 すると、花の海を泳いでいた花の神が尾びれをふわりとなびかせ舞い降りてきた。そして、両手ですくい持ったなにかを冬子に差し出してくる。

「これは……? 」

 手のひらの上で淡く光る、小さな火の玉。木々を照らしていたものよりふた周りほど小さいが、明かりの優しさは変わらない。

「花と俺から、感謝の印に。新しく灯った火だから少し小さいが、もらってほしい」

 花守りが話す横で、トーカがうむうむとうなずいた。

「小さくともトーカの灯し火であるから、フユコを守りあたりを照らすだろう」

 相変わらず持って回ったような言いまわしをする少年だと笑いながら、お守りのようなものかと冬子は納得する。

「だったら、遠慮なくいただきます。ありがとう」

 冬子が言うと、花の神が小さな灯し火をそっと冬子の首元に放す。すると、灯し火は瞬きする間に首飾りとなって、淡い光を放ちながら冬子の胸もとで揺れていた。

 小さなお守りひとつでも、彼らとのつながりを持っていられることが嬉しくて、冬子の胸がほうっと暖かくなる。

「ありがとう。花の神さま、花守りさん。ずっと仲良くね。トーカも、元気で」


 坂を下りてしばらく歩いた冬子は、足を止めて振り向いた。花に包まれた国を去り難くて、もう少しだけ、と花をながめる。

「きみの進む道は、こちらだよ」

 不意に、たたずむ冬子にかけられた声。

 驚いて辺りを見回せば、そこにはドウソの姿があった。

「あれ、なんでここに……? 」

 知らぬ間にナバギの近くまで帰ったのかと冬子は周囲に目をやるが、花の国はさきほどと変わらない場所に見えている。

 どういうことかと首をひねる冬子に、ドウソは笑って答えた。

「私は道のあるところならば、どこにでもいるよ。 さあ、ナバギはこちらだ。進みなさい」

 優しくも力強いドウソの声に背中を押され、冬子は花咲く国に背を向けて、足を踏み出した。

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