二話
冬子は布団の中で頭を抱えていた。
「恥ずかしい…」
意気揚々と力くらべを挑んでおきながら、スカッとはずした。構えた腕はものの見事に素通りして、冬子の体はイノシシの牙に引っ掛けられて跳ね飛ばされた。はたから見れば、空にはきれいな弧が描かれていただろう。
思い出せば、いくら夢の中とはいえ赤面せずにはいられない。
「あー、でも気持ち良かったなあ。思ってるとおりに体が動くんだもんな」
冬子は布団に寝転び、手のひらを閉じたり開いたりする。
さきほどまで感じていた満ちあふれんばかりの力は、もうそこに無い。力強さなどみじんもなく、かといって格別に美しいわけでもない、ちっぽけな自分の指があるばかり。
自分を強い人間だと信じ、いじめっ子を追い払えていたのなんて、小学生男子に成長期が来るまでのほんの二、三年だけだった。
周囲が成長してしまえば、冬子はあっという間に小さく力も弱い部類になってしまった。
けれど、カノが知っている自分は最強のままだろう。
「カノちゃん、小三の時に引っ越しちゃったもんな……」
親の仕事の都合だと言っていた教師の言葉は覚えているが、幼かったためか引っ越し先は記憶になく、その後の動向も知らない。
今ごろ、どうしているのやら。などと、とりとめもなく考えながら手にした携帯電話の示す時間を見て、冬子は思わず瞬きをする。
「え、もうこんな時間? 」
時刻は十一時過ぎ。常であれば、日曜日は八時に起きている冬子にしては珍しい寝坊であった。
「昨日は早めに寝たのに」
睡眠の質が悪かったのかな、と思いつつ、冬子は特に気にとめず布団を出る。
白シャツ短パンの寝巻きを着替えると、いつもの日曜日のように洗濯をし、掃除をしてしまおうと動きはじめるのだった。
日曜日の夢で暴れたおかげで、週のはじめをすっきりした気持ちで迎えることができた。
このまま気分よく過ごせるといいな、と思っていた冬子だったが、そううまくはいかなかった。
講義の内容について行けず、出された課題を終わらせるために大学内の図書館で夜を迎えることになった。
そのせいで同じ学部の女子に誘われていたケーキ屋に行くことが出来なくなって、申し訳なく思いつつ疲れて夢も見ずに眠る。
その翌日、女の子たちはケーキ屋に行った際に学部の男子を誘って遊ぶ予定を立てたらしく、講義の休憩時間に行き先などについて楽し気に話しており、関わりのない冬子は会話に入っていけないでいた。
着飾るタイプではないし、可愛らしい女子として異性と過ごすのは苦手であるが、誘われもしなかったことは寂しく思う。
その晩、夢を見たような気はするが、起きると共に霧散してしまう類の夢であった。
そんな調子でいまいちついてない平日をやり過ごし、何となく気分が晴れないまま迎えた土曜日のアルバイトでは、またしてもおばちゃんのありがたくない一言をいただいた。
「バイト中にむだ話ばかりして。彼氏探しは大学の中でしてちょうだい」
なんの話かと思い小言の内容をよく聞いてみると、アルバイト先にいる違う学部の同学年男子と話していたところを見たらしい。共通科目の講義変更について確認するため、一言二言交わした程度である。しかし、仕事に関わりのない話をしていた点は否定できない。
冬子は言い訳せずに謝って、以降の小言も大人しく聞いておいた。
自分にも非はあったと思うが、そこまで目くじら立てなくとも良いのでは、ともやもやしたものを抱えて帰宅した。
帰り着いて、暗い部屋に明かりをつける。
座椅子に腰を下ろすのと同時に、思わず漏れたため息が一人暮らしの部屋にやけに大きく聞こえた。
ため息の余韻も消えると狭いはずの部屋が妙に広く、寂しく感じて、ついひとり言をこぼしてしまう。
「カノちゃんと遊んでたころは、男女の垣根なんか気にしないで、いられたのになぁ」
一緒にいて楽しいかどうかだけで、友だちを選べていた気楽なころが懐かしい。
ぼんやりと座ったまま、帰れない過去を振り返る。
気持ちが塞いで食欲もわかず、手早くシャワーを浴びると、冬子はさっさと布団に潜り込んだ。
(この間みたいな夢で、スカッとしたいなあ。また見られないかな……)
そんなことを考えながら、眠りについた。