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二十八話

 広場を目指して丘をくだる。

 歩きながら目にする人びとは、花守りが言っていたように花を見るために他国から集まってきたのだろう。それぞれに特徴のある服が行き来するさまは、祭りの会場を思わせた。

 出店があれば完ぺきなんだけど、と冬子はつい目で探してしまう。

 見たところ、店ではないけれど民家の縁側が休憩場所になっているようだ。木に隠れるように建つ家の縁側が開放されており、訪れた人たちはそれぞれに座って休んでいる。

 大荷物を背負って玄関を叩く人の姿も伺えることから、民家が花の季節限定の宿泊場所も兼ねているのかもしれない。

 そんなことをつらつらと考えながら歩いていた冬子は、明るくひらけた場所に出た。日光を遮っていた木が途切れたためかと思い近づくと、どうやらそれだけではないようだ。

 広場の中央にひときわ明るい火があった。

 冬子の目線より少し上、なにもない中空に浮かんでゆらゆらと燃えている。揺れる灯し火のおかげで広場は明るく照らされていた。

「どうなってるんだろ、これ」

 浮かぶ火に吸い寄せられるように、冬子はそっと手を伸ばして驚いた。

「熱くない」

 火に触れそうなほど手を近づけて、ようやくほんのりと暖かさを感じる。

「それは普通の火ではないのでな」

 冬子が異世界の不思議に感心しながら火に魅入っていると、声をかけてくる人がいた。

 声のした方を振り返ると、そこには小さな男の子の姿がある。年の頃はカノと同じくらいだろうか。やけに眼光鋭い少年は、冬子の肩越しに浮かぶ灯し火を見てほんの少し目つきを柔らかくした。

「しかし、このような装飾をつけた覚えはないのだが」

 そう言って少年は冬子の隣に並び立つ。そのとき、冬子は彼の左肩にも揺れる火の玉があることに気がついた。

 少年が灯し火に左手を伸ばす。

 すると、彼の肩口に揺れていた火がすべるように腕をのぼり、灯し火の周りをぐるりとまわる。

 少年の火の動きにあわせて、きらきらと輝くものがある。じっと見つめていた冬子は、火を囲うようにきらめく小さな玉に気がついた。

 これが花守りが言っていた物だろうか。思っていたよりも小さく、また数も多い。彼がうす紅と表現していた宝玉は、冬子にはもっとはかない色をしているように見えた。

「あー、それたぶん、丘の上の木の神様がくれた宝玉だって。花守りさんがそこに飾ったみたい」

 冬子が言うと少年はふうん、と鼻をならした。彼の手に戻ってきた火の玉が肩のあたりでふるふると揺れる。

「手に取っても問題無いようだな。娘、頼む」

 冬子を見上げながらの少年の言葉に、これはまた見た目と中身の差異が激しそうな子が現れたな、と思う冬子であった。

 冬子は灯し火に絡みつくように浮かぶ宝玉へ、恐る恐る手を伸ばす。

 熱くないと頭ではわかっていても、視覚的には燃えている火に触れるのは恐ろしい。まずは一つ、とそうっと指先で玉をつまみ、取り上げる。

 すると、冬子が腕を引くのにあわせて他の宝玉もついてくる。玉に穴など見当たらず、紐でつながっている様子もないのに不思議なことだ。

 さすがは神さまの宝玉だ、と感心しながら冬子はするすると引っ張っていく。

 最後のひとつが灯し火から離れると、連なった宝玉はするりと冬子の腕に巻きついた。声をあげる間も無く、うす紅の腕輪が手首を飾る。

「なに、これ……」

 どうしたものか、と困惑しながら冬子は腕輪を眺める。先ほどまで灯し火を取り巻いていた宝玉は、あつらえたように冬子の手首にぴったりの腕輪になっていた。

「失礼する」

 固まってしまった冬子にひと声かけてから、少年が腕輪に手を伸ばす。

 幼い指先が存外器用に宝玉をつまみ引っ張ると、紐のない腕輪はするすると冬子の手首から外れていく。

 連なる玉が手首を完全に離れた瞬間、玉をつまむ少年の手首に巻きついた。不思議なことに、冬子よりも細い少年の手首にあっても、その腕輪はやはりぴったりとちょうど良い大きさになっている。

「はー、不思議なもんだねー」

 冬子が感心しながらまじまじと見ているうちに、少年はふたたび灯し火に腕輪を浮かべた。

 そうして改めて見てみると、宝玉間のすき間が広いためにわかりづらいが連なる玉は輪を描いて浮かんでいる。

「ふむ。花の神が授けた物は、宝玉というより腕輪と言ったほうが正しいようであるな」

 宙に浮かぶ灯し火に照らされながら言った少年は、うむうむと数度うなずいてからはて、と首をかしげた。

「しかし、宝玉が腕輪であったとわかったところで、花の神が姿を見せなくなった理由、および花が咲かぬ理由の解明に至らぬか」

 少年がそう言ったのを聞いて、冬子はおや、と意外に思う。

「もしかして、花守りさんが助けを求めた知人ってきみのこと? 」

 少なくとも冬子より年上だろう花守りと、この小さな少年が親しくしている姿は、想像しづらい。

 しかし確認の意味で聞いてみれば、少年は当然のようにうむ、と力強くうなずいた。

「いかにも、トーカは花の神およびその守りひとつ目の知人を自負する者である」

 肩の上の火を揺らめかせ、少年は胸を張って名乗る。

 その堂々たるや、決して冬子の胸ほどまでしかない子どもには思えない。花守りと対等につきあう少年の姿が、けっこう簡単に想像できた冬子であった。

 ともかく花守りの話しを聞いて花の神にも会いたいと少年が言うので、冬子は彼と連れだって丘を登ることにした。

「そういえばさっき言ってたけどさ。花守りさんの名前って、ひとつ目っていうの? 」

 坂道を登りながらでも疲れもせず、息切れもしないでおしゃべりに興じることができる。最強補正のおかげだな、と心のすみで感謝しながら冬子は少年に問うた。花守りは役職名だろうか、とあたりをつける。

 しかし、少年はふるりとかぶりを振って冬子の予想が外れていることを示した。

「花守りに名前はない。便宜上、見た目からひとつ目と呼んでいるだけのこと」

 少年の言葉に、冬子はふうん、とわかったようなわからないような返事をする。

「あー、だったらきみの名前はトーカで合ってる? トーカくんって呼んでいいかな」

 花守りは花守りで通じるようなので、冬子は今後もそう呼ぶことに決めた。本人が希望するならばひとつ目と呼べばいいだろう、と思考をうっちゃった。

「トーカはトーカだ。だが、呼び名にはこだわらないので好きに呼ぶといい」

 いよいよ少年の言葉が理解できなくなってきたぞ、と冬子は困る。

 しかし、ここであいまいにでも納得してみせては負けのような気がして、会話をつないだ。

「えーと、もしかしてトーカも花守りさんといっしょで、名前がない人? 」

 冬子がなんとかひねり出した質問を少年は小首をかしげて打ち砕く。

「トーカはそもそも人ではない。ならば何かと聞かれれば、明確に答えるのは難しい」

 少年の言い回しは、いちいちわかりづらい。

 もーわけわからん、と冬子は大人しく敗北を認めて彼の言葉を丸ごと飲み込むことにした。

「わかった。なら、わたしはきみのことをトーカって呼ぶ。それから、わたしの名前は冬子。便宜上でもなんでもなく冬子だから、そう呼んで。それでいいよね」

 疑問系にすらせず冬子が言うと、少年はにこりともせずうなずく。

「うむ、冬子。ならばひとつ目が待っているであろうから、花の神の元へ行こうか」

 そう言って急かすトーカに足を早めて応えながら、冬子はまた懲りずに問いかける。

「トーカは花の神さまって言うんだね。丘のてっぺんの木が神さまなら、木の神さまじゃないの? 」

 小柄なわりに体力はあるのか、難なく冬子と並んで坂を登りながら少年は答える。

「木の神であることに相違ない。しかし、一度でもあの花の咲く様を見た者は、花の神と呼ぶであろう」

 言いながら、花が咲いたときの光景を思い出しているのだろう。トーカの無愛想な顔が、わずかにほころんでいる。

 それを横目に見ながら、そういえば花守りも木の神さまのことを花と呼んでいたなと冬子は思い出す。

 それほどに見事な花ならば、ぜひ見てみたいと坂をのぼる足に力が入る冬子だった。

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