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二十四話

「隊長! 」

 駆け回る男たちの間を縫って走り、飛び交う怒号に負けじと声を張った。

 隊士たちに指示を出していた隊長が振り向いて、冬子に気がつく。次いで、その腕に腰かけたカノの姿を目にして眉をよせた。

「カノも連れてきたのか……。いや、天幕も安全とは言えんから、そのほうがいいか」

 隊長はぼやくように言って、ひとつ頭をふり思考を切り替え、ひょいと手を伸ばして近くにいた隊士の連れていたユウの手綱を奪うと冬子のほうへ押し出した。

「カノはこいつに乗せておけ。いざとなったら、勝手に逃げてくれるじゃろう。振り落とされなけりゃ誰かが保護しにいくから、しがみ付いとくんじゃぞ」

 後半はカノに向けて言う。

 冬子がカノをニワトリの魔獣に乗せ、しっかりと固定したことを確認した隊長は苦い顔で冬子を見た。

「詳しく説明しとる時間がないから、最低限だけ伝えるぞ」

 頷く冬子を目の端に映しながら、草原に視線を向けて隊長が言う。

「今、わしらは二種類の魔獣の群れに襲われとる。ひとつは長い手足と鋭い牙を持つ魔獣、ウメク。かなり素早い上に不規則な動きをする。もうひとつは四つ脚の魔獣、ジュツ。あれの吠え声には気をつけろ。声を浴びると枯れてしまう」

 彼の視線の先では、サルに似た魔獣とイヌのように駆け回る魔獣の群れが暴れ回っていた。

 縦横無尽に駆け回る魔獣の合間に、必死に戦う隊士たちが見える。その姿をじっと見つめ、隊長は冬子に頭を下げた。

「すまん、わしらを助けてくれ」

 カノを隊長に任せ、冬子は魔獣のただなかに飛び込む。先ほど説明されたとおり、そこでは二種類の獣と隊士たちが混戦状態にあった。

 折りたたまれた脚をバネにして縦横無尽に跳ね回り、異様に長い腕を振り回して隊士たちを蹴ちらすのはウメク、サルに似た魔獣だ。姿はサルによく似ているがその顔は能面の翁のようで、どれほど暴れまわろうとも薄く微笑みを浮かべたような表情が変わることはなく、うす気味が悪い。

 四つ脚で地を蹴り、周囲の隙をみては吠え立てているイヌに似た魔獣がジュツだろう。吠えられた隊士が避けた箇所に生えていた草が、見る間に枯れていく。あれが人に当たったときどうなるか冬子には予想できないが、隊長が注意するのだから良くないことが起きるのは確実だ。

 冬子が魔獣の群れに飛び込むとすぐに、背後で甲高い笛の音がする。それが合図になっていたのだろう、魔獣と戦っていた隊士たちが後退していく。

 混戦状態の中、人を気遣いつつ戦うなんて器用なことは冬子にはできないため、隊長に頼んでおいたのだ。

 負傷して逃げ遅れる隊士を数人、背負って移動させた冬子は、戦線離脱をはかる隊士を追って牙をむくジュツを槌で殴り飛ばす。

「あんたらの相手は、あたしがするよ! 」

 振り抜いた反動に逆らわず空中で一回転した勢いのまま、飛びかかってきたウメクに向けて槌を振るう。

 殴られたウメクは長い腕をだらりとなびかせ吹き飛んでいった。その途中、不意に体がぐるんと回り、ウメクの姿は音もなく消える。

 その瞬間を目撃した冬子は、顔をしかめて辺りに視線をやった。

 先ほど殴り飛ばしたジュツが地面に倒れているのが目に入ると同時に、その姿は砂のようにぼろりと崩れて消えた。

 驚いた冬子が周囲を見回すと、地面に倒れているのは人ばかりで魔獣の姿はない。

 初めて戦ったイノシシ魔獣のときには気がつかなかったが、魔獣は倒すと消えるのだろうか。あるいは、この二種類の魔獣に限ったことなのかもしれない。

 ずいぶんとファンタジーな仕様だが、冬子にとってはありがたい。生き物の死骸を見ることなど稀な現代人であるから、屍の山を築くことには抵抗がある。

 屍を見ずに済むならば、ゲームをしているような気持ちでためらいなく戦える。

 隊士たちが撤退したことを確認し、冬子は改めて槌を構え直す。

「遠慮なくやらせてもらいますよ、っと! 」

 言いながら手近な魔獣に向けて槌を振りかぶり、殴りかかる。

 まずは魔獣たちを自分に引き寄せるため、冬子は手当たり次第に攻撃を加えていった。

 犬猿の仲だなどと言うが、どうやらこの魔獣たちには当てはまらないようだと冬子は思う。

 近くにいるウメクめがけて槌を振るうも、相手の素早さと不規則な動きに翻弄されてなかなか当たらない。そして空振りして足が止まったところに、ジュツが吠えてくる。

 ならば、とジュツを狙って攻撃しようとすると、冬子が槌を振りかぶったところにウメクが飛びかかってくる。

 仲が悪いどころか上手に連携をとっているじゃないか、と誰に向けてか冬子は腹をたてた。攻撃が当たらないことに対するただの八つ当たりだ。

「このっ! 当たりなよっ! 」

 苛立ちを込めて槌を振り下ろすも、空を切る。

 魔獣たちが群れていたときは、槌を振るえば誰かしらに当たっていた。そうして見る間に数を減らすことができたのだが、だんだんそうもいかなくなってきた。

 敵の数が減ったことに加えて、冬子の動きに魔獣たちが慣れてきたのだろう。どうにも、冬子が槌を振るう瞬間を待たれているような気がする。

「っし! 当たりっ」

 それでも懲りずに振り回していれば、ようやく手ごたえがあった。

 思わずガッツポーズをとったのがいけなかったのだろう。殴り飛ばした魔獣が消えた向こう側に、口を開けたジュツが見えた。

「っ! 」

 声をあげる間もない。なんとか左腕で顔をかばうのが精一杯だった。

 吠え声を正面から浴びる。

 顔の前にかざした左腕から力が抜けるのを感じて、反射的に飛び退った。

 力の入らない左手をぶらつかせながら、跳躍してジュツの背後にまわる。槌を振るうのは右手だけで十分だ。

 一瞬の後、吠えた魔獣は地面に転がり崩れて消えた。

 それを視界のすみで確認してから視線を左腕に移し、冬子はがくぜんとする。

 左のひじから先が、枯れ枝のようになっていた。

 痛みはない。だが、感覚もない。

 ジュツの声を浴びた部分なのだろう。ひじから先は炭のように黒くなり、草が枯れるように枯れていた。

 隊長が気をつけろと言っていたのはこれのことだ、と頭のすみで思いながら冬子は呆然とする。

 そこへ、ウメクが飛びかかる。

 顔を引っ掻き、腕を掴んで引きずり倒す。

 痛みに体を丸めた冬子が起き上がれないでいるうちに、ジュツが飛びかかり腹に噛み付いた。

 衝撃。熱い。痛い。怖い。

 混乱した冬子が闇雲に振り回した槌がジュツをはね飛ばす。顔を流れる血が視界をさえぎり、右目が見えない。

 顔を拭っている間に、飛び退いていたウメクが冬子の背中を切り裂く。

 熱い。なにこれ。嫌だ。助けて。

 攻撃することも忘れ、武器も手放し冬子は必死に体を丸めた。そこへ魔獣の群れがこぞって襲いかかる。

 恐怖に溺れた冬子は、雄叫びをあげながら魔獣に向かう隊士たちに気付くことなく、意識をなくした。

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