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二十三話

 周囲の空気が変わったことに気がついた冬子は、いつものようにへらりと笑ってあいさつをしようと目を開けて、固まった。

 薄暗いテントの中、頭を抱えてうずくまったカノのしゃくりあげる声がする。

 何事かと焦り、説明してくれる人を求めてあたりを見回した冬子だったが、そこに他の人の姿は無く。ただ、なにかテントの外が嫌なざわめきに満ちている気配が漂っていた。

「……カノ? 」

 冬場が小さな声で呼びかけると、カノは肩をびくりと震わせて顔を上げる。その青ざめた頬を涙がぽろぽろと転がり落ちるのが見えて、冬子は眉を寄せた。

「カノちゃん、どうしたの。何があった」

 声を固くして冬子が問えば、カノはかぶりを振りながらつっかえつっかえ答える。

「よく、わからないけど、寝てたら急に隊長さんに起こされて。外が騒がしいから見てくるって言うから、ぼくひとりで待ってたら、隊長さん戻ってきて、武器とかいろいろ持って、また出てったの。危ないから、ぼくはここにいて冬ちゃんが来るのを待てって言って」

 鼻をぐずり、と鳴らしてカノは続ける。

「隊長さんの服、血がいっぱいついてたの。真っ赤になってて、隊長さん怖い顔してた」

 言いながら、その姿を思い出したのだろう。カノの目に涙があふれ、肩がふるえる。

「隊長さん、ケガしてたのかな。何があったのかな。怖いよ、ふゆちゃん……っ」

 涙と震えの止まらないカノを冬子はとにかく抱きしめて、なだめるように頭をなでた。彼の話では現状は何もわからなかったが、良くないことが起きていることだけは伝わってきた。

 血まみれになって帰ってきたという隊長も気にかかるし、何が起きているかも知りたい。いつ戻るともわからない人を待つのは、冬子の性に合わない。

 抱きしめた小さい体をそっと離して、冬子はカノと額をあわせる。

「カノちゃん、わたしが外を見てくるよ。何があったか、隊長はどうしてるか、見てくる。だから」

 ここで待っていてほしい。そう続けようとした冬子に気がついたのだろう。カノが自分の肩を包むその手を握りしめる。

「ぼくも、行く。いっしょにいてよ、ふゆちゃん! 」

 すがる手に、冬子の逡巡は短かった。

「わかった。一緒に行こう」

 握りしめられたカノの手をそっと外すと、冬子はその肩にマントを着せた。自分も白いマントを羽織ると、留め具の具合を手早く確かめ、さまようように上げられたままだったカノの手をとる。

「さあ、行こう。大丈夫。カノちゃんはわたしが守るから! 」

 

テントの外ではすでに白々と夜があけ、朝日を待つ大地がどこかよそよそしく広がっていた。

 本来であれば、静謐な空気が支配しているのだろう。けれど、今朝に限っては血相を変えた男たちがその静けさをかき乱して走り回っている。

 誰かに声をかけようと口を開いた冬子だが、険しい顔をした彼らの気迫に気圧され、ひと言目がなかなか出ない。誰もが血や泥でその身を汚し、抜き身の武器をさげているのも声をかけ辛くさせていた。

 あたりの空気に怯えたのか、カノが繋いだ手に力を込める。つられて見下ろしたカノのすがるような瞳に、冬子はためらいを投げ捨てた。

「あのっ、ルゴール隊長はどこに? 」

 意を決してテントの近くを走り抜けていく男に声をかければ、男は冬子たちを一べつして後方を指差す。

「畑の先、一番荒れてる箇所だ」

 それだけ言って走り去っていく。何が起きているのかも聞きたかったが、もう男の姿は見えない。

 自分の目で確かめに行くしかないか、と冬子は腹をくくった。

「カノちゃん、しっかり捕まってて」

 冬子は左腕にカノを座らせ、右手に槌を持つ。本来であればカノ一人を抱えるので精一杯だろうが、最強補正のかかった今は、なんの苦にもならない。

 はた目にあり得ない光景になっているだろうな、と場違いなことを考えながら、冬子は地を蹴った。

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