二十二話
西日の差し込む部屋の中。冬子は布団に半身を起こして座り、伸びをしながらつぶやく。
「もっと早く帰れば良かった……」
結局、一匹のマイでは植物の生育促進効果はないことがわかった。
ならば次は群れをそのまま畑に広げればいいだろう、と冬子などは思うのだが、隊長やウコットはそうではないらしく。一頭ずつ増やしていくべきだ、とか群れのマイはすべて同じ能力があるか調べるべきだ、と言い、終いには水を入れた畑の場合なら一頭でいけるのか調べよう、などと本末転倒な議論をはじめてしまった。
しかし、カノは移動で疲れたのか召喚しっぱなしで疲れたのか眠たげな様子を見せており、冬子もそんな悠長な実験に付き合うつもりはなく。ネスクは苦笑いを浮かべるばかりで止める様子がなかったため、冬子は二人が話に夢中になっている隙に、マイのつまった網を丸ごと畑に押し付けてやった。
それに気づいた隊長とウコットがわあわあと文句を言っていたが、あの世界に限っては冬子に怖いものなどない。
二人の言葉を聞き流しているうちに、魔獣が力を発揮しはじめた。
マイの群れが覆っている箇所の畑の土がほっこりと和らいできたかと思うと、明るい黄色の芽が顔を出す。
最初はぽつり、ぽつり。あっちに一つ、こっちに一つ。
しだいに勢いを増して、ぽつぽつ、ぽぽぽぽぽっ。
見る間に畑は黄色い新芽で埋め尽くされた。
冬子とカノは急激な芽ぶきにあぜんとしたが、超常現象はそこで終わらない。
柔らかく頼りなげな新芽から、若い緑の葉が伸びる。
ちんまりとした若葉は、見る間にしゅっと伸びて畑を緑で覆い、そして株を増やしていき、不意に生育を止めた。
首をかしげる冬子たちの横で、しゃがみこんだ隊長が土をひとすくい手にとってうなる。
手のひらに乗せた土は指の間からさらさらとこぼれ落ちるほどに乾いていて、水が足りんかったのか、と隊長がつぶやいた。
それからまた隊長とウコットが何やら議論をはじめたため、いよいよ付き合っていられないとカノをネスクに任せて冬子は帰ってきたのだった。
その際、めえめえ鳴いているマイの群れは網ごとネスクに押し付けてきた。彼は人が良いのか面倒見がいいのか、ため息をつきつつカノも魔獣も預かってくれた。
ついでに熱い議論を交わしている二人組もよろしく、と言えば、さすがに迷惑そうな顔をしていたが。
「実験はわたしがいないうちに好きなだけしてくださいな、と」
冬子は歌うように言って、日常生活に戻るべく家事の段取りを考えはじめるのであった。
明けて月曜日。講義の合間に苦手にしている男子たちと言葉をかわす機会があったが、冬子は自分で驚くほど会話が苦にならなかった。
彼らが何を言おうが、ウコットのことを思えば何のことはない。言葉の端々に匂わせてくる悪口も小学生が言うようなレベルで、気にもならない。出会い頭から人をけなし、発する言葉のほとんどが悪意から出きているような人とは比べものにならない可愛さだ。
垢抜けてなかろうが、器量が悪かろうがそんなことは好きに言うがいいさ、と受け流すことができた。
だからと言って、ウコットに感謝をする気持ちはみじんも湧いてこない。
ただこれまで耳障りだった雑音が気にならなくなったことで、冬子の気持ちは凪いでいた。
穏やかな気持ちで受けた講義はいつもより頭に入りやすくて、一番苦手な講義でさえも理解できた気がした。
タイミングの良いことにその苦手な講義において、次回の講義で理解度を確認するための小テストを行うと教授が言う。
これは良い点が取れてしまうかもしれない、と冬子は密かに期待するのだった。
その他の講義も順調に終え、女子との付き合いも昼食を共にしたり時には遊びに出かけたりとほどほどにこなし冬子は土曜日を迎える。
これまでの経験から大学生活を順調に過ごせた週は、バイトの時間に嫌なことが起きると学んだ冬子である。
もしかしたら、男子たちが気にかからなくなったようにパートのおばちゃんの言葉も受け流せるかもしれないが、それを試すためにわざわざ嫌みを聞きたくはない。可能な限りパートのおばちゃんを避けて仕事をしよう、と冬子は決意した。
まずは出勤時間をいつもより早くする。普段は就業の五分前に用意が終わるように出勤しているが、それをさらに早めた。
そのおかげか、バックヤードの控え室で鉢合わせることなく冬子は仕事をはじめる。
ここで幸運なことにおばちゃんと関わりの薄い、菓子パンの仕事を割り振られる。
菓子パン担当は優しい女性の正職員で、パートのおばちゃんの嫌みや悪口を柔らかく受け流してしまう。自分のペースを乱されてやりにくいのかおばちゃんはその人を苦手に思っているようで、彼女の近くにいればちょっかいを出されずに済むのだ。
だからと言って、バイトの時間中ずっとその職員さんに張り付いているわけにもいかない。いつおばちゃんが隙をついて現れるかと気にしていたが、その日は幾度か姿を見かけただけで鉢合わせることはなかった。
今週はなんだかとてもついているな、と冬子は気分良く家路につくのだった。




