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一話

 夢から覚めたとばかり思っていたが、どうやら自分はまだ寝ていたらしい。

 冬子はそう結論を出した。

 なぜなら、目の前にかつての同級生であるカノが小学生当時の姿のままいるのだ。

 それだけでなく、見慣れない衣装をまとった人々が自分とカノを取り囲んでいる。見知らぬ人々は、ほとんどが男性のようだ。

 老いも若きもだぼっとしたズボンをはいて、マントのような布を羽織っている。マントを留めるためか鎖骨の辺りに飾りを付けている点は皆同じだが、その色も意匠も様々である。

「これが最強の召喚獣なのか、勇者よ」

 中でも豪華なマントを羽織っている一人が、眉をひそめてそう言った。

 自分に向けられた男の視線の中に蔑む色を見てとって、冬子はたまらず顔を伏せる。

 身体の芯が急に冷えていく気がして、寝巻きがわりにしている飾り気のない白いシャツの裾を握りしめた。

 立ち尽くす冬子の脳裏に、昨日のバイト先でのことが蘇る。


 いつも通りに仕事をしていたら突然、パートのおばちゃんに休憩室に呼び出された。

休憩室の扉を閉めるが早いか、おばちゃんは早口で冬子に対するダメ出しをはじめる。

「えっと…? 」

 腹立たしげに言われた言葉に頭が追いつかず、冬子は目を丸くする。

 ろくな返事もできないでいる冬子を置き去りに、おばちゃんはまくしたてる。

 仕事に関する自身の不満が混ざった言葉の羅列は、大部分が右から左にこぼれ落ちていった。

「こんな使えないバイトなら、やめてくれたほうが店のためになるわ」

 アルバイトをはじめてまだ数回、あまり感じの良い人ではないな、と思っていたが、こうもあからまさに否定の言葉を投げつけられるとは予想外だった。

冬子は突然のことに驚いてしまい、言われた言葉のほとんどは耳に残らなかったが、そう言ったおばちゃんの冷たい眼差しだけは胸にこびりついて、冬子の内側を冷やし続けていた。


(あの目にそっくり)

 冬子とて、自分が百人力の有能な人間ではないとわかっていた。

 それでも、せっかく雇ってもらえたのだからと出来る範囲で真面目に頑張っていたつもりであるし、多少の役には立っているつもりだった。

 けれど、自信をつける前にぶつけられた言葉のせいで、自分を肯定する気持ちはしぼんで消えかけていた。

 だからだろう。

「ふゆちゃんは、ぼくの最強のヒーローだよ! 」

 何のてらいもなく、そう言ってくれる人がいたころに帰りたくて、さっきの夢の続きを見ているのだろう。

しかし、いくら夢の中とはいえ、周囲にいる全員から見られていることに冬子は居ごこちの悪さを覚える。

 寝巻きがわりのシャツと短パン姿に裸足という自分の格好もきまりが悪い。

 夢の中くらい、もうちょっとおしゃれをしても良いのでは。とも思うが、自身の想像力が乏しいことはわかっているため、文句も言えない。

「勇者さま、召喚が無事に成功したこと、お祝い申し上げます」

 カノと冬子を囲っていた人垣から出てきた壮年の男が、そう言いながら歩いてきた。男は、最初に声をかけてきた偉そうな人物の横に並ぶ。

「さっそくですが、その召喚獣の力をお見せください。今まさに、この国は魔獣の脅威に晒されているのです」

 穏やかな表情をした男は、膝をついてカノと目線を合わせ言う。

「ふゆちゃんは召喚獣じゃないんだけど…でも、どんな敵でもやっつけちゃうんだよ! 」

 ね、と同意を求めるようにカノに笑いかけられるも、冬子の頭の中は疑問符しか浮かんでいない。

 しかし、説明などないまま話は進んでいく。

「では、勇者さま。あちらの山のふもとで討伐隊が魔獣との戦いへと向かっています。我が国の領土で群れなす魔獣を片付けるよう、あなたの召喚獣に指示していただけますか」

 男の言葉にこくりと頷いたカノが、冬子に顔を向ける。

「ふゆちゃん、おねがい。悪いやつをやっつけて! 」

 魔獣ってなんだ、こんなパジャマで戦えというのか。などと思いつつも、所詮は夢の中だと冬子は胸を張って引き受ける。

「まかせて、カノちゃん。わたしはカノちゃんの最強のヒーローだからね」

 冬子の返事に目をきらきらさせているカノに手を振って、人の輪を抜けた。あんなにも注目されていると、どうにも落ち着かない。

 せっかくの夢なのだから、現実ではできないことをしたい。そうなると、やはり空を自由に飛びたい、と考えて、冬子は軽く助走をつけてから地を蹴って跳びあがってみる。

「わあお」

 みるみる地上が遠ざかり、冬子は乾いた風の中にいた。

耳元で風がうなり、すぐにありえない高さまで到達する。跳躍の頂点まで達すると落下をはじめたが、難なく着地できたので再度跳びあがってぐんぐん進む。

 登場人物は友好的でなくて居ごこちが悪いし、ヒーローになれるなどと信じていたころを思い出すと恥ずかしい。しかし、空を跳べるのは悪くない。飛行ではなく跳躍なのが少し微妙だが、気持ちがいいから良しとしよう。

 この勢いのまま、魔獣とやらをやっつけてスカッとしてやろう。冬子は山のふもとで、今まさに開戦せんとしている一群の間に意気揚々と降り立った。

集まっているマントを着た男たちが、先ほど言っていた隊士だろう。突然降ってきた冬子に驚いているのか、なにやらざわついている。

 隊士たちとにらみ合っている敵は、イノシシに似た獣だ。これが魔獣だろう。

 冬子が知るイノシシよりも牙が多く、また長い。体長も、自動車くらいはあるように見える。

 自分より大きい獣というだけで、少し怖い。

 しかし、ゲームで見知ったモンスターのように狂気に染まった目はしていないし、何とかなるだろう。

「どうせ、夢だし! 」

 怖じ気づきそうな自分を鼓舞するために叫びながら、冬子はイノシシの群れに向けて飛びかかる。

 巨体ゆえに、狙いを定める必要はない。握りしめた拳を前に出すだけで、手近なイノシシが吹き飛んだ。

「あはっ」

 巻き起こる土埃を切り裂くように、ぐるりと回って足をのばす。

(一度はやってみたかった、回し蹴り! )

 漫画やアニメの見よう見まねであるが、さすがは夢の中。いい加減な挙動でも、おもしろいように敵が蹴散らされていく。

 調子に乗って手足を振り回していると、頭をぐっと下げたイノシシが視界に映る。

 背後に横たわる獣の山の向こうから討伐隊の人々が何事か騒いでいるが、不明瞭な声が聞こえるばかりで、冬子の元にその意味までは届かない。

「きなよ、イノシシ! 」

 冬子は息巻くイノシシと力くらべする様を思い浮かべ、両足で地面を踏みしめ、腕に力をこめた。

 眼前に迫る獣の牙。思っていたより尖っていないな、と場違いなことを考える。

 そして腕を伸ばした体勢のまま、冬子は跳ね飛ばされた。

体中に走る衝撃。

 遠のく意識。

 自分を見上げる討伐隊と目があった気がした瞬間、冬子の意識は途切れた。

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