十六話
木の実を摘んだ帰り道、ドウソはもう先ほどの場所には見当たらなかった。
分かれ道の彼が座っていたあたりには、代わりのように縦長の石が立っている。彼が気付くかはわからないが、その石の前に幅の広い葉を敷いて、木の実をいくらか置いてきた。お礼のつもりだが、何だかお地蔵さまのお供えみたいだね、とカノと二人で笑ってしまう。
もう一方の分かれ道に行ってみるかをカノと話したが、一度隊長すのところに戻ってからにしようということで意見がまとまった。
葉に包んだとはいえ、両手いっぱいに摘んだ実を持ったままでは何をするにも邪魔になる。
風に吹かれながらのんびりと歩き、冬子とカノは目的のテントにたどり着く。行きと同様に、隊長のテントに戻る道中は誰とも会わなかった。
「戻りましたー」
扉代わりの布をめくり上げて、冬子はテント内に入る。冬子がめくった布をくぐって、カノが続いて入ってきた。木の実を包んだ葉っぱを両手で持っているため、慎重になっているのだろう。いつもよりさらにちょこちょこと細かい動きになっている。
「なんじゃ、早かったな」
本から顔をあげないまま、隊長が言う。読書の邪魔をしてはいけないかとためらうカノの手から葉っぱの包みを取り、冬子は隊長の前に立った。
「隊長に見てもらいたいものがあって。これって、食べられます? 」
言いながら、冬子は包みを開ける。
「お、こりゃあ珍しいの。コウマイの実か」
葉っぱの上にころりと転がった黄色い果実を見て嬉しそうな声を出した隊長は、ひょいとひと粒つまんでぱくりと口に入れた。
「あ、ずるい! 」
冬子が思わず声をあげ、カノも口を『あ』の形に開けている。口をとがらせた冬子は、開いたままのカノの口に実を放り込み、自分もひと粒食べてみる。
「まあ、おいしいかな」
素朴な味に、冬子は微妙な評価を下す。
「ぼくは好きだよ」
にこにこ笑ってカノが言うので、冬子は葉っぱごと実をカノの手に渡した。受け取ったカノは、そのままそっと隊長の近くにある本の山の上に葉を置く。隊長が遠慮なく手を伸ばすのを見てから、カノはもうひと粒を口に運んだ。
「よく見つけられたな。この実がなる木はたまにしかない上に草に隠れて見つけにくいんじゃ」
隊長はひょいひょいと実を食べながら言う。どうやら、好物のようだ。
「教えてくれた人がいたんですよ」
カノはこの実が気に入ったらしくちまちまと食べているため、冬子が答える。
「ドウソさんて人。隊長、知ってます? 」
そう冬子が言ったとたん、隊長が動きを止めた。
「ドウソ……? 」
固まっている隊長には気づかず、冬子は座っているカノの横に腰を下ろした。手持ちぶさたに木の実をつまんで、口に放り込む。
「この実のあるところをドウソさんに教えてもらったんですけど、帰りにお礼を言おうと思ったらもういなくて。隊長が知ってる人なら、また今度会わせてもらおうかと思ったんですけど」
知らないなら良いんです、と言おうとしたところで冬子は隊長の様子がおかしいことに気がついた。
腕は半端に持ち上げられた状態で止まっており、本に向いていた視線はコウマイというらしい実に固定されている。
「あの、隊長? もしかしてドウソさんて、会っちゃまずい人でしたか……? 」
いつもと違う隊長の反応に、冬子は恐々聞いてみる。となりのカノも微妙な雰囲気を感じたのか、正座をしたひざに手を起き、ぴしりと座り直していた。
「あー、まずくはないんじゃ。まずくはないんじゃが、いきなり現れたか」
不安げな顔をみせる二人に気づいた隊長は力を抜いて、ぼりぼりと頭をかく。
「お前さんらが会ったのは恐らく、ドウソ神。神さまじゃ」
どこか疲れたように隊長が言い、それを聞いた冬子とカノの口がぽかりと開く。
「神さまって、実際にいるの……? 」
思わずこぼれた冬子のつぶやきに、隊長が片眉をあげた。
「そこからか。面倒じゃのう」
言いながら、隊長はあぐらをかいた足に頬杖をつく。
「神はおる。ただ、お前さんらが会ったドウソ神のように人の形で現れるとは限らん。ナバギの山にも土地神はおるが、その姿は古木じゃ。他にも花の姿をした神もおるし、川の底でとぐろを巻いとる神もおるという」
隊長の言葉に、ここでも八百万の神さまがいるのか、と冬子は思う。ただ、日本と違って神が実在するようだ。
「ドウソ神は土地神とは少し違うんじゃが、その常態は石であることが多いのう」
そう言う隊長に、冬子とカノは道にあった石を思い出す。
「それじゃあ、ドウソ神がいたところにあった石にこの実をお供えしてきたのは、間違いじゃなかったのか」
冬子は言って、カノと顔を合わせて笑いあう。
横で聞いていた隊長も、感謝を伝えておくのは良いことじゃ、と満足げにうなづいた。
「ところで、土地神とドウソ神は何が違うんですか」
冬子は疑問を口にする。カノも首を傾げて隊長を見た。
「土地神はそれぞれの土地におって、その周囲に魔獣を寄せ付けん。じゃから土地神のおる場所に人が集まり、住んでおる」
さっき言った古木や花の神がそれじゃ、と隊長は付け加える。
「ドウソ神は少し変わっておって、道を示す神と言われとる。地の続く場所ならば様々なところにおって、石の形で旅人の道しるべとなる。それから、お前さんらが会ったように、人の形をとって道を示してくれることもあるらしい」
隊長の説明に、冬子はなるほどとうなづいた。
「あー、確かに、道案内みたいなこと言われたなあ。そのまま進めば目指すところが見える、とか」
そのとおりに進んだらこの実があったんだよね、と言う冬子の言葉にカノが同意する。
「そのまま進め、か……」
楽しげに笑いあう二人の横で、隊長は腕を組んでつぶやくのだった。




