十四話
自室の布団で目を閉じていた冬子は、空気の匂いが変わった気がしてそっとあたりに視線をやった。
「……あぁ」
思わず漏れたのは、安堵のため息。
ごちゃごちゃと物がひしめくテントの中は快適とは言いがたいが、今ばかりは再びここに来られたことを喜ばしいと感じる。
冬子は目の前に座る少年に笑いかけた。
「良かった。もう会えないかと思ったよ、カノちゃん」
ほっと息をついてカノの手を握る冬子の姿に
、本の山にひじをついて座っていたルゴール隊長が呆れたように言う。
「なんじゃ、一日呼ばれなかったくらいで。大げさなやつじゃな」
それを聞いて、冬子は驚いた。
「なに言ってるんですか。わたし、十四日も待ってたんですよ」
冬子がそう言うと、隊長とカノはそろってきょとんとした顔になる。
「そもそも、呼び出される間隔が七日ごとなんだから、一回間が空くとすごく待たされるじゃないですか」
口をとがらせた冬子の言葉に、戸惑いながらカノが口を開く。
「ぼく、ふゆちゃんのこと毎日呼び出してて、昨日は疲れて寝過ごしちゃったから呼ばなかったんだけど……」
首をかしげるカノに、今度は冬子がぽかんと間抜けな顔をした。どういうことかと二人そろって隊長に目で問いかける。
「時間の流れに差があるのか? いや、こっちで呼び出した時間はいつもばらばら。なのに七日ごとの等間隔ってことは……」
あごをさすりながら、隊長がぶつぶつ言う。
「カノ、お前さんの条件付けが関係しとるかもしれん。何か心あたりはないか」
自分の思考に没頭していたかに見えた隊長が不意に顔をあげ、カノに問うた。突然話をふられたカノはおろおろと冬子に視線を向ける。
カノに目ですがられた冬子は、首をひねりながら考える。
「何かヒントになることはないかなあ。わたしが呼び出されるのは七日ごと。いつも日曜日。帰るとお昼前後だから、たぶん朝の七時かそこらに呼ばれてると思うんだよなあ」
七日ごと、日曜日、朝、とくり返して、冬子はふと思いつく。
「あー……もしかして、なんだけどさ」
妙に歯切れの悪い冬子に、カノが首をかしげて、隊長が片眉を上げる。
二人に注目されて情けなく眉を下げながら、自信なさげに冬子は言った。
「カノちゃん、日曜日のヒーロー番組、好きだったよね」
冬子の言葉にカノはあ、と口を開け、隊長はますます怪訝な顔になる。
「最初にふゆちゃん呼んだとき、他のヒーローのことも考えてたかも」
嬉しそうににこにこと笑って言うカノに、冬子は脱力した。
「やっぱり、ヒーロータイムか……」
日曜日ごとの召喚には何か重大な秘密があるのかと思いきや、あまりにも平和な理由が判明して、冬子は隊長に説明するのが一気に面倒になるのだった。
時差のなぞについて、テレビやらヒーローやら色々と端折りながら隊長に説明すると、今ひとつ納得していない顔ながらも何とか話を切り上げてくれた。
「それで、今日はまた魔獣探しに行くんですか? 」
冬子が問うと、隊長が首を横にふる。
「いんや、今日は食糧の調達やら魔獣討伐やらで他の隊員の大部分が出払ってるからな。お前さんには何かあったときのためにこの野営地に詰めていてもらいたい。天幕群から離れないなら、好きにしといてくれ」
そう言うと、隊長は手元の本に目を落とす。これ以上、冬子たちに構うつもりはないようだ。
突然言い渡された暇な時間に、冬子とカノは顔を見合わせた。
「どうする、カノちゃん」
冬子が問えば、カノは困ったように眉を下げる。
「ふゆちゃんのしたいことでいいよ」
カノの返答を聞いて、そういえばこういう子だった、と冬子は思い出す。誰かの意見に追随して、自己主張しない。だからこそいじめられていたのだろうし、おとなしく冬子に守られていたのだろう。
冬子はカノからの意見を諦め、ちらりと隊長を見てどうしたものかと考える。
隊長は本に集中しており、冬子の視線にも気づかない。魔獣について色々と聞きたかったのだが、今日はあきらめたほうが良さそうだ。
「イーラとネスクは……」
ふと思いついて冬子が口を開く。
「どっちの先輩も出とる」
冬子が言い終わるのを待たず、本から顔もあげないまま、隊長が答えた。先輩の部分が強調された言い方に、冬子はイーラ先輩にネスク先輩、と頭に刻む。
「あの二人もいないなら、とりあえずぶらぶら歩いてみようか」
考えるのが面倒になった冬子がそう言えば、頷いたカノがマントを手にして立ち上がる。冬子は自分のマントを受け取って羽織ると、カノと二人で出入り口に向かった。
「魔獣が出たら鐘を鳴らすからな。そのときはこの天幕に戻ってこい」
出入り口に下がる布をくぐる二人の背中に向けて隊長が言う。
「はーい、行ってきまーす」
肩越しに手を振り、冬子がテントを出て行った。
「あ、はい。行ってきます! 」
冬子の背を見て、隊長に視線を向けて、再び冬子のほうに目を向けたカノが焦ったように言う。冬子の揺らしていった布を慌てて潜り抜け、カノも出て行った。
出て行った二人の声が遠ざかるのを聞きながら、隊長は読んでいた本から顔をあげて独りごちる。
「フユコがいれば、可能かもしれんな」
ふむ、と隊長はひとつ頷いて、手近な紙に何かを書き付けるのだった。




