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十三話

「えーと、イノシシ、ネズミにウシ。あ、ニワトリもいたな」

 ぶつぶつと呟きながら、冬子がノートに何か書きつけている。洗濯機を回す音が聞こえる部屋は、ベランダ越しに入り込む西日に照らされて明るかった。

 日曜日の昼下がり。冬子は一人暮らしの部屋に戻ってきていた。


 魔獣をフルスイングで飛ばした後、冬子たちは隊長のテントに帰ることにした。

 あれだけ大騒ぎしておいて寄って来ないなら、今この近くに他の魔獣はいないだろう、と隊長が言ったためである。

 カノが疲れてしまったことも、その日の魔獣探しに終止符を打つ要因となった。

 とは言っても、隊長がカノの疲労を考慮したのはカノを心配したためではない。

 召喚主のカノが疲れて注意が散漫になれば、召喚獣である冬子が強制送還されるかもしれないというのが問題なのだと、隊長は言った。

 魔獣討伐のための強力な手札となる冬子だが、防御力はなく召喚主は体力がない。いまひとつ、使い勝手の悪いやつらじゃのう、と隊長は愚痴っていた。

 隊長の言葉がどこまで本心かはわからないが、いつ魔獣が現れるとも知れない草原のただ中で冬子がいなくなってはたまらない。

 そうなる前にと慌てつつも、カノが疲れて寝てしまうことのないように、行きよりも速度を落としてテント群へと帰ったのだった。

 慣れない乗り物を乗り、日本では出会いようもない巨大な獣との遭遇にそうとう、神経をすり減らしていたのだろう。テントが見えた瞬間、ほっと肩の力が抜けるカノを見たのを最後に、冬子は自室の布団に戻ってきていた。

「カノちゃんの体力づくりとか、しなきゃだめかなー。乗馬……乗鳥? のほうが先かな」

 冬子は、持っていたシャーペンでノートに書いた『ニワトリ(ユウ)』という文字をかつかつ叩く。

 テントへの帰り道、カノの気を紛らすために手当たり次第に隊長に質問をしていたのだ。そのときに、乗り物にしていた巨大ニワトリも魔獣なのだと教えられた。

「魔獣は全部敵ってわけじゃないっていうのも、ややこしいなあ」

 そもそもの魔獣の定義とは何なのか、問おうと思ったところで強制送還である。次回、カノたちの元へ行ったときに改めて聞こうと、冬子は『魔獣とは? 』とメモをしてノートを閉じた。




 その週も、時間は飛ぶように流れていった。

 月曜日から金曜日まではいつもどおり大学に通い、講義の後はさっさと帰って部屋の掃除や洗濯を片付けた。

 これまでは日曜日にまとめて家事を済ませていたのだが、日曜ごとにカノたちの元へ呼ばれるとなれば、今までどおりには行かない。

 そのため学部の子らの誘いは昼食以外、断ることになったが、おかげでいちいち彼女らの動向を気にしなくなったのは、良いことだと冬子は思っている。

 土曜日のバイト中は、仕事をしながらも頭の片隅で常にカノのことを考えるているためか、パートのおばちゃんの小言が頭に入ってこなかった。

 どんな言葉も聞こえなければ意味はなく、気持ちよくとまではいかないが、冬子は気分を悪くすることもなく仕事を終えた。

 そうして準備万端、迎えた日曜日。

 冬子は、自室の布団で朝を迎えた。

「あれ? 」

 首をかしげて窓に目をやる。快晴と言うにふさわしい、真っ青な空が広がっていた。

 携帯電話を確認する。

 曜日、日曜日。時刻、午前7時半。

「……あれ? 」

 土曜日の夜から布団に入って待機していたことは、覚えている。布団の中で日付けが変わったことを確認した記憶もある。

 その後、布団に入っているうちに冬子は寝てしまったのだろう。気がつけば、朝が来ていたというわけだ。

 冬子は、思考停止状態で布団に身を起こした状態のまま、しばらくぼんやりとしていた。

 静かな時間が流れるなか、ふと自分の手元に視線を落とした冬子は、急に真剣な顔で手の中の携帯電話を操作しはじめる。

 冬子は真剣な顔で機械を耳に当て、コール音に耳を澄ませた。

 ガチャリ、と音がして電話が通じる。

「あ、おはよう。久しぶり。あのさ、いきなり電話してごめん。いや、ほんとごめん」

 寝ていたところを起こされたと文句を言う相手に、今が休日の朝も早い時間だと思い出し、冬子は謝る。

「いや、まあ大した用じゃないんだけど。うん、ごめんって」

 重ねて謝り、まだ文句を言っている相手の寝ぼけた声を黙って聞いた。

 少しして、冬子の返事がないことに気づいた相手に問われて、口を開く。

「……あのさ、小学生のときの同級生、覚えてる? 」

 相手が肯定の返事をする。続けて何事か話そうとするのをさえぎって、冬子は言った。

「カノって、覚えてる? そう、豊後カノだよ……」




 布団の上にぺたりと座った冬子は、さきほどの電話を反すうする。

 貴重な休日の朝、冬子からの電話で早くに起こされたと機嫌の悪い友人に、カノを知っているか、と聞いたのだ。

 友人の答えは、是。

 そして、ひそめた声で続けてこうも言った。

「急にどうしたの。知ってるもなにも、豊後って小学生のときに行方不明になったやつでしょ。あんたあの子と仲良かったから、当時は相当しょげてたし、自分が見つけるんだ、って私を巻きこんで探したじゃない。忘れちゃったの? 」

 怪訝そうに言う友人の声は真剣な調子で、冬子をからかうような響きはない。

「ああ、うん。そうか、そうだったよね」

 冬子にそんな記憶はなかったけれど、どうにか曖昧な返事をする。

「ほんと、急にどうしたのよ。あんた変よ。なんか手がかりでも見つけたの? 」

 友人の声が冬子を心配するようなものに変わり、冬子は慌てて誤魔化した。

「ううん、ちょっと、カノが夢に出てきたもんだから、懐かしいなって思ってさ。それだけだよ」

 冬子がそう言っても、なおも心配する友人にありがとう、今度会おうよ、また連絡するね、と告げて慌ただしく電話を切った。

 今、話した友人は人をからかうことはあるけれど、悪意のある嘘はつかない。また、豊後よりもよほど記憶力がいいほうなので、覚え違いということもないだろう。

「カノ、いないんだ。ほんとに、いないんだ……」

 冬子のつぶやきは、一人きりの部屋にやけに大きく響いた。

 その週の冬子は、酷かった。

 何をしても上の空で、生返事ばかり。

 辛うじて講義中の板書はしていたが、口頭で付け加えられる説明を聞いていないため、出来上がったノートは理解不能。

 見かねた世話焼きな女の子が声をかけて、勉強会に誘っても不明瞭な返事しかしない。その結果、いつの間にやら来週の休講になっている講義の時間に勉強会に参加することが決まっていた。

 その際に、勉強会にはおしゃれ系男子も参加するとの説明があり、いつもの冬子であれば断固拒否していたところだろう。もしくは、参加せざるを得ないとわかったら『おしゃれ系男子 会話』や『若者 会話 ネタ』などと検索していたかもしれない。

 実際には、じゃあ参加するってことでいいよね、という確認に対してうーん、とどちらとも取れる返事をし、おしゃれ系男子という単語に反応もしないのであった。

 心ここにあらずと言った様子で平日が過ぎていき、冬子は土曜日を迎えた。

 アルバイト先のスーパーに着くと、店員用に支給されているエプロンに着替える。今日は絡まれることもなく、仕事に入る。

 商品の品出しや商品棚の整理が冬子の仕事だ。パンや菓子などの軽い物を担当する日もあれば、牛乳や豆腐といった重たく、冷たい物を担当する日もある。日によってあてがわれる物が変わるため、出勤後は一番にその日の担当を確認しなければならない。

 冬子は年配の社員に挨拶をして、アルバイトをまとめている若い社員に仕事の指示を仰ぎに行く。

 すると、日用品を担当するように言われて、本日付けで届けられた商品の乗った台車を示された。

 そこで、冬子はさらにパートのおばちゃんを探しに行く。長年パートタイムで勤めているおばちゃんは、自分のルールで品出しする順番を決めている。

 冬子としては、売るために届けられた商品なのだから、全て並べてしまえば良いと思うのだが、そうもいかない。

 台車にある物を端からすべて棚に並べると、いつかの冬子のように休憩室に呼び出されてグチグチと文句を言われるはめになるのだ。

 どちらにしろ、おばちゃんに会えば文句を言われるのだからあまり変わらないような気もするが、今はそれすらも気にかからない。

 案の定、声をかけられたおばちゃんは、冬子の顔を見るなりぶつくさ呟きはじめる。

 人を見ると難くせつけねば気が済まないおばちゃんに、いつもであれば苛立つ冬子だが、今日はいくら小言を言われたところで構わないと思えた。

 誰々が仕事をしない、と文句を言うために人の仕事の時間を削るおばちゃんに、冬子は矛盾を感じて反感を覚える。けれども、仕事以外のことで頭がいっぱいになっている今日は、仕事をしていようがおばちゃんの愚痴を聞いていようが、どうでも良く思えた。

 とにかく早く終業時間が来ないだろうか、とぼんやりしながらおばちゃんの小言に付き合うのだった。

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