十一話
わしらも探すぞ、と隊長は自分の前に座りユウの首にしがみついているカノを促した。
がくがくと震える手でニワトリ魔獣にしがみつくカノの蒼白な顔を視界の端に認めつつ、冬子は視線を巡らせる。
腰の高さまである草原の中、ネズミの魔獣を探すのは難しい。せめてもの救いは、その大きさがネズミ大ではなくて豚ほどはあることか。
冬子は前向きに考えて、ヒュンヒュンと襲い来る舌を避け足をかわしつつ探すが、ネシのしっぽすらも捕まえられない。
「ネズミがいなけりゃゾウもどっか行く……ってことは、ゾウが進む先にネズミがいる、はず! 」
やみくもに探していてもらちがあかないと、冬子は当たりをつける。
チュウの足が向く先を見定め、その方向にある草むらに飛び込んだ。ぐるりと見渡し、次の草むらへ。
飛んでは見渡し飛んでは見渡しを繰り返すこと数回、冬子は草の間に揺れるネズミのしっぽを見つけた。
丸い尻からちょろりと伸びたしっぽは、なぜかくるりと巻いている。
ネシは突然現れた冬子に驚いたのか、その場で足を止めていた。首だけで振り返ったネズミの魔獣のつぶらな瞳と、冬子の目がぱちりと合う。
「みぃーつけた! 」
そう言って冬子はにんまり笑った。
見つけてしまえば、ネズミなど冬子の敵ではなかった。
小さい体を活かして草原をちょろちょろと逃げ回るネシだったが、冬子はひと足で追いついてしまう。
「悪いね。ちょっと遠くに行ってくれるか、なっ! 」
言いながら、冬子は大きく振りかぶった槌を地面ごと抉るように振り抜いた。おん、と風を切る音を響かせた槌は過たずネシをとらえる。
軽い打撃音がしたと思った、次の瞬間。
「んギッ! 」
短い鳴き声を残して、小さな魔獣は遠くの空に消えていった。
最寄りの山のそのまた向こう。ほんの少しだけ見えている山を越えて飛んでいく魔獣を見送る。
ネシの姿が見えなくなったのを確認した冬子が振り返ると、そこには巨大な魔獣チュウが足を振り上げていた。
思わず槌を構える冬子に、チュウの太い足がぐんぐんとせまる。
あと数メートルというところまで近づいた巨体を避けるべく、冬子はぐっと足に力を込めた。
ズォンッ。
巨大な足が音を立ててせまり。
ズンッ。
冬子を通り過ぎていった。
「ありゃ? 」
構えた武器の行き場をなくし、拍子抜けした冬子が首をかしげる。
「ふゆちゃん! けがしてない? 」
惚けたように魔獣の後ろ姿を眺める冬子の元へ、隊長の操るユウに乗ったカノがやってきた。
「大丈夫だけど……あのデカいやつ、行っちゃったよ」
心配するカノの言葉も耳に入らぬ様子で、冬子はぼんやりと巨大な魔獣を見送っている。
ぼうっと立っている冬子の横に、ユウから降りた隊長が並んだ。
「言うたじゃろ。チュウはネシのおるところに現れる、って」
わし、ちゃんと情報提供したもんね、と胸を張る隊長を見て、冬子は眉間にしわを寄せる。
「いやいやいや、あの馬鹿でかいのは倒せないなんて言わなかったですよね」
冬子が言えば、隊長は首をかしげてみせた。
「そうじゃったか? 」
カノがやれば可愛い仕草も、おっさんでは逆効果である。しらじらしい態度は冬子をいら立たせた。
「最初からネシの方をやっつけろ、って言ってくれれば余計な戦いをしなくて良かったのに」
腹立たしさを隠さない冬子の声を聞いて、ユウにまたがったままのカノが慌てたように足を動かす。
当の隊長は気にした様子もなく口を開く。
「お前さんの馬鹿力なら、チュウもやれるかと思うてな。どれだけ威力があるか、試せて良かったのう」
最強って言うてもなんでも一撃でやれるわけじゃないとわかったし、などと言ってまったく悪びれない隊長に、冬子はいら立ちを募らせる。
「ひとこと言ってくれてもいいでしょう。チュウに攻撃してみて、ダメならネシをやっつけろ、とか」
言いようはいくらでもあるはずだ、と冬子はぶつぶつ文句を言う。
一方は腹を立て、もう一方は気にした様子がない二人の横で、ユウの背中に座るカノは忙しなくあたりをきょろきょろと見回している。
「何にも言わないから、本気でやばいかと思っちゃったじゃないですか」
「じゃから、すぐに言うたじゃろ。ネシを狙えって」
「あれはわたしが聞きに行ったから言ったんでしょう! 隊長はすっごい遠くでうろうろしてただけじゃないですか」
「そうじゃったかのう? そんな細かいことをいちいち覚えとるなんて、心が狭いやつじゃ」
鼻で笑って言う隊長に、冬子がいよいよ腹を立てる。冬子がいら立ちのまま口を開こうとした、そのとき。
「あのっ! 」
突然、カノが大きな声を出した。わあわあと言い合っていた二人は不意をつかれてきょとんとカノを見る。
冬子と隊長の両方から見つめられて、カノは焦ったように二人の顔に交互に視線をやった。そうして、うつむきながらぼそぼそと言う。
「あの、お、おろしてください……」