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九話

 自室の布団で目を覚ました冬子は、身を起こしたそのままの姿勢で呆然と座っていた。

「夢、じゃなかった……? 」

 思い返すのは、今しがた手を振りしばしの別れを告げてきたかつての友人のこと。

 冬子の思い出の中にいる彼は泣き虫ではあったけれど、あんな風には泣かなかった。小突かれるたび、からかわれるたびにしくしくと涙を流していたが、決して大声をあげて泣き叫ぶことは無かった。

 すがりついてきた手の強さをまだ体が覚えている。その感覚を追って自分の腕に視線を向けても、彼に会った痕跡は見当たらない。

 けれども、カノの助けてと言った声が耳に残っていて、冬子の胸をざわつかせるのだった。




 冬子は日曜日の間ずっと、部屋にこもって悶々と考えていた。

 小学生のカノがあの夢だと思っていた場所にいるとしたら、現実での彼はどうなっているのか。

 現実のカノは何事もなく暮らしていて、泣いていたのがただの夢ならばいい。きっと優しい男子に成長しているだろうカノに、久しぶりだねと連絡を取ってもいい。夢に小学生のカノが出てきたよ、と話してもいい。

 けれど、現実の彼が行方不明になっていたら。冬子の夢ではなく、本当に助けを求めているのだとしたら、どうしたらいい。

 昔のように、騒いでいる男子たちを蹴散らして終わり、とはいかない。

 魔獣を討伐しながら帰るための方法を考えなければならないと、ルゴール隊長は言っていた。

 彼の言葉どおりならば、自分はなにをしたらいい。何ができる。

 この間のイノシシ、ガイですら途中で反撃されて負けたのに、他の魔獣を倒せるのか。

 倒せたところで帰れる保証もない。討伐は完了したけれど帰れないとなったら、どうしたらいい。

 冬子では助けてあげられないとなったら、カノに何と言ったらいい。

 そんなふうに、カノの現状を調べるべきか否か悩んでいるうち、月曜日を迎えていた。

 講義に出席したことは覚えているが、教授が話した内容はさっぱり頭に残っていない。後で見直せばいいと、ノートだけは書けるだけ書いておいた。

 休み時間には、同じ学部の誰と誰が付き合いはじめただの、可愛い服を見つけたから一緒に買いに行こうだのと女の子たちが騒いでいたが、冬子はうわの空で聞いていなかった。そのせいで、気がつけば女の子たちのグループの輪から外れていたが、それすらも気にならない。

 食事やいつもどおりの生活を送る自分をどこか遠くに感じながら過ごし、迎えた土曜日。

 いつもならば気になってしょうがないパートのおばちゃんも、今の冬子には路傍の石も同じ。

 顔を見るたび繰り返される小言を聞き流しながら、機械的に仕事を終えて帰宅した。

 パートのおばちゃんをやり過ごしてできるだけ早く帰宅すると、すぐに布団に入って目を閉じたのだが、しばらくしても自分の部屋のまま。カノの顔を思い浮かべてみても、目を開ければそこに姿はない。

 ならば、と目を閉じてカノの名前を呼んでみたり、服装が問題かといつものパジャマに着替えてみたりしたのだが、効果はない。

 そしていつも通りに夕食を食べ風呂に入るなど、思いつく限りのことを試して、もうすぐ日付けが変わろうかというころ。諦めて布団に入って目を閉じているうちに寝てしまったのだろう。

 ふと、意識が浮上する感覚を覚えて、冬子はぱちりと目を開けた。

 すると、そこにはカノの姿。冬子を見てほっと息をつく顔は憔悴していて、これはやはり夢ではないのだろうという思いが冬子の胸ににじむ。

「ふゆちゃん、よかった……また来てくれたんだね」

 カノの目じりににじむ涙を拭いてやりながら、冬子は頷く。

「カノちゃんが呼んでくれたんでしょう。だったら、必ず助けにくるよ」

 一人のときにはさんざん悩み、思考をこねくり回したのだが、カノの涙を見たらすんなりと答えていた。

 ならば、それが本心なのだろうと、冬子は受け止めることにした。

 うまく戦える自信は無いし、カノのために何をしたら良いのかわからない。

 けれども、カノに助けを求められたならば助けよう。難しいことは、直面したそのときに考えようと腹に決めた。

 ぐっと腹筋に力を入れた冬子は、カノが抱えていた丈の長いマントを受け取ると、ばさりと羽織る。

 首元を飾りで留めて、そっと片膝をついてカノの両手をにぎる。

「まだ何をしたらいいのかわからないけど、私はカノちゃんの最強のヒーローだから。きっと帰れるようにするから、一緒に頑張ろう」

 冬子と視線を合わせたカノが目を潤ませながら頷いたのを確認してから、立ち上がる。

 周囲を見渡せば、ごちゃごちゃとした物で埋め尽くされたテントの中だった。その中に埋もれるように座って本を読んでいたルゴール隊長が顔を上げる。

「カノが当分わしの部屋に住めるように、マイス王子には適当なことを言うといた。訓練相手としてイーラたちもおさえとるから、好きに使え」

 隊長はそこで言葉を切ると、本を閉じてにやりと笑った。

「よかったな。お前さん、死んだところで送還されるだけなんじゃから、死ぬ気で頑張れるぞ」

 ルゴール隊長のあまり有り難くない応援を受けて、冬子の頬が引きつった。

 カノはその横でおろおろと視線を行ったり来たりさせている。

「しかしな」

 不意に真面目な顔になった隊長は、手にしていた本を置いて腕を組んだ。

「お前さんをどう鍛えたもんか、悩んどるんじゃ」

「それは、どこから手をつけていいかわからないってこと? 戦いに関して、わたしがてんで素人だから」

 首をかしげる冬子に、隊長は手を振って答える。

「そんなもんは、みんな最初は素人じゃからなんも問題にならん。そうじゃなくてな」

 何と言ったものか、と隊長は言い渋りながらあごをなでる。

「ちょいと、そいつを持ってみろ」

 そう言って指差す先には、金槌を巨大化させたような物が置いてあった。先端の金属部分は冬子の頭より大きく、柄の長さはカノの身長ほどもある。

 冬子が言われた通りに持ち上げると、カノの最強定義による補正のおかげだろう。片手で軽く持ち上がる。

 それを見ていた隊長が、やはりなと頷いた。

「それは本来は工具の一種として使われるもんじゃ。馬鹿みたいに重たいから、振り回せれば凶器になる」

 重たいと言われても、いまの冬子には実感がない。苦もなく上げたり下げたりを繰り返したのち、先端を下にして置きカノに柄を渡してみる。

 両手で柄をにぎりしめたカノは腕に力を入れて持ち上げようとするが、上がらない。

 顔を真っ赤にさせてふんばった結果、柄の部分を少し傾けることができた。どうやら、とんでもなく重たい代物のようだ。

「イーラとネスクがお前さんに武器を持たせたろ。それで、あいつらができるだけ重たい物を武器にしたらいいと言うてな」

 いまここにある、一番重たくて頑丈な物がその槌じゃ。と巨大金槌を指す。

「ところがそいつは重たすぎて、振り回されたら防げる物がない。じゃから、わしらでは実戦の相手にならん」

 そう言うと、隊長はよっこらせと立ち上がった。無造作に拾い上げた戦斧を腰に差し、テントの入口に向かう。

「というわけで、ちょいと魔獣狩りに行こうかの」

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