10
――しばしのち 草原
「!」
俺は思わず足を止めた。
背後から忍び寄る気配。これは……
振り向く。
その直後、岩陰から飛び出した何か。
それは大きく跳躍すると、俺に向かってくる。
鋭い何か――あれは爪か――が、ギラリと光った。
「チッ……」
襲い来るそれを、上半身をそらしてかわす。そしてそのまま、
「セイ!」
オーバーヘッドキックをかましてやる。
「ギィイー!」
蹴り飛ばされた“何か”は地面を転がったのち、立ち上がると俺に向き直った。
俺もまたすぐさま立ち上がり、ヤツを見やる。
一体、どんな……って、
「なっ……」
それは、長い首を持った、肩高1メートルほどの羽毛に包まれた鳥の様な生物。しかし鳥と違うのは、その口中に鋭い歯を持ち、また上肢は翼ではなく三本の指をもった腕である事、そして長い尾を持つ事だ。
こいつによく似たものを見たことがある。それも、図鑑のイラストで、だ。
「恐竜⁉︎ それも……デイノニクスの類か⁉︎」
いや……それよりも進化した生物かもしれん。よくある復元図よりも頭蓋は大きく、まるで鳥の様だ。
ますますここが何処だか分からなくなってきた。
無論、異星で進化した、よく似た生物の可能性もあるが……ここまで似るものだろうか? そういえば、周囲の植物もそうだな。地球で見たヤツやアストランに生えてたもの、そして見たこともない異形の草木が混在している。一体どういう事なのやら……
それよりも、だ。
ヤツはまた俺に襲いかからんと、身を低くした。
しかし俺は丸腰だ。だが、戦わねばならない。
「やるしかないか……」
俺もヤツに正対し、構える。
「来い!」
「ギィー!」
飛びかかってくる敵。鋭い爪と牙を掌と脚で捌いていく。
だが……
「クッ……うおっ⁉︎」
防御が間に合わず、鋭い爪で肩を切り裂かれる。
俺が一度に使えるのは両手と片脚そして頭だ。しかし向こうはそれに加えて尾がある。更に、その尾を使って、カンガルーの様な両足キックも放ってくるのかもしれない。
ネットの動画で見たアレ。確かヒクイドリだっけ? 脚のツメで分厚い板もブチ抜いてしまうってヤツ。
もしかしたら、尾を使えるコイツはそれ以上に強烈なキックを持っているのかも知れん。まともに喰らえば、内臓をブチまけちまう可能性が高い。
にしても、この程度の攻撃を食らっちまうとはな。たった二週間とはいえ、平和ボケしてしまっていた様だ。かつてイルムザールだった者が、情けない。
だが、これでスイッチは切り替わった。
「……行くぜ!」
「ギェ⁉︎」
反転攻勢だ。軽いフェイントから踏み込むと、左手でヤツの片腕を捉える。そして右手で喉元を捉えた。
ヤツは残った左腕で俺の首筋を狙ってくるが……遅い!
「喰らえ!」
右脚でヤツの両脚を薙ぎ払った。そしてそのままヤツの頭を地面に叩きつけてやる。
柔道で言えば、払腰に近いか。
そして、
「ギゲッ⁉︎」
ヤツの悲鳴。
だが、浅い。両脚を払われたヤツは、残った尾で身体を支えようとしたのだ。そのせいで、力が分散してしまった。
「チッ」
すかさず追撃のニードロップで、腹のあたりに一撃。
痛打を与えた感触。さらなる悲鳴が上がる。
もう一撃を……
しかしヤツは必死に身体を逃し、立ち上がってしまった。
「クソッ……」
どうする? ヤツも同じ手は喰わ……ン?
ヤツは身を翻すと逃げていってしまった。
追う……必要はないな。
ともあれ、一応生き残れたか。少々傷は負ったが……
一つ、大きく息を吐く。
と、肩の傷が少し傷んだ。
とりあえず、傷を塞がねば。
先刻の“探索”がいくらか効果があったからな。これも効くかもしれん。
結印。そして、
「“治癒”!」
掌からあふれた輝きが、傷を癒していく。
ふむ。やはり効果はそれなりか。アストラン大陸とほぼ同じぐらいだな。
結印の際の、周囲の魔力の挙動もほぼ同じだ。
と、なると……やはりこの世界もヤツの被造物ってコトか。
もしかしたら、一つか二つ前の世界なのかもな。
そういえばアストラン大陸の辺境には妙な“鳥”がいると聞いた事があるが……もしかしてあいつらの事なんだろうか? 獰猛で、とてつもない速度で走る捕食者であるというが……。
まぁそれはともかく、アストランと同様に魔法を使うことができると分かった訳だ。
それならば、まだやりようがあるかもしれん。
だが、丸腰ってのも少々心もとない。剣や槍とまでは言わんけど、とりあえず何か武器になりそうな物はないか?
まずは指弾用の小石を拾った。そして、手頃なエモノを探して周囲を見回す。と、一本の木が目に入った。根元近くで分岐した、細長いまっすぐな枝がある。確かアストランで目にしたことのある木なんだが……何だったっけか?
……まぁ、いいや。そうだな。あの枝を使うか。
折り取ると小枝を払い、葉も落とす。そして先端の細い部分も取り、一本の棒にした。
長さはほぼ身長ぐらいか。
軽く振り回してみる。
おっと、少々重いけど、いい感じだな。
棒というより棍といった方がいいか?
本来は乾燥させたりとかしなきゃいけないんだろうけど、緊急時だ。これで十分だろう。
さて……武器も手に入った事だし、行くか。
――歩くこと数分
俺はエルリアの気配がする方へと歩いていく。
にしても……この世界は何か妙だ。
何と言うか……妙に“荒れた”様な印象がある。滅びに向かいつつあると言うか……。
全体的に活力がない様に見える。
そして、時折目にする小動物たちは妙に怯え、逃げ惑っている様だ。
空をゆく鳥たちも、何やら追い立てられる様に必死に羽ばたいている。
一体何がおきているのか?
そして、気になることがもう一つ。
歩けば歩くほど、身が軽くなっていくのだ。どうなってるんだ、これは?
試しに軽くジャンプ。
と、思いの外高く飛び上がった。
ふ〜む。もし次に戦闘になった場合、うかつにジャンプできんな。空中で身動きとれん間に攻撃くらっちまう。
まぁ、その辺は何とか対処するしかない。
……と、また地面に巨大な影が差す。
またあの、空飛ぶジンベイザメもどきか?
と思い、顔を上げた。
が……
「な、何だありゃあ⁉︎」
浮遊する岩……いや、大地だと?
巨大な板状の岩塊が、上空に浮かんでいた。その上面には草木が生えているのが見える。
う〜む……ファンタジー系小説やゲームなんかで見る浮遊大陸ってヤツか。
俺の知る限り、アストランには無かったが……
そもそも、浮かぶ原理は一体どうなってるんだ?反重力?
……おっと。
行き止まりだ。
この先は、断崖絶壁。どうやら今いる場所も浮遊大陸だったらしい。
下を見ると、同じ様な浮遊大陸が見える。
どうやらそれが、幾層にも重なり、球形をなしている様だ。
ふ〜む。いろんな世界の“姿”があるモンだ。
……が、どうする?
エルリアの気配がするのは、この絶壁の向こう。
いや、考えるまでもないか。
結印。そして、
「“飛翔”!」
俺の身体を不可視の力場が覆った。
これは重力を打ち消し、短時間ながら飛行を可能にするもの。
よし、行くか!
俺は向こうの浮遊大陸に向け、地を蹴った。




