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――どこともしれぬ場所
どれほどの時間が経ったのであろうか。
それは、一瞬……あるいは永遠なのか?
「……何だ⁉︎」
気が付いた時、俺達の身体は奇妙な空間に放り出されていた。
そこは、何色ともつかぬ色の空間。そして、数多の球体。
これは一体?
「あれは……何でしょう?」
エルリアの、震えた声。
俺は手近な――と言っても、大きさが把握できないので、多分だが――の球体に目を向ける。
……!
あれは、何だ? 暗い空間の中に、小さな光る泡みたいな何かが……
……泡?
いや待て。どこかで見た……
……ああ。思い出した。アレは小さい頃、親父に連れて行ってもらったプラネタリウムで見たモノだ。
それは、宇宙の大規模構造。あの球体の中のモノは、それに似ていた。
周囲の球体に目を向ける。が、疎密の差はあれど、だいたい同じような構造をしているようだ。
まさか……ここは宇宙の外⁉︎
そんな、馬鹿な……
……いや待て。考えられないことじゃない。
アストラン大陸のある世界は、俺達の地球とわずかに位相が“ズレ”た場所にある。もしその“ズレ”を飛び越えてしまった場合、果たして一体どうなるのか……
宇宙の外。超宇宙とでもいうべきか?
え〜と、確か……マルチバースだかオムニバースだかいうんだっけ? 仏教で言うところの十方世界ってヤツかな?
ココはそんな場所なのか。
……というか、空気は大丈夫か⁉︎
転移する際には対象物を保護する結界が張られているわけだけど……この中の酸素を吸い尽くしてしまったら、俺達は窒息してしまう。おそらくは半径数メートルぐらいか? 数時間は持つかもしれないが、早いと所ここから脱出する手段を見つけないとヤバい。
どうしたものか……
周囲を伺う。が、どれが俺達がいた宇宙かなんて判別などつかない。
判ったところで、どうやって帰ればいいか。
クソッ、手詰まりか……
歯噛みしつつふと視線を向けた先。
数多の球体の向こうに、棒状の“何か”が見えた。
アレは……何だ? 幾つもの多面体が積み重なって構成された柱に見えなくもない。しかし……形が定まらないというか……変形を繰り返しているようにも見える。
もしかしたらアレは、高次元の立体なのかもしれない。確かどこかで見たな、回転する四次元立方体とかいう画像を。まさかこの目で実物を見るなんて思わなかったぜ。
おっと、感慨にふけってる場合じゃない。
あの柱(?)は一体どこに繋がってるんだ?
そちらに目を向けると……
柱はやがて螺旋状にうねり、他の柱と合流していた。それは、絡み合ったさらに巨大な柱の一部だったのだ。
その行く先には、さらに多数の柱――いや、“ひも”と言った方がいいか?――が集まっていくのが見えた。
そして、
「な、何だ……アレは!?」
多数のひもの根元。そこには……
巨大な“何か”があった。
巨大な多面体と、それに絡まる無数のひも。それらは不規則に蠢いている。むしろ、触手といった方が正確かな?
それはともかく……“アレ”は“生きて”いるのか⁉︎
いや……あんな巨大な生物なんて存在できるのか? 宇宙よりもはるかに巨大な生物。
あるとすれば……それは“神”、か。
まぁ、一口で“神”と言ってもピンキリあるのは確かだが……
多次元宇宙の曼荼羅の中心に座する異貌の神、って所かな、アレは。
おそらくはどんな世界の神々をも超越した存在なのだろうか? だとしたら、俺達の存在など歯牙にも掛けない……ん?
先端に球体が付いた触手があるな。虹色のマーブル模様というか……。妙な色使いだけど、もしかして、あれも宇宙?
ン? 模様が変わって……アレは、まさか⁉︎
「何でしょう? まるで目か何か……」
「見るな!」
とっさにエルリアの頭を強引に抱き寄せ、視界を塞ぐ。そして俺も、“それ”から目をそらした。
アレは……見てはいけないモノだ!
俺の本能が、そう警告する。
ヒトの“知覚”を超えた“何か”。
もしその“眼”を覗き込んでしまえば、俺達は……
『…………』
「⁉︎」
と、何やら妙な“声”が聞こえた。
何だ? これは……
総毛立つ様な不快さのこもった“声”。確か、聞き覚えのある……
「……アキト」
不安げなエルリア。
「大丈夫だ。俺がいる」
正直言って、逃げ出したいくらいだ。だが、彼女がいる。
エルリアだけは、護らねば。
『ほう……また“珍客”か』
「……!」
この、“声”!
聞き覚えがある。それも、最悪の状況で、だ。
俺は、恐る恐る顔を上げる。と、目に入ったのは、巨大な人型の“何か”。
楕円形の球体とそれに続く円筒形の軸部は、もしかして頭と首か。そして前後に扁平な筒状の胴体らしき部分。胴体らしき部分の上部側面及び下端から突き出した筒状のものは、おそらく腕や脚なのだろうか?
それだけであれば、人間的なモノにも見えなくもない。
だが……それらすべてが奇妙に“歪んで”いるのだ。
頭部、特に顔面と思しき部位は、幾何学的な直線や曲線で構成され、どことなく前衛芸術を思わせる。そして腕や脚には、明らかに余分な関節があった。
なんと言うか……生理的な嫌悪感を催す造作である。ただ見ているだけでも狂気に襲われそうだ。
いや、それだけではない。
ヤツから感じる強烈なプレッシャーは、物理的な圧力すら伴っている様にも感じた。
この、プレッシャー。
あの時に感じたものと、よく似ている。
エルズミス大神殿地下に現れた、超高次元の魔神だ!
その名は……神魔王バルドス!
『ほう……その名で我を呼ぶか』
……! 心を読まれた⁉︎
『貴様らのごときちっぽけな存在の“心”など、“読む”までもない。……ほう。そうか、貴様達はあの時の』
ヤツの“声”を聞くだけで、精神が押しつぶされそうだ。それだけの、圧倒的なプレッシャー。
これほどまでに格の違う存在だったか!
クソッ! 仮初の肉体を持ったヤツならまだしも、ヤツはおそらく“本体”。それに、ここはアウェーだ。
万事休す、か。しかし……エルリアだけは、逃さねば。
『ふん……勇ましいな。だが……その裏の絶望も、また美味だ』
……!
そうだったな。コイツらは、そういう存在。そしておそらくは、俺たちと決して相容れぬもの。
『まぁ……よかろう。貴様達にも我が“力”を与え……むぅ? もう一つ、“何か”……』
『アキト、これは……』
エルリアの“心話”。
彼女から、わずかな“力”を感じた。
これは、何だ?
だが、それは、“何処か”を“示して”いる様であった。
これは……チャンスかもしれん。
『いいかい?』
『ええ』
『では……“転移”!』
イチかバチかだ。
どこに行くかは分からん。
だが、ヤツのオモチャにされるよりはマシだ。
『ぬぅ⁉︎ 逃がさん!』
ヤツの声。
だが、それより先に、俺達は時空門の向こうへと身を踊らせていた。
しかし、その直後。
「!」
衝撃。
ヤツが時空門ごと“握り潰し”たのか。
『クッ……ソ! エルリア……』
『ああ……アキト!』
俺達は時空の乱流に翻弄され、やがて気を失ってしまった。




