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――しばし後
俺達は広い通りに差し掛かった。
ここだけは、どうしても超えねばならないんだよな。
が、これさえ越えれば目的地はすぐだ。
と、歩道を歩く俺達を追い抜いた車が減速し、すぐ目の前に停まった。
そして、その運転席のドアが開く。
「ひっ⁉︎」
怯えたエルリアが俺にすがりついた。
「ちょ……ちょっと……大丈夫だって」
彼女をなだめつつ、降りてきた人物を見る。
「やあ、彰人じゃないか」
二十代後半。中背で、細身の男。そして、見知った顔だ。
「瀬川さん⁉︎」
見ると、奥さんや子供達も車に乗っている。
「おはようございます。どこかにお出かけですか?」
俺は一礼し、彼らに近づいた。
エルリアは、俺の腕にすがりついたままついてくる。
「ああ、ちょっとドライブをね。久々の家族サービスってヤツさ。……ところで、そちらが噂の彼女かい?」
「え゛⁉︎ ……な、何故それを」
幾ら何でも情報が回るのが早すぎるだろ!
「ああ、これさ。出際にチェックしたらあったんだ。ここで見かけたのは偶然だけどね」
彼はスマホの画面を俺に見せた。SNSアプリのグループ画面だ。
「……なるほど」
がっつり俺の情報が載ってやがる。発信源は、高柳と加倉さんか。
アカウントは持ってるけどほとんど起動してなかったから、その存在を忘れてたよ……
つか、俺のことなんか別にどうでも良さそうなのにな〜。
「にしても、隅に置けないな。どこで知り合ったんだ? そんな可愛い子と」
「えっと……」
どう説明したものか。異世界で、などと言う訳にもいかないし……
「もしかして、行方不明になった時に知り合ってたとか?」
「い、いや……」
図星だ。が、冗談だと思いたいが……
「ま、詳しい話は後でいいさ。随分と“仲がいい”みたいだしな」
「そ、その……」
と、彼が手招きした。
「な、何スか?」
「それはそうと……“する”時は計画的にな。実を言うとこの間、同僚がやっちまって……色々大変だったらしいからな」
と、彼は俺の耳元に口を寄せ、ささやく。
「だ……大丈夫です」
大丈夫だよな? こっちの世界に戻る日やその前日も、そして昨日も彼女は『大丈夫』と言っていたけど……
いや待て。あれはどういう意味の『大丈夫』だったんだ? 今思えば、多分アノ周期とはあってないよなぁ……
「……た、多分」
「……ま、もしもの時は相談にのるよ」
瀬川さんは硬直した俺を見、苦笑した。
そしてポンと肩を叩き、車へと戻る。
「じゃあ、また」
「はい。瀬川さんもお気をつけて」
「ああ」
そして彼の車は去って行った。
「あの……今の方は?」
「ああ、俺が世話になってる人だよ。親父の知り合いなんだ」
「そうなんですか……。私も、挨拶せねばなりませんでしたね。そ、その……妻として」
「ま、いずれね。今回は仕方ないさ。まだこっちの世界に慣れてないんだしさ」
「ありがとうございます。また、次の機会には……」
「そ、それよりさ、その……昨日とか、“する”時に『大丈夫』って言ってたじゃないか。アレ、どういう意味?」
「ええ。姫巫女にとって、勇者の血を残すのは、一つの義務ですから……」
「おぉう……」
真逆の意味か。
「あの……お嫌でした?」
悲しげな顔の彼女。
「いや、とんでもない! 俺としても、いずれは……と思ってるよ」
慌てて否定。
「たださ……今の俺って、こっちじゃ学生の身分だからね」
「大丈夫ですよ。私一人でも、立派に育ててみせます。アキトの大事な血ですしね」
「そ、そうか……」
とはいえ、彼女一人に任せるのもな……
ああ、あっちには親父や母さんもいるか。
でも、やっぱり自分の手で、とは思うんだがな……。
そこからさらに歩くと、学校の裏山だ。
申し訳程度の舗装がされた細い道を、俺たち二人は進んで行く。
「何か声が聞こえますね」
十数人の男の声。これはランニング中の運動部の連中だな。
顔見知りもいるだろうから、できれば接触は避けたい。
「ああ、学校の連中だよ。……少し急ごう。“転移”に巻き込む訳にはいかないし」
「そうですね」
少し小走りで先を急ぐ。
と、小道の向こうに小さな祠が見えた。
「何か……あそこから“力”を感じますね」
と、エルリア。
なるほど。この祠はまだ“生きて”いる訳だ。
そういえば……おっと。部活の連中の声が近づいて来たな。
「とりあえず、こっちだ」
俺は彼女の手を引き、歩き出す。
そこからは道を外れ、藪の中へ。
あらかじめ虫除けスプレーをしてあるので、ヤブ蚊対策はバッチリだ。
ヘンな病気とかを向こうに持ち込む訳にはいかないしな。
そしてしばし進むと、わずかに開けた場所に出た。
俺が先生の転移に巻き込まれた場所だ。
「ここだよ」
「ここは……かすかにアゼリア様の気配を感じますね」
エルリアは周囲を見回し、つぶやく。
何度もここで先生が“転移”をしているために、その“力”の残滓がここに漂っているんだろう。
その残滓のおかげで、俺でも向こうに“転移”することができる訳だ。
それに、今はエルリアもいるしな。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
二人で結印を行う。
そして、
「“転移”!」
俺達の周囲を淡い光の膜がおおう。そしてそこに開く“門”。
酩酊感にも似た感覚が俺を襲い、周囲の景色が歪んだ。
しかし、
「!」
何か……妙だ。これは、通常の“転移”じゃない!
一体何が起きた⁉︎
“転移”の呪文は、二点間の空間を歪め、“道”――転移門――を作るものだ。
もし、転移門をくぐる瞬間、何者かが干渉を行い、門に誤作動を起こさせたら……。
! これは……
俺達を包む魔力の膜に、何やら妙な気配の残滓がわずかにまとわりついている。
これには覚えがある、気がする。
……そうだ。思い出した。
確か……エヴノの息子アイディン。そうか! 造物主め、アイディンの体を乗っ取っ取ったまま地球に逃れていたのか!
迂闊だった。その可能性を考えていなかった……。
「アキト……怖い」
「大丈夫だ! 俺から離れるな!」
そう声をかけ、彼女を強く抱きしめる。
無論、根拠などない。だが、それでも彼女を守らねば。
しかし……マズいな。このプレッシャー。
意識……いし、き、が……




