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――しばし後
エルリアを玄関脇のトイレに案内し、一通りの使い方を教える。
さて、台所に戻って料理の続きを……
包丁を持ち、食材を切り始めた。
あ……しまった。洗浄便座の使い方教えるの忘れてたな。
まぁ……次でいいか。
そう思った直後。
「きゃああぁぁ⁉︎」
エルリアの悲鳴が響いた。
……甘かったか。
慌ててトイレに駆け寄る。と、エルリアが飛び出してきた。
「水が! あの中に水魔法の罠が!」
俺に抱きつき……って、危ねぇ! 包丁持ったまんまだった!
「だ、大丈夫だよ。アレはそういう機械だ。何か変なところ触らなかった?」
「え? キカイ、ですか? ……申し訳有りません。触ってしまいました」
「いや、謝らなくていいよ。その事言い忘れてたのは俺なんだしさ」
「はい……」
彼女は安堵した表情を浮かべる。
が、その直後、
「何があった!」
またしても、玄関のドアを勢いよく開けて飛び込んできたモノがあった。
しまった! 鍵閉めておくのを忘れてた。
そして、飛び込んで来たのがまた高柳かと思いきや……
「か、加倉さん⁉︎」
高柳とは反対側の部屋に住んでる人だ。
「わ、渡くん……何をしてるんだ、きみは」
「え? 何を、とは? ……あ」
あ〜、もしかしてこのシチュエーション。
俺が右も左もわからない外国人の女の子を連れ込んだ挙句、包丁で脅して乱暴しようとしてるシーンにも見えなくもない。よく見りゃ彼女の左足に下着が引っかかってるしな。
「あ、あの……実は彼女、親父の知り合いの娘さんで、こっちに旅行に来てるんです。で、さっきトイレへ案内したんですが、洗浄便座の使い方を教えるのを忘れて……」
俺はトイレの方を指差す。
開け放たれたドアと、水浸しの床。何があったかは一目瞭然、のハズだ。
「そ、そうか。で、その包丁は?」
「いやその、ちょっと夕飯を作ってまして……」
俺の視線の先、カウンターのまな板上には切りかけの人参があった。そして包丁にもその切りクズが。
「そ、そうか……そうだな。君がそんな事をするはずがないな。疑ってすまなかった」
「あ……いや、そう思われても仕方のない状況ですし。俺こそすいません」
今まで色々世話になってる人だしな。細かい事でグチグチいうつもりはない。
「なになに〜」
「あ〜、アキトお兄ちゃんの家に、キレーなオネーさんがいる〜」
「あ、ちょっと、その……」
と、その後ろに小さな人影。加倉さん家の子供達だ。
こ、声がデカいって……。
いやまー、二度も騒ぎ起こしちまったから、もう手遅れか〜。
とりあえず窓閉じて、エアコンつけよ。ついでにきちんと戸締り。また踏み込まれたら困るしね……。
何とかお帰り願ったわけだが。
――そして、十数分後
夕食の完成だ。
ピラフ風チャーハンとサラダだ。
サラダはいわゆる“羊飼いのサラダ”ってヤツだ。牧羊が盛んなカデス近辺は、トルコあたりと料理が似ている。カデスの何包にあるアルタワールで長年暮らしていたエルリアにとっては馴染みやすい料理だろう。……多分。
あっちの料理が懐かしく、似たようなもののレシピを探していたけど、それが思わぬ形で役に立ったな。
「アキト様、申し訳ありません。ご迷惑をかけたばかりか、料理までさせてしまって……」
恐縮仕切りのエルリア。
が、訳も分からんうちに連れて来られた訳だし、そこまで気にする事もない。
「いいよ、別に。ここは俺の家なんだからさ。遠慮することないって」
「そうですか……ありがとうございます」
「それより……さ、食べようぜ。冷めちまうよ」
「はい。では……いただきます」
「ああ、そういえば、食前酒とかは用意してないんだ。ごめん。こっちじゃ20歳以下の飲酒はダメだからね」
ま、まぁ……正月とかにちょっとばかしは、ねぇ?
「そうなんですか? 厳しいのですね。あ、私はなくても大丈夫ですから」
「そうか。なら良かった」
さて、夕食だ。
実は俺も腹は減ってたしな。
とりあえず、チャーハンを一口。
ふむ。まあまあの出来か。問題は、と……
「どう?」
エルリアに問う。
「美味しいです。アキト様は料理もお上手なんですね」
「いや、それほどでも……」
ガスコンロやら文明の利器のおかげだしな。
「まっ、こっちには色々便利なものがあるからね。……魔法はほとんどないけど」
「魔法が、ですか……。確かにこちらは魔力が希薄ですね」
「ああ。だから、アゼリア様もあまり頻繁に向こうとこちらを行き来出来ないんだろうね」
特にこっちでは魔力のチャージに時間がかかるしな。それに、“呪文”を行使することも出来ない。
“呪文”とは、向こうの世界を構成する物質につながる“運命の糸”を操るための“言語”だ。ある意味、プログラミング言語と言ってもいいだろう。それは、“運命の糸”――“タグ”と言うべきか?――が存在するあちら側ならば有効だ。
それ故にこっちの世界ではその補助を受けることが出来ない。
つまり、“素”の魔力と結印のみで魔法を発動させねばならないのだ。そうなれば、魔力の消耗は激しくなる。
あっちでの戦闘経験を積んだおかげで、この身体でもそれなりの魔力総量を得てはいるが、正直こちらで魔法を連発するのはかなりツライ。
まぁ、ここで今、それをする必要性はほとんど無いけどさ。
「アキト様。こちらの世界のこと、教えてもらえませんか?」
彼女はこの世界に興味津々、といった風だ。
「ああ、いいよ。とりあえず食後に、ね」
今晩はゆっくりと彼女と語り合いたいものだ。




