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俺の部屋に突如現れた“それ”。
白っぽい布に包まれた、淡い肌色の“何か”。こいつは一体……?
などと思う間も無く、
「きゃっ!」
「うおっ⁉︎ ……痛ェ!」
俺の頭上に“それ”が落下してきた。
突然のことで、そのままベッドに倒れこんでしまう。
……というか、ベッドの上でよかった。ヘタすりゃ床の上で後頭部打ってたな。とはいえ、上半身を起こす時に少し身体をずらしたせいで、ヘッドボードに少々頭をぶつけちまった。痛い……。
「む……う……」
何かが起きたか確認しようにも、柔らかくて暖かいものに視界をふさがれてしまっている。
「こ……ここは何処⁉︎ って、お、男の方⁉︎」
慌てた様な、女の声。どっかで聞いた様な……。それに、言葉も日本語じゃない。向こうの世界で使われているものだ。つまり……
なんとか胸の上の尻を腹の上にずらしてスカートをどけると、豊かな双丘越しに顔が見える。
この二週間、焦がれるほど逢いたかった顔がある。
「ようこそ日本へ、エルリア……」
「あ……ア……アキト様⁉︎ ごめんなさい! すぐにどきます! ……ああっ⁉︎」
「うわっ⁉︎」
彼女は俺の上から退こうとしたが、慌てていたために手を滑らせて俺の上に倒れこんだ。
……まぁそうなるだろうなとは思ってた。
「す、すいません!」
「いいよ、慌てなくても。それより、靴を脱いで……」
彼女を抱き上げると、ベッドの橋に腰掛けさせ、靴を脱がす。
「はい。アキト様のお父上の家と同じなのですね」
「うん。こっちの文化でね。向こうでも、そういう地域はあったろ?」
「はい。ガンディール北部から東部にかけてですね。それ以外にも、何箇所かあった気がします。玄関はどちらですか?」
「ああ、あっちだよ」
俺は襖を指差す。あの向こうが、ダイニングキッチン。そこに玄関もある。
「でも、その前に……久しぶりに会ったんだから、さ」
有無を言わさずエルリアを抱き寄せた。
もう離したくない。一番大切なモノ。
彼女もまた、俺に抵抗することもなく胸にしなだれ掛かる。
そしてそのまま彼女をベッドに押し倒し……
と、玄関の扉が開く音。そしてそれに続く足音。
何が起きた? と思う間もなく、勢いよくふすまが開いた。
「なんだ⁉︎ なにがあっ……」
飛び込んできたのは、隣の部屋の住人。先刻のクラスメートの高柳だ。エルリアが転移してきた直後の騒ぎが隣にも聞こえてたか。
……しまった。玄関の鍵をかけ忘れていたか。
とはいえ社員寮だといっても作りはしっかりしてるし、そこまで壁が薄くはないはずなんだがな〜。
あー、窓が開いてたか。
「げっ……スマン、取り込み中だったか!」
ヤツはすぐにふすまを閉め……またすぐに戻ってきやがった。
「ど、どうしたよ」
「思い出したぜ。その子、待ち受け画面の写真のだろ? どこで会ったんだよ?」
「いつの間に見たんだコノヤロウ」
「へへっ、その辺は後でゆっくりと聴かせてもらうぜ? にしても、とうとう彰人にも彼女が出来たが。てっきり女に興味がないもんだと思ってたがなー。じゃ、ごゆっくり〜」
去り際に何言いやがる。
……まぁ、いいか。
アイツも行ったことだしな。
エルリアを抱きしめると唇を重ね……
と、その時妙な音がした。
何か、その……腹の虫が鳴くような……
「あの……アキト様、ごめんなさい!」
真っ赤な顔のエルリア。
「そっか。食事前だったか」
「すいません。儀式やら何やらが押してしまって……」
先生も、飯ぐらい待ってやってもよかろうに……
いや、こっちで食べさせるためとか? ま、いいか。もう少ししたら飯時だしね。
彼女は本来、あっちの世界の要人だ。だから、それ相応にもてなすべきなんだろうが……残念ながら、手持ちがない。
「いいって。何か作るよ。食べられないものはない?」
その辺は聞いておかないとね。
「ラジュフォンの黒灰汁漬けはちょっと……」
「……それはないから」
ラジュフォンとは密林に棲むモンスターの一種だ。そして黒灰汁漬けとは、それを特殊な方法で発酵・熟成させた食品だ。アンモニアの凄まじい臭気が特徴である。
そんなモノはこの世界に無い。
……無いハズだ、多分。いや、あってたまるかあんなモノ。
滋養がつくからといって、前世の父方の祖父に無理やり食べさせられたのが未だにトラウマだ。幼い頃から剣技をはじめとする武術全般を叩き込まれ、疲れてぶっ倒れた所にアレを……ってな有様だ。で、回復したらまた修行というね。
こっちなら虐待同然だよな〜。
まぁおかげで剣の腕は大陸一と言われるレベルにはなったが……
つかさ、俺って二度の人生でもこんなのばっかりなのか。次はもう少し楽な人生を送りたいものだがな。
いや……今の人生を充実させるのが先か。
さてと、だ。
まずはエルリアの靴を玄関に置くと、すぐ隣のキッチンへ。
そして冷蔵庫を確認。
……ふむ。鶏胸肉に人参半分、万能ネギに卵……ご飯は昨日炊いたヤツをラップに包んだのがあるか。
いけるな。
ピラフ風チャーハンにしよう。
土、日と家を空けるから、冷蔵庫を整理しておきたいし。
それに、エルズミス近辺の郷土料理にはピラフと似たものもあったしな。
さて、と。
いや、その前に……
「ああ、そうだ。とりあえず料理ができるまでお茶でも飲んででよ」
冷やしておいた緑茶を出し、グラスに注いで彼女に渡す。
「冷たい……その箱は、氷箱みたいな物ですか?」
それを手に取り、彼女が問う。
指差したのは、開けっ放しのふすまの向こうにある冷蔵庫だ。
ちなみに氷箱とは、あっちで使われている食料貯蔵庫の事だ。冷気系の魔法をチャージした魔導石をセットし、食料などの保管を行う。便利ではあるが少々値がはるため、持っているのは富裕層ぐらいかもしれん。
転生前の実家にもあったが、かなり古いものだったしな……
これ以外のものでは氷室みたいなのもあるにはあるが、向こうは雪が降る地方が少ないので、これまたほとんど普及していない。
「そうだよ。そういう機械なんだ」
「キカイ、ですか……。エルズミスの地下でみたものと同じ様なものですか?」
「用途は全然違うけどね。まあ、あっちの方が高度な技術を使ってるだろうな。まだまだ地球の技術じゃあの機械を造ることなんてできないからさ」
「そう……なのですか?」
う〜む、こういう話は彼女にはよく分からないか。
ま、いいや。
あとは菓子でも……
戸棚を漁る。
あった。何時ぞやもらったビスケットか。おっと、これもだ。
ン? しるこ風味? だ、大丈夫だろ、多分。
賞味期限は……まだいいな。この手のお菓子はたまにもらうけど、あんまり食べないんで、カビ生やしちまう事もあるんだよな。
小豆の風味がエルリアの口に合うかは分からんが、とりあえずそれを開封して皿に乗せ、ちゃぶ台の上へ。
「これでもつまんでて」
「ありがとうございます」
さて、台所に戻って料理開始だ。
ニンジンやネギを刻み……
「……アキト様」
と、ふすまが開いてエルリアが顔を出した。
何やら少し浮かない顔だ。
「どうした?」
ビスケットとかは苦手だったか?
「す、すいません。あっ、その……」
彼女はまた顔を真っ赤にし、下腹部を押さえた。
あ……トイレか。
急ぎすぎだろ、女神サマ。




