7-EX4
――そして、現在
私は月明かりの下、周囲を窺いつつ歩く。
やらねばならないことがある。まずはこの世界に私の活動拠点を作らねばならないのだ。
だが、かつての同志たちのほどんどは、一万年以上前には死に絶えてしまっているだろう。彼らは定命のものであるが故に。だから、とりあえずこの地の人間に接触する必要があるのだが……。
どうすべきだろうか? などと思いつつ、周囲を見回す。
まずは、この場所だ。
半レン(約2m)程の、アスファルトで舗装された小道。片側には、よく手入れされた木々。反対側には、金属製と思しき柵が並んでいる。
柵は鋳造と圧延、プレス製らしき金属製の部材を組み合わせて作られた、工業的なモノだ。それなりの技術力が伺える。
その柵の向こうにはモルタル――いやこれはコンクリートか? ――で覆われた斜面があり、その先には水面。
流れがないところからして、おそらく池か。
その対岸には家か何かがあるのか、多数の明かりが見える。
少し視線を転じると、小さな丘が見えた。その前にも四角い建物らしきシルエットが見える。
しかしこちらはほとんど明かりがついていないな。住宅ではないのかもしれん。
そして木々の側もなだらかに傾斜して降りていく。
その傾斜は、反対側の池の水面よりも低いところまで続いている。つまり、今いる場所は堤防上らしい。
その傾斜の先にも道。更にその先には、金属製の柵に囲まれただだっ広い平地がある。扇型で、その中央からやや要寄りにわずかに盛り上がったところがある様だ。
う〜む? あれは墳丘か何かか? それにしては小さい気もする。その頂点付近に何やら白く細長い板が埋設してある様だが、あれは墓碑銘か何かなのだろうか? それに、要部分に設置してある五角形の石板(?)や墳丘と反対側に設置してある一際高い金網、墳丘を挟んで相対、直交する形で設置してあるベンチは一体? 祭祀の為の施設なのだろうか……?
あんなものは見たことがないな。まぁ、1万年以上経っているのだ。祭祀の形態も変化するか。
……それはともかく、だ。夜だからかこの辺りは全く人気がない様だ。仕方ない。人家の方へ向かうか。
……と、何やら池の側の柵が破られている箇所があった。そして地面に転がる“何か”の破片。
……ガラス? そして金属片か。樹脂っぽいモノもある。
これは一体? いや、考えている場合ではないな。腹が減って仕方がない。何とか原住民と接触せねば……
とりあえずその場を離れて人家の方へと向かう。
と、
「…………」
……ふむ?
何やら呻き声が聞こえるな。
声のする方へと視線を向けた。
どうやら二人の男が地面に倒れているのようだ。
一人は、細身の男。どうやら後頭部を強打しているようだ。また右手首も妙な方向へ曲がっている。
そしてもう一人はかなり色黒の大男。かなり凶暴そうな顔だ。
ふむ。白目を剥いているな。こちらも頭部を強打か。それに、大腿部などからの出血。
周囲を見れば、何本かのナイフが散らばっている。長い片刃の湾刀もあるな。
う……む。あまりに異様な光景だ。この両者はここで決闘でもしたのだろうか?
帰って最初に目にしたのがこの有様か……。いったい何があったというのか。
それとも、今のこの世界では日常茶飯事なのか? それでは地獄ではないか。
拾った幾つかの“サンプル”たちの証言やアゼリアの報告にあった“平和な世界”だというは嘘だったのか? だとすれば、この地に逃げてきたのは失敗だったのかも知れん。
い……いや、いくら何でもそれはないと思いたい。
…………。
そうだな。とりあえず、何があったか調べねば。
私は大男に歩み寄り、その眼を覗き込んだ。その精神に接触を試み……
…………。
……うむ? もう一度試み……。
…………。
……ダメか。渦巻く欲望で混濁していて訳がわからない。まるで麻薬中毒者か精神異常者か何かのようだ。これ以上接触し続ければこちらの精神までやられてしまう。精神生命体たる私にとっては致命傷にもなりかねん。
ならば、こっちの細身の男だ。こいつは大丈夫だよな……?
…………。
……ふむ。
どうやらこの男は、この世界における犯罪者ギルドの構成員のようだな。コウテンカイ? とかいうらしい。何やら組織のボスに迷惑をかけた輩を始末しようとして返り討ちにあった様だな。二人がかりで失敗か……いや、もう一人いたのか? 姿が見えないのだがな。逃げたのか?
……まぁ、それは気にしなくても良いか。にしても、三人がかりにも関わらず返り討ちとは情けない連中だ。この連中が属する犯罪組織とやらも底が知れるというものだ。
いや……それともその相手がよほど強かったのか? だとすれば、こんな連中よりもそちらと接触したかったものだがな……。
というか、よりによって最初に接触した現地人がこんな輩どもなのか。つくづく運がなさすぎる。
…………というか、ちょっと泣きたい。
まっ、まあ……いい。この愚か者どもでも使いようによっては何とでもなる。
この連中の“頭”を少しばかり弄って……
…………。
よし。これで……
……ン? 何か様子がおかしい。
マズいな。両者とも、頭部の傷が予想以上に重篤だ。このまま放置すれば二人とも死んでしまうかもしれん。せっかくの橋頭堡が失われるのはマズい。
……ならば、
「……“治癒”!」
白い光が弾ける。が……
「……⁉︎」
強烈な脱力感。
魔力不足か! しまった。この世界においては“システム”のサポートは得られなかったか。
それに、ただでさえ寝不足で空腹なのだ。
……迂闊だった。
私はがくりとくずおれた。
と、その時、
「ボス、大丈夫ですか?」
差し伸べられる手。細身の男のものだ。
……上手く行ったのか。
おもわず安堵の息を漏らす。
と、何やら遠方から何やら妙な“音”が近づいてきた。そして、赤く点滅する光も。
「チッ……サツが来やがったか。面倒くさいことになる前にズラかりましょう」
「……サツ?」
問い返す私に構わず、細身の男は湾刀を拾い上げると私の手を引き歩き出す。そして大男もナイフを拾いつつついてきた。
……まぁ、よかろう。
ともあれ私は、活動拠点を手に入れられそうだ。
――のち
そうして私は、洪天会なる組織の中に入り込むことに成功した。どうやらこの組織は、表裏様々な他組織とのパイプを持っている様だ。私はそれを活用し、捲土重来の策を練ることにした。
調査の結果、やはりこの地には、あちらの世界から転移してきた者の末裔も少なからず存在している様だ。
あのワタリ・アキトという忌まわしい男の様に……。
だから私は、同じ様な連中を使うことにした。私の“力”の一部を与えた上で向こうの世界に送り込み、私の計画を実行させるのだ。
既に私は幾つかの実験を行い、確信の度合いを深めている。
そして、実行を行うに最適な人物も既に選出してあるのだ。
私は、とある街の寂れた通りで“彼”を待つ。
既にこの周囲には“結界”を張ってある。
“彼”以外は立ち入ることのできない、時空の隙間だ。
……おっと、“彼”が来た様だ。
「ああ、ツマンねぇ」
そんな声が聞こえた。
現状への不満。そして心の奥底にある欲望。ある種の変身願望とも言うべきか。
現状の“彼”の身体能力では、あの男には敵うまい。だが、その心の奥底に淀んだ願望を上手く昇華してやれば、“勇者”に匹敵する“力”を得られるだろう。
そのための“触媒”も向こうから持ってきてある。
さて……、
「異世界に行きたいかい?」




