7-EX 3
――どことも知れぬ場所
空間が歪み、酩酊にも似た感覚が私を襲った。
そして白い光が弾けると、次第に視界が開けてくる。
そこは、白い壁に囲まれた一室。
どこだ? ここは……
私は確、か……。
確か、何を? ああ、確か地上へ……脱出?
いや、違う。そもそも何故私が脱出などをせねばならないのか? そんな無責任なことなどできるはずもない。まだやらねばならないことも残っているというのに。
確か私は何かを……否。誰かを探しに来たのだった。
そう……そうだ。そのはずだ。
そしてここは、“地上”での転移ゲートの一つ。
“船”の直下となる場所に設置されたものだ。
とはいえ頭上には“船”の影はない。こことはわずかに“ずれ”た時空の隙間に存在するのだ。
私は転移陣から出ると、目の前の扉を潜った。
この先にあるのは坑道。そしてその先に地上へと向かう階段がある。
私は坑道を進むと階段を上がり、地上へと向かった。
――地上
階段を上がって出口を出ると、眩い陽光が私を照らした。
私は、今現在使用している義体に装備された眼球の瞳孔を調節し、周囲の明るさに対応する。
そして、明確になる視界。周囲には、木々がまばらに散在していた。そして、背後には円錐形の小高い丘。これは、先刻まで私がいた転移システムの建屋だ。
そして私の耳に届くのは、鳥の鳴き声と、波の音。
ここは大海の中にある小島。そして……かつて存在したという大地の一部。
銀河先史文明……“種撒くもの”たちの遺跡なのだ。
私はまばらな木々の間を抜け、海岸へと歩を進める。
と、岩に腰掛けた人影が目に入った。この地の暦法に換算すれば、20年ほど。ヒトという生物としては全盛期ともいうべき頃合いの雄性体だ。
『……ここにいたのか』
私は“彼”に近づくと、声をかけた。
「はい。海を見ていました」
彼は振り向くと、穏やかな笑みを浮かべた。
(…………!)
と、“彼”の顔に別のヴィジョンが被る。
今のは何だ? どこかで見たような……?
“彼”とよく似た人物とどこかで出会った? いや……違う。まさか、“アキトとやら”が“彼”の……?
…………。
記憶が混乱している。私はどうしてしまったのだ? “私”が宿る義体の機能には何の問題もない。
あるいは、“私”自身の……?
しかし、
『そうか。しかし、そろそろ時間だ。それに、“評議会議員”に選出された人間があまり“外”を出歩くものではない。もう少し慎重に行動すべきだろう』
私の思索とは無関係に、そんな言葉が口から滑り出る。
これは、一体……?
「私には荷が重いですよ。……所詮私は、海と大地の匂いのする場所が似合う男です」
自嘲の笑み。
しかし、この男が秘める可能性はその程度では収まるまい。なにせ初めて、13人目の使徒として、この地を支配する“巨人たち”ではなく“現地”から選ばれたのだからな。
いや……今はそれよりも、だ。
『緊急招集だ。今すぐ“船”に戻れ』
「……はい」
私が言わんとしたことを察したのか、“彼”の顔が緊張の色を帯びる。
恐れていた事態、ではある。
……このまま何事もなく過ぎれば良いのだがな。
だが、嫌な予感……いや、記憶が思い起こされる。
――のち
残念ながら、その事態は回避できなかった。
“黒き鉄の蝗”どもの襲来。
それは時空の彼方……深淵より来訪した、全てを喰らう化物たち。
奴らとの戦いで我らは敗れ、滅亡寸前となっていた。
そして我らの仲間の殆どのものはこの地を去り、“宇宙”の彼方へと旅立って行った。
それ以外の、この地に残ることにしたごくわずかな者たちは、文明を失いやがて現地の人間に溶け込んでいくのだろう。
彼ら、“黒き鉄の蝗”どもは我々の築いた文明の利器やエネルギーなどをことごとく食い尽くしてしまったからだ。
そして、とうとう……
最後にこの地に残った“船”までもが彼らの標的になろうとしていた。
“船”には人間や動植物などを積み込む途上だ。もし連中の襲撃を受けてしまえば、彼らは……
――戦いの最中
私と“彼”は、転移施設の前で退避する人々を誘導していた。最後に残った人々を誘導すべく……
その時、
「皆のことを願いします。あの連中は、私が食い止めます」
“彼”は私に言った。
『駄目だ。お前は彼らを導かねばならない。お前を失うわけにはいかないのだ。後は“守護獣”たちに任せて……』
しかし、“彼”は首を横に振る。
「彼らは“蝗”どもの相手で手一杯。今、彼らを救うことが出来るのは私だけでしょう。それに、使徒たるものが逃げるわけにはいかない」
『待て!』
彼は私の制止を振り切ると、“巨人鎧”に駆け寄った。
それは、この地の人間の二倍ほどの大きさの義体。それは、彼のために新たにあつらえたもの。
かつて、私とともにこの地に降り立った“巨人”たち。
その肉体は、“黒き鉄の蝗”どもに対抗すべく己の肉体を機械に置き換えられていた。
今、“彼”がまとうのは、その技術を応用して造られた、彼専用のもの。
そして“彼”は“巨人鎧”をまとう。
「……それでは、さらばです。この地に残った人々をお願いします」
『待つのだ、ラインディース!』
「息災を」
言い残すと、“彼”は飛び立った。
そして雲霞の如き“蝗”どもに突っ込んでいき……
その先に待ち受けるのは、“闇の巨人”。
それが私が彼を見た、最後の姿だった。
…………彼は己を犠牲にして、蝗どもを殲滅したのだった。
私は……なにも出来なかった。何も……
そして私は“船”に乗り込み、“この地”を離れた。
行先は、仲間たちが旅立った星海の彼方ではなく時空の狭間。
幸か不幸かこの“船”は膨大な“力”を宿していた。
それは、“生命”の発する“力”。
“黒き鉄の蝗”どもとの戦いによって散っていった人々の“念”、そして生命エネルギー。そういったものだ。もともとこの船には、生命体のエネルギーを“力”に変換する機構が備わっている。
それにより集められた“力”。何故かそれが集っていたのだ。
そうか。散っていったものたちによって託されたのか。
なれば……“造って”みせよう。
託された“力”を使って、平穏な世界を。
これだけの“力”があれば、小さいとはいえ時空の間に一つの“世界”を創ることができるであろう。
そう。永遠の完璧なる世界。それを今から創るのだ。
……ああ、そうか。
これは、“あの日”の記憶。
全てを失った、あの日。
だから……だから、私は……。




