7-EX1 造物主の回想 1
気がつけば、私は月明かりの下に横たわっていた。
「上手くいった……のか?」
今、私が横たわっているのは何かに舗装されている道の上。敷き詰められた石を、固形化したタール状のモノが覆っている。
その私を照らすのは、ポール状の柱の上についた明かり。
それは火を使ったランタンでもなければ、魔法的なモノでもない。原始的であるが、電気を使ったものだ。
少なくとも、私が造った世界において、現時点において一般に普及しているものではない。
そして目的地に派遣したアゼリアによれば、その世界では一般的であるという。
つまり、これは……
「ハ……ハハハ。上手くいった、か」
目的地へたどり着いたか。
いや、“帰って”これたのだ。私はもともと、この世界に“有った”のだ。
とはいえこれは、敗走でもある。造物主が自らの手で造った世界から逃げ出さねばならなかった訳だ。これ以上の屈辱はなかなかあるまい。
しかし……だ。
このままでは終わらん。捲土重来、だ。
そのためには、この世界で力を蓄えねばならない。
いつか、またあの世界に戻って私の計画を遂行するために。そう。完全なる世界の創造、という。
私は立ち上がり、身体についた汚れを払う。
「……ッ!」
と、眉間に鈍い痛み。
ヤツから受けた一撃によるモノだ。どういうわけかそのせいで、私の精神はこのアイディンという“器”から離れることが出来ないようだ。
全く忌々しい……
だが、少なくともこの地においては不自由ではないだろう。ここではこれ以上同調率の高い“器”を得るのは難しいだろうからな。
それよりも、だ。
今、やるべきことをやらねばな。
私は久々に地球の地面を踏み締めて歩き出した。
――先日
『ーーーー‼︎』
断末魔の絶叫。
異界人の手により、神魔王バルドスは斃れた。
あのバルドスが、だ。
……正直、信じられん。
勇者の転生体であるとはいえ、たかだか人間如きがバルドスを倒してしまうとはな……。
しかし、これは私にとっては幸運なことだ。
バルドスが異界人どもを倒し、この世界にとどまったとしたら、私には為す術はない。
しかし、ヤツは倒れた。……しばらくの間、この世界に干渉する手段を失っただけかも知れんがな。
ともあれ、大きな障害はなくなった。
後は……
……ふむ。僥倖だ。
丁度、私の“器”に適した個体がすぐ近くにいる。ならば……。
私は意識を集中し、“器”となる個体にアクセスする。
……よし。良好な反応だ。ここ最近にしては、同調率もなかなかだな。
そして、
「……!」
周囲の光景が一変した。
目の前には、神殿。そして、背後には鉄柵と門。門の向こうには、地下への入口である祠がある。
そして、周囲には数人の兵士。
今の“私”の姿も同様だ。
成功だ。
私は上手いこと“器”に“入る”ことができた。
それにしても、運が良い。
特にここ二千年ほどは、“器”とすることが可能な個体がめっきり減ってしまっているからな。おそらくは、時間の経過と異界人との混血のせいもあって、この世界の人間たちに打ち込んでおいた“酵素”が薄くなり、あるいは不活性化してしまっているようだ。
だからこそ、急がねばならない。
おっと……その前に、だ。
掌に、意識を集中。目的のものを脳裏に描く。
そして、
『来い!』
そして、掌中に細身の短剣が現れる。
これが、今回の私の切り札。正直、あまり使いたくはないのだがな。だが、しかたあるまい。大義のためには、小さな犠牲はやむを得ん。
「ん? ……おい、何をしているアイディン」
隣の男が声をかけてくる。
確か、この個体――アイディンといったか――の上官だったな。
ならば……
ヤツの目を覗き込む。
一瞬ヤツの目の焦点が失われ……
「…………⁉︎ 何をした、アイディン⁉︎」
しかし、それだけだった。
……バカな! 抵抗されただと⁉︎
そこまで私の“力”が落ちてしまっているのか?
……いや、異界人の血か! アゼリアめ、こんな輩を聖域に置くとは!
まさか、この事態を考えてのことか?
……まぁ良い。
「“光弾”」
光の弾丸が、ヤツを貫く。
とっさに身体を捻ったようだが、光弾は左肩を撃ち抜いた。
「な……に⁉︎」
愕然とした表情で、ヤツは倒れた。
「た……隊長! アイディン、貴様!」
周囲の兵士どもが剣を抜き、私に詰め寄る。
……ふむ。この連中ならば、大丈夫か。
『……何のことだ?』
声と視線に“力”を乗せ、問い返す。
「……えっ?」
「俺、は、何を……?」
連中は剣を取り落とし、虚な顔で私を見る。
……よし。
上手くいったようだ。
「今は、私が隊長だ」
更に“力”を乗せて言葉を重ねる。
兵士たちは、何の疑問をもたない顔で、うなずく。
そして私は倒れた隊長の懐から鍵を取り出した。
「貴・様……何、の」
「これは私が預かる。“仮睡”!」
騒ぎを起こされても困る。とりあえず眠らせておいた。殺すことも考えたが、それだとそのショックで兵士たちが“目覚めて”しまうかも知れん。致し方ない。
そして、鍵を手に門へと歩み寄る。
「……“解錠”」
呪文と鍵の二重ロックを解除し、扉を開いた。
「では、行くぞ。“勇者”たちを迎えに」
私は門を潜り、祠へとむかった。
兵士たちは無表情のまま剣を拾い上げると、私に続く。
地に倒れた隊長を気にするものは……いない。
――祠の地下
我々は階段を下り、地下の回廊を歩く。
配置してあるはずの怪物の出現はない。おそらくはアゼリアが出現機能を切ったのだろう。
どちらにせよ、好都合だ。向こうは油断し切っているだろうしな。
……おっと。人の気配が近付いてくるな。あの連中か。
私が右手を上げると、兵士たちは足を止める。
そして、しばしのち……勇者一行が姿を現した。
我らを目にした一行は、少々戸惑っているようだ。だが私は構わず、その前にひざまずく。
「お迎えにあがりました」
「アイディンよ。お迎えご苦労、と言いたいところだが……なぜこの場所まで入ってきたのだ? 聖域への立ち入りは禁じておいたはずだが」
ローベルトの声。我々を訝しんでいるようだ。他の連中も同様だな。
「アゼリア様の指示です。皆様を迎えに行けと」
「そうですか。アゼリア様は、今何処に?」
エルリアーナの問い。……ああ、そうだった。姫巫女がいたか。
「それは……ただ、遠いところにおわすとだけ」
言いおき、先刻取り寄せた短剣を後ろ手に握りしめる。
そして、機会を伺い……
「この臭い……血か!」
“勇者”の言。
気づいたか。だが、もう遅い!
「……貴方は何者? アイディンではないわね」
勇者の仲間の言。アイーシャと言ったか?
だが、
「きゃっ⁉︎」
呪文など不要。“力”で軽く弾き飛ばしてくれる。
「曲者が!」
斬りかかってくる大男。
だが、それは見切れる。
瞬間移動。そして、眼前には姫巫女。
掌中の短剣を振りかざし……
「いかん!」
勇者が彼女を突き飛ばす。
……好機。
すかさずその胸に短剣を突き入れる。
「!」
“何か”と鎧を貫いた感触。そして、その切っ先は肉を斬り裂き肋骨をすり抜ける。さらにその向こうあるのは、心臓。
わずかな呻き。吹き出す血。そしてくずおれる勇者。
直後、
「うっ⁉︎」
眉間に衝撃。
直後、私は突然平衡感覚を失い地面にくずおれた。
何が起きた⁉︎
ふと視線を落とすと、黄銅色の小さな円盤が地面に転がっている。
ヤツはアレを私にぶつけたのか。このふらつきは、脳を揺さぶられたためだろう。
せめてもの抵抗のつもりか。だが残念だったな。この程度では、私は倒せん。
目的は達した。このまま“器”を捨て……
捨て…………。
「……⁉︎」
器から離脱できない、だと⁉︎ バグでも生じたというのか? それともアゼリアが何か仕掛けていたのか?
このままではマズいか。
ええい……忌々しい。
慌てて立ち上がり、距離を取る。
その間に、姫巫女は勇者を治癒しようと駆け寄った。
しかし、無駄なことだ。
「無理だ」
嘲笑を浮かべて見せる。
そして斬りかかってくるローベルト。
しかし、このまま斬られてやるわけにはいかん。
今、この“器”が死んでしまえば、私の存在まで危うくなるかも知れん。“器”ごと引き上げねば。
「それは、呪いの武器。傷が塞がる事はない。そして貴様の魂は、永遠にこの世を彷徨うことになるだろう。では……さらばだ」
そう言い残して、私は彼らの前から“転移”して去った。




