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「……アキト!」
ん? なんだ?
誰かに呼ばれている。
「〜〜! 〜〜」
身体を揺さぶられた。
前にもこんなことあったような。
ああ、そうだ。あの時エルリアと出会ったんだったな。
彼女と出会い、そしてやがて大いなる力と対峙し……
ん? それからどうなったんだっけ? 俺は今どこにいるんだ?
「おい! 彰人! 生きてるか!」
ん? 男の声? それに日本語?
そう思った直後、意識が急速に浮上していった。
目を開ける。目に入ったのは、曇り空と、一人の男だ。
年の頃は20代半ばか。見知った顔だ。
誰だ? ……ああ、そうだ!
「瀬川さん⁉︎ 何で?」
彼は俺がこの学校に入れる様に世話をしてくれた人で、俺の父親が勤めていた南雲通商の社員だ。彼の父親も南雲通商に勤めていたが、仕事がらみの事故で夫婦共々亡くなったそうだ。つまり、俺と同じ立場だったわけだ。
だからか、何かと親身に俺の世話をしてくれる。ある意味俺の兄貴分、かな?
「何でって、お前……。一週間程前に彰人が行方不明になったって聞いたから、ずっと探してたんだが……」
「一週間? え? 俺、さっきここ通って寮へ……」
記憶が混乱している。
「おいおい。今は何日かわかるか?」
「ええ。それは……」
おれは記憶にある日付を口にする。が、彼は当惑をさらに深めたようだ。
「……見てみろ」
瀬川さんは自分のスマホを取り出し、俺に突き出した。
そこに表示されている日付は七日後。そして時間は午前7過ぎ。
「え? じゃあ俺、今まで何を……」
思わず頭を抱える。
何故俺が今ここにいるかわからない。
頭が混乱している。何が何だか……。確か帰宅途中だったはずなんだけどな。そこに鞄が転がってるし。
ああ、そうだ。確かついさっきまで、誰かと……
誰か? え〜と……誰だっけ?
「それは僕が聞きたいんだがな……」
瀬川さんはやれやれと首を振った。そして右手を差し出す。
「立てるか?」
「ええ」
彼の助けを借り、身を起こした。
瀬川さんも立ち上がる。
と、彼と俺の目線がほぼ同じ高さになった。
「またデカくなりやがって。追い越されたかな、これは……」
トン、と軽く腹に一発。
「へへっ、手荒いっすね」
「心配させやがって。今日はこれくらいで、な」
「ハイ」
「……ちょっと待ってろ」
彼はスマホで電話をかけた。
どうやら一緒に探してくれている人がいる様だ。
ずいぶん大事になってるのか……。
いや、一週間も行方不明になってれば、当たり前か。迷惑をかけた皆に申し訳ない。
「……迎えが来る。とりあえず、下まで降りるぞ。いいな?」
「分かりました」
そして俺は、彼と肩を並べて歩き出す。
「……ずいぶん元気そうだな」
歩きながら、彼が問う。
「う〜ん……正直言って、行方不明だった実感も無いですよ。ついさっき学校の裏山の道を通って帰ろうとして、という記憶しか……」
そこで、何か……
「ん? どうした?」
黙り込んだ俺に、彼が問う。
「いえ……」
確か……何かあった気がする。
ああ、そうだ。あの日の帰り道、俺は呼び出しをくらったんだっけ。
で、気分転換に、裏山を通る道を選んだ。そこで咲川先生を見かけて……
思い出した。
六日間、俺は……
涙が溢れそうになり……かろうじて、こらえる。周囲が暗くて良かった。
「思い出したか? 何があった?」
「えっと……なんていうか……その……」
「?」
「確か、気分転換のつもりでいつもと違う道で帰ろうと思ったんですよ。で、その途中、何かヘンな音が聞こえて……」
「どんな音だ?」
「いや、あまり覚えてないです。ちょっと興味を惹かれたのでそっちを見に行ったんですが、その時足を滑らせて転んだのは覚えてます。でも、そっからの記憶がないんですよ」
下手なウソだが、言い張るしかない。異世界に行ってたとか口走ったら、速攻別の病院に入院コースだ。それに、咲川先生にも迷惑がかかる。
「おいおい、それで記憶喪失に? 本当か?」
「いや……そうとしか」
「ふむ……昨晩、桐花池あたりで暴力団がモメ事起こしてたらしいんだが……それには関わってないんだよな?」
「な、何スかそれ⁉︎」
暴力団⁉︎ いや、いくら何でもそんなのと関わった事ないぞ。いや……もっと最悪なヤツと関わっちまったか?
「ふむ……それは本当のようだな。ならいいが」
瀬川さんは一つ息を吐く。
「とりあえず、まず病院だ。一週間もどこに居たか分からんのだからな。きっちり全部検査してもらうぞ」
「ハハ……そうなりますよね」
俺は苦笑し、肩をすくめた。
まぁ、すぐに学校に復帰って訳にもいかないだろうし、入院も致し方なしか。
おっと、真っ先に言わなきゃいけない事を忘れてた。
「ああ、そうだ。俺を探してくれて、ありがとうございます」
ポン、と肩を叩かれる。
「僕のことは気にするな。出勤途中に寄り道したら、見つけただけだ。だが、探しに来たのは僕だけじゃない。ここ何日も警察や学校の先生、それに友達も探してくれている。そっちにはちゃんと礼を言っておけよ」
出勤途中とは言っても、通常より早い時間のはずだ。そうやって俺を探してくれていたのか。
「分かりました。必ず」
「特に八洲先生な。ずいぶん落ち込んでいたぞ」
うっ……そうだった。
呼び出しくらった後に失踪しちまったのは非常にマズい。彼女にとってもショックだろうし、保護者会で五月蝿い連中からも突き上げ食らう可能性があった。とりあえず、何とか一週間で戻って来れて良かった。失踪理由も、俺がマヌケなコトやらかしたという話にすれば何の問題もない、はずだ。多分。
「あとは、咲川さ……いや、先生にも礼言っとけ。もうすぐ来る」
「ハ……ハイ」
先生も無事こっちに……って、当たり前か。礼を言うついでに口裏合わせをしておく必要があるな。
そこから更に歩き、俺達は、裏山の抜け道の出口あたりまで来た。
「お〜い! 彰人〜」
馴染みのある声。
クラスメートで隣人の高柳だ。
アイツも探してくれたのか……
走ってくる人影。その後ろから来る、一つの影。
「咲川先生……」
俺を見ると、彼女は意味ありげにウィンクした。
「このヤロウ、どこ行ってたんだよ! 心配したじゃねぇか!」
近付くやいなや、高柳がヘッドロックをかけてくる。
「す、スマンって。ちょっと苦しい……」
「高柳君、今日はダメよ。とりあえず、一度病院に行って診てもらってからね」
あの〜、先生。“今日は”ですかい……
ま、心配かけたし多少はね?
それにしても……俺は、帰ってきたんだな。
そう。“帰って”きたんだ。あの数日間は、夢じゃない。
病院へと連行される道中、こっそりスマホの待ち受け画面を確認する。
そこには花柄の刺繍のあるワンピースを着たエルリアが、ややぎこちなく微笑んでいた。




