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5

――夜半

 制服に着替えた俺と巫女服を着たエルリア、先生(女神アゼリア)、そしてローベルトら大神殿幹部や侍女達、俺の家族達とともに、神殿の裏手へと向かった。

 天を見上げると、すでに月が中天にかかろうとしている。

 あの月が中天に差し掛かる時に転移門を開くことで、異界へとモノや人を送ることの出来るのだ。

 そして、俺達は、普段であれば一般人は立ち入ることの許されぬ聖域へと足を踏み入れた。


「ここは……」


 前世で一度訪れたことがあるな。レイアルーナから勇者として認定を受けた時の事だった。

 ここは、“神託の泉”。

 姫巫女が沐浴をするための泉である。

 湧水の周りは12畳ほどの石造りの池となっており、こんこんと湧きだす清冽な湧水のすぐ後方には女神アゼリアの石像が建てられている。

 歴代の姫巫女達は、この像に宿った女神アゼリアから神託を受けるのだ。また、何らかの儀式を行う際も、この像あるいは姫御子本人に女神アゼリアを降ろす場合もある。

 ……まぁ今回は、本人がこの場に来ているわけだが。


「頃合いね。さて、始めましょうか」


 女神アゼリアは一同を見回し、微笑んだ。

 そして彼女は俺を泉の前へと誘う。

 そこには、銀色の砂で描かれた図形がある。多重円と、幾本もの直線。いわゆる魔法陣である。

 俺が転移に巻き込まれた時に見たものと同じ形だ。

 この手の大掛かりな呪文は、あらかじめこうした下準備をしておくことで、魔力の節約や成功率の上昇を期待出来る。当然、次元を隔てた異世界への転移となると、こうした準備は必須だ。

 おそらくはあの藪の中の小さな広場にも、あらかじめ魔法陣が仕込んであったのだろう。

 無論、常人にはわからない形で、だ。

 そして、その場所。

 この地には、魔力――ある種の精神エネルギー――が湧きだす、いわば“ホットスポット”が多数存在する。特に聖地エルズミスがそれだ。

 おそらく地球でも、それは僅かながら存在する。

 きっと学校の裏山も、そうしたスポットの一つなんだろう。

 と、ふと気がつけば二人の妖精王もこの場所に来ていた。

 彼らがこの魔法陣を描いてくれたのだろうか。


「では……彰人君。その真ん中あたりに立ってくれる?」

「ええ。分かりました」


 俺は言われた通り、魔法陣の中央に立った。

 これでこの世界とはお別れか。

 短い間だが、色々あった。エルリアと出会い、エヴノと戦い、ローベルトと出会った。ダニエルとの再会とヴォルザニエスとの死闘。そして、死んだと思っていた両親と再会し……

 向こうにいたんじゃ体験できないことばかりだったな。

 それも、今日でおしまいだ。明日からは、日常へ帰らねばならない。

 懸念材料の一つであったエルリアの――いや、姫巫女自体の宿命――である、身体を過剰な魔力によって蝕まれる問題は、解決の目処が立ったと先生から聞かされた。

 レイアルーナの頃にそれが実現していれば……とも思ったが、過ぎたことだ。仕方がない。

 それは別としても、だ。もう一度こっちへとは思うのだが、それも現状では難しいそうだ。それは……やはり運命律の問題だ。

 本来は運命律を持たぬ存在を拒絶する結界で覆われたこの世界。

 その世界に、運命律とのつながりを持たないこの肉体で無理やり転移した場合、下手すれば何処ともつかない時空の狭間に飛ばされてしまうこともあるそうだ。

 無論、偶発的に辿り着けることもあるが、やはりリスクを冒す事になる。もし時空の狭間に迷いこんだ場合、“転移”魔法を持たない俺ではそこから地球に戻ることすら難しい。

 先生がシステムの掌握を進めれば、いずれは可能になるのかもしれないが、果たして……


「エルリアーナはこちらへ」

「はい……」


 先生の指示でエルリアは進み出る。そして泉とは反対側の魔法陣の縁に俺の方へ向いて立った。


「これでいいわね」


 俺とエルリア、そして魔法陣の配置を確認した先生は、満足げにうなずいた。


「では……」


 先生は口中で何やら呟いた。そしてエルリアも。

 二人の呪文が唱和し、この場の空気を震わせる。

 と、俺の周囲の地面が光り始めた。


「おっ!?」


 俺の周囲に光の“環”が現れる。それは、幾つもの縁が重なっており、さらに多数の直線と、文字らしきものが見えた。

 あの時と同じだ。


「上々ね」


 先生は小さくうなずく。


「彰人君、これが最後のチャンスよ。皆に言いたいことはある?」

「ええ」


 そりゃ、勿論。だがいざとなると、浮かんでこないな……。一応ここに来る前に一通りの挨拶を済ませてしまったし。


「……えっと、みんな、ありがとう。ローベルト、ヴェルディーン、アイーシャ、それに神殿の方々。妖精王のお二人。お世話になりました。父さん、母さん、それにリナとユウト、いつまでも元気で。ダニエル。皆を頼んだ。そしてエルリア……」


 俺の頭上にも同様の魔法陣が出現し、足元のものと反対方向へと回転し始めた。

 時間がない。が、言葉が浮かばん。

 浮遊感。ふと足元を見ると、魔法陣とともに俺の身体が浮き上がっている。

 ええい……ままよ。

 涙に濡れた目で、エルリアは俺を見ている。


「エルリア、愛している。また縁があれば、逢おう」


 照れくさいが、最後だ。

 そして、


「“転移”!」


 先生の声。

 同時に上下の魔法陣が強い光を発した。

 そして、俺もまた光に包まれ……

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